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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【十一】 下町案内

「陛下、帝都から枢密顧問官殿がお見えです」

侍従の言葉を受けて、ジュードニア王国国王セルウィスは玉座に戻った。

フネリック王国使節団を迎えたあの応接間ではなく、正式の玉座の間である。


「陛下、謁見のお時間をいただき恐悦至極にございます」

恭しく枢密顧問官が頭を下げると、

「かまわん、今回は何の用だ」

愛想の欠片も見せぬ様子で、帝都枢密顧問官を見下ろす。

その枢密顧問は交流の挨拶と、大使館員交代を告げに来たのだった。

「了承した」

と言ったものの(その程度のことでいちいち正式の謁見を要求するな)

というのがありありと顔に出ている。

そのための貴族院セナートゥスではないか、と。


謁見を終えて退出する帝都枢密顧問官ヌルルスは、貴族院セナートゥスにも顔を出して事務手続きのお願いやらをしたのち、大使館へ向かう。

フネリック王国とは違い、王城近くに設けられた帝都及びホルガーテ王国の大使館。

王城近くに居を構えてよいのは、他の四大国と教皇領、皇帝を輩出した国、と決まってるからだった。

一人の老人を同行させつつ、大使館の門をくぐった。


ヌルルスがその大使館邸である人物を呼び出し、密室に近い客間の一つで会談する。

「フネリック王国の王子が来ているそうじゃないか」

「標的の方の王子です、法術師であることも、確信しました」

そう言ってネルルスの前に現れたのは、瑠璃宮五芒星第五席ジャスペール。

対するヌルルスは五芒星第一席でもある。

「お前の報告を聞き、ゲム様も法術師討伐の正式許可を出してくれた」

「それはありがたい。今回ヌルルスの兄貴が来てくれたのは、それが理由ですかい」

「まぁな」と言って、ヌルルスも笑みをもらす。

階級差はかなりある二人だが、歳が近いこともあり、この秘密組織の内部ではほとんど対等な口のききかたをヌルルスは許していた。

「それに以前お前が言っていた人員も連れて来た」

そう言ってヌルルスが合図をすると、一人の老婆が室内にやってくる。

「ノトラのおばばが来てくれれば、百人力だ」

その老婆は、ジャスペールの顔を見てニタリと笑う。

「どれほどの力になれるかわかりませぬが、法術師相手の戦いとなれば、微力ながらまたお手伝いさせていただきますぞ」

そしてジャスペールはこのジュードニアでも先ごろ襲撃させてみたが失敗したことを二人に告げた。

「なるほど、予想以上に手ごわそうですな」

ノトラはそう言うが、どこか嬉しそうである。

ヌルルスがジャスペールに視線を移し

「やれるな?」

と念を押す。

「一応これでも瑠璃宮に席をいただいておりますので」

「帝都の方にも雑務があるので、俺はこれで帰るが、フネリックの件、まかせるぞ」

と言って、ノトラを残してヌルルスは席を立った。



その日の夕刻、仕事を終えたお針子たちが、下町近くの広場でたむろっていた。

「ルチアってば、最近全然つきあってくれないのね」

「男ができたんだろ? 男ができるとああなるよな」

「それがそれだけの理由でもないみたいなのよ」

ジャンヌの口から出た新情報に、残りの二人、カルロッタとヴィットリアは、大いに好奇心を刺激された。

二人とも、ジャンヌ、ルチアと四人部屋同室の少女たちである。

「それってどういうこと?」とカルロッタ。

「もったいぶらないで早く聞かせなさいよ」とヴィットリア。

「なんだかねー、ルチアってばペールと一緒に、外国のちょっとした御身分の方を道案内してるらしいのさ」

「道案内? それくらいで?」

灰色の髪にそばかすの跡がまだ消えないカルロッタが不思議そうに尋ねる。

「ところがねぇ、なんかものすごい報酬をもらったみたいで、ルチアってばその日、かなりおどおどしてたのよ」

「すごい報酬?」

黒髪をセミロングにしたヴィットリアが尋ねる。

「チラッとしか見なかったんだけど、なんか金貨一枚出たみたい」

カルロッタとヴィットリアの目が大きく見開かれた。


「それって...なんかやばい仕事もやらされてるんじゃないの?」

とヴィットリアが言うが、ジャンヌによるとペールも一緒なので、それは違うだろ、とのこと。

「金貨一枚かぁ...」

カルロッタは呆然としながら

「ま、それだけもらえるんだったら、そりゃそっちに行くよね」

と言い、続けて

「あーぁ、私にも紹介してくんないかなぁ、その副業」

ともらしてしまった。

「ビビリのあんたじゃ、身分の高い人の案内なんかできないわよ」

