【十六】 情報共有
フネリック王国王宮は四方を外壁で守られているが、西側は森林のため、出入り口がない。
それで北、東、南にクレエムヒルトが索敵をかけると一人ずつ千里眼を使って中をうかがう者がいた。
北の城門から出たフリューダイク、ヘドヴィヒ、クレエムヒルトはそれぞれ一人ずつ当たっていく算段を取る。
「王子の発言によると五人だったようですが」とヘドヴィヒが言うと、クレエムヒルトは
「おそらく王都の方に潜伏しているのでないか」と言い、それぞれの持ち場に散っていく。
東城門に向かったヘドヴィヒは、しばらく索敵を行う。
派遣された五人の中ではクレエムヒルトが結界・索敵・防御の名手だが、ヘドヴィヒ達もそれなりには索敵術が使える。
クレエムヒルトによって示された地域を主体に網を張っていると、やがて明らかに怪しい影が現われ、千里眼を使っている。
木陰の中に身を潜め、手を円筒形に丸めて城内をうかがう女の姿。
一心不乱に見ているせいで、北方の魔術師が迫っていることに気づいていない。
「うん?」
足に違和感を感じてその女は自分の右足を見る。
そこには何かトゲのようなものが刺さっていた。
女が千里眼をやめて、その足に触れると、毛のようなものが刺さっている。
「これは?」
不審に思いそれに抜こうとするが、全身が硬直していき、動かない。
やがて肺が動かなくなり、呼吸ができず、心臓が止まる。
音もなくその女は地に倒れた。
「スパイ特化型だったのか? あまりにもあっけない」
そろそろと姿を見せるヘドヴィヒ・メヒター。
強い神経毒を持つ毒毛針を打ち込んで、スパイを音もなく死に至らしめたのだ。
南城門ではフリューダイクが密偵を発見した。
こちらは壁にはりついていたが、影を利用して目にとまりにくい。
しかも周囲が開けているので近づきにくくなっている。
ハルブラントからジークリンデの護衛役にと命じられて、いささか退屈を感じていたため、密偵の目の前に出ていって戦闘に突入したかったのだが、王子との約束を思い出し、内密にしとめる方に留意する。
壁にはりついている密偵は、急に冷え込みを感じる。
そこで体を向き直し、周囲の状況を見ようとするが、四肢の先端が凍り付いていくのを感じる。
やがて音をたてる間もなく、意識は途絶え、その肉体は凍り付いてしまった。
フリューダイクの凍結術である。
(どうせあの二人は捕らえることなど、はなから考えていないだろう)
北の城門に残っていたクレエムヒルトはそう考えていた。
正直なところ、自分も魔術戦を展開してみたいとは思っているし、好戦的な性格であることは否定しない。
しかし王族の一人として約束は違えたくない。
そう思い、彼女は殺すことより捕縛を優先して行動を移す。
この際、相手に連絡をさせないこと。
ディドリク王子が言っていた五人という数、それはたぶん信用できる。
ヴァルターから聞いた解呪の力や帝都での魔術戦の片鱗から、そう信じてよい、とクレエムヒルトは考えていた。
あと二人、どこか遠い場所で密偵と連絡を取り合っていたら、そう考えて連絡をとらせないように捕縛する。
そこに重点を置いて行動する。
密偵の前にふらり、と姿を見せる。
その密偵は突然物陰から現れた女の姿に驚き、警戒態勢をとろうとする。
だが、その瞳を見つめてしまった時、既に勝負は決していた。
男の足が踏みしめている大地が、ぐるぐる回り始めている。
最初は酩酊してしまった時のような感覚、しかしやがて地面が回り始めたのを感じて、幻術にかかってしまったことを悟った。
だが男の意識はそこで途絶え、力なくクレエムヒルトの前に頽れた。
やがて北の城門前にフリューダイクとヘドヴィヒ・メヒターが戻ってくる。
クレエムヒルトが密偵を殺していなかったことに驚くが
「最低一人は捕縛するという約束をお忘れか?」
と聞かれて黙ってしまう二人。
そう、すっかり忘れていたのだ。
クレエムヒルトは続ける。
「最初、ディドリク王子が乗り気ではなかったのに、途中から変更された理由も、この捕縛にあったと考えられないか?」
「それはつまり、捕縛して情報が得られるから、という点に気づいたから?」
ヘドヴィヒの答えに対して、半分だけ正しい、と言って付け加える。
「王子が我々に手土産を持たせてくれた、とは考えなかったのか」こう言うと、ヘドヴィヒはハッとした。
フリューダイクが言う。
「なるほど、暗殺隊の証拠と情報源を、我々にも提供してくださる、ということか」
「そうだ、だから残りの二人は殺すのではなく、捕獲して持ち帰る方向で行動しよう」
クレエムヒルトの言葉に頷いた二人は、王都の方へ降りて行った。
千里眼を使う者は魔術線を出す。
その線分に従って魔法をかけ、遠方を見、あるいは透視する。
だがそれは逆に言うと、敏感な魔術師ならば千里眼を悟りえる、ということでもある。
クレエムヒルトは索敵、結界能力だけでなく、この「仕掛けられた魔術線」を感知する力が著しく鋭敏であった。
従ってある程度あたりをつければ、誰がどこで魔術を発現しているかを感知することができる。
王都に下って、すぐにその相手を認知した。
場末のような旅籠屋で、二人の男がその魔術線を王都に向かって放っている。
だがフリューダイクら三人がその近くまで来た時、その二人は魔術をとりやめ、退出の準備をしていた。
おそらく王城近くに潜伏した仲間から一斉に連絡が途絶えたためであろう。
