【十三】 御前会議
帰国後、ディドリクの報告を受けて御前会議が行われた。
メシューゼラの、王女としての成人式は問題なく決定し、すぐさま日程を決め、ノルドハイム王国等へ招待状が出される。
だが、ノルドハイム王国からの大使受け入れ問題は、少し紛糾した。
四大選帝王国の外縁に位置し、国力、軍隊ともに二流から三流の小国であるフネリック王国は、何よりも戦争に巻き込まれるのを嫌う。
もちろん地勢的に巻き込まれる位置にあると、どこかと同盟を結んだり、あるいは衛星国になって生きていく方が安全なのだが、フネリック王国の場合、外縁部という地理的要因から、その必要はない。
それどころか西方大国ガラクライヒ王国の背後にあるため、他国と軍事同盟を結んでしまうとガラクライヒを牽制しようとして利用される可能性も出てくる。
民族的にもガラク人に近く、仮に軍事同盟を結ぶのであれば、フネリック王国にとってはガラクライヒほぼ一択。
しかしそれさえも、そのことを理由に攻められる可能性もある。
実際何度かあったノルドハイムとガラクライヒの戦争で、同盟を結んだ国は蹂躙されている。
ガラクライヒ王国とは現在のところ友好的な関係を結べているので、とりたててそれ以外の他国と同盟を結ぶ必要もない。
もちろん、大使を置くということがすぐに軍事同盟に発展することを示すわけではないが、可能性として残ってしまう。
現在フネリック王国に大使を置いている諸国は以下の通り。
まずガラクライヒ王国。
次いで隣国コロニェ教会領。
そして教皇領と、帝都、この四つのみである。
まずディドリクからこの伝言を受け取った直後では、賛成派が約四割、反対派が約六割で、ノルドハイム拒絶派がやや優勢だった。
主たる反対者として辺境伯ロットワード伯爵、そして外相クーゲルスタムだったが、この二人は反対派ではあっても理由がかなり違う。
外相クーゲルスタムはこれまでの均衡を意図的にこちらから崩してしまうことへの危惧。
そしてロットワード伯は、ノルドハイムのような軍事大国から大使を受け入れると、そこへ拠点にして衛星国化されてしまうのではないか、という危惧。
ディドリクは「軍事同盟や衛星国化にはしないと言っていた」と証言したものの、どちらがいいのか判断がつきかねていた。
すると一通り各貴族、政務関係者から意見が出そろったのち、王太子ガイゼルが立ち上がって、発言する。
要点としては以下の通り。
大使受け入れは賛成だが、派遣は文官に限定すること。
公式文書として教皇にも立ち会ってもらい、軍事同盟の義務を負わないことを正式に認めさせる。
この二点で衛星国化は避けられるはずです。
そしてさらにバランス問題について、こう発言した。
これまでわが国が経済的に弱小だったのは、むしろここに原因があり、帝国内で生き残っていくためにはむしろ必要なのです。
そしてガラクライヒ王国にも事前に使者を送り、この度のことを締結前に知らせ、かつ軍事同盟ではないことを強調しておくこと。
ここまで言ったのち、ガイゼルはこうまとめる。
我々は今まで外国との交流を、ほとんどガラクライヒ王国にのみ頼ってきました。
これを機会に、少なくとも交流のあった帝国諸邦と大使の交換をするべきではないでしょうか。
ノルドハイム王国だけを追加するのは疑念を呼びかねません。
私は南方大国ジュードニア王国や、ニルル王国、カリクサ市国などとも大使の交換をしていくべきかと考えています。
その他、こまごまとして意義を上げ、かつ諸国諸邦の情勢も解説して、大使受け入れと交換を、他国へも広げていくべきだ、と力説した。
王太子としてのガイゼルの地位もあったが、それ以上に未来を見つめ、かつ合理的な理由を上げて演説したガイゼルにより、ほぼすべての諸卿が賛成に回っていった。
演説を聞いていて、ディドリクはガイゼルの分析力に感心した。
病弱だった時期も、ディドリクとはまったく違う方面の書籍、政経実務について多読熟読していたこともあり、強い説得力があった。
ただ一人、ロットワード伯が最後まで抵抗していたが、王が決定したことにより、渋々認めていた。
このときディドリクはまだ、ロットワード伯の異質さに気づいていなかったのだが。
ノルドハイム王国大使を受け入れることは決まったが、時期はガラクライヒ王国への説明を経てからとすること。
教皇立ち合いの元、軍事同盟とはしないことをノルドハイム王国に認めてもらうこと。
近く、ジュードニア王国やニルル王国などにも、大使交換の使いを出すこと、などが可決される。
閣議終了後、ディドリクは父王とガイゼルの元へ向かった。
「兄上、私自身も大使受け入れが良いことかどうかわかりませんでした、適切な判断だったと思います」
こう告げると、
「いや、ディーから帝都の報告を聞いて、知らないことがあまりに多すぎる、と前から感じていたんだ」
立地から考えれば、フネリックはガラクライヒだけを相手にしていれば良かった。
しかし、それでは発展できない、とも付け加えて。
また同時に閣議決定後、すぐにメシューゼラの成人式招待状が、ノルドハイム、ガラクライヒ、そしてコロニェ教会領に早馬で届けられた。
