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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【四】 狙撃

「兄様、結界は張っているのですか?」

「認知結界はね、この人出だから、障壁結界は難しいからしてないよ」


朝から王都の散策に乗り出し、馬車を使って郊外を回り、ディオンとあそこが良い、ここが良い、と土地の品定め。

昼食は簡単に作ってきたランチボックスから馬車の中でつまみながら、商業地区へ。

その商業地区から住宅地、下町などを経て、市場へ来た頃には既に陽が傾きかけていた。

それまで黙ってついてきていたメシューゼラが、市場に入るとそう聞いてきたのだ。

下町に入ったあたりから感じていた不穏な空気。

それを感じ取っていたのだろう。


市場に入る前に通った下町も、それほど深く入ったわけではなく、境界をかすめただけだったが、何か不安定なものを感じる。

市場に入ると、人も多く活気もあったのだが、どこか落ち着かない空気もあった。

選帝王国の王都、ということで少し身構えていたが、それほどの大都市ではなく、むしろこじんまりとしている。

国王が使っていたこのヘルティア語の通じる地域の首邑、といった感じで、多民族からなる連合国家なのを思い出した。

たぶんこの地域の外側に、同様の都市がいくつもあるのだろう。


市場に入ると、それでも故郷では見られない賑わいと、見たこともない果実、蔬菜、調理モノなどが並べられ、目を引く。

そういった食料関係に隣接して、雑貨屋、衣料品店、なども乱雑に出店している。

さらには、個人の露店なんかもあり、多彩さ、量の多さ、などが異国に来た感じを起こさせてくれた。

そして道行く人々の、顔、衣服、身なり、人種。

それらもまた多彩だったが、やはり南国ゆえか、黒髪、浅黒い肌の者が多かった。

かといって、薄い色の肌が目立つかということもなく、少ないながらもそれなりにいるし、もはやそういったことでは目立たなくなっている。


下町をかすめてきた頃には少し不安そうだったメシューゼラも、馬車を降りてこの市場に入ってきたときには、もう目はそちらに移っている。

海市に近いからか、魚料理もいろいろあり、それらの匂いが立ち込めてくるかと思えば、羊、牛、馬、猪、といったいろんな肉の料理もある。

中には宗教的に禁忌としている獣肉も見られたが、制限されることなく賑わっている。

まだ夕食とするには早いと感じていたものの、どこかに入ってみるのも良い頃か、と一同が考え始めていた時、事件が起こった。



妹と一緒に衣料品店を覗いていたディドリクが、突然妹の頭を押さえて地面に伏せさせる。

ポン、と何かが破裂したように、それでいてそれほど大きくはない音が聞こえて、二人の頭上を何かが飛んで行った。

「な、なに?」

「誰かに狙われた」

後ろを見ると、店の扉に丸い穴が開いている。

認知結界により、誰かが攻撃してきたことはわかったが、反応してから何かが飛んでくるまでが早かった。

まるで弓矢に射られたようである。

ブロム達と合流しようとして、身を屈めつつ移動していると、またもや認知結界に引っかかる。

ポン、と同じ音がして、頭の横をかすめ、今度は雑貨屋の壁下に穴をあけた。

ディドリクは咄嗟に、衣料品店横の狭い路地に飛び込んで、後続の攻撃をかわそうとした。


「きゃぁっ」

と女の悲鳴が聞こえ、そちらを振り向くとメシューゼラが若い女にぶつかっていた。

路地に人がいたのである。

メシューゼラと同い年くらいの、灰色の服を着たみすぼらしい女の子、そして同年配と思える少年。

少年がディドリクに怒りをぶつけてくる。

「貴様、いったいどういうつもりだ」

土地の言葉、ヘルティア語だったことがわかり、ディドリクも謝罪をする。

「すまない、誰かに狙われていて、とっさにとびこんだらぶつかってしまったようだ」

ケンカになることを想定していた少年は、すぐに謝罪の言葉が出てきていささか拍子抜け。

メシューゼラがぶつかった少女を抱き起して、それでも少し怒りが収まらない様子。


「おまえ、外国人だな、女でもあさりに来たのか」と、見当はずれな方向に毒づいてくる。

見ると少年の衣服も相当に貧しく、かつては緑だったであろう服が変色して、これまた灰色に近くなっている。

ディドリクはメシューゼラを引き起こし、

「大丈夫か」と問うと、妹はにっこり微笑んで「大丈夫です」と答える。

