【十】 尋問
玄関口近くの客間に移動したディドリクは、そこで主だった者達に説明する。
「ヴァルター、公爵閣下、そして協力してくれた空陣隊の方々、ありがとうございます」
そう切り出して、まずはレーヴェンフルトの容態を尋ねる。
著しく衰弱しているが、命の危険は脱したらしい、という報告を受ける。
そして、以下のように説明を始めた。
呪殺術というのは、遠方からでも仕掛けられますが、近接して仕掛けることの方が普通です。
でもどちらかわからなかったので、両方の可能性を考えて、室内と、外部、双方に判断装置を投げておきました。
僕がこのマリアさんが怪しい、と思ったのは、もちろんこの釘の変色にありましたけど、同時に解呪の時にいた位置取りを思い出すと、東側にいたからです。
東側、それはヴァルター麾下の魔術師が東側で釘の変化を確認してくれたからです。
もちろん、捕まえた時には呪殺術の発動は止めていたようですけど、その残り香のようなものが反応してしまいました。
僕が以前呪術使と対決したおり、その男は術が破られたとみるや、自殺してしまいました。
自身の身元がバレそうだ、とわかるや、躊躇なく自殺してしまったのです。
古来より、呪術を使う者には精神に異常がある者が多い、と言われてましたけど、まさにその通りでした。
そこで今回も、自身がしかけた呪いが見破られると、自殺してしまう可能性を考えていたわけです。
案の定、怯えたふりをして薬を仰ごうとしたので、催眠術を使って眠らせました。
ただ自殺用の薬以外に別の自殺手段をまだ隠しているかもしれませんし、外部に協力者がいるかもしれないため、場所を変えてみました。
あとはこのマリアさんに、誰に命じられたか、どういう背景があるのか、を催眠術で聞き出してほしいのですが...。
そう言って、ディドリクはヴァルターを見る。
「君ならできるんじゃないか?」というヴァルターの言葉のあと、ディドリクが言う。
「やってもいいんですけど、外部の協力者が口封じに来るかもしれないと考えています」
「わかった、じゃあ私と部下が結界を張り、周囲を監視しておくよ」
「それで、このマリアさんについて少し聞かせてください、どこの出身なんですか?」
こう話を向けると、アガーテが答える。
「マリアはコロニェ教会領で生まれた、と言ってました。そしてある有力王家の紹介状を持っていたのですが...」
「有力王家?」とディドリクが聞くと、ヴァルターも
「それはどこですか?」
かなりの間、躊躇していたアガーテだったが、夫アウクスト公太子が促したのでようやく語り始めた。
「あの、どうかご内密に...ホルガーテ王国の枢密顧問官の紹介状を持っていました」
ある意味予想通りだったが、あまりにも直接その名前が出てきたため、驚くディドリクとヴァルター。
「勤務態度はどうでしたか?」との質問に、
「外国生まれでしたけど、良く気が付く良い人だと思ってました」
アガーテはゆっくりと、慎重に話す。
「言葉にクセとかはありませんでしたか?」
「いえ、特に目立ってはありませんでした」
その他、いろいろ聞いたあと、いよいよ尋問に入ることにした。
気付け薬をかがせたあと、マリアが目を覚ます。
そして自身の身体が床柱に縛られていることを知るや、必死にもがき始める。
なお口は、なにか別の毒薬を用意している可能性を考えて、さるぐつわがかけられている。
その前に座り込んだディドリクが手に燭台を持ち、彼女の瞳を見つめる。
術は簡単にかかった。
さるぐつわを外して、尋問を始める。
「あなたの名前を教えてください」
「マリア・ダンジュー」
「そうではなく、あなたが生まれたときの名前です」
「ヨハンナ・プロスペロ」
「生まれた国はどこですか」
「ホルガーテ王国」
「あなたにキンブリー公国に潜入するように命じたのは誰ですか」
「ノトラ様」
初めて聞く名前だ。
そこでこう尋ねる。
「そのノトラというのは誰に命令されたのですか」
「...」
答に窮している。
これは深層暗示で答えられないようにしているのか、それとも本当に知らないのか。
公王夫妻、公太子夫妻、ヴァルターが注意深くこの光景を見つめていた。
彼らに向いて、ディドリクが言う。
「背後組織を知るのは無理そうですね」
そして尋問を続ける。
「あなたはどこで呪術を学んだのですか」
「ノトラ様の救貧院」
「あなたと一緒にこの国に入ったのは誰ですか」
「プラートゥス」
「プラートゥスとはどのような人ですか」
「魔術師」
「どんな魔術を得意にしているのですか」
「力場」
「その人物は、今どこにいますか」
「たぶん、衛士詰所」
具体的な名前が出てきたので、ディドリクはもう少し踏み込んでみる。
「プラートゥスは現在どういう名を名乗っていますか」
「ペーター・ブロック」
アウクストとアガーテの顔色がサーッと変わった。
そして同時にヴァルターが部下の魔術師に目で合図を送る。
すると何人かの魔術師が、音もなくその場を離れる。
「ブラートゥスの出身はどこですか」
「ジュードニア王国」
この答にも、公王は驚いてしまったようで
「うちにジュードニア出自の人間がいただと?」
アウクストの顔もそうとうに青くなってしまっている。
