【十四】 瑠璃宮五芒星第五席ジャスペール
4対4と言っても、脛を射抜かれているフラニールは戦力にならないため、実質2対3。
通りの奥から現れた黒衣の男、ジャスペールが、右手を横に挙げる。
ズズズ、と軽い地鳴りがしたかと思うと、石畳の舗石が揺れ出し、浮き上がってくる。
その舗石がゆっくりと中空に浮かび、ジャスペールの回りを空中遊泳さながら、フラフラと浮き上がっている。
「おまえら、俺の間合いに入るなよ、巻き添えを食うぞ」
とフラニールの二人の部下に言うジャスペール。
(これは力場の応用? 魔術にもこんな技があるのか?)
ディドリクは次にその舗石が襲ってくるのを想定して身構える。
ジャスペールの右腕がさっと振り下ろされると、それを合図のようにして舗石が一斉にディドリク向かって飛んでくる。
激しい音をたてて、舗石がディドリクのいた場所に殺到し、積み重なっていた。
咄嗟に後ろによけたディドリクだったが、そこには追ってきたフラニールの二人の部下、ジョルバとニコロが待ち構えていた。
ジャスペールの指示に従い、間を取っていたのだが、ちょうどそこへディドリクが飛び込んできた形になり、鞭と鎖で襲い掛かる。
それを交わしてまた後ろへ、つまりジャスペールの側へと移動すると、今度はジャスペールの針がディドリクの背中を襲う。
だが、その針はメシューゼラの剣によっては弾き落とされた。
メシューゼラは左手に剣を持ち換えて、右手に火球を集める。
「待て、ゼラ、無理だ!」
ディドリクの叫びにも関わらず、メシューゼラがジャスペールの元へ、火球を放ちながら突っ込んでいく。
加勢に向かおうとするディドリクだったが、その前にニコロの鞭がはじける。
「おめーの相手は俺だよ」
そこへ地を這うようにして、ジョルバの鎖がディドリクの足元を狙ってきた。
鞭を交わしたものの、地面すれすれ這うように襲ってくるジョルバの鎖はよけきれず、足にからまれてしまう。
転倒したディドリクにニコロの鞭が襲う。
バシィ、と音がして、鞭が左手をとらえる。
ニコロとしては、鞭で腕を切り飛ばすつもりだったが、ディドリクは腕をからませるようにして、巻き付けた。
「なんのつもりか知らないが、この鞭には細い鋼線が仕込んである。切るのは無理だぜ」
「そうか、鋼線が仕込んでるのか」
と、ディドリクの顔に、笑みが浮かぶ。
「強がってられるのもこれまでだ」
そう言ってジョルバが鎖を左手に持ち替えて、右手に投擲ナイフを取り出す。
だが今まさに投げんとした時、ディドリクのからだが、光った。
「ぎゃああ」
それと同時に衝撃を受けて、ジョルバとニコロが倒れる。
鎖を握っていたショルバは黒焦げとなり、ニコロは心臓を押さえながら、血を噴いて倒れた。
「これは...雷撃術なのか」
と言って。ニコロも絶命する。
ディドリクはジョルバのチェーンを取って、メシューゼラの応援へと向かう。
屋根の上で、見えない相手の攻撃に備えていたヘドヴィヒ。
左手に剣を持ち換え、右手を上げて、詠唱する。
すると彼女の周囲に空気が少し偏光し、その流れが周囲に広がっていく。
しばらくして、屋根の映像が歪む。
ヘドヴィヒを中心にして、前、後ろ、右、左、の屋根葺がぐにゃぐにゃと歪み始め、そこに人の姿が現われる。
「ふん、他愛もないわね」
そう言って、その現れた人影に、針を打ち込んでいく。
消えた相手がなにがしかの術を使って隠れていると判断し、周囲に毒を撒いたのだ。
その相手に向かい、さきほどと同じ毒針を打ち込む。
これで屋根の上から狙った暗殺者は全滅した。
その頃、狭い路地でにらみ合っていたブロムと暗殺剣士は、少しずつ間をつめていた。
だが、左右が狭いため、攻撃がかなり限られる。
達人同士の勝負は一瞬で決着がつく。
その間合いが頂点に達し、両者の剣がまさに切りかからんとしたとき、暗殺剣士の背後に影が舞い降りる。
屋根上の対決を制したヘドヴィヒが剣士の背後に降り立ち、ブロムとともに前後を塞ぐ形となった。
「てこずっているみたいね」
そう言って、ヘドヴィヒはまたもや笑みをこぼす。
戦いの高揚の前に、笑顔になってしまうのは彼女の癖なのかもしれない。
ふっ、とこの剣士の殺気が消える。
「1対2ではさすがに分が悪いか」
そう言って剣を鞘に納める。
「まぁいい、わしの目的は達せられたしな」
そう言って剣士は何やら詠唱を始める。
「わしの名はティル・ピスカー、そなたの名を知りたい」
「ブロム・ギルフェルド」
するとティルの影がぼやけ始めた。
ヘドヴィヒがこの異変を見て切り込むが、すり抜けてしまう。
剣士の姿は、春霞か、陽炎のごとく、空気の中で揺れ、そして溶け込むように消えてしまった。
「どうやら、逃げの術みたいね」
ヘドヴィヒがこう言うと、ブロムはハッとして
「しまった、やつらの策略にまんまと乗ってしまった」
「え?」
「我々と王子を分断する手だったんだ」
「あ!」
二人はディドリクの戦場へと駆け出す。
