【十四】 成人式での密談
帝国内諸邦の多くは、男子14歳、女子13歳をもって成人としている。
フネリック王国もその例にもれず、王族男子は成人に達すると成人式を行うが、外国からの招待はそれほど行ってこなかった。
そもそも外国へ招待状を出すのは戴冠式や任命式など、政治的なものが大半なのだ。
女子の場合は平民、貴族、王族を問わず、こじんまりと行われるのが通例だった。
そんなこともあり、フネリック王国ではあまり慣れておらず、式の準備は当日までバタバタしていた。
招待状を出した国、貴族などからも、来訪の日程が届く中、ノルドハイム王国からは海龍旗と呼ばれる部隊による海路が通告されてきた。
これがジークリンデ率いるノルドハイム北洋海軍。
水棲の巨大魔獣を飼いならした海軍で、陸の魔獣戦車隊、広域魔術師隊、空の空陣隊と並ぶ、ノルドハイム四つの牙の一つである。
とはいえ、フネリック王国には貧弱な漁港が二つしかないというのはノルドハイムも知っているため、きわめて小規模な編成だと伝えられてきた。
漁港の一つクリコス。
正妃イングリッドの故郷、ヴォーゼ州の北端に位置するこの漁港は、二つある漁港のうちの一つ。
ここを海龍旗の応対港にしたものの、普段は少数の船が沿岸漁業をするだけの小さな港なので、けっこうな騒ぎになっていた。
すぐ隣にコロニェ教会領の海岸が広がり、少し船を走らせるだけでキンブリー公国海岸にもつながっている。
国境の町ということで、外国人には慣れているものの、ノルドハイムのような大国が船をよこしてきたことはなかったので、村人たちも興味津々である。
ディドリクがイングマール、レムリックとともに視察と応対の指示としてやってきた時、村長が出てきて
「ノルドハイムのような大国の方々の応接ができるかどうか不安です」と言ってくる。
ディドリク自身も不安だったが、そこは顔に出さず、村長や主だった村人に指示を出していく。
同時に、この沿岸での応対は自分がする、と告げて、到着まで滞在することになった。
ガラクライヒ王国、並びにコロニェ教会領からの招待客は馬車隊だし、普段から対応には慣れているので、エルメネリヒ王、ガイゼル王太子らが直接あたることになっていた。
日程に余裕があったので、ディドリクは漁業のようすや、暮らしのようすなども見聞した。
村はほとんど漁業でなりたってはいるものの、小さな船と沿岸漁業のみなこともあり、外へ出荷できるほどではないことなども。
面積は広いものの荒地が多いため、そこそこの海岸線がありながら漁港が二つ程度しかないフネリック王国。
しかしここクリコスから見て西側にあたるグリス州の農地がうまくいけば、そちらの漁港に輸出入を集約させ、こちらの漁業をもっと発展させられないか、などを考えてしまう。
さて、予定されていた当日、成人式の二日前になり、北洋の霧の彼方から、巨大な海龍船が現われた。
「あんな巨大な船なのか」とディドリクは驚いてしまった。
あんなのはさすがにこの港には入れない、と考えていると、沖合に停泊するその巨大な海龍船から、中型の船が現われ、向かってくる。
中型と言っても、あくまで海龍船に比較しての話で、漁港につくと巨大船としか言いようがない。
それでもなんとか接岸し、何人かの人々が下船してきた。
入船、入国の手続きをしたのち、ジークリンデが現われた。
ディドリクが呼びかけると、ジークリンデもまた挨拶を返す。
村の役場に一室を借り、そこに使節団を招き入れる。
かなりの不似合い感だが、その辺は仕方がないだろう。
「王子自らお出迎えとは、使節団を代表して礼を言う」と言うジークリンデは例によって濃紺の男装スタイルである。
続いてイングマール、村長とあいさつが続く。
「我々の船が来たことで、漁船の仕事に影響が出たかもしれぬ」と言い、一封を包んでわたしていた。
村長もさすがにこれには恐縮してしまったが、
「休業になってしまっただろうから、補完ということにしておいてほしい」とジークリンデは言うが、漁港一か月分以上の収入に匹敵していたらしい。
王都への移動の前に少し時間があったため、ジークリンデは同行してきた魔術師四名をディドリクに紹介する。
「アントン・フリューダイクです。美姫とお噂の高い姫君に、ぜひ謁見給わりたく参加させていただきました。」
この男はノルドハイムの貴族らしい長身だったのだが、ほのかに見覚えがあった。
「普段はハルブラントさまの護衛も兼ねております」と言うではないか。
続いて、四角い顔の髭面が自己紹介する。