だが、マリアの顔がかなり苦しそうになってきたため、ここで一度中断し、術をかけて再び眠らせる。
「やはり協力者はいたみたいですね、そのペーター・ブロックという名前に心あたりがあるみたいですが?」
そう尋ねると、アウクストが答える。
「衛兵の一人だ...確かにこのマリアと同じ頃やってきたな、しかしブロックはこの国の出身だったはず」
ラインホルト公は頭を押さえて蹲り、アガーテは恐怖を感じてか、少し震えだしている。
ヴァルターが公爵と向き合って、慰めている。
そこへ、外へ調査に向かったヴァルターの部下の魔術師が戻ってきた。
「ブロックという男はいませんでした」と報告する。
ペーター・ブロックは解呪の式が行われると聞いてから、姿を見せていないとのこと。
「脱出したのか、それとも...」とヴァルターがつぶやいて、ディドリクを見る。
「その女から、もう少し情報を聞き出せないか」と。
この時、尋問に使っているレーヴェンフルトの寝室の外側で、何か騒ぎが起こっていた。
「離して、私はマリアに聞きたいことがあるの」という少女の声が響いてきた。
部屋に強引に入ってきたのは公王の姪にしてアウクストの従妹にあたるエルガであった。
縛られているマリアを見て
「ひどい、ディドリク様もヴァルター様も女の子を縛って、こんなことをするなんて」
公王がエルガを宥める。
「エルガ、今は尋問の途中だ、そしてマリアはとある暗殺隊の呪術師であることを白状したんだよ」
「そんな...」へなへなとエルガが座り込んでしまう。
「続けますか?」と聞くディドリクに、公王とヴァルターが頷く。
「エルガさん、どうか落ち着いて見ていてください」とヴァルターが今度はエルガを宥めつつ、ディドリクに目をやる。
ディドリクが再びさるぐつわをはずし、気付け薬を少しかがせて、再開する。
「プラートゥスはジュードニアの軍人ですか」
「いいえ」
「プラートゥスとあなたはどういう関係ですか」
「プラートゥスがノトラ様からの命令を受け、私が実行します」
後ろの方でエルガが声を落としてヴァルターに聞いている。
「プラートゥスって?」
「この城ではペーター・ブロックと名乗っていたようです」
ええっ、と驚いてエルガは目を見張った。
このブロックという男も知っているようだ
ディドリクは尋問を続ける。
「あなたは任務が失敗したとき、どういう命令を受けていましたか」
「見破られたら、この薬で死になさいと言われていました」
「あなたが自殺する手段は、その薬だけですか」
「はい」
「その薬はどこにしまってありますか」
「指輪の中に」
「他にはありませんか」
「はい」
どうやら今のところは自殺の手段を封じることができているようである。
「あなたは暗殺はこの国が初めてですか」
「いいえ、ニルル王国で嫡子をしとめました」
これを聞いて、エルガが「ひっ」...と小さな声を上げる。
「ニルル王国でもプラートゥスと組んでいたのですか」
「いいえ、プラートゥスはこの国に来る前に、初めて会いました」
「あなたはどうやってホルガーテ王国の紹介状を入手したのですか」
「ノトラ様が用意してくれました」
「紹介状にあった枢密顧問官とは誰ですか」
「...」
「あなたはその紹介状の中身を見ましたか」
「はい」
「そこに署名していた人物を知っていましたか」
「いいえ」
ふむ、ということは、紹介状の主と、暗殺隊とは関係ないのかな、と思いを巡らせるディドリク。
その時、ヴァルターのまた別の部下が戻ってきた。
やはりマリアが指輪に潜ませていた白い粉は、猛毒だったようである。
マリアの体調を考えて、ここで尋問を小休止とした。
ただし自殺の可能性が完全になくなったわけでもないので、引き続き眠らせたまま別室で監視をつけて拘束することとした。
ディドリクとヴァルターはラインホルト公爵の書斎へ移り、公王達とこれからのことを考える。
「まずペーター・ブロックなる人物を早くつかまえることです」
「あの...また呪いをかけられる、ということでしょうか」
アガーテがこわごわ尋ねてくる。
「いえ、たぶん呪いはマリアさんだけの担当で、そのブロックという男は、連絡係兼マリアさんの護衛だと思います」
ディドリクはこう言って、以前の解呪の時も、呪術使いと武闘派がペアだったことを伝えた。
重い空気になってきたため、ヴァルターが
「心配いりません、私どもの魔術師もいます、すぐにひっとらえてみせますよ」と言う。
公王達を自室へ送り、次にディドリクはヴァルターと善後策を講じる。
「索敵結界は張ってみた?」
「うん、大きな動きはないので、まだこの領内にいると思うんだがなぁ」
そう言ったあと、ヴァルターは部下にエルガを呼びにやらせた。
いかにも傷心のようすで、エルガがやってきた。
「エルガさん、私たちはブロックと言う男の顔を知りません、どうか協力していただけますか」
ヴァルターがこう言うと、力弱く「はい」と答えるだけ。
「以前僕たちが対決した武闘派は、自分から正体を見せて襲ってきたんだ」とディドリクが言うと、ヴァルターが、少し笑みを漏らしながら
「と言うことは、向こうから来てくれる可能性があるということか」
「うん、だから魔術師たちに、こういう配置をとらせてほしいんだ」
そう言ってディドリクはヴァルターに、ある策を提示した。