【十五】 五人の密偵
成人式の主役メシューゼラは、本人の予想以上に人気があり、次々と舞踏を申し込まれ、あるいは話の中心に招かれていた。
一年前なら動揺していたかもしれないが、大きな経験を二つ積んだことで、そつなくこなせるようになっている。
ネロモン商会からはフネリック支店長ミュルカと、その従弟フガートがコロニェから派遣されてやってきていた。
教皇領やコロニェ教会領で神具を扱っているフガートが、コロニェ教会領司教ヒュッケルトについてやってきていたのだ。
メシューゼラはディドリクとともにミュルカから紹介される。
「殿下、姫君、こちらはわたくしの従弟で、コロニェ教会領を担当しておりますフガートです
「殿下、姫君、今後ともお見知りおき頂ければ幸いです」とフガート。
見た感じ、キトロよりは年下、ミュルカより少し年上、と言ったところか。
恐らくコロニェ教会領の招待に随伴したのだろう。
このネロモン商会の二人によって、式は友好的に進んでいく。
さすがは各国に人脈があり、儀礼上の付き合いに通じているネロモン商会である。
仲の悪い大国が同じ場にいても、ことさら険悪な空気になっていないのは、商会の存在、交流によるところもあるのだろう。
ディドリクがノルドハイム王国の対応に向かった後、メシューゼラの元にガイゼルがやってくる。
「ゼラ、ガラクライヒ王国のリッツ大伯がお祝いを申し上げたいらしい」と言って、対応を依頼してきた。
メシューゼラはその外交的意図をくみ取り、リッツ大伯に手を差し出す。
「大伯さま、帝都ではお相手していただき光栄でした」
「いえいえ、わたしこそフネリックの類稀なる赤き美姫と舞う栄光を賜り、感動でありました」
そう、この二人は帝都でも舞踏を踊っているのだ。
楽師が楽の音を奏で始めたので、メシューゼラは誘われるがままにリッツ大伯と再び踊ることになった。
メシューゼラは外交の一つ程度のつもりだったのだが、どうもリッツ大伯の目が怪しい。
「美しい」「可憐です」などとほめそやすものの、どうも視線が赤髪の少女の肢体を這いまわっている感じなのだ。
さすがに危険だと感じて、一曲終えたあと、コロニェ教会領ヒュッケルト司教の方へ向かった。
教会領のトップである司教は、教皇領から派遣された形式のトップだが、出自はガラク人である。
もう既に老人であったが、知識、話題ともに豊富で、メシューゼラも一安心。
リッツ大伯の方では、なおもメシューゼラに話しかけようとしたが、司教の話題が学術的すぎたこともあり、あきらめざるをえなかったようだ。
そうとは知らず、司教の方は、今回の主役である若き赤髪の美姫が自身の学説に興味をもっているように感じて嬉しくなってしまい、滔々と話し始める。
メシューゼラも話の中身はとんとわからなかったのだが、嘗め回すように見られるよりははるかにまし、とばかりに、ニコニコと相槌を打っていた。
ディドリクとジークリンデの輪の中には、アマーリアが混ざっている。
「ジークリンデ様、御来訪、心より歓迎します」
アマーリアとしては精いっぱいの声を出して応対するのだが、それでもまだ声は小さめ。
するとジークリンデも公式の呼称で答える。
「アマーリア様も、先ほどの我が国への訪問、わが王家一同たいへん喜んでおりました」
この言葉を受けてアマーリア、スカートの裾をちょいとつまんで礼を返す。
まだまだメシューゼラほどではないにしても、アマーリアも儀式に慣れてきているようである。
その姿を見てハルベが
「マレーネ様の若き頃を見ているようです」と言うのだが、アマーリアは母と似ていると言われても、あまりピンとこない。
とはいってもジークリンデがアマーリアにも四人の随伴者を紹介してくれたので、和気あいあいとなっていく。
「それでは私と一曲、お願いできますかな」とジークリンデがアマーリアの手を取る。
アマーリアも少し頬を染めて
「喜んで」と言い、二人の優雅な舞が始まる。
男装の長身ジークリンデと、まだまだ幼く小柄ながらも、咲きこぼれんばかりの銀髪の王女の舞は、たちまち満座の注目を浴びる。
ガイゼルがディドリクの元にやってきて、
「あれだね、ノルドハイムで注目を浴びたっていうのは」と言う。
「ええ、ノルドハイムではまだステップも硬く緊張していたのですが、慣れたせいか自国のせいか、今日は滑らかです」とディドリク。
「しかし、今日の主人公であるべき姫君はお冠かもしれんぞ」
と言うので、ディドリクはメシューゼラの手を取り、踊りの輪の中へ繰り出す。
「ディー兄さま、嬉しい」
こちらも満面の笑みで、注目を浴びることになった。
「あなたのお兄さまとお姉さまも舞い始めたようよ」とジークリンデが身を屈めてアマーリアに耳打ちする。
「はい、兄様は場の調和を考えられているのだと思います」と返す幼き銀髪王女。
「あなたは...」と言いかけて、やめてしまうジークリンデ。
(ディドリクの遠征隊のメンバーに入っているの?)と聞きたかったのだ。
二組の舞が終わり、会場は暖かい拍手に包まれる。
