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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第五章 氷の王国
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【六】 深夜、幼い姫が尿意をもよおす

「ふわーん、疲れたー」

そう言ってメシューゼラがソファに突っ込んでいった。

戴冠式初日を終えて、宿舎に戻ってきたフネリック王国使節団。

会場では緊張もあってか元気いっぱいだったメシューゼラも、さすがにその緊張がほどけるとどっと疲労が出てきたようだ。

「さあさあ、簡単に食事だけはとっておきましょう」というノラの言葉に、一同食卓につく。

着替えたり、メイクを落としたりした後の、簡単な食事。

出されたものはスープとブレッドだけで、アマーリアなどはスープを飲んだだけで、うつらうつらしかける。


宿舎では、王族とその付き人が3階、護衛の者たちが2階と一部1階。

それぞれの部屋で用意してもらった湯を使い、疲れを落としたあと、皆早々に就寝してしまった。


帝都のとき以上に疲れたのは、純血主義の軍事国家である、という先入観だったのだろう。

とりわけ女性陣の疲労度は強く、衣装や身辺担当の女性たちは、ピリピリしていた。

ディドリクもベッドに入るや、すぐに眠りの中に落ちていく。



「...さま、...にぃさま」

小さな声と、袖口を引っ張られる動きで、ディドリクは目を覚ます。

まだ周囲は真闇で、朝はほど遠い。

声のした方に視線を向けると、暗闇の中でアマーリアが腕を引っ張りながら、涙目で立っている。

まだ頭がぼんやりとしていたが、

「うん、アマーリア、どうしたの?」と聞いてみる。

しかしアマーリアはなかなか言い出せず、ようやくこっそりと耳打ちするように顔を近づけて言う。

「...おしっこ」

少し意味がつかみかねたけれど、意識がはっきりしてくるにつれて状況が整理されてきた。

寝る前にスープを飲んですぐ就寝してしまったせいだろうか。


灯りは就寝前に消しているため、周囲は真闇である。

かろうじてアマーリアの顔はわかるが、それより向こうとなると、まったく見えない。

そして、トイレは隣の部屋。

ディドリクとアマーリアは同じ部屋でベッドを並べて就寝していた。

つまり、尿意を感じて目がさめたけど、周囲が見えなくて、怖くなってきたようだ。

メイドのリュカ達がいる部屋は廊下の向こう側なため、やむなく一番近い隣のベッドに来たのだろう。

そんなことを思いつつ、目がなれてくると、アマーリアの状態がわかってきた。かなりピンチな様子。

ベッドにおもらししてしまって相談に来た、というのでもなさそうだったが、このままだとそうなってしまいそう。



ベッドから出ると、枕元の書き物台においてあった手持ち用燭台に火を入れて、妹の手をとりながら、部屋の外へ出る。

廊下は窓が低い位置だったため室内ほどでの暗さはないが、灯りなしで歩くにはかなりつらい状況。

辛抱しきれなくなっている妹の手を引きながら、隣室のトイレに入る。

トイレの台座もわかりにくかったが、灯りのお陰でどうにか妹を座らせることができた。

壁に灯りを置く台があったので、そこに手持ち燭台をかけて、出ようとすると

「にいさま...怖い...」

と言って、袖口をつかまれた。

「いて...」

ほとんど涙交じりの声だ。


いや、さすがに排尿している横にいるわけにはいかんだろ、とも思ったのだが、アマーリアが離さない。

「それじゃ、向こうを向いてるから」

どう対処したらいいのか咄嗟に思いつかなくて、そして同時に妹の限界が来つつあることを感じて、袖口をつかまれるまま、横を向いて立っていた。

いくら七歳とは言え、さすがにこれは、と思いつつ、本人以上に焦ってしまうディドリク。

音が聞こえ、そして終わる。

排尿後の処理をして、下着と夜着をつけなおした音を聞いて、

「それじゃ、行こうか」と言うと

「うん」と小さく返事をして、腕にしがみついてくる。

だが、すんだはずなのに、ガタガタ震えている。

北国の冬の廊下の寒さ、そして出し終わったあとの体温の低下、なのだろうか。

危なっかしく感じたディドリクは、妹を抱え上げた。


左腕を腰に回し、右腕で肩を支える。

灯りはその右手で持ち、廊下へ出る。

まだ成長途上の小さなからだ。

決して抱え上げられない重さでもなかったけれど、両腕にしっかりと伝わってくる妹の命の重さ。

所謂お姫さまだっこ、なのだが、そんなことを考える余裕もなく、抱えながら寝室へ戻る。

「にぃさま...」とほとんど小さな声を発しながら、顔を胸に押し付けてくる。

少し持ちあげて、その頭を自分の顔近くに持ってくる。

「だいじょうぶだよ」と、これまた小さな声で応える。