火焔球を拡大して、そこから火焔条を放つメシューゼラ。
彼女の炎術は2年の間、高度な修練を経てそうとうな戦闘力を得ていた。
数本の条となった火の射線はまっすぐにジャスペールに襲い掛かる。
その先端は細く、鋭く、炎でありながら、錐のごとく鋭敏に研ぎ澄まされていた。
ジャスペールもこの直撃を食らえば危ないと判断し、目の前の空気を固めて防壁を作る。
高い金属音のような音を出し、メシューゼラの炎条が食い止められる。
しかしそのうちの一本が空気の壁を突き破り、ジャスペールの元へ到達しかける。
ところがその胸元に到達する瞬間、またもや何か空気のようなものに弾かれてしまった。
「小娘、なかなか鋭い攻撃をするな」
「大気術ね、見るのは初めてだわ、でも!」
メシューゼラは再び掌に魔力を集め、炎を拡大させる。
「そうはいかない、俺の術がそれだけだと思うなよ」
ジャスペールが詠唱を始めると、彼の周りに風が吹き、大気が集まってくる。
その結集した大気の中で、何かが形成されていく。
キラリ、キラリ、と光るそれは、氷刃のように見えた。
同時に、再び右手を横にあげ、舗石を操る。
さきほどディドリクを狙った舗石がまたもや揺れ、動き始めて、ゆっくりと宙に浮いていくる
同時に複数の魔術を進行させ、個別にコントロールして相手を倒す、これこそがジャスペールをして瑠璃宮トップ5の地位につけた原動力だ。
「はっ!」
メシューゼラが胆力を込めて、炎条を繰り出す。今度は以前よりも強い力で。
一方ジャスペールの前に集まった空気の中から現れた氷刃は、氷刃であって氷刃ではなかった。
大気中の炭酸ガスを集め、それを凝集し、氷結させ、氷よりも鋭く強い刃を作る。
しかも一つ一つが投擲ナイフよりもはるかに小さく、重量のある針のような形となって、ジャスペールの周りに浮遊する。
ある程度数がたまったと見るや、ジャスペールがそれをメシューゼラめがけて発射する。
炎条と氷刃、高速に踊る飛び道具が、両者めがけて突き進む。
炎条が氷刃を、氷刃が炎条を、いくつか撃ち落とすが、それに漏れた何本かが相手に到達した。
腿を撃たれたメシューゼラと、腕を射抜かれたジャスペール。
勝負は互角に見えたが、ジャスペールの舗石浮遊術[魔念動]は健在で、それがメシューゼラを背後から襲った。
咄嗟によけようとするメシューゼラ。
しかし、足を氷刃で打たれていたため、素早い動きができず、体制を崩す。
重い音を立てて、舗石の一つが足元に落下する。
そのスキを見て、ジャスペールが再度、ドライアイスの氷刃を打ち込んできた。
脇腹が、腕が、足首が、氷刃に切り刻まれて、メシューゼラが倒れる。
それを見てジャスペール「とどめだ」
残ったいくつかの浮遊する舗石がメシューゼラの頭をつぶさんと舞い落ちる。
重い衝撃音を立てて、舗石の一つがメシューゼラの上半身を直撃するが、他の舗石は直前で止まっていた。
「うお?」
ジャスペールが驚いてそれを見ると、舗石は少しずつメシューゼラから離れて、ジャスペールの元へ突っ込んできた。
ジャスペールがそれを交わして、メシューゼラの方を見ると、ディトリクが彼女を抱き起しているのが見えた。
「ゼラ! ゼラ!」
ディドリクは全身から血を流している赤髪の妹を抱きしめながら、治癒術を全開でかけている。
出血のみならず、舗石の衝撃で、上半身の骨、鎖骨、肋骨、肩甲骨などが、砕かれてしまっていた。
止血の治癒と並行して、骨格の再生と縫合をしていく。
「にい...さま」
そう言いかけて、メシューゼラは血を吐く。
「しゃべらなくていい、意識をしっかりもって」
全身を引き裂かれたような痛みにさらされながら、メシューゼラは兄の顔を見る。
(兄様が助けに来てくれた、兄様が私を...)
深く、重く、鋭い痛みの中で、心には安堵感が漂ってくる。
「きさまが法術師ディドリクか」
ジャスペールがそう言いながら、ディドリクが戦っていた場を見ると、そこに二人の黒焦げになった死体を見る。
もう一人、フラニールはいるが、足をやられてほとんど戦力にならない。
「フラニール、引け、そのからだでは無理だろう、後は俺がやる」
この言葉を聞いて、フラニールは足を引きずりながら、遠のいていく。
「どうだ? 治療が終わるまで待っててやろうか?」
そう言いながら、ジャスペールは余裕の笑みを浮かべている。
「俺たちの狙いはおえだけだからな、そっちの小娘には用はないし」
その言葉を聞いて、ディドリクが立ち上がり、ジャスペールの方を見た。
治療はまだ半ばだったが、命の危険だけは去っていた。
「おまえがメシューゼラをやったのか?」
ディドリクの冷たい声が返ってくる。
「おいおい、勘違いするなよ、そっちから突っ込んできたんだぜ、いわば正当防衛ってやつだ」
と嘲るように、半笑いで言葉を返すジャスペール。
はらわたが煮えくりかえるような怒りを胸にこめて、ディドリクがジャスペールをにらみつける。
「こんなに人が憎いと思ったことは、生まれて初めてだ」




