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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第五章 氷の王国
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【九】 誰が呪いをかけたのか

呪いに犯されているとみられる赤子の寝室に移動する前、ディドリクは衣装換えを行い、魔導士のようなローブに身を包む。

フードによって顔が隠され、遠目では誰なのか、わからないようにした。

これは千里眼対策である。

その意図をヴァルターと公王に告げた後、寝室へと向かう。

そしてヴァルターには、部屋に入ると同時に遮蔽結界を張ってもらうように頼んだ。

寝室には既に何人かの医務官、侍従、メイド、などが集まっていた。


乳児用の寝台に寝かされている赤子は、乳児だとは思えぬほどやせ細っていた。

声も出せず、うつろに中空を見つめていたり、瞼を閉じたりして、もう生きていることそのものに疲れまくっているような、そんな呪死寸前のような状態。

かつて自分の異母兄ガイゼルが陥っていた症状とはかなり別の状態に見えたものの、呪いが内部から命を蝕んでいる共通性は感じられた。


確かに「急を要する」と感じ、ディドリクは矢継ぎ早に指示を出していく。

見物人の排除、できるだけ大きな燃やしても構わない布帆を集めさせ、力のある衛兵に持たせる。

鉄釘を集めさせ、部屋の四隅に撒く、床に座布団を敷き詰め、赤子を置く、そしてその周囲にも鉄釘。

その他、もろもろの指示を出し、それが整えられるまでの時間を利用して、ディドリクはヴァルターを部屋の片隅に呼び寄せる。


「公王が言われたように緊急事態です」と切り出す。

衛兵を出してもらって、特に女性と子どもは近付けないようにしてください、刺激が強すぎる、というのもありますが、解かれた呪いが新たな宿主として狙うかもしれませんから。

そして、随行してきた空陣隊にいる魔術師の中から、何人か選抜してください。

特に、炎術に長けた者を。

さらに四人ほど感知力の強い術者を選び、これを付けて部屋の東西南北に配置してください。

そう言って釘の束を持たせる。


「これを持たせて?」と言うヴァルターに対して、

「呪いが妖術使のものならば、この鉄釘が反応します」と説明する。

そしていっそう声を潜めて

「公王には申し訳ないのですが、私はこの解呪より、これを仕掛けた術者、及びその背後組織の方に興味があるのです」

そう言って、この解呪の本命が、犯人の特定とその後ろにいる組織を突き止めることにある、という意図を語る。

「私も背後関係は大いに興味があるから、できるかぎり協力するよ」と言って、すぐさま選別に入った。


準備がすむと、ヴァルターひとりを除いて、関係者を布の背後に移動させる。

解呪の始まりだ。


座布団の上に寝かされている、今、まさに死につつある幼児に対して、呪いの所在を透視する。

しかしほとんど無用だった。

呪詛は既に、四肢と胴体全部に及んでいたからだ。

しかしなんとか核が鳩尾のあたりにあることを確認して、そこに反呪の霊言を流し込んでいく。


基本となる術式はかつてガイゼルを解呪したきと同様のものだったが、個々の施術者の特性を考慮して、全体にかけるのではなく核に集中していく。

シンタクスは意外と単純だった。

少なくともガイゼルの時のような凝ったものではなかったので、見極めた後、全身に霊式を注ぎ込んでいく。

解呪そのものは簡単なようだったが、問題は赤子の体力。

力づくで追い出すと、その衝撃で絶命してしまうかも、と思い、全体発動を仕掛けながらも、その核への霊言力は少しずつの投入となる。


しばらくして、黒い、というより少し緑がかった黒い気が、赤子の口から現れ、赤子が強くせき込む。

しかしディドリクは式の照射をやめない。

すると頭部の穴からどんどん黒い気が煙のように流れ始める。

耳、鼻、そして目からも。


赤子のからだを離れた黒い気は、部屋の上方に立ち上り、一つの形を取り始める。

空間に描かれた異様な形。

人のようであり、蛇のようであり、蜥蜴のようであり、移ろいながらぐねぐねと変化していく。

だが、赤子のカラダに戻してはいけない。

赤子から炊き出したような煙を戻さないようにシンタクスを調整し、維持する。



ヴァルターはこの秘技に目が釘付けになってしまった。

(これは...魔術ではない、そしておそらく妖術でもない、するといったい?)

