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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【十】 大使館設立

翌朝、王都タルキスの王城で大使館の説明をしたのち、ディドリクはペトラを従えて、前日の教会跡地へとやってきた。

礼拝堂を始めとする諸室の四隅に撒いておいた鉄片の調査である。

「さすがに一日ではまだかからないね」

そう言いながら最後、入り口近くの内陣に戻ったとき、うっすらと赤みがかった鉄片を発見する。

「王子様、このようなものが」

ペトラが見つけてきたそれを見て

「これは呪術師の反応とは少し違うみたいだけど、誰か魔術師がいて反応した、ということかもしれないね」

とディドリク。

「あるいはベクターが言ってた痕跡、かな」


鉄は基本的に妖術使いに反応するとされているが、もちろん例外もある。

鉄に法術で印をつけ、それを撒いておくと使われた呪術に反応することが、法術師の間では知られている。

その原理を用いると、時に魔術師にも反応することがあるからだが、断定するにはあまりにも小さな変化。

まだ可能性の段階にすぎない。

「そのうち、下町や住宅地の方にも調査を広げよう」

「王子様、従いますよ」

そう言ってペトラは褐色の顔に笑みを浮かべた。

笑ってみると、情熱的な、野性的な魅力があふれる笑顔である。


「ときにペトラ、ジュードニアを構成する民族の一つ、アルルマンド族について、どの程度知っている?」

ペトラが母語とするアルルマンド語はこのジュードニアを構成する十二の民族の一つ、アルルマンド族が使うものだが、ペトラは帝都の生まれでアルルマンド族ではない。

彼女がアルルマンド語を母語とするに至ったのは、彼女の育ての親がアルルマンド族で、その人物から学んだからだ。

「その彼からいくつかは聞いてますが、その程度です。彼自身も故郷についての地理的知識は多くなかったので」

故郷の知識はあっても、全体としての民族なり国なりの記憶というのは、ある程度地理学なり歴史なりの知識がなければ整理されない。

ただ、この王国のどこかにアルルマンド語を理解できる民族がいるかもしれない。

このことは少し気に留めておく必要があるかもしれない、とディドリクは思っている。

今は個別の暗号のようにしてペトラとともに使用しているが、どこでそれを理解する存在が現われるかもしれない。

「王都からはかなり遠いところ、と聞いている」

ペトラがそう言うので、いきなり町中で接触することはなさそうだったが。



大使館設立は着々と進んでいき、ジュードニア王国に到着して一週間が過ぎようとしていた。

飛行場として使う予定の広場がある程度完成したので、ディオンが一時帰国することになった。

とは言っても、大魔鷲や天馬を連れてきていたわけではなかったので、連絡用の高速鷹を飛ばし、向こうから空の魔獣をよこしてもらって、という流れになる。

当初、リカルダ、ヘドヴィヒも戻る予定だったのだが、ヘドヴィヒが「残る」と言い出した。

あの暗殺者との戦いを経て、戦闘狂の血がわきたってしまったようだ。

「ディオン様、どうせこちらにも足掛かりを残す必要ができてくるんじゃありませんか、ですから私にその任を御命じください」

かなり渋っていたディオンだったが、ヘドヴィヒの執拗な頼みに、ついに折れた。

「ただし、本国でヴァルター様の御許可を得てからだ」

という条件はつけられたが。


リカルダの方はもとよりはるかに階級が上のディオンに逆らうことなどなかったが、あの空中遊泳以降、すっかり仲良くなっていたメシューゼラとの別れがつらくなり

「私も帰国後連絡要員として使っていただけるよう、ヴァルター殿下にお口添えしていただけませんか」

と言って、ディオンを困らせていた。

「ディオン、良いではありませんか、こちらとしても、顔を知った人間の方が助かりますし」

「王子がそう言われるのでしたら」

と、こちらも口添えだけは約束してくれた。