しかし、ジークリンデが飲み込んだ言葉をずけずけと聞いてしまう女性もいた。
続いて、ジークリンデがメシューゼラの手を取り、激しい舞を披露する。
さきほどとはうって変わった、動きの大きな舞踏だ。
そこに注目が集まっている間、ディドリクは会場隅にアマーリアを呼び、汗を拭いてやっていた。
目を閉じて、兄の手につかまれた手布に顔をぬぐわせている姫。
「ヴァルター様からうかがっておりましたが、ほんとに仲がよろしいのですね」と後ろから声がかかる。
ヘドヴィヒ・メヒター、ノルドハイム王国第二王子ヴァルター麾下の魔術師、と自己紹介していた女性である。
「お美しい、そして賢明そうな瞳で、見ているだけで心癒される気持ちです」と言ってくれる。
アマーリアはこの賞賛に少しテレながらも、ディドリクに身を預ける。
顔を拭き終わると、ディドリクは妹の肩に手を置いて
「どうか私同様、接してあげてください」と言えばアマーリアも天使の笑みで答える。
一瞬息を飲んでしまうメヒター。
少し気を落ち着かせて、メヒターが話しかける。
「アマーリア様に一つお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」と、友達のような感覚で問うてくるので、つい首肯してしまう兄妹。
「アマーリア様はディドリク様の遠征に同行なさるのですか?」
ハッとしてアマーリアは顔を上げる。そしてディドリクの方を見るが、
「先ほど申し上げましたように、まだ具体的には何も決まっていないのですよ」
と言うが、ヘドヴィヒはアマーリアの表情から一部をかぎ取ってしまっていた。
するとクレエムヒルトが背後から忍び寄り、ヘドヴィヒの頭に拳骨を落とす。
「ジークリンデに言いつけておきます」と、冷たい声で言う。
ここでようやくディドリクはまたもや声紋結界が張られていたことを知る。
ジークリンデは踊っているし、フリューダイクとハルベは少し離れたところにいる。
とすると、この二人のうちのどちらかが張っていたのか?
それにしては微弱な結界で、判別するのに時間がかかってしまった。ある意味巧妙な張り方とも言える。
「そんなことよりディドリク様」とクレエムヒルトが話しかける。
「明らかに招待客とは思えぬ者が王宮の外から千里眼を使っているようですが、あれはお認めなのですか?」
(例の密偵の五人か?)
それは気づいていた。
しかし極力法術使であると警戒されたくなかったのと、メシューゼラの晴れの間でことを起こす気になれなかったのだ。
「例の五人ですか」とつぶやくように言うと、
「なんなら隠密裏に消してしまいましょうか」と物騒なことを、顔色一つ変えずに言うクレエムヒルト。
「いえ、たとえつぶしても、すぐにまた別の者が入ってくるでしょうから、泳がせているのです」
できれば嘘の情報を流したい、と思っていたこともあったからだが、法術云々についてはノルドハイム王国にも知られたくなかった。
それとベクターも近くにいる可能性がある、と考えていると、
「王子、隠密裏に始末できますよ、あの程度なら」といつの間にかフリューダイクがやってきて言う。
ささやかな舞踏会が終わって、メシューゼラとジークリンデが戻ってくる。
会場の中心は、エルメネリヒ王とヒュッケルト司教が中心になり、政治的社交の場に移りつつあった。
ジークリンデがフリューダイクから密偵のことを聞き、ディドリクに言う。
「私からもお願いしたい、その暗殺隊の密偵の腕前を見たいからなのだが」と言ってくる。
彼らになにか褒美という土産をもたせても良いかもしれない。ディドリクの考えが少し変わり始めてきた。
クレエムヒルトが見つけ、ジークリンデを含む一隊が始末する。
これは暗殺隊がいたという証拠を、ノルドハイム王家と共有できる。
「それではお願いします」と、ディドリクが折れた。
「ただし、いくつか守ってほしいことがあります」とも付け加えて。
まず第一に内密に、かつ、招待客の誰にも知られないように。
続いて尋問をかけたいので、できれば一人、生け捕りにしてください。
そして大事なこと、近くに「壁に溶ける男」がいればそれは私の仲間です、それは攻撃しないでください。
こう言うと、アマーリアには誰のことかわかったらしく、表情が少し変わる。
一方ジークリンデは
「そんな男が仲間にいるのか」とつぶやいている。
フリューダイクがもう嬉しさを隠し切れない、とばかりに、それでは、と出ていく。
続いてクレエムヒルト、メヒター、ハルベと続き、ジークリンデが最後に出ていこうとしたので
「いえ、誰か一人は残っていただけますか」とディドリク。
「ジークリンデ様は今回の代表ですよね」とメヒターがいじわるっぽく言う。
ジークリンデの顔が朱に染まり、カッとなって何か言おうとしたとき、ハルベが
「私も残りましょう」と言って、場を収める。
かくして三人がこっそりと出て行った。
まだ陽は沈んでいなかったが、メシューゼラの成人式は終りを告げた。