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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第四章 帝都編
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【九】 瑠璃宮の魔人たち(二)

帝都プラーゲホーフの南方に位置する副都ベルシノア。

キロロス成人式三日目の早朝、そこの瑠璃宮に、ゲム直属の魔人たちが集結している。

その数、男五人、女二人。

しかしそこにはこの機関の長である、ゲムはいない。


席に着く一同を見渡し、第二席パトルロが口を開く。

「キロロス殿下の成人式、警備などいろいろ忙しい中、お集りいただきありがとう」と告げる。

「ゲム様は帝室との折衝等、どうにも時間が割けないため、代わりにルーコイズ殿に来ていただいた。ゲム様にはこれから述べることは既に話してある」

パトルロの背後に立っていたルーコイズが軽く一礼すると、

「フィーコもいないようだが?」と、第三席ケパロスが問う。

「彼にも既に伝えてある。オストリンデ王国代表団が今日帰国するのでな」

「そうか、奴はオストリンデの担当だったか」と、第五席ジャスペール。


「今回の陛下嫡孫の成人式、思った以上に各国の要人、王族が参加してくれている。その中で、重要な人物が来ているのだ」

とパトルロが話し始める。


以前少し話題になったことがある、フネリック王国のディドリク王子のことだ。

昨日儂が文法学院のギルダネスとともにその王子と接触し、会話を交わした。

やつが文法家であることは間違いない。

そして、会話の中では隠してたようだったが、法術家というのもほぼ間違いないと、確信した。


「法術家? 確かその人物は鬼眼師の疑いの方でなかったのか?」

第一席にして帝都枢密顧問官でもあるヌルルスが問い、第四席の座にちょこんと座っている魔幼女シシュリーを見る。

「わかんない」と幼い首をかしげている。


「法術家なら我々の管理下に置くか、抹殺するか、の二択だったはずだが」と言うヌルルスに対して、

「こればっかりはやってみないとわからんが、儂は懐柔は難しい、と考えている」

とパトルロは言い、

「その根拠として、ディドリク・フーネは自身が法術使いであることを隠そうとしていたこと、そしてその価値を熟知しているらしいことだ」

と、全員を一人一人見る。


「今までそんなまだるっこしいことをしなかったじゃねーか」と、ジャスペール。

「懐柔するには我々の身分なり存在なりをいくらか知らせねばならねぇ、そして懐柔できるかどうかわからねぇ、ならいつも通り抹殺でいいんじゃねーか」

「そうなんじゃがな」と含みのある様子で、パトルロが逡巡している。

「何か問題でも?」とケパロス。

「法術家としては、おかしなところがいくつかある」

とパトルロが語り、今回召集したことについても語る。


知っての通り、法術家は後天的要素が強いと言われていたため、習得が魔術や妖術に比べて時間がかかる。

なのにあのディドリクというのはまだ十代、若すぎる。

しかも古代文法学の教育環境が絶無である西方の辺境の出身、誰に、どうやって学んだのか。

戦闘様式としての法術には未知なるところが多すぎる。

加えて、四年前、ノトラの放った腕利きの妖術使と魔術師を倒していること。


「なら、俺にやらせてくれよ」とジャスペール。

「要するに、勝てる目算が立たないから迷っている、ってことだろ?」

「賛成だ、情報が少ないなら、誰かがやってみる方が手堅い」とケパロス。

「反対だ、お前は隠密裏にやれるのか?」とヌルルス。

それぞれの意見が出る中、パトルロが、

「儂はジャスペールにやってもらおう、と考えている」と言って、まとめにかかる。

「ただし、くれぐれも隠密裏に、今がキロロス殿下の成人式の場であることを忘れてもらっては困る」