「マックス・ハルベと申します、医師でもあります」
「ヘドヴィヒ・メヒターです。ヴァルター様麾下の魔術師です」と言って、ジークリンデをチラリと見る。
「私の幼馴染でもある」とジークリンデが面白くなさそうな顔で付け足す。
最後に、王族に匹敵するほどの美しい金髪を輝かせる女性が
「クレエムヒルト・プレヴェンスタウナーです」とのみ言う。
「クレエムヒルトは先代の王ベルンハルト四世の妹の孫、私の父である現国王の従妹の娘で、王族の一人だ」とジークリンデの追加説明。
ディドリクが少し疑問に思ったので尋ねる。
「王族の方が?」
(予定では王族はジークリンデ一人だけの派遣、という話だったが)と思ったからである。
その意を察してジークリンデは
「うん、まぁ、そういうことなんだが、護衛の魔術師の一人、ということで、大目に見てほしい」と小声で言う。
「王族としてではなく、護衛としてまいりました、その本分は守るつもりです」
とクレエムヒルトもそう付け加える。
ということは、このあとの大使派遣も軍事同盟にはしない、ことさらノルドハイムの権勢をこの小国で見せつける意図ではない、というのも伝わっているのだろう。
ディドリクはこの面々に挨拶しながらも、
「招待客にはガラクライヒ王国の方もお見えですので...」と付け加えたが、表情を少し変えたのはジークリンデだけだった。
フリューダイクが言う。
「ディドリク様の御懸念、わが主ハルブラント様より重々説かれてございます。会場でいがみあったりはしません」と言ってくれた。
この五人に、書記官、侍従、メイドらをつけた十数人のノルドハイム使節団を乗せて、馬車は王都に帰る。
一行は王都フーネ・シュタットに到着する。
用意していた宿は、とても帝都やノルドハイム王国の官営宿舎ほどではないが、それでも信用できるところのものを用意した。
旅装を解くと、ジークリンデはまずマレーネに挨拶がしたい、と言って、離宮までディドリクに同行する。
ハルベだけがおともについて第二離宮へやってきた。
「ノルドハイムに比べると、宿も離宮も田舎の王国に見えてしまうかもしれませんが」とディドリクが切り出すが
「我が国も住環境はそれほど充実しているわけではないので、気にしなくて良い」とジークリンデ。
帰宅と到着を告げて、母マレーネにジークリンデを紹介する。
「マレーネ様、国王ヘルベルトの娘、ジークリンデにございます」と言って膝をつくではないか。
「そう、あの小さかったジークリンデが」と言ってマレーネも自分の名を名乗り、立つように促す。
ジークリンデは頬を輝かせているが、マレーネの方は歓待の姿勢を見せながらも、表情はかなり冷ややかだ。
「わざわざお越し頂きありがとうございます、ゆるりとご滞在ください」とは言うものの、いかにも儀礼的に言っている印象。
ジークリンデの方は満面の笑みをたたえ
「父ヘルベルトから、常々マレーネ様のことをうかがっておりました。こうしてお目通りできたのは光栄の至りです」とまで言っているのに。
「マレーネ様、リヒャルト・ハルベの息、マックス・ハルベにございます」
同行したハルベもまた膝をついてマレーネに挨拶をする。
「覚えていますよ、マックス、あなたも医師になられたのですか」と問う母。
「はい、父とともに、王室の顧問医師をさせていただいております」
「国王をしっかりお守りしてください」とこれまた淡々と話す、マレーネ。
二人は面通しだけしたような形で、退出する。
一方王宮ではガラクライヒ王国使節団が到着し、エルメネリヒ王と会談中だった。
大使の問題が出たものの、エルメネリヒ王の説明を聞いたこともあり、あまり深刻にはとらえていないもようで、フネリック側は一安心。
もっとも代表団のトップが大伯で、決定権を持つ人間がいなかったから、というのもあったが。
メシューゼラの成人式当日。
それぞれが贈り物を持ち寄り、礼を返す、というガラク人の間でよく行われているスタイルだ。
もっともさすがに王家の式典としてなされたため、楽団は入るし、ささやかながらも園遊会めいたものも行われる。
ただし、犬猿の仲と言っていい四大選帝王国のうち二国が座を同じくしているだけに、その位置取りについては、フネリック王国としては苦労したところである。
幸いなことに、この両国に接点はできなかったものの、お互い誰が相手をしているか、ということについては、やはり目が行ってしまっていた。
ガラクライヒ王国はもっぱらエルメネリヒ王とガイゼル王太子、そして正妃イングリッド。
