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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第五章 氷の王国
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【七】 王太子として

夕刻から夜半。

ノルドハイム王国黒鯱の間。

本来は控室だったこの小部屋に、先王ベルンハルト四世、新国王ヘルベルト、新王太子ハルブラント、そしてジークリンデを交えた王家の前で、末子ヴァルターが報告を終えた。

「それが事実だとすると、我々も対策を考えておかねばなるまいな」

ヘルベルト王の言葉で、持ち込まれた議題についての会議が始まる。

「内容を聞いてみると、母上や姉上を同席させなかったのは賢明だな」

ハルブラントは、王族最大の魔術師にして、魔法兵団の統率も兼ねているヴァルターを見てそう言った。


「母上や姉上に伝えるかどうかは、国王や王太子の判断を待ってから、と思いましたので」

ヴァルターがそういうと、ジークリンデが

「私たちとの関係が薄いように見えますが、意外とことは急を要するのでは?」と言うと、先王もその意見に同意する。

「直接戦うのではなく、身内を少しずつそがれていき、周辺国が敵の同盟国となってしまう、ということか」

「すぐさま、ホルガーテ王国をたたいた方が良いでしょう」などと、好戦的な剣姫が言う。


「国王に判断を願いたく思います」とヴァルターが父ヘルベルトに語り掛け、王が口を開きかけたその時、

「いや待て、もう少しちゃんと考えてみよう」とハルブラントが発言する。


「これから話すのは、可能性の話だ」と言って、王太子が語り始める。


ジークリンデもヴァルターも、フネリック王国第二王子ディドリクの言葉を信用しすぎる。

事実関係だけを取り上げると、次のようになる。

フネリック王国の王族男子四人が次々と死んだ。

その死亡に関係していたらしい呪術者が、王太子ガイゼルの成人式に発見され、殺された。

帝都にて、ディドリクを襲った魔術師、妖術師たちがいた。

ディドリクが彼らを退けたが、ヴァルターもまたそのうちの一人と交戦している。

つまりこれだけだ。それ以外は「善意の密告者」なる不確かな存在によって語られていること、及びディドリクの推測である。

「可能性の話だ」と言うことをあらためて強調しておくが、ディドリク自身が主犯の可能性もある。

彼だけ呪いにかかっていないのだから。


ここまで言うと、ジークリンデが抗議する。

「兄上は帝都での戦闘を見ていなかったからそんなことが」と言いかけて、ハルブラントが制止する。

「おまえもディドリクと、その暗殺隊の戦闘、そのものは見ていないんだろ?」

こう言われて、ジークリンデは言葉に詰まってしまった。


他国に密偵を放っているのはホルガーテ王国だけではない。

ノルドハイム王国だって、他の三大国のみならず、有力諸侯には密偵を放っている。

当然、ノルドハイムにも複数国の密偵は入っているだろう。

フネリックに密偵が入っていたからと言って、それが第五の選帝大国を目論んでいる、というのは飛躍が過ぎる。


「我が国も注意はするべきだが、それをもって動くのは危険であろう」とハルブラントがまとめる。

「それが兄上の見解ですか?」

ヴァルターが、深く暗い瞳をギロリと兄に向けると、ハルブラントもまた弟を睨みつつ、

「ノルドハイム王国、王太子としての見解だ」と答える。


ヴァルターとジークリンデが暗い顔をして沈黙してしまったので、ハルブラントが言葉を続ける。


もう一度言うが、可能性の話だ。

私はディドリクが自国王家の王位簒奪を考えて虚言を吹いているとは考えていない。

何よりまず彼自身も襲撃されている、そのこと自体はフネリック王国関係者の証言もある。

それゆえ、全てが彼の狂言とするにはあまりにも危険な賭けだからだ。

だがそれを信じて、一国としての態度を表明するのも危険すぎる、ということだ。


ここで国王が口を開く。

「お前たちの考えはわかった。それでは我が国としては表だった協力はできないが、ディドリクの妨害もしない、ということとする」

「賢明なご判断かと、しかし...」とハルブラント。

「しかし?」国王が言葉を促すと、

「今述べたのは可能性の一つです、王太子としてではなく、私ハルブラントの考えは少し違います」

と言い出す。

「可能性の問題、ということであれば、私個人はディドリクの言ってる方が正しいと考えています、ただ100%の信を置くのはどうか、と言うだけで」

「つまり?」

「個人の資格で彼を助ける、援助するのであれば問題ないか、と」

ハルブラントがジークリンデに向き直って、

「お前はフネリックの赤髪王女の成人式へ行くつもりなのだろう?」

「はい、まだ日程等は向こうの連絡待ちですが」