ジャンヌがからかうように言うと、

「ルチアって、なんのかんの言って、言葉使いきれいだもんね」

「やっぱ、男ができると、言葉使いも丁寧になるのかなぁ」

ジャンヌも同調するようにため息をもらす。

「おい、ちょっとつけてみないか、そのルチアの案内を」

ヴィットリアが突然そんなことを言い出したのだ、ジャンヌが慌てて

「いや、たとえ男ができたって、友達だろ、さすがに悪いよ、それは」

そう言うが、ヴィットリアが平然とジャンヌの後ろを指しながら

「だって、ほれ」

振り向いたジャンヌは、そこにルチアとペールが数人の貴人と思しき人と話しているのに気づいた。



暗殺者が潜入しうる可能性として、教会跡地とともに考えられる下町。

いよいよそこをルチアとペールに案内してもらうことにしたディドリク。

しかしトラブルが起こる可能性も多少考えて、今回はペール、ブロム、ヘドヴィヒを連れてやってきた。


下町と呼ばれる地域は、下層民の住宅地でもあり、小規模な店屋街でもある。

要するに地価の安いごった煮地域で、一般住宅街と変わらぬ程度の治安の良い地域もあれば、犯罪者通りと呼ばれるような危険極まりない地域もある。

街区は北から、トマス街、マルコ街、ユダス街...と、それぞれこの国の聖人の名前を付けられている。

もっともその聖人の名前など無関係なほどに乱雑化しているので、単なる目安に過ぎなくなっているのだが。

ペールはいちばん北にあるトマス街を説明する。

「ここは法律関係の人が多くいる地域で、きわめて安全な地域です」

「というか、ここを下町って言うと、住んでる人、たいてい怒るよね」

とルチアが追加説明。

なるほど、綺麗に整理された街区で、一般の商業地区とほとんど変わらない。

だがここから南がまさに「下町」となるため、それと密接するこの地域が下町に区分されているのも仕方のないところなのだろう。

トマス街区も南に下るとかなりくたびれた住宅が増えてくる。

そしてマルコ街に入る。

通りに出ている人間の数が増えてきて、しかも一様にあぶなそうな目つきである。

何度も通っているというペールも、少し緊張感を漂わせてくる。

「俺の親方がここに住んでるのでちょくちょく来るんですが、いつ来ても物騒な空気です」

ペールがそういうので、

「君の職場もこの下町なの?」

そうディドリクが聞いてみると、

「いえ、この西隣の商業地区の一角なんですが、家賃が安いんで、親方衆の何人かはこちら、マルコ街の方に住んでるんです」

と説明してくれた。

トマス街、マルコ街は商業地区の東側にあるため、そこで働いている者たちの住居も提供しているらしい。

ちなみに先日戦闘になった地域は、王城にある宿泊施設から南下して、この下町の西側にある商業地域から入ったマルコ街の一部だったらしい。

外周に近いところ、商業地域に接する部分を南下しており、中心部へは入らなかった。

どうやらペールもルチアも、マルコ街の中心部、東側にはあまり行きたくないらしい。

「この街区の東南が、人殺し通り、なんて呼ばれているところで、その手の犯罪者がうろうろいるそうです」

「まっとうな人は近づかないので、そこの案内だけは勘弁してください」

ルチアも声を殺してつぶやくように語っている。


やがて、以前通った、通りが東西に走っている地域に出て、さらに南下し、ユダス街に入る。

ここは下町で商業地区と市場がごちゃまぜになったようなところで、けっこうな活気が感じられる。

夕刻ということもあり、人の出入りもかなりあった。

ここでようやく中心部の方へ向かい、食堂やら雑貨商やらを回ってみる。

「殿下、認知結界はいかがですか?」

ブロムが小声でそう聞いてくるが、どうにも係りが弱い。

怪しい気配、というのが多すぎて、どれが暗殺者のものなのか、がつかみとれない。


さらにその南、ティモテ街に出る。

ここに来ると、畑地のようなものがチラチラ見え始めるが、決して農地というのではなく、浮浪者が勝手に空いた土地を畑にしているのだと言う。

ここは異民族も多く、ほとんど治外法権みたいになっているらしい。

「軍の出張所もあるので、返ってマルコ街の東半分よりは治安が良くなってます」

とペールが説明してくれた。


まだ南にいくつかあるらしいが、このティモテ街以南は人もまばらになってくる、と聞かされたので、帰路につくことにした。


来た道を逆に北上し、ユダス街、そしてマルコ街に出たあたり。

「あっれー、ルチアじゃん」

という声がかかった。

一行がそちらを振り向くと、ルチアと同年配の少女たち、3人。

「あ...」

ルチアが言葉に詰まっていると、ペールが

「ジャンヌか? そっちの二人は...」