待つこと3日、数十頭の大魔鷲隊と数頭の天馬が飛来する。

ヴァルターが以前言っていた通り

「ノルドハイム-ジュードニア間であっても、空陣隊を使えば丸一日で着く」と言っていたのが、はからずも証明された形である。

移動用の函車も持ってきてくれた。

既に国を出て二か月近くなっているため、故郷に家族を残していたり、帰国を希望する者がいるかもしれず、運んでもらうためだ。

とは言っても、大使館要員はフェリクスとその家族を含め、こちらに数年以上は滞在する予定だったので、希望者はいない。

ディドリクのフネリック王国使節団からもメイドが二人ほど希望を出しただけだった。

ノラにも聞いてみたのだが、

「いえ、わたくしはお嬢さまの身の回りの世話のため来たのですから、最悪この地に骨を埋めることになってもかまいません」

などと言ってくる。

あとでメシューゼラに聞くと、ノラはメシューゼラ大好きメイドらしい。


さて、その大魔鷲隊を率いてやってきたのが、馬車の旅の中でディオンの話に少し出てきた「スピード狂の馬車嫌い」である。

「王子様、ヨーン・ズデーデンシーバーであります」

そう言ってディドリクに挨拶をした青年の苗字に聞き覚えがあったので

「ズデーデンシーバー、どこかで聞いたような」

思わずディドリクがもらすと、

「王子様が我がノルドハイム王国に御来訪された折り、案内させていただいたズデーデンシーバーの息子であります」

おお、あの古参兵の雰囲気を持った侯爵の御子息だったか、とディドリクは思い出し

「侯爵にはノルドハイム王国で手厚くもてなしていただきました」

と返しておいた。

「こいつは我が空陣隊の中でも一番速く魔獣を操れる男です」

ディオンからそう説明されて、少し嬉しそうだ。

血統階級は侯爵家であるヨーンの方がディオンより上なのだが、空陣隊の中での地位はまだディオンの方が上、上司である。


「ズデーデンシーバー様は、我が空陣隊・女子飛行士の中でもいちばん人気なのですよ、王子様」

と、どこか誇らしげに説明をするリカルダ。

なるほど、侯爵家という血筋もそうだし、何より顔も相当の美男子だ。

金髪碧眼の長身で、引き締まった肉体、確かに女子にもてそうな空気をまとっている。


「あなたが今回の帰国団を指揮していただけるのですね」

ディドリクがそう問うと、

「は、その予定でありますが、できればフネリック王国と正式に輸送団の契約を行い、連絡要員として使って頂きたく思っているところであります」

「ということは、またちょくちょく顔を合わせることになりますね」

聞いてみると、ヨーンは色鮮やかな南方への飛行には、かなりの興味を持っていたらしい。

「ジュードニアはなかなか内政が安定しませんが、国そのものは色鮮やかな土地で、飛行していて楽しいものがありますので」


話のついでに、ディドリクはリカルダもプッシュしておいた。

「先ほどもディオンと話していたのですが、我々としても顔を知った人物の方が良いので、できればリカルダさんもメンバーに加えてください」

ヨーンがディオンの方を見て

「そうなのですか?」

と問うと、ディオンは苦笑いしている。

「そのあたりは私の一存では決められませんが、フネリック王国の王子様がご希望である、という旨は伝えておきます」

ヨーンはそう言って、一時帰国組を含めた帰国団を組織して、帰っていった。



大使館の建築も進んでいくが、立地が王都のはずれになるため、いろいろと防衛施設も組み込んでいく。

ヨーンとの会話にも出てきたが、内政の安定しないこの土地では、大使館も自ら防衛していく必要性が感じられたからだ。

おそらく内戦になれば、王都側からの援助も期待薄だろう。

と言っても、さすがに要塞化してしまうことまではできないので、せいぜい外壁と地下室を設け、食糧庫や武器庫なども堅牢にする程度なのだが。

教会跡地でルチア達から聞いた、先のワルド内戦の生々しさなども思うと、単に政情不安定ではすまない感じでもあったのだ。


ジュードニア王国の、現在の支配民族がヘルティア族。

