【六】 模擬試合 対ベルベット戦
負傷した者も出るので、模擬試合は、二日で一試合。
二戦目は翌々日の開催となるので、緒戦の次の日、ディドリクの周囲に人が集まってきた。
「ディドリクくーん、強いのねぇ、おねえさん、びっくりしちゃった」
机の前で向き合うような形で、豊満な姿態を見せびらかすように話しかけてきたのは、ブルネットの巻き毛の少女。
名前まではまだ知らなかったが、試合の途中、女子の中で唯一と言っていい強さを見せていた少女である。
同年代であれば、そろそろ体力において男女差が出てくるため、大半が魔術勝負に持ち込んでいたのだが、彼女だけは剣技において対戦相手の男子を翻弄していた。
「ねぇん、この国の王族って聞いたんだけど、ほんとォ?」となまめかしい声で語り掛けてくる。
「おい、いくら留学組とは言え、失礼じゃないか」と、ダークブロンドの少年が彼女を制する。
その少年をディドリクは確かに知っていたのだか、どうも名前が出てこない。
彼はディドリクに向き直り
「殿下、お久しぶりです、イングマール・ブランドです」
思い出した!
父王の侍従、ブランド侯の第四子である。なんどか誕生日に会っていたはずなのに、失念していた。
「殿下、この失礼な女は、ベルベット・ラッヒェ、ニルル王国からの留学生です」
「もぅん、委員長ったら固いんだから。私はこの国の民じゃないから別に敬語なしでもいいよね?」
ニルル王国というのは、フネリック王国東側に隣接するコロニェ教会領の南方にある多民族国家である。
王政を敷いてはいるが、実質連邦国家で、しばしば内乱が起きている。
確か満足な学校もなかったはずなので、向学心ある子供は、広く他国へ留学する者が多いとか。
「かまいませんよ、そもそも僕は王族と言っても庶子なので、敬語は不要です」
イングマールにも向き合って
「学院の中では対等でいたいのですよ」と付け足す。
「でも殿下が敬語でしゃべっておられるのに...」とイングマール。
「だって、ここにいる皆さんは、僕より年上じゃないですが、これは敬語ではなく、礼儀です」
きゃははは、と笑うベルベット。
少し気まずそうなイングマール。
そこへのっそりと話に入ってきたのが、昨日ディドリクと対決したドッドノン。
「そんなことより昨日のアレ、どうやったんだ? なんか知らない間に負けてたので、説明してほしい」と切り出した。
そうだそうだ、自分もよく見えなかった、と何人かが声を出す。
「ドッドノンが切り込んだ瞬間、ディドリクが盾でそれを受け流し、突っ込んできた足首に雷撃を放った」
と、ディドリクの背後で聞いていたブロムが解説する。
「...で、合ってるかな?」
「ええ、その通りです」とディドリク。
「体格ではとてもかなわないので、最初の一撃をかわすことだけに集中していました」
(本当は足首だけでなく、関節にも放電したのだが...)と思いつつ、ディドリクはニコニコしながら答えていた。
「人間というものは、一つの動作から次の動作に移る時、どうしてもそこにスキができる、その瞬間を狙ったのだろう」とブロム。
イングマールが驚きながら
「すごいですな...一瞬電光は見えたのですが」と付け加える。
ベルベット、イングマール、ドッドノン、ブロム、彼らが昨日の模擬試合で強そうだ、と感じた者たちだった。
そして遠巻きに彼らを見ていたもうひとり、黒髪の巻き毛の少年、カスパール、だったかな、彼もそうとう強かった、とディドリクは回顧していた。
翌日、模擬試合の二日目が開かれる。
初日に勝った者は勝った者と、負けた者は負けた者との組み合わせで、緒戦に敗れても、満遍なく試合ができるようになっている。
まずはドッドノン、緒戦でディドリクに敗れたとはいえさすがに強く、対戦相手の少年を鎧触一蹴である。
初戦と同じく棍棒を使い、開始と同時に飛び込んで相手の剣を吹き飛ばし、素早い腕の返しで押し切ってしまった。
前日のブロムもそうだったが、強者というのは、速度においても傑出しているようだ。
イングマールも初戦ではそうとうのスピードを見せていたが、この日は長引いていた。