「まかせてくれ」とジャスペールが嬉しそうに、ニヤリ、と笑う。

「くれぐれも内密にやれよ、間違っても式会場や連中の宿舎でことを起こすな」とヌルルス。

「わかってるって」とジャスペールは言い、ヌルルスにある頼みをする。

「そこでヌルルス様、私にノトラを貸していただけませんか?」

ヌルルスの背後に控えていた老婆ノトラが

「このおいぼれに、ジャスペール様のお手伝いができますかどうか」

「何を言う、帝都最強の魔女殿にお手伝い願えれば、俺としても百人力なんだが」

ヌルルスはノトラを見て

「すまんが手伝ってやってくれるか?」と言うと、ノトラは跪き、命令を受ける。


「フネリック王国代表団はいつまで滞在の予定だ?」とケパロスがルーコイズに尋ねる。

「提出してもらっている予定表では今日、第三日までは確実で、状況によっては第四日も、ということのようです」

「シシュリー、申し訳ないが、鬼眼師の可能性のある少年を消してしまうかもしれない」とパトルロが言うと、

「あい、わかった」と、幼い少女はにっこりと笑う。

とても昨日そのディドリクとこっそり逢っていた同一人物とは思えない、あどけない顔で答える。


「それじゃ、早けりゃ今日の午後にでも動いてみるぜ」と言ってジャスペールが立ち上がる。

パトルロとヌルルスはルーコイズがフネリックに放った間諜の報告を聞きに行く。

会議は終了し、それぞれが持ち場に戻っていく。



帝都南方街区七番。

貧民街として知られるその奥に、正統教会礼拝堂の廃墟がある。

だがかつての教会は、今では貧民、前科者、盗賊団、殺人者という、裏世界にひそむ者たちの、魔窟と化していた。

そこに見るからに上流の馬車がやってきて、廃墟跡前に止める。

住民の目の色が変わり獲物を見る目になるが、その帆布に描かれた紋章に気づき、遠巻きに見ている。


馬車から、まず老婆が降り、続いてブルネットの青年が降りてくる。

そのあともう一人、大きなカバンを持った黒髪の男が降りて来た。

青年がひと睨みすると、周囲を囲む汚らしげな衣服に身を包んだ与太者どもがずずっと後ろに下がっていく。

青年が廃墟後に入り、

「プロイドンはいるか」と大声で叫ぶ。

しばらくして廃墟の奥の方から、黒髪、あから顔の男が出てくる。


「これはジャスペールの旦那、わざわざこんなところに来ていただけるとは」

「仕事ができたぞ」と言い奥の小部屋へと向かい、椅子に腰かける。

部屋と言っても仕切りの壁が数枚立てかけられただけの一間、外から見えるし、声も聞こえる。


「隠密裏に、こっそりってほしい相手がいる、ただしいささか手ごわい」

「ほう、詳しく聞かせてもらえやすかい」と、ニヤニヤしながらその男、プロイドンは聞く。


一通り、相手のこと、実行に際しての条件、などを伝えたあと、報酬を卓の上に乗せる。

黒髪の男がカバンから金貨の包みをゴロン、と置く。

「受けてくれるならこれが前金、成功時には同額を支払う」

周囲の人間からも、少し声がもれる。

金貨1枚は銀貨12枚になり、銀貨一枚あれば、貧民街の住人なら一月は食っていける。

この金貨が数十枚入った紙包みで出されたのだ。

「何人でやってくれてもかまわないが、これは総額だ。成功裏には分けろ。人選はお前にまかせる」

「受けさせていただきます」と言い、プロイドンは金貨の包みを懐に入れる。

「くれぐれもさっき言った条件を忘れるな。式会場には入るな、宿泊施設で戦うな、帝室関係者には見つかるな、そして」

「秘密裏に運べ、でございましょ? 儂らの腕はご存じのはずだ」

「それでいい、それともう一つ、現場ではこいつの指示に従ってもらう」と、カバンを持ってきた黒髪の男を指さす。


「グレゴールでございます、指示と言っても、皆様方が帝室宮殿に入らぬ等、現場での注意をするだけでございます」

プロイドンはちらりとそちらを見て、頷く。