そしてぶつかった少女の方に向かって

「ごめんなさい、人がいるとは思わなかったので」とヘルティア語で謝罪する。

少女の方も、何かの危険に巻き込まれたかと思っていた表情だったが、二人が謝罪する言葉を聞いて

「私は大丈夫よ、ペール、驚いただけだからそんなに怒らないで」となだめている。


その間もディドリクはメシューゼラの手を握りながら、飛び込む前にいた大通りの方に注意を向けている。

バツが悪くなった少年は

「いや、事故だったみたいだから、まぁいいや、勘弁してやる」と言って、少し気まずそう。

「しかし、誰かに狙われてるって?」と聞いてくる。

ディドリクは大通りに顔向けたまま

「ありがとう、しかし誰だかわからないんだ」と答えつつ、メシューゼラを抱き寄せる。

「どうやら、あの二撃だけだったようだな」

こう言って、ようやくメシューゼラの方を向いた。


「兄様、ひょっとして...」

こう言いかけたメシューゼラの唇に指をあてて、落ち着かせるディドリク。

「なんとかブロム達に連絡しておきたいんだが、ペトラ、できるか?」

そう壁に向かって言うと、その壁の下、暗がりの中から一人の女の姿が立ち上がる。

「ひっ」それを見てルチアが声を上げた。

そこには誰もいなかったはずなのに。

「さすがです、御主人さま、いつからお気づきになられてました?」

ペトラには外では名前や身分称号を使わず「主人」と呼ばせるようにしていた。

当然こちらはガラク語でのやりたりだ。

「ここに一緒にとびこんできてくれた時からさ」とディドリクは言う。

王子の身を案じて、随行には指名されなかったが、こっそり陰から護衛をしてくれていたのである。


「連絡はできますが、ご主人様の側を離れたくありません」とペトラ。

そう言うので、少し考えていたディドリクは、二人の若者、ペールとルチアに向き合い、

「それではご迷惑をかけたお詫びに、二人に食事でも奢りたいのですが、いかがですか」と持ち掛ける。

「ただ残念なことに私たちは外国人ですので、ここの土地に詳しくありませんん。あなた方ご推奨の店を紹介していただければ、と思うのですが」

事情がまったく呑み込めないペールはぽかんとしていたが、ルチアの方はいち早く場の空気を読んで

「それでは、申し訳ないのですけど、私たちがいつも行きたいと思っているお店でよろしいでしょうか」と言ってくれる。

「おい、ルチア」と言うペールに対して、

「こういうお礼は受けておいた方が良いわ、この人たちだって、それで安心するみたいだし」

「しかしこいつは女を買いあさっているようなヤツだぞ」などと言いあっている。

そこでようやくディドリクの方も気づいて

「誤解があるようなので正しておきます」と二人の会話に割って入る。

「こちらは私の妹、そしてこちらは私の従者です、僕は女を買いに来たわけではありません」

するとペールは鼻で笑うような調子で

「嘘つけ、おまえら髪も目の色も全然違うじゃねーか」と言う。

「妹とは母親が違うのですよ」

その言葉を聞いて、ルチアがハッとして、ペールを諫めてくれた。

「私はこの人たちの言うことを信じていいと思うわ」

さらに続けて

「それに、あの店なら私たちも良く知ってるし、変なことはできないと思うの」とも。

ペールの方は渋々と言った感じだったが、どうやら納得してくれたみたいで、自分たちの良く知る店へ連れていくことに同意してくれた。

それを聞いてディドリクがペトラにアルルマンド語で、

「その店にしばらくいるので、その時間を利用してディオンとブロムを呼んできてもらえるか?」と伝える。

ペトラはこくりとうなずいて、ついていくこととなった。



五人はその路地の奥を抜けて別の大通りに向かい、とある二階建ての料理店に着いた。

ルチアが(いつも行きたいと思っている店)と言っていたので、けっこうな高級料理店に連れていかれるのかと思ったが、普通の庶民的な店である。

商業地区に寄った時、市場で店に入ることも考えて、こちらの通貨に両替しているので、支払いはよほどの高級店でない限りは大丈夫なはず。

二階に上がり、窓から離れた奥の間に場所を定める。

万一窓から狙われないためだったが、いざという時に逃げやすく階段付近に陣取った。

案内してくれたにもかかわらず、ペールもルチアもどちらもぎこちなく、心なしかおどおどしているようにさえ見える。

この二人にとっては、滅多に来れない店、というのは、確かだったのだろう。

席に着くと、ディドリクが二人に