相手方の少年ともども木剣を武器にとり、素早く移動しながらの、剣の打ち合い。
だが時間をかけて打ち合うと、力の差が出てしまうものだ。
相手の少年も訓練を積んだ後が見えたものの、イングマールの剣さばきの前に、ついに剣を飛ばされてしまう。
互角のように見えて、イングマールの剣術が上回っていたのだ。
そしてこの日、もっと注目を集めたのが、ディドリクとベルベットの試合。
「ディドリク君、お手柔らかにね」とウィンクしながら開始線の向こうに立つベルベット。
選んだ武器は鞭。
ディドリクは前日のベルベットの試合を頭の中で再生する。
木剣を選んだ長身の少年相手に、右に左に動き回って翻弄し、ついに鞭でからめとっていた。
果たして同じ戦法でくるか、それとも他の女子のように、魔術を隠し持っているのか。
「はじめ」の合図で試合開始。
しかし予想に反して、ベルベットは剣技に優れた男子のようには踏み込んでこなかった。
鞭で石の地面を叩き、防御の姿勢。
ところが、しばらくすると叩かれた地から、鞭の先端に火の玉が現れる。
ひとつ、ふたつ、みっつ...。
自身の周囲に火の玉を漂わせ、鞭を振り続けるベルベット。
「ディドリク君は強いから、出し惜しみはしないわよ」と言って、その火の玉を同時に投げつけてきた。
炎術!
しかしその扱いは、法術によるものではなく、魔術によるもの。
というのも、鞭を打ちふるっていた間に、詠唱らしきものが行われていたこと。
そして、繰り出してきた火の玉が、いかにも個別的であったこと。
文法家の法術であれば、いきなり相手の場に熱場をしかけるからだ。
とはいっても、現れる現象には、魔術、法術の違いはない。
ディドレクは円盾に負の熱場を与えて冷却化し、身に降りかかる火の玉をそれで躱した。
鈍い音を出して火の玉がはじけて消えるが、火の玉は一つではない。
一つ消されてもまた一つ、別の火の玉が少年を襲う。
ベルベットの方も、ディドリクがスキを見せた瞬間に鞭を打ち込もうと彼を追うが、なかなかその機会が得られない。
自身が動きながら、しかも複数の火の玉を操っている...ディドリクはこのベルベットの力量に感心し始めていた。
しかし防戦だけでは勝機も生まれないので、火の玉をよけつつ、距離をとりながら、石畳にステップを踏んでいく。
そして、ベルベットに向かっていくのだ。
このときの位置関係は、火の玉→ディドリク→ベルベット。
ある程度のステップを踏み終えると、石畳みに命令する。
「立ち上がれ!」
石畳が浮き上がり、追いかけてきた火の玉の前に立ちふさがる。
火の玉の進路がふさがれて焦るヘルベットに向かって、ディドリクが突っ込んでいく。
新たに火の玉を出す余裕も、詠唱する時間もないと悟ったベルベットは、至近距離に来たディドリクに鞭を放つ。
ピシッ!
ディドリクの右手に鞭が巻き付くが、その瞬間、右手から炎が生まれ、火が鞭を伝ってベルベットの元へ走っていく。
「ひっ」と声を出して、ベルベットが鞭を離す。
そこに飛び込んでいったディドリクが、盾の縁をベルベットの喉元につきつける。
少しの間をおいて、ベルベット。
「私の負け、降参よ」と。
その言葉を聞いて、ディドリクもへなへなと座り込んでしまう。
「ベルベットさんも強いですよ、もうヘトヘトです」と。
試合を見ていた者たちから「わっ」と歓声が上がった。
ベルベットがゆっくりと立ち上がり、ディドリクの方に近づいてきて、つぶやくように言う。
「キミも炎術が使えるのね」
「僕は文法家を目指してますから法術です、魔術の炎術ではありません」
ふうん...と何やら考えていたベルベットだったが、すぐに笑顔になって
「すごい、すごい、キミ、ほんとに強いんだ、すごい」と抱き着いてきた。
豊満な胸が顔に押し付けられて、ディドリクはびっくり仰天。
「あ、いや、ベルベットさん、ちょっと」
こらー、とイングマールがかけつけてくる。
彼も試合で疲れているはずなのに、このベルベットの行為を見て、二人の間に割って入る。
「なによぉん、委員長ってば、やきもちー?」
二人の間に口論が始まったのを見て、這うようにしてその場を逃れるディドリクであった。