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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第四章 帝都編
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【幕間】 亡霊授業

ディドリク達がフネリックを発った翌朝、アマーリアはベクターと書斎で向かい合っていた。

「さて、王家の乙女よ、少し尋ねたいことがあるのだが」

ベクターがアマーリアに尋ねる。

このときベクターは滅身法を用いているため、対象者アマーリアにしかその姿は見えず、声も聞こえない。

「はい、私に答えられることであれば」と小さな声で応えるアマーリア。


「我は汝の兄から、汝の保護を依頼された。そこでその保護の範囲を聞いておきたい」

「はい」

「汝の身に、何か暴力的な危機、あるいは災害が起こった時に、汝の生命を守る、これは当然のこととして」

ここで言葉を切り、アマーリアを見つめながら、続ける。

「この国には汝ら兄妹を監視する外国の手の者が五人いた。いまでも二人が残っている。おそらく三人が王子と行動をともにしている」

アマーリアは異国のスパイらしき存在が、自分をも対象にしているらしいことに、恐怖する。

「ディドリクは言明しなかったが、汝はこの残る二人をどうしたいか」

アマーリアはしばらく考えて答える。

「もし兄に害をなす者であれば、排除してほしいです」

「了解した。こちらに残っているということは、ディドリクではなく汝を監視していると思われるがな」

こう言って、ベクターはその二人がアマーリアに干渉してくるようであれば排除しよう、と言う。


「ベクター様」と、アマーリアがおずおずと話しかける。

「様はいらぬ、ベクターも通称であるが故、ただ単にベクターと呼ぶが良い」

「私も、何か兄の力になりたい...です」

「ほう」と言うベクターに、

「なんでもいいです、兄が私を守ることによって、兄の手を煩わし、兄を危険にさらしてしまうような、そういうことにはなりたくないですし、耐えられません」

と、懇願するような目でうったえかける。

「ならば護身術を少し伝授しようか?」


「護身術、ですか?」

「汝の身の幼さ、まだ成長途上の体格であれば、剣術や体術を使い実践的な護身をする、というのも無理であろう。

ならば、我が汝に伝授できそうなのは、防御法術が一番最適かと思うが、どうか」

「はい、お願いしたいです」とアマーリアが元気よく答えた。


とはいえ、アマーリアの古代文法学は未だ道半ばである。

しかしその蓄えられている知識と感性は、既に術式へと変化させうるだけの地点には到達している。

ベクターはそれら、古代文法学の習熟度を確認したのち、その知識の範囲で実践的な応用を授けていく。

おそらくディドリクはもう少し知識体系を確立させてからそちらに移るつもりなのだろう。

だが、これまでの知識で十分に使えるようになる、と判断したベクターは、「障壁」と「力場」を伝授することにした。


脳裏に受かぶさまざまに古代文字とその曲用、屈折、変化。

さらにそこからの意図を投入する変形と念写。

それを伝えつつ、瞬時に発動できる訓練を施していく。


まずは簡単な物理障壁。

霊体であるベクターは直接物をつかめないため、力場を用いて木片を持ち上げて、軽くアマーリアに投げてみる。

アマーリアはその軌跡を追いつつ、脳内で統辞を変形、変換させ、意味を乗せて体外に取り出す。

最初は障壁の面積も小さく、投げられたものに命中できないため、障壁は出せても防御できない。

ベクターの投げる木片は角を取ったったものなのであたっても怪我すらしないのだが、それでも外すと悔しい。

だが脳内の思念を先鋭にし、明確な形状を伝えることにより、障壁は広く、厚く、具体的な対抗力をもってくる。

一週ほどで、簡単な木片程度ならはじき返せることができるようになった。


対物理障壁の成功体験を感じさせて、さらに障壁術の精度を上げていく。

物理的な攻撃術から、魔術的、そして精神的な攻撃術まで。

そこまでは無理かもしれないけど、それをさらに発展させて、結界の礎のようなところまで行くのが目標である、と座学では教えられた。


アマーリアは嬉しかった。

兄の力になれる。兄に喜んでもらえる。

その想いが、いっそう訓練に身を入れさせた。

想いの強さが習熟の強さと早さにつながっていく。


二週ほど過ぎたところで、いよいよ実践的な対魔術戦用の訓練を始めていく。

