【三】 園遊会
翌々日、皇帝嫡孫キロロスの成人式が行われた。
任命式ではないため、国号順や正式のドレスコードなどはなかったが、それでも諸国の代表団が押し寄せた閲覧式主会場は多くの高位なる人々で埋め尽くされた。
ただし国号順などは存在しないものの、最初が教皇庁、最後が出身王家の挨拶で閉められる。
皇帝ペトロプロス11世が上座中央に座し、その傍らに皇妃ゲラ、次座に帝太子アムリウスとその妃、そしてその嫡子キロロスが座している。
さらにその下座に数名の近親、側近らが並び立つ。
皆正装で、金糸銀糸に彩られた豪勢な衣装、帝冠、王笏などを身につけている。
その中で、皇妃ゲラの背後に立つ小男の異様に鋭い眼光が際立っている。
「皇妃の後ろにいるのが、この帝国を牛耳っていると言われる皇妃の弟ゲム文科相です」と、外相がディドリクに耳打ちして教える。
皇帝は既に相当の老齢に見えたが、足腰はまだしっかりしているようで、一同の前に式の開始を告げる。
そして、皇帝の家族が紹介され、いよいよ今日の主役キロロスが前に出る。
たぶん成人の決意などを述べているのだろうが、フネリック王国代表団の座がかなり遠いため、よく聞こえない。
あとで文字化したものが配布されるそうなので、それを見て確認しよう、と思うディドリク。
教皇の挨拶が述べられた後、各国代表団の挨拶があり、献上品などが開陳されていく。
国号の順ではないこともあり、申請順で行われており、大国、小国バラバラの順番である。
3/4ほどの国が終わり、四大選帝王国は全て完了し、場内もかなりくつろいだ雰囲気となる。
挨拶と献上品は、その国と皇帝一家とのやりとりなので、他の諸国、諸侯は適度に歓談し、にぎやかな空気となっていく。
順番が来て、ディドリクはメシューゼラとともに献上品を持ち、キロロスの前に出て、挨拶をする。
流れ作業のように進んでいたため、ものの数分で済んでしまい、少し緊張していたメシューゼラはいささか拍子抜けしたようだった。
もう上座以外の会場は、このあと開かれる園遊会の方に心が移っており、一部には既に飲食もふるまわれ始めている。
あらかた終わったあと、帝室の出自王国、ホルガーテ王国の挨拶が終わり、式は終る。そしていよいよ園遊会だ。
これも公式には今日明日の二日間なのだが、外相によると、私的名目で一週間ほど続くらしい。
もちろん参加義務は最初の二日だけで、あとは最後までいても、すぐに帰ってしまっても、別に問題はない。
帝国の大規模な行事に初参加ということもあり、ディドリクとメシューゼラはしっかり見学していく予定だった。
園遊会の目的は、享楽を目的にした者たちもいるが、多くは外交の場であったり、商談の場であったりする。
特に四大選帝王家には多くの人だかりができている。
給仕がドリンクや菓子を盛った盆をもってそこら中を歩き回り、それぞれに飲食の楽しみを提供している。
メシューゼラもプディングをとり、おいしそうに食べている。
楽師隊が曲を奏で、あちこちで優雅に待っている者たちもいる。
椅子もあるのでディドリクが座って妹を見ていると、なじみのある声が話しかけてくる。
「ディドリク様、一曲ご所望してもよろしいかしら」
ディドリクは「ダンスはそれほど得意ではないのですが」と言い訳しつつもその申し出を受け、ミュルカ嬢の手を取った。
「一緒に踊れて嬉しいですわ」と、頬を紅潮させながらミュルカ嬢は言う。
赤いスカートに、ディアンドル状の上衣、薄いグリーンのスカーフをなびかせながら、くるくると舞っている。
ステップは手慣れていて、明らかに自分よりうまいな、と思いつつ、ディドリクもステップを踏む。
視界にメシューゼラが入り、椅子に座ってこちらを見ている。
「もう!踊っているときは、相手の目を見るものですわ」とミュルカ嬢に言われて、視線を戻す。
「これは失礼」と言うと、ミュルカは真面目な顔をして
「ディドリク様には意中の人はおられませんの?」と尋ねてくる。
「ぼくはついこの間成人式を終えたばかりですし」と応えると、目を丸くして
「質問の答えになっていませんわ」とミュルカ嬢。
「弱ったなぁ、でも強いて言えばいないこともないかな」
ミュルカが食い入るように目を輝かせて、「どなたかおうかがいしても?」
「アマーリアとメシューゼラ、僕の最愛の妹たちです」という答えに、ミュルカは脱力しそうになってしまう。
「お隠しになっているわけでもなさそうですね」と気を取り直してミュルカが続ける。
「でもどうでしたっけ、フネリックの法律では兄妹は結婚できましたっけ?」
「法的にはできます。ただし、母が同じ場合はできません」今度はディドリクが少し説明する。
