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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【五】 レストランにて

ディドリクはなぜルチアとペールがこんなに驚いた反応をしたのか、実感としてつかみにくかった。

身分の違う相手だから、というのは理解できるものの、なぜこれほど驚くのか。

フネリック王国やノルドハイム王国、コロニェ教会領など、人口がさほど多くない国では階級の差がそこまで大きくない。

王族貴族間と平民との間に、さほどの距離感がなく、かつ間に存在する階級も少ない、もしくはほとんどない。

むろん、そういった北方諸国でも身分の差による諸々の制約はあるが、それとても怯えるほどのものでもない。

実際、王立学院でも、優秀であれば平民と貴族が同席していることも珍しいことではなかった。


人口の多いガラクライヒ王国ではもう少し細かな身分差別は存在するが、経済・文化国家と言うこともあり、階級間の交流はかなりある方だ。

だがこの南方では、そこに異民族や流民と言った層がかなりの数を占めていることもあり、身分差は時に厳格、かつ残酷にもなる。

「まあ王子と言っても王太子ではないし、小国だからそんなに驚かなくても」

と言ってみたものの、急に固まってしまった二人の態度がなかなかほぐれない。

そもそも「王子」と「王太子」の区別すらできていない感じである。


ようやくルチアが怯えながら

「知らなかったのです、どうか、御無礼、お許しを」

と絞り出すような声で謝罪を始める始末。

「なにかしこまってるの、私たちのおごりなのだから、デーンと構えていなさい」

とメシューゼラが軽快に話しかけて、ルチアの方は少しだけ緊張が解けてきたようだ。

メシューゼラは法術家ではないが、アマーリアと一緒に勉強を始めた頃から、言語学習は並行して何年もやってきた。

それゆえ、この古典語につながるヘルティア語は、かなりできるようになっている。


どうしたものか、と考えていると、すぐにペトラがブロムとディオンを連れてきてくれた。

「殿下、急にいなくなってしまったので、心配しましたぞ」

ブロムが話しかけたのはガラク語だったが、この二人の外見にまた驚いてしまう、ルチアとペール。

二人ともこの南国であっても肌を見せぬようにカッチリと着込んでいたのだが、明らかに黒檀族を示す漆黒のブロムと、北方系のディオンの顔は目立つ。

ディドリクか二人の方に顔を向けて、

「僕の護衛だ、心配しなくてもいいよ」と言って、二人を座らせ、食事の席となる。


緊張のせいで満足に食べられなくなっているペールに対して、ルチアの方は少しずつ口に運べるようになっている。

ディオンとブロムは途中、ある程度の経緯をペトラから聞いていたが、

「こちらは?」とブロムが聞いてみる。

ペトラがいち早く答えたので、そうですか、とブロムは納得したようす。

だがディオンの方は表情が暗い。

「どうした?」と聞くと、

「ひどい匂いですな、それにあのみすぼらしい風体」と、さすがに聞かれてはまずいと思ったか、ノルド語で答えた。


それに対してディトリクの方も

「そう言わないで下さい。ところ変われば習俗も変わるものですし、彼ら二人については、情報源の一つとして理解していただいても」

となだめておいた。

「そうよ、ディオンさん、ここの料理、北方では食べたことのない味で、おいしいわよ」

メシューゼラもにこやかに応じている。

「ええ、確かにジュードニアは、食べ物はおいしいのですが」

と言いつつ、ボソボソ食べている。


ディドリクはルチアの方に顔を向けて、

「大使館はまだ場所決めの段階なのでお伝えできませんが、一応、現在の宿泊所です」

と言って、持ち歩いているメモ用の紙片に住所と名称をヘルティア語で書いて渡した。

「私たちは外国人ですから、さほどこの国の身分にもこだわりません、よろしければご訪問ください」

そう言って紙片を渡したが、ルチアはそれを見たまま、申し訳なさそうに黙り込んでいる。

「あの...あの...読めません」

と小さな声で言うので、

「すみません、綴りが間違ってたかな」

と言うが、ルチアはいっそう恥ずかしそうにして、

「その...私、字が読めなくて」

ディドリクが一瞬「え?」と言う顔をしたので、ペトラがこっそりガラク語で耳打ちする。

「御主人、この国では誰もが学校に通い、教育を受けられるわけではないのです」

そう教えてくれたので、今度はディドリクの方が申し訳なく思ってしまった。

「ごめんなさい、無神経でした」と言って謝罪をし、口頭で宿泊所の場所を教えてみた。

「あの、お屋敷のいっぱいあるところ?」とペールがようやくしゃべってくれた。