しかしリッツ大伯はしきりに目でメシューゼラを追っており、それを察したガイゼルがメシューゼラと一曲、という場を設けてくれた。
ノルドハイム王国はもっぱらディドリクの担当。
とはいえこちらはこちらで話すべき問題、話題が多すぎたため、ガラクライヒ王国がフネリック国王と話していても、さほど怒りは感じていない様子。
「まずは、キンブリー公国での直接の危機を取り除いてくれたことには感謝します」
と、ジークリンデが切り出した。
護衛名目の四人も、周囲にいて聞き耳を立てている。
よく見ると、声紋結界を張ってて、会話の内容が漏れないようにしているではないか。
誰が張っているのかわからなかったものの、この会話がメインであろう、と察してディドリクもこの話に乗っていく。
「本題に入りますが、貴方は帝都の暗殺隊についてどう考えているのか、それをうかがいたい」
ジークリンデの言葉を受け取るように、続けてフリューダイクが
「私はハルブラント殿下から、メヒターはヴァルター殿下からそれぞれ暗殺隊に関する一連の事情を聞いております」と伝える。
つまりこの六人で、会談が可能だ、ということだろう。
「まだ構想段階なのですが」と断ってディドリクが自分の計画をもらす。
「帝国内部に巣食う暗殺隊とその背後組織、僕はこれを殲滅したいと思っています」と。
「まだ具体的な計画には至ってませんが、近く行動を起こそうかと考えています」
このセリフを聞いて、あまり表情が変わらないクレエムヒルト以外は嬉しそうに表情が揺れる。
だが、皆その美貌の陰から、黒い炎もちらつかせていた。
「なるほど、それで我々にも助力が欲しい、と?」と切り出すフリューダイク。
「いえ、そこまでは望みません、こういう言い方をするのは大変失礼なのですが」と言葉を切って、続ける。
「どうか、私たちの行動を、見て見ぬふりをしていただければ、と考えています」
「ほう」と言ってジークリンデが
「それは我々に『邪魔をするな』と言う意味なのか」と詰め寄るが、口元はわずかに微笑んでいる。
どうやら一同、戦いたくて仕方がない、という風情だ。
「王子」とそれまで沈黙を続けていたクレエムヒルトが冷たい口調で話す。
「暗殺隊の存在はフネリック王国だけの問題ではない、そのことをご理解いただきたい」
「あなたが暗殺隊とことをかまえるなら、我々も手を貸す、と受け取ってほしい」とジークリンデ。
「ありがとうございます、ただまだ構想し始めたところですので」
こう言って、具体策にはまだ入らなかったが、この中に一人、ヴァルターの部下がいることに気づいて、
「メヒターさん、ヴァルター様に一つだけお願いがあるのですが、お伝えいただけますでしょうか」
自分にふられたため、メヒターは嬉しそうに答える。
「王子様、なんなりと。私を対決部隊にご所望でしたら喜んで」
この好戦的な申し出に、少し腰がひけてしまったディドリクだったが、
「いえ、遠征になるとしたら、ヴァルター様の空陣隊をお借りできないでしょうか、と思いまして」
これは帰国してから考えていたことだ。
ガラクライヒならまだそれほどの旅程ではないが、帝都やジュードニアと言った遠方になると、膨大な日程が必要になってくる。
「なるほど」と言って、メヒターは瞬時にディドリクの意図をくみ取る。
「わかりました、必ず伝えます。でも王子、もし遠征の御予定があるのでしたら、わたくしどもも傭兵名目で呼んでいただければ」
「ヘドヴィヒ!」と強い口調でジークリンデが制する。
ディドリクもさすがにこれは失言だろうと思ったが、メヒターは臆することなく
「我がノルドハイム魔術騎士団の力を誇示するにはかっこうの機会ではありませんか」と言って、ジークリンデに顔を向ける。
「まったくあなたは...」と頭を抱えるノルドハイム王国第二王女。
「いえ、さすがに大々的に軍を動かそうとは考えていません。暗殺隊がホルガーテ王国の一軍として動いているという証拠はまだありませんので」
「しかし王子、軍を動かして怪しいところをつぶしていった方が確実ですぞ」とフリューダイク。
まったく、なんて好戦的な人たちなんだ。
このフリューダイク氏など、いちばん社交的に見えていたのに。
「まあいい、だが具体的なプランがまとまったら、ぜひ我が国にも伝えてほしい、秘密は厳守するので」とジークリンデがまとめてくれた。
ノルドハイム王国との密談はすぐに終了し、声紋結界は解除され、ジークリンデ達もフネリック王国との交流の輪の中に入っていく。