それに対して東方のワルド族、北のロンゴ族などがヘルティアと対立しており、隙あらば王国の簒奪を目論んでいるという。

さらに南方、南大洋に突き出した半島の中央部に鎮座する教皇領などでも、ジュードニア北部の三部族に対して不満を持っている勢力も多いらしい。

国王がまったく友好的姿勢を見せていなかったのも、こういった周辺事情などが重くのしかかっているのかもしれない。

この一週間程度の滞在で、ディドリクとフェリクスはその危機感を共有することになった。


とはいえ、そんな内政での不安定さとは逆に、市場や商店街を中心にした庶民のエリアはいつも活気があった。

あの日以来、ルチアとペールにも何度か王都を案内してもらい、全体像ばかりではなく、こまごまとした内部もかなり把握できるようになっていった。


そしてついにアマーリアを町につれていき、ルチアとペールと対面させる。

「北方のフネリック王国からまいりました、第二王女のアマーリアです」

ディドリクの背後から、小さな声であいさつをする少女を見て、ルチアの目が釘付けになってしまった。

「お人形さんみたい」とつい漏らしてしまうほどに、見とれてしまう。

メシューゼラの、人間的な、少女としての美しさとはまた違った、別の種類の美しさ。

どこか人間離れした、天上の美、あるいは妖精か天使のような、人にあらざるもののような、そんな美しさにルチアは目が離せない。

ところがそんな美質を持ちながら、このお姫さまは奥手で内向的なようで、すぐに兄の背後に隠れてしまう。

そういったところも、メシューゼラとは違う魅力をまきちらしていた。


ディドリクの方も、ようやくアマーリアの方を観光に連れ出せたので、かなりの安堵感。

雑貨商や小物売り場、カフェなどを巡り、その日は純然たる観光で終わってしまう。

もちろん護衛として、ペトラがディドリクの影となりついていたのだが、ほとんど気にならないくらい、アマーリアは観光が楽しめた。

初めてみる多彩な露天、赤、白、緑、青、黄色と、カラフルな色彩に満ちた町の屋根や壁。

商店の個性的な形態や、小さな店でも工夫を凝らした意匠。

それらすべてが、舞うように目の中に飛び込んでくる。

教会跡地ではなく、現在稼働している本物の教会などにも案内してもらい、町の活気、というものを存分に堪能したのであった。


そんな観光が終わりかけた頃、ディドリクは二人に少し思っていたことを尋ねてみる。

「アルルマンド族というのは、どのあたりにいるのでしょう」

「アルルマンド?」

ルチアがその単語を反復して、少し考える。

「なんか聞いたことがある名前なのですが...ペール、知ってる?」

「確か、教皇様のさらに南の方にいる連中じゃなかったっけ」

そう言ってペールも少し考えたのち、

「そうそう、たしか親方が言ってたんだ、なんか全然言葉が違う連中らしいって」

教皇領の、さらに南方にいる種族か、とディドリクが考えていると、

「違うわ、南の方って言うと、ムシゴ族じゃないの?」

この発言にハッとなったディドリクが

「ムシゴ族というのは?」と尋ねてみると、

「私も詳しくは知らないのですが、なんか魔物を扱う一族だ、とかって聞いたことがあります」

ムシゴの民...それはフネリック王国の文書部アルヒーフで見つけた名前。

そして、あの虫使い・ロガガの所属する民族だ。

そうか、このジュードニアが拠点だったのか。

「いや、ムシゴの民は移動する連中だから、たぶんそれは違うんじゃないか」

とペールが言うと

「うーん、そうだったかなぁ、私もそう言われると自信がない」

ルチアとペールのやり取りを聞いていて、少し楽しくなったディドリクだったが、情報としては、まあこの程度。

庶民の知識として、内乱のワルド族ほどにはポピュラーではない、ということだろう。

「いえ、少し興味があっただけです、ありがとう」と言って、この話題は打ち切られた。


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