驚嘆の中に落とし込まれながらも、冷静に観察を続け、思考をまとめようとする頭。


大きく広げられて四方を包むように立っている衛兵の布帆、その後ろから覗いていたエルガや公妃はその異形の黒煙にガタガタ震えたり硬直してしまったりしている。


中空でうごめく緑がかった黒煙が、赤子の中に戻れぬとわかり、大きな音を発する。

「ヴオオオオーン」

部屋の中には生臭い匂いも充満してくる。


やがて黒煙は、部屋の東側で衛兵に広げられていた、一番大きな布帆に突っ込んで行く。

その後ろにいたメイド達の何人かが恐怖で腰を抜かし、倒れこむ。

しかし黒煙は布帆に遮られ、人ではなく、その布帆に飛び込んでいった。


「抑えて、逃がしてはいけない」

ディドリクの強い声で、布帆を持つ衛兵がこらえる。

控えていた衛兵も、その彼に加勢し、布帆を支える。

黒煙が全て布帆に吸い込まれたのを確認して、ディドリクが叫ぶ。

「布帆を外へ、庭に出してください、早く!」

その声に従い、衛兵らが抱えるようにして布帆を外に出す。


「離れて」というディドリクの指示に従い、衛兵は布帆を置いて離れる。

目でヴァルターに合図をし、炎術を使える魔術師が集まってくる、といっても三人ほどだったが。

「焼いて、滅ぼして!」と、またディドリクの指示。

三人は利き腕を前に出して詠唱を始める。

布帆は三方からの火炎放射により焔に包まれる。


「ナヴォヴォヴォーン」と言う、先ほどとは少し違う音を発して布が焔の中で転がりまわる。

しかし、燃焼には至らない。

炎術師たちの放つ炎の温度が、それほど高くなかったためだ。

無理もない、彼らは本来空挺魔術師で、炎の術を「使える」程度の者だったからだ。

それを見てヴァルターも右手を上げて詠唱する。

「聖なる天焔よ、悪しき瘴気を焼き尽くせ!」

他の者とは違う、青い炎がその腕から放たれて、布帆を覆うとそれは一瞬で燃え上がった。

ロガガに放射したあの青い炎で、布帆を焼いていく。

この力がヴァルター本来の力だったのだろう。


燃え始めると、それは脆く、パリパリと音を立てて崩れていく。

ディドリクが灰に塩を巻けば、普通の灰に戻っていった。

呪いの核は消滅したのだ。

ガイゼルの時は立っていられないほどに消耗してしまったが、さすがに成長して体格もあの頃よりは上回ってるため、ディドリクも失神することはなかった。

しかし疲労は強く感じていた。

よろめく足で、急ぎ寝室に戻り、赤子の様子を見る。

そうとうに衰弱しており、呪いの効果が消えたとはいえ、まだまだ危険な状態。

そこで今度は魔術でヒーリングをかけ、なんとか息ができる程度には回復させる。


公国の医療団にあとをまかせ、部屋の隅で腰を下ろすディトリク、

公妃やその息子、つまり赤子の父、母たちが集まってきて、看護している。

大きな息を吐き、ぐったりしているところに、赤子の父で公王の子息であるアウクスト公太子がやてきて、ディドリクに礼を言う。

「王子、なんとお礼を申し上げてよいやら」

と膝をつき、涙混じりである。

ディドリクは精いっぱいの笑顔で、それを制して、ヴァルターを呼ぶ。

「釘を持たせた術者を呼んでください」


ヴァルターの部下四人が集まってきた。

ディドリクが訪ねる。

「鉄釘に異変は?」

すると東の方へ歩いて行った魔術師が応えた。

「ディドリク様、これは異変になるのでしょうか」と言って、釘束の中から一本渡す。

それは縦に割ったように、半分だけ腐食していた。

これを見て、ディドリクはヴァルターと四人に、小さな声で指示を出した。



解呪の場所となった赤子の寝室には、アオクストの子息レーヴェンフルトの無事を喜ぶ声であふれていた。

そこへヴァルターが戻ってきて、部屋で見ていた者や、かけつけた者たちを集める。

公王とアオクストに少し耳打ちして、一同に集まってもらう。


公王がヴァルターとの打ち合わせ通り、解呪の儀式が終わったことを皆に告げた。

