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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第四章 帝都編
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【十】 庭園の魔術戦

ディドリクが防戦の構えをとるや、周囲に人払いの結界が張られるのがわかった。

(なるほど、向こうも暗殺を知られたくないってことか)

公園の茂みから、五人の人影がゆらり、と現れ出た。

いかにもみすぼらしい、底辺層のような装束だったが、全身から漂う魔力の気配は、ただならぬ魔術者であることを示している。

短剣を出して身構えているペトラに気づいたそのうちの一人、あから顔の黒髪が

「ペトラ、てめぇ、そっち側についたってことだな」と、言う。


そう言うや、三人の男が両翼に展開する。

右翼に小柄なローブをまとった人物と小太りの男、左翼にはキツネ顔の男。

「かしらぁ、俺からやるぜ」とそのキツネ顔の男がちょうどディドリクの左側に来て、両手を前に差し出す。

「地獄の炎獣、灼熱狼、かの者を燃やし尽くせ」

両腕から炎の条が二列、二人をめがけて襲い掛かる。


それを見てペトラが飛んでよけようとすると、その手をディドリクが左手で押さえながら、右手をその炎線上に差し向ける。

するとどうだろう、一直線に向かってきていた炎が、外側にカーヴしていく。まるで二人をよけるように。

「なにぃ?」とキツネ顔の男、そして目を見開くペトラ。

「力場の応用だよ、この程度ならね」とペトラに耳打ちする。


つまり一直線に向かってきた炎の外側に重力を発生させ、炎をそこへ引きずり込んだのだ。

右側に走りこんだ二人はそのままディドリクの背後へ回り、さらに距離をとる。


「へ、味なまねをやるな」

あから顔の男が言い、腕のまわりに気流を集め、詠唱を始める。

そして「ガーッ」という吠え声とともに、そこから風刃を飛ばしてくる。

ディドリクとペトラが一瞬パチパチと光る。そこへ風刃が襲い掛かる。

だが風刃は空を切り、石畳に削り跡をのこして 空に消えた。


「なに? 幻術?」

あから顔の隣にいた女が、きょろきょろとあたりを見渡すが、二人の姿が見えない。

「マルタンとロガガが背後に回ったはずだ、まだ逃げてねぇ」とあから顔が言い、風刃を周囲の茂みの中に放ちつつ、前進する。

そしてきつね顔の男と、狡猾そうな女に目で合図を送り、再び左右に散らせ、包囲網を作る。

(グレゴールの旦那が結界を張ってくれたようだから、この場から去ろうとすればわかるはずだ)

と思いつつ、マルタンとロガガが向かった庭園の先、人工池に向かい、少しずつ歩を進めていく。



その頃、分身を作ったのち茂みの中に飛び込んだディドリクはペトラに言う。

「あいつらの力、わかるかい?」

「あのリーダー格、プロイドン、貧民区のボス、魔術師」

「うん、風使いのようだな」

「後ろに回った二人、ちっこい方、ロガガ、虫使い、もう一人は知らない」

「プロイドンの側にいた女、呪術師、タケロ、触れたものに黒斑病、移す」

黒斑病とは、全身を黒い色素が覆い窒息させる死病で、呪術使いの妖術師が好んで使う術だ。

だがよく使われることもあって、文法家の間では対策はわりとよく知られている。

「炎を出した男、見たことあるが、術とか、詳しいこと、知らない」

「それだけわかれば十分さ」と言い、ディドリクは作戦を伝える。

「これから幻術で分身を作り、一人ずつつぶしていく。さすがに5人一斉に、というのは無理だろうから」

「わかった」

ペトラは自身の武器である、短剣というにはやや長めのダガーをディドリクに見せて、微笑む。


プロイドンが進んでいくと、霧が立ち込めてくる。

そして茂みの中に動きが見え、ゆらり、と二人連れの影が現われ。

ほぼ同時にプロイドンの風刃が切り刻むが、それも幻、切ったように見えたのはただの空気だった。


一方、左に展開していたきつね顔の男エンブロウも、二人の姿を目撃していた。

迷わず炎を発射するが、今度も炎をカーヴさせられてしまう。

(へ! しかしそこにいるってことだよな、幻じゃなく)