全身を縮こまらせていて、体温の低下、というのは少し感じていた。

同時に

(このことは、墓場に持っていくまで誰にもしゃべっちゃいけない)とも考えていた。


寝室に戻り横のベッドに下ろそうとすると、

「兄様と一緒にいたい」と、これまたしがみついてくる。

体温の低下を感じていたことが少し気になったこともあり、ディドリクはアマーリアを自分のベッドに入れる。

そして、自室でときどきしていたように、アマーリアを左の腕で抱き留めて、一緒に眠る。

アマーリアはいつも以上にディドリクの胸に強く抱きついたままだったが、すぐに寝息を立て始めた。

母国から持って来た暖かい毛布、そして布団。

そして兄の体温の傍らで、アマーリアの体温が戻ってくる。

それを確認して、手持ち用の燭台を吹き消した。


一度、目がさめてしまったため、アマーリアのようにはすぐに眠れなかった。

そこで、規則正しい寝息を立てる妹をぼんやりと見つめている。

「元気に見えたけど、緊張もしていたんだね」と、小さく語り掛ける。

左胸の上に頭を置いて眠る、最愛の妹、その髪を優しくなでていると、ディドリクにも眠気が襲ってきた。


(明日、ノルドハイム王家に相談しなくてはいけない)

ディドリクは眠りにつきながら、今回の裏の目的である暗殺隊のこと、ホルガーテ王国のことなどを考えていた。

相談するなら誰が良いだろうか、いきなりヘルベルト新王か、それともハルブラント王太子だろうか。

そんなことを思いつつ、眠りについていく。



翌朝、ノルドハイム王国戴冠式の二日目にして、新王太子の任命式。

寝台から身を起こすと、アマーリアはまだ眠っていた。

ゆっくりと身を起こし、妹の髪をいじっていると、リュカが入ってきた。

「まぁ、お嬢様、また若のベッドにもぐりこまれたのですか」


その声で目が覚めたか、のろのろと起き上がるアマーリア。

ディドリクが頭をなでながら、

「昨晩は少し寒かったからね」と言って、抱え上げるようにして、寝台の外に立たせる。

「風邪をひきそうで、ちょっと心配だったんだ」

リュカが、ほんとに仲がよろしくて、と微笑んで、アマーリアの着替えを始めてくれる。

その間ディドリクも自分の着替えをすませ、妹の着替えを見守っていた。


「僕にもさせてくれないか」

着替えを終えた後、髪をまとめようとしているとき、ディドリクがリュカに頼んでみる。

「はいはい、いつもの、ですね」と言って、ディドリクに平櫛を渡してくれた。

そう、ときどき妹の髪に櫛を入れさせてもらっていたのだ。

椅子の上にちょこん、と座っている妹の髪に櫛を入れていく。

アマーリアは目を閉じて、兄に頭を差し出している。

櫛を入れるというより、撫でるように、そして頭を抱きかかえるように、ゆっくりと櫛を通していく。

「きもちいい...」ポツリとつぶやくアマーリア。

ここから先は、リュカの領分だ。


1階の食堂に下りてゆき、朝食である。

今日は任命式だが、簡単に終わるらしい。

ディドリクはできれば今日のうちに、ノルドハイム王家との会合を持とうと考えていた。

そしてようやく、誰に相談するかについても、考えがまとまっていた。



ノルドハイム王国、二日目。

ヘルベルト王の戴冠式の翌日、ハルブラントの王太子任命氏が執り行われる。

昨日の戴冠式と違い、この日はパーティ形式の気軽なもの。

そして帝都での一週間にも及ぶ園遊会はなく、式自体はこの日で終了。


新国王となったヘルベルトが、昨日の礼装とは違う、戦士のような装束に身を包み、大剣をハルブラントの肩に置く。

これまた武装したハルブラントがその前に膝をつき、剣の礼を受ける。

そして自身の後継者であること、王太子となったことを新王が宣言し、ハルブラントがそれを拝受する宣言をして、終了。

個々の動作はゆっくりとしたもので、式自体はこのまま簡潔に終了した。

新王太子となってハルブラントが列席の貴族、騎士、来賓に向き直り、父から受けた大剣を天に突き出し、宣言する。

「王を守り、国と民を守り、この国の秩序のために、この剣を振るうことをここに宣言する」

それを聞いて、列席の貴族、騎士、戦士団が一斉に声を上げる。

「おーっ!」

「新王万歳! 新王太子万歳!」


ガイゼルの時とは全然違うな、と思いつつ、あらためてこの国が武器と軍事を国の支えとしていることを知るディドリク。

昨日はおとなしく式を見ているだけだった騎士、戦士、魔法師団のトップが次々とハルブラントにかけより、祝意と忠誠を誓っている。


歓声の中で終了となる戴冠式。

このあと簡単な食事会、交流会などもなされたが、式の終了とともに、参加者たちは会場を後にして、帰国、帰郷していく。


もちろん残って商談をしたり、会談をしたりするもの達も相当数いる。

ディドリクはその中に紛れ込むようにして、魔術師に声をかけた。


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