「その時、ノルドハイム王国としてではなく、彼らの友人として動く分には問題なかろう、と言うことだ」

この言葉を受けて、ジークリンデがニヤリと笑みを浮かべる。

「なるほど、兄上もいろいろ策を弄しますな」


さらに王太子は続ける。

「100%の信は置けぬが、ほぼ信じてよい、と考えている根拠がもう一つ、対策を考えるべきとする根拠ももう一つある」

ここで先王がゆっくりと話に入ってくる。

「キンブリー公国と、おまえの婚姻問題じゃな」

「さすがはおじい様、その通りです」と言ったハルブラントは、弟妹や父にその件を説明する。


我が国の保護国となっているキンブリー公国だが、そこにもフネリック王国と同様の問題がある。

公王の孫たちの多くが若死にしているのだ。

キンブリー公国公王ラインホルトには五人の子がおり、うち男子は二人。

だがこの二人の子息の間に生まれた男児四人のうち三人が、ことごとく夭折してしまったのだ。

ラインホルトには姉妹が二人いるものの、男子兄弟はいない。

今のところ、キンブリー公国で継承権を持つ男子の子息は一人を残して全滅しており、このままでは血統断絶の可能性が出てきている。

フネリック王国に似た状況で、偶然と言うには少し疑念を持ってしまうわけだ。


またハルブラントは国内有力貴族、ヒュッテンスタム家令嬢との婚約が決まっており、近々挙式の予定。

もし各国の男子後継者を呪術で狙い撃ちにしている勢力があるのなら、他人ごとではない、ということだ。


大方の考えがまとまりつつあるころ、ヴァルターがつぶやいた。

「私もフネリックの成人式には行きたかったのですが、だとするとダメですね」

「王族が二人も行くと、さすがに個人の資格で来た、というのは難しかろうからな」

「私がその分、楽しんできてやるから、安心しろ」と、ジークリンデがなぜか得意顔になっている。

それをチラッと見つつ、ヴァルターが

「護衛名目で何人か、魔術師をつけるのは構いませんね」と国王に嘆願する。

「それはかまわんが、今の話を考えて、密偵の可能性のない者を人選せよ」と国王が許可する。

「なるだけ若い者を選抜します、友人格の名に相当するように、男女均等に、そして姉上もよくご存じの人物を中心に」

これを聞いて、ジークリンデがハッと思いつき

「おい、私も知っている若い者って、まさかあの女も」

それを見てヴァルターが

「姉上が誰のことを言ってるのかわかりませんが、とりあえずヘドヴィヒ・メヒターは選ぶ予定です」と言うと、ジークリンデは眉根を寄せて不快感を示すのだった。



こちらはフネリック王国宿泊所。

任命式終了直後に運よくヴァルターと会談できる機会を持ったディドリクは、暗殺隊のことなどを語った。

その後、王国首脳への連絡をお願いして帰還してきたのである。

この日一泊して、翌日、帰国の予定だった。


昨日ほどではないものの、疲労を感じてソファでぐったりとなっていたメシューゼラだったが、ディドリクの姿を見るや、話しかけてくる。

「ディー兄様、成人式の件、お父さまにお願いしてね、必ずよ」と言ってくる。

「そうだね、帰国したらすぐに頼みにいってみるよ」


一方アマーリアの方は、リュカに着替えを手伝ってもらったあと、ディドリクの元にやってきてベルトをつかむ。

「もう、おねむかい?」と言うとしばらくじっとした後、

「...だっこ」と小さな声で言う。

「ジークリンデと踊っていた時は、まさに小さなレディだったのに」と兄がからかうと、

「うん」と言って、顔を裾にうずめるばかり。

携帯用灯火を持つ必要がなかったので、昨晩とは違い、右腕で腰を持ち上げ、左腕で肩を支える。

左胸に右耳をつけて、目を閉じる幼い妹。

ディドリクはリュカに

「疲れているみたいだから、先に寝かせてくるよ」と言って退出する。

するとその後をメシューゼラが追いかけてきた。

「明日出発だから、今晩は同じ部屋でいてもいい?」

「そうだね、どうも昨日から少しカラダが冷えるみたいなので、一緒に寝かしつけるつもりだから、アマーリアの寝台を使って」

ディドリクの寝室でノラにヘアキャップをつけてもらいながら、メシューゼラはアマーリアのベッドに入る。

ノラに、妹二人とこの部屋で眠ることを告げて、ディドリクはアマーリアをベッドに移す。


燭台の火を落とす前に、既にアマーリアは眠りに落ちていた。

「アマーリアは大丈夫?」と隣のベッドからメシューゼラが心配げに声をかけてくる。

「うん、北国の冬はかなりきつかったかもしれないね」

「風邪、ひきそうなの?」

「今のところは大丈夫みたいだけど、年齢を考えると注意しなくちゃいけないね」

毛布にいれて布団をかぶせると、体温は普通に戻っていく。


「明日から帰路だ」とつぶやいて、ディドリクもまた眠りの世界へ落ちていく。

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