【十二】 赤髪姫、天を駆ける
フネリック王国馬車隊は、既にノルドハイム国境を越え、キンブリー公国に入っていた。
帰りと同じ行路を、と指示されたために、公都キンメルへは向かわず、西の海岸線を南へと下っていた。
行きは左手に見た海岸を、今は右手に見ている。
既に三日の時が流れ、アマーリアの顔が日に日に沈み込んでいく。
帰路の途中で合流する、とは聞かされていたが、何日後、というのは聞かされていなかったためだ。
変わりばえのしない冬の海岸線を見つめながら進んでいくと、後方から歓声が沸き起こった。
イングマールはなにごとか、と思い後方を見ると、ノルドハイム王国出発前に見た大魔鷲の群れである。
この報告を聞いて、メシューゼラもアマーリアもそれまで暗かった顔が一変した。
馬車隊が一時歩みを止めると、海岸の広い地域に次々と大魔鷲、それにひかれる函車、天馬隊、鳳凰隊などが降りてくる。
天馬隊から一人の空挺魔術師が馬車隊に近づき、ディドリクの帰還を告げる。
昼にはなっていたが、冬の北国である。
海岸沿いということもあり、まだまだ寒い。
そんな中を次々とフネリック王国使節団が下車してくる。
函車からはまずヴァルターが降りてきて、イングマールに挨拶を交わす。
「まだ全部ってわけではないけど、あらかた片付いたので、王子をお返しします」とにこやかに笑っている。
ディオンに続きディドリクが降りてくると、一目散にアマーリアが駆け寄る。
いつものように無言で抱き着くが、ディドリクの顔が少し暗いことに気が付いた。
「兄様...どこか調子が悪いの」と、小さな声で尋ねる。
「いや、ごめんごめん、少し疲れただけだよ、ほんの少し、ね」
アマーリアは直感的に、その疲れが肉体の疲労ではないことを感じ取ったが、黙っていた。
メシューゼラもおずおず近寄ってきて
「兄様、大丈夫ですか」と問う。
ここでようやくにっこり笑顔を見せたディドリク。
「大丈夫だよ、そんな心配そうな顔をしなくても」と言ってメシューゼラの頬をなでた。
三人の様子を眺めていたヴァルターが、近寄ってきて告げる。
「いや、ほんとに申し訳ない、王子に頼りっきりでね」
少し間をおいて、今度はメシューゼラに向かって
「それで赤髪の姫君、お詫びというのは少し変ですが、少し考えていたことがあるのですよ」と言い出す。
「え?」
「我がノルドハイム自慢の空陣隊で空を舞ってみませんか」
函車の中では、送り返したあと早々にヴァルターは自分の国に帰る、といっていたので、ディドリクも吃驚。
もちろん、打ち合わせなどはしていなかった。
「ヴァルター、それはさすがに」
「妹君も心配されてるし、今回のこの件は私が一方的に頼んだことでもあるし、不安な気持ちで帰ってほしくないんだ」
今度はアマーリアの方に向き直って、
「ディドリク王子には本当にお世話になった、これは本心なんだ、だから安心してほしい」とも言う。
一方メシューゼラは、ノルドハイム王国第二王子にして空挺魔術団の長でもあるヴァルターから言われたことに心奪われてしまっている。
「兄様、お受けしてもいいのでしょうか」
妹たちの不安も、ヴァルターの配慮も手に取るようにわかったので、
「ヴァルター、その、安全性とかは大丈夫なの?」と尋ねる。
「万全の配慮で飛ばさせてもらうよ」と答えて、空挺魔術師の中から一人、選抜する。
「リカルダ、お前にまかせようと思うが、どうだ?」
リカルダと呼ばれた空挺魔術師は少し小柄な少年に見えたが、飛行帽を脱ぎ去って驚いた。
見事な金髪をなびかせる女性だったのだ。
「姫君には男性の背中にしがみつくより、女性の背中の方が良いんじゃないか、と思ってね」
そしてメシューゼラに向かい、天馬と鳳凰、どちらがお好みかな、と聞いてくる。
メシューゼラは両者を見比べて「天馬!」と言う。
リカルダと呼ばれた女性空挺魔術師はメシューゼラに膝まづいて、恭しく言う。
「それでは姫君、私が姫君を後部座席に乗せ、空を舞わせてみせましょう、どうかお任せいただきたく存じます」と、よく通る綺麗な声。