走っていくと、やがて庭園の先、人工池に出くわす。

(ばかめ、そこにはマルタンがいるぜ)


ディドリクが庭園の縁近くにくると、そこに人工池が広がっていた。

急に空気が冷えていき、霧が氷結し、池に落ちていく。

「霧で視界を奪い幻術で分身か、それが法術ってやつかい?」

池の中から小太りの男が出てくる。

ディドリクがその池に片足をつけると、

「儂の勝ちだ」とその男は笑い、さらに冷気を強める。

池が氷り、それがディトリクの足元へ猛スピードで向かってくる。

足を凍らせ動きを封じたかに見えた瞬間、ディドリクのからだが、バチッと発光する。

その瞬間、小太りの男に衝撃が走る。

「ギャッ」という声を出して、マルタンは水の中に失神した。


「何ヲヤッタノ?」ペトラが驚いて自分の母国語で聞いてくる。

「アトデ説明スル」とディドリクは言い、元来た道へ戻る。


きつね顔の炎使いエンブロウが人工池に向かって走っていくと、目指す二人がこちらに走ってくるのが見えた。

「マルタンから逃れてこっちへ来たか?」

三度みたび、炎が二人を襲う。

今度は炎弾だ。

無数の炎弾を上空に放ち、一斉に落下させる。

「これならさっきの術は効くめえ」

だが霧が濃くなっていき、効果があったのかどうかはわからずじまいだったので、エンブロウは元来た道を詰めていく。


一方、ゆっくりと歩を進めていたプロイドンとタケロもまた、自分たちの方にむかってくる人影を霧の中に見た。

「タケロ、おまえはペトラをやれ、おれは小僧の方を仕留める」

「わかった」と女が右へ展開する。

するとその人影が二つに分かれ、そのうちの一人がプロイドンに炎の矢を放つ。

「おめーも炎術が使えるってことか」と言い、プロイドンは風刃で炎の矢をはじく。

「風刃と炎弾じゃ風刃の方が強いってことを知らねえのか?」と笑いながら、プロイドンは炎の矢が放たれた方に風刃を投げ込む。

無数の風刃が一定の場所に降り注ぐ。

そのうち、その一つが届いたらしく、「がはっ」と言う声が聞こえた。

「仕留めたか」と用心しつつ、その霧の中へ向かっていく。


だがそこにプロイドンが見たのは、風刃に切り刻まれた炎術使いエンブロウの死体だった。

「なにぃ!?」

驚愕に顔をゆがませるプロイドン、だがその一瞬のすきをついて、後ろからペトラが突っ込んでくる。

何もないように見えた空間から、突如ペトラが現われて、背後からダガーで心臓を一突き。

プロイドンは胸を押さえて頽れる。

「こ、これはいったい」

エンブロウの後ろからディドリクが現われて、

「おまえを分身で誘導したんだ、うまく誘いに乗ってくれた」と言うと、プロイドンは怒りに顔を赤くしながら倒れ、絶命した。

「残るは二人か」とディドリクがつぶやいたとき、ペトラは背後から羽交い絞めにされた。

「とった」という女の声。

だがペトラは二本目のダガーを取り出し、タケロに切りつける。

腕から肩にかけて切り傷を付けたが、とても致命傷にはならない。

だが二人とも、苦悶の表情で倒れてしまう。


「ペトラ!」ディドリクが駆け寄ろうとしたとき、無数の羽虫が飛んでくる。

「これが虫使いか?」と言い、ペトラの元にたどり着き、自身を中心に、灼熱の法術を展開する。

空気が燃え、羽虫たちは焼かれていく。

「王子様、気ヲツケル、ソノ中、毒虫モイル」苦しそうな息でペトラが言うのでそちらを見てみると、ペトラの両腕が、黒く染まり始めている。

黒斑病だ。