危険を感じて逃走準備に取り掛かったのだが、クレエムヒルトの索敵と行動力は、それより早かった。
二人が旅籠を引き払い、街道筋に出ようとしたとき、フネリック王国ではあまり見ない金髪長身の男女三人に取り囲まれた。
一人が精神感応術で遠方に連絡しようとする気配を見せたので、クレエムヒルトが結界を張り、フリューダイクが飛び込んでいって当身をくらわす。
もう一人が短剣をぬくが、その腕が何かにつかまれて、空中へ持ち上げられる。
髪の毛が腕にまとわりついて、木の枝を介して宙づりにしたのだ。
髪を操り、時に相手を縛り上げ、時に毒針と化すヘドヴィヒの魔術。
だが、もはやこれまでと観念したか、釣り上げられた男はすぐにぐったりとしてしまった。
「もしや」と思いヘドヴィヒがその男を下ろすと、自害していた。
「ヴァルター様から聞いていたのと同じだ」と、ヘドヴィヒは肩を落とす。
フリューダイクがとらえた男を二人つれてきて、
「まぁいいさ、二人手に入ったんだ、一人はディドリク王子に渡して、もう一人は我々がもらっていこう」と言い、王城へ戻っていった。
王城控えの間には、既に妹の成人式祝典を終えたディドリクが、ジークリンデ、マックス・ハルベとともに待っていた。
そこに三人が二人の密偵を生かしたまま捕縛して、連れて戻ってきた。
「誰にも見られなかったろうな」とハルベ。
「私がいて、そんなことはさせませんよ」とクレエムヒルト。
ディドリクはここにきて、ようやく声紋結界を張ったのがクレエムヒルトだと知った。
恐らく声紋結界だけでなく、各種多様な結界を張れるのだろう。
フリューダイクがジークリンデに尋ねる。
「で、式典の方は?」
「今しがた終わったところだ」と告げると、
「そうですか、メシューゼラ様にお目通りしたかったのですが」と少し残念そう。
自己紹介の時に言っていたのは、外交辞令が100%ということでもなかったようだ。
「それでは取り掛かりますか」と言って、ディドリクは一人の男と向き合う。
「我々がいてもいいのか?」とジークリンデ。
「かまいません、情報を共有したかったですし」と答えて、捕獲した片方の男に気付け薬をかがせる。
密偵が目を開けると、いきなりディドリクの目にとらえられる。
「あなたは、自殺の手段を全て放棄しなくてはなりません、どこにありますか?」
「奥歯の横」
「それを吐き出してください」
男は口をもごもごさせたあと、ペッと何かを吐き出す。
「他にありますか」
「腋に毒針」
と言うので、腕を上げさせて、それも除去する。
「他にありますか」
「ありません」
ジークリンデ以下、ノルドハイムの五人は、このディドリクの催眠術を見ていた。
魔術による手法とは異なる、不思議な暗示術。
魔術の場合、薬を使う場合と、相手の心の中に入っていく方法に大別されるが、そのいづれとも違う。
ディドリクは暗示にかけたあと、文言でもって情報を引きだしているのだ。
だがヴァルター同様「魔術ではない」とまで気づいた者はこの中にはいなかった。
「あなたはどこから来たのですか」
「ホルガーテ王国」
「誰の命令で潜入したのですか」
「ルーコイズ様」
また知らない名前が出てきた。
暗殺隊には命令が二系統以上あるのか、それともまだ上の方があるのか。
マリアの時の経験を重ねて、さらにその人物について問う。
「ルーコイズというのは、どういう人ですか」
「暗殺隊実行部隊の長」
これにはジークリンデ達も目を見開いた。
思ったより簡単に、敵の首魁の姿が現われたように感じたからだ。
「暗殺隊というのは、国家が動かしているのですか」
「...」
答につまったところを見ると、深層に何か仕掛けがあると言うより、たぶん知らないのだろう。
「暗殺隊が独自に動いているのですか」
「いいえ、五芒星とともにです」
「五芒星とはなんですか」
「瑠璃宮の隠密組織です」
瑠璃宮...その言葉にジークリンデが何かひっかかるものを感じた。
聞いたことがあるのだが、思い出せない。
そしてディドリク以下、他の五人には聞いたことがない単語だった。
「瑠璃宮とはなんですか」
「瑠璃宮は瑠璃宮です」
これ以上は無理だと感じて、方向を変える。
「あなたが潜入した目的は何ですか」
「ディドリク王子の監視と解呪者の情報」
これにはディドリクが驚いた。
密偵の目的が自分だった?
「ディドリク王子の何を監視していたのですか」
「使う術の正体」
ここでそれぞれが固まってしまった。
ノルドハイムの五人は
(ディドリクの魔術の質のことか、それとも何か別の魔術なのか)と。
だがディドリクは、帝都でシシュリーから聞いていた情報がここでつながったことを感じていた。
それゆえここでまたもや方向転換。
法術や鬼眼師について、既に彼らが知っているかもしれない、と感じたからだが、同時にそれを彼らが知っているのかどうかも、同様に興味があった。
「使う術の正体について、どこまで調べましたか」
「解呪を行ったのがディドリク王子であること」
「それ以外には?」
「それだけです」
ディドリクは胸をなでおろしたが、瑠璃宮では既に法術、鬼眼師についてもある程度把握していたのである。
しかしこの五人の密偵が放たれたのは、その魔人会議の少し前だったため、情報を得ていなかったのだ。
ディドリクは、情報の共有を改めて持ち出して、ジークリンデ達にこの捕獲者を預けることにした。