「さすがにその衣装では危険なので、こちらで飛行服に着替えていただきますかな」
ヴァルターはそう言って、今まで乗ってきた函車の方に誘導する。
そして衣装をノラに渡して、函車の中で着替えをして出てくると、小柄な空挺士の出来上がりだ。
「動きやすいです、兄様」
と言って、くるくる回ってみせるメシューゼラ。
「あんまり大空ではしゃいだりしちゃいけないよ」と、つい心配になってしまうディドリク。
それを聞いてヴァルターが
「大丈夫だよ、念のためディオンを下に飛ばすから、万一落ちたら彼に拾わせる、ま、万一なんてないはずだけどね」
そう言ってディオンにもいろいろと指示を出している。
飛行服に飛行帽を身にまとい、メシューゼラはちょっとしたコスプレ気分。
幼い頃「スカートは嫌い」と言っていたことを思い出したが、ここまで活発な服装は初めてである。
天馬とは、その名のごとく、天を駆ける馬で、肩口から長い翼をはやしている高速空挺魔獣だ。
「馬」とは呼ばれているが、それは肩から上、特に頭部が馬とそっくりだから。
しかし足は馬よりは太く短いし、胴体もずんぐりしており、頭部以外はむしろロバに近い。
肩甲骨から繋がっている第五、第六の足のような翼だが、これはもちろん強く広い。
だが同時に魔力を受け取れるため、操る空挺魔術師の魔力を受けて、数人を運ぶことができるし、あるいは小型なら函車を引くこともできる。
その中から一頭選び、リカルダは仲間とともに鞍を2つつけ、特殊な鐙を付ける。
「函車に乗るよりこちらの方が臨場感がありますよ、姫君」
リカルダは笑って見せるが、線が細いように見えたのに、なかなか豪快な性格のようだ。
「え、ええ」と少し戸惑うメシューゼラに対して
「鐙で足を固定しますから、ちょっとやそっとで落ちたりしません、何より私につかまってくださるよう装備もしますから」
と言い、天馬を座らせる。
競走馬と違い、天馬は足が太く短いこともあり、足を折って座ることもできる。
座らせた天馬にメシューゼラを乗せ、鐙で足を固定していく。
「客人を乗せるときは、ああやって足を固定して落ちないようにするんだ」とヴァルターの言。
「リカルダなら心配ありませんよ、王子」とディオンも説明に来る。
「彼女の家は代々空挺魔術師の家柄で、あいつも生まれた時から天馬にまたがってますから」
そして信頼しきっているように付け加える。
「天馬や鳳凰が根っから好きなのですよ、あれは」
座った天馬の後部座席にまたがるメシューゼラ。
その足をパチパチと金具で固定していく。
前部座席にはリカルダが乗り、
「姫、ここをつかんでください」とチェストに密着している手袋を見せる。
その傍らに、別の天馬に乗ったディオンが来て、
「姫、私が下を飛びますので安心してください」とも。
それを聞いてメシューゼラは、リカルダの胴体に、用意された手袋に手を通してしっかりとしがみつく。
メシューゼラの胴体にも、念のため命綱を幾重にも渡してある。
要するに、リカルダの背中にぴったりと固定される形になるのだ。
アマーリアはこの手順を興味深げに見つめている。
「アマーリアも飛びたいかい?」とディドリクが聞くが、アマーリアは全力を込めてぶんぶんと頭を横に振る。
「じゃあ、怖いかもしれないけど、ゼラの勇姿は見てあげようね」とディドリク。
まず、ディオンの天馬が飛翔する。
大きな翼をふるわせ、フワッと馬体が浮いたかと思うと、前方へと滑空するように舞い上がっていく。
「それでは私たちも」とリカルダが言い、二人の乗った天馬が浮き上がる。
「ひゃっ」と言う声が聞こえたが、メシューゼラを乗せてリカルダの天馬が空を行く。
一瞬目を閉じてしまったが、リカルダの声が聞こえて目を開けた。
「姫君、ご覧ください、殿下たちが下に見えます」
おそるおそる目を下に向けると、下には豆粒のようになった兄や妹の姿が見える。
続いてリカルダが前方を示す。
「はるか向こうまで見えますよ」と。
メシューゼラが顔を上げると、馬車隊が通ってきた行路が、そして海岸線が見えた。
さらに逆方向を見ると、森があり、その向こうにうっすらと街並みが見える。