住所を書いた紙片は誰かに読んでもらうこともできるだろうから、と思い渡しておいた。


「僕たちは朝から町を回っていたので、そろそろ帰ります、デザートをつけて支払いをしておきますので、もし店の方が文句を言ってきたら、ここに連絡してください」

と言って、立ち上がろうとした。

だが行きかける前に、何か思いついたのか、

「そうだ、もしよければ町の案内をお願いできませんか?」

と聞いてみる。

「私たち、昼はお仕事があるので」と言って、ルチアは二人の仕事のことを手短かに教えてくれた。

ディドリクが残念そうに

「困ったな、誰か案内がいると、ことがスムーズに進むのに」ともらしたので

「夕刻、お仕事が済んでからでしたら、この町程度でしたら、かまいませんが」とルチアが言ってくれたので、乗ることにした。

「ありがとう、それじゃ明日、さっきの路地の入口でどうですか?」

と言って、約束する。


店を出るときに七人分の支払いを済ませ、二人にデザートを注文してその代金もあらかじめ払い、

「二人に請求したら、怒りますよ」

とにこやかに言って、その店を退出した。



ふーっ...。

ディドリク達五人が立ち去ると、風船から空気が抜けていくように、深いため息をもらしたペール。

「タメ口で話してしまったよ、オレ」と言って、からだが弛緩していく感じになっていた。

「王子様だって聞いて、縛り首になるんじゃないか、と思ってしまったよ」とつぶやくようにルチアに言う。

「そうね、怖い人でなくて良かったわ」とルチア。

「でもね、ペール、もう少し疑わなくちゃダメよ、詐欺師だったかもしれないし」とも言うので

「何言ってんだ、ルチア、おまえだって固まってたじゃねーか」

そう言われて、ルチアも笑顔が戻ってきた。

二人が微笑みを取り戻した頃、ディドリクに耳打ちした給仕とは別の給仕がデザートを持ってやってくる。

「ようペール、なんかうまいことやったみたいじゃねーか、いったいどこのお大尽さまだよ、ありゃ」

「ギルコか、そういやおまえここで働いてたんだったな」と言って、デザートのクリームケーキを見る。

「こんなの生まれてこのかた、食ったことねーぜ」

「なんかペドロの旦那が、さっきの客に注意されてたみたいだったからな、張り切ったんだろ」

「ペール、おいしいわよ、これ、なんかほっぺがとろけちゃいそう」

ギルコと呼ばれたペールの友達が、厨房から呼ばれて戻っていったあと、二人はそのデザートを食べてしまった。


二人がギルコに声をかけて席を立とうとしたとき、

「おふたりさん、ちょっといいかな」

そう言って、一人の中年男が同じテーブルにこしかけてきた。

「なんだよ、お前は」

ペールが言いかけると、その男はテーブルに銀貨を数枚おいて

「少し話を聞かせてもらえないかな」と言ってくる。

ルチアはこのやりとりを聞いているだけだったが、急にハッと思い当たることがあった。

(あの声だ!)

二日前、教会跡地で聞いた「...を殺せ」と言っていた、あの声。


「行きましょう!」とペールの袖口を引っ張って外へ出た。

(あの声だ! あの時の声だ!)頭の中で反芻しながら、道を急いでいった。

二人が出ていくのを見ながら、その話しかけた中年男は、ペールと話していた給仕を呼んで、

「きみ、あの二人と親しそうだったね、少し教えてくれないか」

と、ペールの買収用に出した銀貨を、ギルコに渡した。

ギルコは

「いやー、友達を売るみたいで悪いなぁ」

と言いつつも、ちゃっかりその銀貨を懐に収め、彼の知っているペールのことをしゃべってしまう。

名前、住所、勤め先。

ただルチアについては顔と名前、ペールの幼馴染、くらいしか知らないので、そこは答えられなかったのだが。



帰る途中、ルチアの頭の中は、あの王子様のことより、話しかけてきた男のことでいっぱいになった。

もしかして、もしかして、もしかして...。

「殺せ」と言ってたのは、あの王子様のことだったの?


部屋に戻るとジュリアが笑いながら

「ペールとお楽しみだったんだって?」

と言いながらからかってくるが、ルチアの頭の中はそれどころではなくなっていた。

「おんやぁ、機嫌が悪いの? さてはペールとケンカでもした?」

着替えもせずにベッドに突っ伏していたルチアは、スカートのポケットに入れてある紙片を握りしめていた。

「私も字が読めるようになればなぁ」

そう漏らすルチアを見てジュリアは

「何言ってんの、私たちには必要ないわよ」と笑っている。

(明日、王子様に相談してみよう)

ただそう思うことしかできないルチアだった。



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