「それでは実行にあたる人選を頼む」とジャスパールが言い、プロイドンは数名の名を上げた。

その者たちを前に出させ、魔女ノトラが、誓約の呪術をかける。

「何、大したものではございません、事が終わり次第解呪することをここに誓います」と言う。


「それで、いつから実行ですか?」とプロイドンが訪ねるので、

「今夕、成人式で行われている園遊会から出てきたところを」とジャスペール。



一方、園遊会第三日目では、帝室一家が退室しており、すっかり園遊会に染められていた。

ディドリクとメシューゼラもさすがに慣れてきて、対応の仕方、息の抜き方を覚えてきた。

舞踏会になる前に、ロートマンを介して、またギルダネス博士と歓談の場を得た。


「こちらは教皇庁文典学院のテオトピロス教授です」と言って、ある研究者を紹介してくれた。

文典学院、帝国内における文法研究の二大勢力の一つであるが、現在は衰退しており、もっぱら文典の保守に傾斜している。

しかしその所有する文献量は膨大で、帝国各地から留学者が絶えない。

「ギルダネス先生からお話は伺いました。お若いのに感心なことです」

口調は丁寧だが、やや上から目線だったので、挨拶程度にして終わらせる。

その中で、バトルロという老人が射るような目で、ディドリクを見つめていた。


一方メシューゼラの方も対応に慣れてきて、何人かに歓談を誘われるも、適度に休息を入れて流していた。


そしていよいよ舞踏会、となったが、これ以上要人との折衝は望めないと悟って、兄妹は早めの退場となった。

立ち去り際、ノルドハイムの王太子の前を通ったので退場の挨拶をしておく。

「王太子さま、この度はいろいろご厚情賜り、ありがとうございました」

「もう帰るのか、ディドリク、妹マレーネによろしくな」と言ってくれる。

それに続けてハルブラントが

「ぜひノルドハイムへも来てほしい、近々正式に招待状を出すよ、そうだな、名目は何がいいかな」と考え始める。

「ありがとうございます、今回の御親切のいろいろ、帰って母や父にも伝えておきます」

そしてこの日も男装だったジークリンデがメシューゼラに、

「兄が招待状を出したら、貴女もぜひ来なくてはいけません」と業務命令のような感じで、淡々と語る。

「ありがとうございます、ジークリンデ様」と、にっこり微笑む赤髪の少女。


「ディトリク、御注意ください、何か異様な気配をあなたの馬車周辺に感じましたので」と王太子の末子にして魔術師のヴァルターが耳打ちする。

「え?」とディドリクが振り向くと、

「万一のときは、わがノルドハイムの宿舎をあてにしていただいてかまいません」と付け足してくれる。

(シシュリーが昨日ほのめかしていた暗殺隊のことだろうか?)と考えたので、このあとの経路について、少し考えがとぶ。



式会場を抜けて、馬車を止めてある場所へと向かうと、ペトラが走ってきた。

「王子様!」

同時に、ディドリクもただならぬ殺気を感じる。


会場を出ると、庭園があり、その下に遊歩道と小公園がある。ディドリクはそこで馬車を降り、メシューゼラ達を宿舎へ帰らせる。

(暗殺隊の狙いは、たぶん僕だ)

(ならばゼラは帰した方が安全だし、ここにいれば人質にとられるかもしれない)

という判断からだ。

「またですか」と言いかけたメシューゼラだったが、兄の張りつめた表情を見てただならぬ状況を理解する。

「私も残って...」と言いかけるが、ディドリクが強い調子で否定する。

「急ぎ帰って、万一に備えなさい」と伝え、半ば強引に馬車を走らせる。


ディドリクはともに残ったペトラに、

「昨日言ッテタ強イ知リ合イハイルカ?」とアルルマンド語で尋ねる。

「ハイ、二人ホド」


夕刻にはまだ早かったこともあり、帰り客もおらず、静かに小公園、そこに二人めがけて殺気が押し寄せてくる。

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