ディドリクは灼熱の大気を周囲に展開して炎の壁を作り、虫の侵入を拒みながら、ペトラの解呪を試みる。

二つの術を同時に展開したことはまだなかったので、いつ術がとぎれるかもしれない、という不安も抱えながら、ディドリクは黒斑の解呪式を編み続ける。

解呪の印はペトラの上で舞いながら、黒斑を消していく。

炎陣を同時展開しているため、解呪の速度が遅い。

それでも苛立ちながら、なんとか解呪が完成する。


同時に、警戒しつつ炎陣を解くと、もう羽虫の群れはいなかった。


「ふう」と大きなため息を履いて、ディドリクが座り込む。

まだ虫使いは健在なはずだ、と思いながら、疲労した頭の中で、警戒を怠らないようにしていた。

ペトラがのろのろと立ち上がり、

「王子様、アンタ、命ノ恩人ダヨ」と言い、側に座り込む。

「あの呪術使いの女は、もう無力化したと見ていいのか?」疲労した頭で尋ねると、ペトラは自分のダガーを見せてくれた。

そのダガーは両刃に沿って溝が彫られており、そこが茶色く変色している。

「なるほど、毒剣か、心臓を突いたとは言え、プロイドンが簡単に沈黙したのもそれだったのか」

「コレ、何度モワタシノ命、守ッテクレタ」


ディドリクはふらつきながらも立ち上がり、ペトラとともに池の方へ向かう。

池につくと、マルタンはまだ失神している。

「マダ死ンデ、ナイ?」とペトラが訪ねるので

「失神サセタダケダ、雷電ノ力デネ」と説明する。

つまり、ディドリクが水に入った瞬間、マルタンは池の水を凍結させて動きを封じたと思った。

しかしそれより早く、ディドリクの電撃がマルタンをとらえたというわけである。

だが、命を奪うところまではいっていない。

というのも、背後関係を聞き出そうと思ったからだ。

「ペトラ、君はまだ健在である虫使いに注意してくれ」

と言いながら、マルタンの両腕を縛り、目をさまさせる。


マルタンが目をさますと、そこには標的の人物と女がいた。

立ち上がろうとするが、自分が縛られ、木にくくりつけられていることを知る。

「き、きさま」と言いかけるが、ディドリクが指さした方を見てギョッとする。

プロイドンが大量に血を流し倒れており、エンブロウ、タケロも倒れている。

その一瞬の動揺に、ディドリクの視線が飛び込んでくる。

目の力でマルタンは自我を失い、呆然とするのみ。

暗示がかかった。


「お前に命じたのは誰だ?」とディドリクが問う。

マルタンは目を見開いたまま、抑揚のない声で応える。


「命じたのはボス、そこに倒れているプロイドンだ、大金だったので、儂も参加した」

「それはわかってる。そのプロイドンに命じたのは誰だ」とゆっくりと問う。

「ジャスペール様...」と言いかけて、目から色が消えていく。

同時に、グッ、グッといううなり声を出し、マルタンの息がつまっていく。

「ん? どうした?」

ディドリクが言うや、マルタンが痙攣を起こし、胸から肩を経て、腕、首筋に、黄色い死斑が走っていく。

やがてそれが頭部に達し、マルタンは泡を吹いて倒れ、絶命した。


「契約の術式だ」とディドリクが言う。

「おそらく妖術使いがこいつら全員に秘密厳守の呪いをかけていたのだろう」

「恐ろしい」とペトラも呟きながら、黄褐色に変色したマルタンの死体を見つめる。


「最後の一人、ロガガ、探すか」

ペトラがその言葉を出すや否や、茂みの中から小柄なローブの人影か出てきた。

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