歓声があがったが、公王はすぐにそれを制止して、次なる対策に移る。


この日、赤子レーヴェンフルトの寝室に集まっていた者を一堂に集め、ヴァルター麾下の魔術師から、一人一本ずつの鉄釘が配られた。

それは公王、エルガたち一族の者も例外ではなく、公王が手に持った釘を高々と掲げる。

それを見て傍らにいたディドリクが寝室全体に微弱な術を這わせる。

「諸君、これは我らが世継ぎが邪悪な呪いに打ち勝った、しるしである」

そういうと、皆それぞれ配られた釘を持ち、高々と頭上に掲げる。

この中に施術者がいるのか、いないのならそれも確認しておきたい。

そう思って、ディドリクとヴァルターは、一同が何の意味かもわからず掲げられた鉄釘を見ていく。


ディドリクは落胆した。

異常が見られず外部に施術者がいるとわかったからではなく、その中に一本だけ鉄釘が反応した者がいたからだった。

できれば、被害者である公爵家の人々を疑いたくなかったから。


ヴァルターに目で合図を送り、ヴァルターがその人物の元へと動く。

「お嬢さん、その釘をお見せいただけますか?」

ヴァルターは優し気な微笑みを浮かべて、そのメイドにそう言って釘を受け取った。

釘は、握られていたところだけが、うっすらと茶褐色に変色していた。


「お嬢さん、お名前は?」

ヴァルターの問に対して、そのメイドが応える。

「マリア、マリア・ダンジューです」

ヴァルターは赤子の母であり公太子の妃でもあるアガーテに尋ねた。

「このお嬢さんは、いつからメイドをされていますか?」

「四年ほど前、いえ、三年半前、だったかしら?」

こう言って、アガーテはハッとしてそのメイドを見つめた。

ヴァルターはキンブリー公王にしてクーゲルスタム公爵であるラインホルトの方を向き直って、問う。

「公爵、最初のお孫さんが亡くなられたのはいつからですか?」

この質問によってアガーテの方も何かに気づいたかのように、顔色がどんどん変わっていく。

ヴァルターとマリアのやり取りを中心にして、今まで喜びの輪であったものが、ザワザワとざわついていく。

そしてディドリクはこのやり取りを見ながら、ローブのフードから、このメイドをしっかりと見つめていた。

ラインホルトが、とんでもないものを見つめるような目で答えた。

「三年と四か月前だ...」


「マリア、まさか、あなたが...?」

エルガが恐ろしいものを見るような目で、そのメイドを見つめる。

マリアは必死で冷静を保つようなそぶりを見せ、

「あ、あの、ヴァルター様、これはいったい?」

しかしその挙動は、既に自身の正体が見破られている、と察しているかのようだった。

「いえ、少しテストをしてみたのですよ、呪殺術を使う者はその力を発現させると鉄を錆びさせますのでね」

マリアの目が大きく見開かれ、数歩後ずさる。

そして、口元を抑えようとするかのように、両手が持ち上がっていくと、

「ヴァルター、離れて!」

ヴァルターの背後からディドリクが踊りだし、フードをはずす。

そしてその目でマリアを見つめると、マリアは何か違うものをみたような目になり、やがて頽れて、床に倒れた。

「ディ...いったい何が?」

「詳細は後で。催眠術を施しました」

そしてディドリクはマリアの右の掌を開いた。

中指にしていた指輪の蓋が外れて、そこから白い粉が漏れている。

「間に合った」とディドリク。

「以前、異母兄ガイゼルを解呪した後、呪殺者をつきとめたのですが、見破られたとわかるや、自殺されてしまったのです」

そう言って、マリアの手にこぼれた白い粉を見て

「分析してみてください、たぶん自殺用の毒薬かと」


そこからは、外部に協力者がいる可能性を考えて、衛兵が魔術師を従えて宮殿の周囲に飛び出していく。

ディドリクはマリアを別室に運び、ヴァルター、ディオン、そして公爵家の面々に説明を始める。

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