ベクターが風刃、炎弾、氷刃、などを打ち出し、それをアマーリアが法術防壁で防ぐのだ。

最初は一枚の風刃だったが、少しずつ数を増やし、速度を上げていく。

さすがに実戦経験の豊富なベクターの指導は的確で、防御の強さも並行して上昇していった。

そしてディドリク帰還の頃には一方向だけでなく、周囲を障壁で覆うところまでできるようになっていた。


まだまだ完成には程遠いとはいえ、一か月弱でここまで到達したことに、ベクター自身も驚いていた。

(さすがはあの王子が基礎を教え込んでいただけのことはある)と思ったのだが、実戦に出すにはまだ少し不安もある。

そこで

「この力を過信してはいけない」とも言っておく。

「生兵法は怪我の元、という言葉もある。まず害意を持つ敵と遭遇したら、逃げることから考えよ」とも。

「とはいえ、ここまで早い習熟であれば、ディドリクも喜ぶのではないのかな」

と言ってやると、アマーリアはこぼれんばかりの笑顔で喜んでいる。


実際の魔術師との戦い方については、まだまだこれからである。

ある術が使えるようになったからと言って、魔術師との命をはった戦いは危険だ。

法術と戦術、平行させた方が効果が増すこともあるが、なにせまだ幼い。

少しずつ、一つずつさせていくのが良いだろう、というベクターの判断だった。


ただベクター自身も、これはこれで楽しかった。

契約として引き受けたものの、やはり(一か月も子守か)という意識が少なからず残っていた。

だが、己が生涯をかけた法術の伝授には、自身の若き頃、人であった頃の情熱を呼び覚ましてくれて、充実感ももたらせてくれた。


ディドリクの帰還が迫ってきた頃、もう一つの課題、力場についても少し触れておいた。

原理と発現方法、考え方など。

しかし基礎さえ充実していれば、力場そのものはそれほど難しい術式ではない。

数日の訓練しか授けられなかったが、力点を発生させたり、移動させたりする程度のところまでは到達していた。



この間アマーリアは、ディドリクやメシューゼラとの念話連絡を何度か交わしていた。

そのこともあり、いつも兄の不在時に感じる強い孤独感もなく、訓練に明け暮れていた。

後になって思うと、なぜこの時ベクターとの訓練について語らなかったのか、と考えてしまう。

目の前に当人がいないのに会話ができているということに、慣れてなかったのかもしれない。

報告はもっと大事なことをしなければならない、という意識もあったのかもしれない。

だが結果的に、これが兄へのサプライズ報告になる。



一方ベクターは、離宮の周りにディドリクが張っている結界を随時修復しつつ、監視者の出方をうかがっていた。

日中はアマーリアとの訓練につきあっていたため、監視者への監視、に終始していたが、寝静まった頃になると、少し動いてみることもあった。


王都商業街の片隅、中堅の旅籠に投宿する二人組。

最初は五人いたのだが、ディドリク出発とともに二人になっている。

旅籠には魔術的感知のみを阻害する結界が緩く張られていたが、ベクターにとっては無いも同然。

彼らの部屋に滅身の術をまとい聞き耳を立てている。

二人は凡庸な男に見えた。

どこにでもいるような、それゆえ記憶に残りにくい、中肉中背の個性のない顔。

まさに密偵になるために生まれてきたかのような、存在感の薄さ。

だが、その外見にごまかされてはいけない。

瑠璃宮暗殺隊の元締め、ルーコイズの元で薫陶を受けた潜入密偵のプロ達である。


彼ら自身も滅身術を用いてはいるものの、霊体であるベクターの前ではこれもまた無意味だった。

それでも二人は会話をするときは用心しつつ、小声で、しかも帝都公用語であるエルトラム語で話す。

それを聞く限り、この二人には攻撃魔術は備えておらず、もっぱら監視が目的である。

だが、その監視の背景にある目的が隠されていることもベクターは見逃さなかった。

彼らの言葉の中に出てきた「鬼眼師」ということば、これがベクターにはひっかかっていた。

彼らはこの鬼眼師を探しているらしいというが、そのあたりがどうにもあやふやだ。

「鬼眼師、か」遠い昔、聞いたことがあるような単語なのだが、今一つ記憶が鮮明にならない。

すぐに依頼者の妹を襲撃してくることもなさそうなので、それ以上は深入りはせず、監視のみにとどめておいた。



一か月の時間を経て、ディドリク一行ら、フネリック代表団が帰国する。

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