「あれがキンブリー公国の首都、キンメルです。」
メシューゼラは初めて見る光景に、というか初めてみる俯瞰に感動して、声も出ない。
「すごい」
なんとか絞って出せた声はこれだけだった。
天馬としては大した高度をとっていなかったのだけど、それでも「鳥観」「俯瞰」というには十分な景色。
下には万一のことを考えてディオンが飛んでいるのだけど、そこまでまったく視界に入らず、遠くの景色を見つめていた。
「少し飛んでみます、景色の変化を見てください」
天馬が空を駆けると、周囲の景色がどんどん動いていく。
道が、森が、海が。
丘が、村が、河が。
次々と現れては消え、また現れる。
高所から見下ろす風景の目まぐるしい変化に、メシューゼラはすっかり心とらわれてしまった。
感動に打ち震えている赤髪の美姫を優しく見つめながら、リカルダが言う。
「ディドリク様が心配なさるといけないので、そろそろ戻りましょう」
下では少し心配そうに見ていたディドリクは、リカルダの天馬が急激に舞い始めて驚かされる。
「リカルダのやつ、嬉しそうだな」とディオンが言うと、ヴァルターも、
「あいつは空軍というより、天馬で空を飛ぶことの方が大好きなやつだしな」とも言って、にこやかに見ている。
そして、ゆっくりと天馬が舞い降りてきた。
馬具をはずして、降りて来たメシューゼラを、ヴァルターとディドリクが迎えに行く。
「いかがでしたか、姫君、空の小旅行は」とヴァルターが言うと、
「すごい、すごいです、なんて言っていいのか」
とメシューゼラは感動と興奮で言葉にならない。
そしてディドリクの姿を見つけると
「兄様、アマーリアも! 空ってすごい!」
もうこれ以上ないほど興奮して、瞳を輝かせている。
「ずっと海岸線が見えたの! キンメルの町も遠くに見えたわ! 森も、山も、村も!」
最後は文にならない言葉で、見た単語だけをつないでいく。
「良かったよ、少し心配したけど、楽しめたようだね」とディドリク、そしてリカルダも
「フネリック王国の美しき姫君に、ここまで喜んでいただけると私も嬉しいです」とにこやかに立っている。
「ただ、冷えるといけませんので、すぐにお召し換えを」と言って、メシューゼラとノラを函車に誘導する。
「リカルダさん、ありがとう、妹もいたく感動しています」とディドリクが言うと
「私こそ、あれほど喜んでいただけて、感謝に堪えません」
そう言ったリカルダはまた飛行帽を脱ぎ、パサッとその金髪を風に舞わせた。
「殿下、嬉しい任務、ありがとうございました」そう言って、ヴァルターの元へ行き、敬礼する。
メシューゼラが着替えている間に、ヴァルターがディドリクと少し話をする。
「今度の件、感謝しているよ、君にとっては少し後味が悪いとろこもあったけど」
「いえ、暗殺隊の背後関係がわかれば良かったのですが」
「まぁ、今後、キンブリーにもちゃんとした防御態勢を作っていかないといけないかな」
そう言ったあと、ディドリクに向き直って、さらに声を潜めて言う。
「私はこれで帰るけど、少し重要な提案をしておきたい」
「なんですか?」
「フネリック王国に大使を置かせてほしいんだ、詳細は追って姉なり兄なりから、連絡があると思う」
ディドリクが少し躊躇していると、
「軍事同盟になっては困る、という君の意思も理解している」と付け足した。
そして言葉を選ぶように、ゆっくりと話していく。
「あんまり君に隠し事をしたくないので言うけど、今回この空陣隊が持つ意味を君に見せたい、という意図もあったんだ」
この意味を悟ってほしい、というように間を取って、
「軍事同盟とか、属国とか、そういう意図じゃない、というのは信用してほしい」
「父に伝えておきます」とだけ言って、この話は打ち切りになった。
着替えを済ませたメシューゼラはまだ興奮していたが、空陣隊が帰還すると知って、少し悲しい顔になる。
「ヴァルター、また会える日を楽しみにしています、そしてリカルダも」
そういって、二つの国の使節団はそこで分かれて、それぞれ帰国の道をたどっていく。