そう言うと、ルチアは残り二人も同室の友達だと言う。

ジャンヌもルチア同様ペールとは幼馴染なので顔は知っていたが、ルチアほどには親しくない。

「あの、殿下、こちらは私の職場の同僚で、同じ四人部屋にいる...」

こう説明しかけると、最初に声をかけた少女ジャンヌが自己紹介する。

「ルチアの友達のジャンヌです、お邪魔だったかしらん」

ルチアより少し背が高く、おとなびた印象の少女。

黒い瞳、そして夕刻なので黒髪に見えたが、たぶんブルネットだろう、と思えるセミロングの髪。

「でもなぁ、こいつらが尾行してみよう、なんて言うからさ、邪魔だろうなぁ、と思ったけどちゃんと出ていった方がいいかな、と思ってさ」

「そっちの口の悪いのがヴィットリア、こっちのこどもっぽい灰色がカルロッタ」

ジャンヌの言い訳を無視して、ルチアが一方的に紹介する。

「こどもっぽいって何よ」

とカルロッタという灰色の髪をした少女が少しむくれている。

四人の内で彼女だけが短髪、残り三人は長さの差はあれど、だいたい肩甲骨前後で止まっているセミロングだ。

「ね、ね、ルチア、こちらの方も紹介してよ、何かすっごく綺麗な衣装じゃん」

とヴィットリアという黒髪の少女が言うので、ルチアは困ったようにディドリクを見つめた。


「私たちは北方のフネリック王国から来た外交使節団です。ルチアさんとペールさんに、この町を案内してもらっていたところなのですよ」

とディドリクが応える。

するとカルロッタが(うわっ...)と驚いた顔で目を見開いて、そして頬にじわじわと朱がさしてくる。

「あの、御身分を明かしてもよろしいのですか?」

と心配げに見るルチア。

「そうだね、別にお忍びってわけでもないけど、広まるのはちょっとまずいかな」

そう言って、ディドリクは3人に名前だけ教える。

「私はディドリク、こちらは私の部下です」

部下、と言うのは申し訳なかったのだけど、護衛、と言うと身分が伝わってしまいそうなので、とりあえずそうしておいた。


「ま、いいけどよ、隠してもわかるくらいには高貴な人なんだよな、その服と言いしゃべり方と言い」

とヴィオレッタが値踏みをするかのようにディドリクをじろじろ見ている。

そして三人の方に視線を移すが、漆黒の肌のブロムと、フードを目深にかぶっているヘドヴィヒには、やはり目をひきつけられるようだ。

「彼女はヘドヴィヒ、実は内密に護衛も兼ねているので、フードのままで失礼します」

と言って、にっこり笑って見せる。

その笑顔を見て、カルロッタの顔がますます赤くなっていた。


「でもフネリック王国って、知らないなぁ、皆、知ってる?」

「ジャンヌ、失礼よ」

とルチアは制するが、自分も知らなかったことは、とっくに忘れているらしい。

「名前くらいは知ってるよ、ガラクライヒ王国の属国だろ?」

と、こちらも相当に失礼なことを平気で言うヴィットリア。

「いやあ、属国ではないんですけどね、近くにある国ではありますが」

とディドリクも返しておくが、身分を隠している以上、こういう反応をされるのは仕方のないところか。

「さすがヴィオレッタ、物知りぃ」

とカルロッタが言うと、えっへん、とヴィオレッタが胸をそらしている。

「で、その北国の方を、どうして道案内とかしてるの?」

ジャンヌが聞くので、かいつまんで知り合った経緯などをルチアが説明した。


「もう帰るところだったんですけど、ルチアさんの御友人でしたら、これからもよろしくお願いします」

と、ディドリクは外交辞令的にこう言って別れようとしたのだが、

「はい、はい、よろしくお願いされました」

とカルロッタが鼻息荒く食いついてくる。

「あの、私もルチアと一緒に街の案内させてほしいんですけど、ダメかなぁ」

と言い出すではないか。

さすがにルチアが

「ちょっと!カルロッタ」と止めに入る。

「いや、お言葉は嬉しいんですが、もうあらかたルチアさんに教えていただきましたし」

とディドリク。

「それじゃさあ、私たちの仕事場とかはどう? あそこはまだ来てないよね」

なんて言い出す。

「カルロッタ!」とルチアも声が上がってきたので、ディドリクが

「今日はもう遅いですし、この辺にしましょう」

とカルロッタに向かって言って、静める。

「ルチアさん、あなたにはまだこれからもいろいろこの国について教えてほしいことがあります。ペールさんもありがとう」

そう言ってルチアに、

「御迷惑でなければ職場なども見たいのですが、そのあたりはルチアさんにまかせます。面倒でしたら断わってください」

と言って別れた。


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