「ここでは何がお薦めですか?」と聞くが、二人はうまく答えられない。

そこで給仕を呼んで料理の説明をしてもらい、適当に五人分頼む。

「御主人、私はすぐに戻るので」とペトラは言うが、まあ少しくらいは、といって、同席させた。

料理を待つ間、あらためて自己紹介をする。

「ぼくはディドリク、妹はメシューゼラ、フネリック王国という北の国から来ました」

だが二人とも「フネリック王国?」と首をかしげている。

「ガラクライヒ王国かコロニェ教会領はわかりますか? その西側にある国です」

ふたりともガラクライヒの名前は聞いたことがあるようだったが、位置関係まではわからない。


「私はルチア、こちらはペール、幼馴染です」

とルチアが自己紹介してくれた。

しかしペールの方はガチガチに固まっていて、うまく自己紹介できない。

(ひょっとして外観は庶民風だったけど、実際は高級店なのかな?)

と少しディドリクの方も考えてしまったが、料理の横の値段を見ると、間違いなく庶民向けレストランだ。

そもそも高級店だと値段を書いていないことも多い。

するとその疑問が解消される出来事が起こった。

給仕の一人がやってきて

「あのう、お客さま、たいへん失礼なのですが、お支払いはちゃんとしていただけるので?」

などとこっそりディドリクに耳打ちしてくる。

ディドリクがついさっき両替してきた札入れと硬貨入れを見せて

「ひょっとしたら、これだと足りないのかな?」と聞いてみる。

するとその男は真っ青になって、

「た、たいへん失礼いたしました、もうしばらくお待ちください」と言って引っ込んでいった。

ルチアが恥じ入るように説明してくれた。

「申し訳ありません、たぶん私たちの格好がみすぼらしいので、食い逃げするつもりだと思われてしまったみたいで」

そうか、ペールはその視線を浴びて緊張していたのか。

「私たちは外国人なので、この土地のことには慣れていません、お気になさらずに」とディドリクが言う。

そしてペトラに今度はガラク語で尋ねる。

「で、顔は見たか?」

「いえ、二撃目のあと、逃げていく姿は見ましたが、顔までは」

「何人だった?」

「三人です」

三年近い月日が流れて、ペトラもかなり流暢にガラク語が扱えるようになってきた。

帝都で出会った頃はアルルマンド語で話し、帝都の言語エルトラム語が少し理解できただけだった。

そしてフネリック王国に移ってからはもっぱらガラク語での生活。

若いだけあって、言語の習得は早い。


ここでようやくメシューゼラが会話に入ってくる。

「もう朝から移動の連続だったので、お腹ペコペコだったの、兄様、嬉しいですわ」

ルチアに謝罪していた以外、沈黙を守っていたメシューゼラがしゃべったので、二人はあらためてこの赤髪の少女を見た。

兄だと言うディドリクとは全然似ていなかったが、目を見張るばかりの美少女だ、ということは理解できた。

最初ペールが目にとめた時、高級娼婦だと勘違いしてしまったのも、この美貌ゆえであったが、改めて見るとそれとはまた違う美しさである。

美しさの中にあどけなさ、気高さの萌芽のようなものも見てとれる。

そこいらにいる商売女の美しさとは、確実に一線を違えている。

(こいつらはいったい? ひょっとして上流階級なのか?)などと考えてしまっている。


やがて料理が運ばれてた。

ディドリクとメシューゼラは見たこともない魚や蔬菜のあでやかさに、ルチアとペールは日常とはまったく違う量と質に、それぞれ違う理由で感嘆していた。

ペトラが少し食べた後、

「おいしいです、では二人を呼んできます」と消えるように席を立った。

すると給仕がまた心配して飛んできたが、二人増えることを伝えると、すぐに戻っていった。


ペトラが退出したのを見て、ペールがディドリクに尋ねる。

「そのネリなんとか王国の方が、ここに何をしにきたんだ?」

「ああ、大使館の設営ですよ、この国と友好を結びたくてね」

とディドリクが応えたのを聞いて、ルチアは口に運びかけていた魚の煮つけを皿に落としてしまった。

ペールの方はぽかーんと口を開けてしまい、どもるように続ける。

「すす、すると、あんたたちは、その王国の大使さま?」


「いや、私は大使じゃなくて、同行してきたフネリック王国の第二王子ですよ」


その答えに、ペールもルチアも固まってしまった。

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