そこから先は、王家にとってメシューゼラの遅い成人式を中心に回っていく。
コロニェ教会領からは
「久々の慶事であろう」と言い、ヒュッケルト司教自らがやってくることが伝えられた。
ガラクライヒ王国からは、リッツ大伯が帝都でのよしみにより参加。
そしてノルドハイムからは、もちろんジークリンデが参加する旨を、正式に伝えてきた。
ジークリンデだけでなく、かなりの大物が参加すると聞き、準備段階から緊張しているメシューゼラ。
しかし顔ぶれにリッツ大伯という知った顔もいたため、少しずつ緊張も解けていく。
「ひょっとして私の時より盛大なんじゃないか?」
とガイゼルが笑いながらつっこみを入れてしまうほど。
その準備の騒ぎを横目に、ディドリクはこっそりとグリース州コルプス男爵や、ベクターと連絡を取り合っていた。
まずはコルプス男爵との、魔術通信。
ヘンゼル商会が言っていたように、かつての塩土に稗などの五穀、雑穀等の栽培に成功していること、などが伝えられた。
「しかしそれは今年になってからのことで、まだ細かな内訳は王都には知らせていない」とも聞く。
ではどうやってヘンゼル商会は知ったのだろうか。
カルルセンから聞いたときには不思議だったのだが、今ではおおよその見当はつく。
おそらく彼らが主として活動しているノルドハイム王国で、空陣隊が空から見て来たものを聞いたのだろう。
そうだとすると、ヴァルターが言っていた「自慢の空陣隊」の多方面におけるすごさが、あらためてわかってくる。
まだ初年度なので、休閑地の設け方や、作物の選び方、あるいは芋の栽培面積をどうするか、などを相談したい、とも言ってきた。
「あの芋はグリス州でもしっかりと育っています」
そう言えばカルルセンも「畜獣用の餌」とのみ言っていたので、たぶん芋のことは報告を受けていなかったのだろう。
このあたり、戦略的に重要になってくるかもしれない、と少し感じるディドリクだった。
グリス州の農地経営については後で詰めていこう、と伝え通信を切ろうとすると、申し訳ないように、戸惑っているような、妙な声で男爵が
「あのう...」と切り出してきた。
「殿下にかようなことを報告したものかどうか、かなり躊躇しているのですが」
と、なにやら煮え切らない、はっきりしない言い方になってくる。
「男爵、何かあったのですか?」と問うと
「はい、息子ができました」
一瞬、何を言っているのかわからなくて
「はい?」
と、間の抜けた声を出してしまった。
男爵は40歳代の独身で、かつての革命戦争で足を負傷してしまったことから、家庭を持つことに否定的な気持ちになっていた。
その諦念とも自虐とも思える人生観を少し見ていたので「息子」という単語の意味がスッと頭には入ってこなかったからだ。
「それは結婚されて、お子様が誕生した、という意味にとっていいんですか?」と問うと、
「ええ、ただし、そのう、貴賎結婚ですので、結婚と言っていいかどうか」
なるほど、それで少し躊躇していたのか、と思い
「形式はどうあれ、男爵に後継者が生まれたというのであれば喜ばしいことですし、僕は応援しますよ、少なくとも男爵位は継げるように」
フネリック王国も血統王家であり、王族が貴族社会の頂点に立つ形態であるため、貴賎結婚をホイホイ認めてしまうのは不都合なのだが、なにせ田舎の王国である。
その辺はあまり厳格には扱われないのではなかろうか、と少し楽観的に考えている。
もし仮に、貴賎結婚を理由にグリス州の血統相続を拒む者があらわれたとすれば、そこは養子という形を経由すれば問題なかろう。
そもそも革命戦争の英雄であったコルプス男爵に、そういう厳格さを迫る者がいるとは思えないし、男爵の一族は戦争でほぼ全滅している。
一族内での遺産争いにはなりにくい。
また本来なら男爵が世継ぎなく死ねば、グリス州はもともと王家からの割譲だったので、領地は国家へ接収されてしまうはずだ。
「で、相手は僕が知っている人ですか?」
と問うと
「メイドをしていたアンナです」と言うではないか。
あのメイドさんは、確か男爵を尊敬していたし、なんとなく経緯が目に浮かぶようである。
とはいえ、まだまだ他国の古い貴族社会では、使用人の女子に手を付け、こどもを産ませる、という感覚は、たいそう下品でなさけないことだ、と感ずるところも多い。
だがディドリクは、二人の人となりを知っている。
彼らの身分違いの恋を祝福してもいいのではないか、という気にはなっていた。
「ありがとうございます」と少し声を震わせながら言う男爵。
「これからのことを考えると、一人とは言わず、もう何人かお願いしますよ」と言って、通信を切った。
次はベクターに相談を持っていく。
ノルドハイム王国で体験したことを伝えたディドリクは
「出発前に言っていたように、遠征隊を組織する時が近づいてきたかもしれない」
と語り、改めてそこへの参加を要請した。
「ふむ、目途が立ったというのだな」
「ええ、目途というか、大義名分ができたというか。とりあえずガラクライヒ王国か、ジュードニア王国に行くことになりそうです」
そしていくつか計画の断片を伝えておいた。
十日後、メシューゼラの成人式が開催された。