「もちろん結婚対象として妹を見ているわけではありません。あの子たちが嫁ぐ日まで、しっかりと支えてやりたい、というのが本音かな」
曲が三拍子の舞曲から四拍子の緩やかな曲想に代わっていく。
曲も終わりにさしかかってきたのだ。
ミュルカが優雅に身を近づけながら、相手にしか聞こえないような静かな声でいう。
「どうか、目の前の優良物件も、見てください」と。
曲が終わり、離れる二人。
ミュルカが立ち去り際「また王都で」とことばをかわす。
しばらくミュルカのことばを頭の中で反芻していたが、ハッと気づいて、妹を探す。
メシューゼラはすぐに見つかったが、黒い装束の男性とあいさつを交わしている。
どうやら今の曲の後半から踊っていた相手らしい。
「ゼラ」と呼びかけると、彼女は振り向いて
「ディー兄様! こちらはヌルルス様、帝都の枢密顧問官をなされている方です」
その青年はまるで喪服のような黒づくめで、この晴れやかな席では少し浮いているようにも感じたが、顔にはにこやかな笑顔を浮かべている。
黒髪、黒瞳で、どこか東方系を思わせるが、よく整った顔立ち。
黒のスーツも、髪の色と瞳の色にあわせたのだろう、じっくりと見るとよく似合っている。
体格も中肉中背と言ったところで、ディドリクより少し高いくらい。
ノルドハイム王国の長身一族と接した後だっただけに、穏やかな印象を受けていた。
「フネリック王国のディドリクです。妹がお世話になりました」
「いえいえ、美しい赤髪の姫君をエスコートできて、私も身に余る光栄でした」
この言葉にメシューゼラが頬を染める。
何か言いたそうにしていたので、それを制するような形で
「ゼラ、おいで」と手招きする。
二人の兄妹を見送って、ヌルルスの方も背後に控えていた黒いドレスの女性の手を取り、また踊りの輪の中に入っていく。
次の曲が始まり、ダンスに興ずる人も少し増えてくる。
「いかがでしたか? あの二人は」
「赤髪の方は、ただの王族だ」
「するともう一人の方が?」
「わからんが、シシュリーが言っていた人物の可能性が高いな」
「目に刻み付けておきますわ」
帝都枢密顧問官であると同時に瑠璃宮第一席のヌルルスは、兄妹から目を離すと、他国要人の様子を別の配下から聞き取っていた。
ディドリクはその黒づくめの男ヌルルスを見た瞬間、とてつもない魔術師だ、ということがわかった。
全身からあふれ出る、隠そうとしても隠し切れない強い魔力。
今まで見てきた中で、最強の力を感じ取った。
しかもその力はかなり厳しく隠されていて、対魔術師であれば巧妙に隠せている隠蔽術。
法術家でなければ認識しづらいところだったが、逆に言うと、対法術士仕様の隠蔽術ではないので、この場には法術関係者はいない、ということでもあろうか。
ともかくそれほど強力な魔術師がメシューゼラに接近してきた、ということに、言い知れぬ不安を感じてしまう。
「今度は僕とどうだい?」と促されて、メシューゼラが笑顔で申し出を受ける。
あの男の危険性を言ったものかどうか、少なくとも魔術の力では感じ取れないためメシューゼラはまったく認識していないのだろう。
(いや、考えすぎかもしれない、これくらいの人数がいれば、それぞれの護衛の中に魔術師がいるだろうし)と思い直す。
「ディー兄さまをひとりじめできるの、嬉しい」と言って、メシューゼラは喜んでいる。
「いつもアマーリアが一緒だったんですもの」
「アマーリアに嫉妬しないでおくれ、愛する妹よ」と芝居がかったセリフで、メシューゼラの耳元でささやく。
おいしいものを食べて、異国の美青年と踊って、兄から「愛する妹」と言われて、メシューゼラは上機嫌。
「ネロモン商会の方と、何を話していらしたの?」と聞かれたので、正直に
「意中の人はいるのか? て聞かれて困ったよ」と答えると、
メシューゼラは(あの女狐!)と思いながらも顔には出さず、
「私も興味あります、どう答えたのですか?」とさらに訪ねる。
「とくにはいないけど、あえていえば、ゼラとアマーリアだよと答えておいた」
「まぁ」と声をもらし、思わず抱き着きたくなるメシューゼラ。
(あえていえば、なんだ、おちつけ私)と頭の中で唱えながら「それで?」と続きを促す。
「フネリックの法律では兄妹結婚はできるの? なんて聞いてくるし。仕方ないから、母が違ってればできる、とは応えておいたけどね」
メシューゼラがみるみる赤くなっていく。
「それって、それって」
「王族が兄妹結婚しちゃまずいよなぁ」という言葉に、すぐに鎮静してしまうメシューゼラの頭。
「でも僕は、お前たちが幸福な結婚をして嫁いでいくまでは、いや、誰かの妻になった後も、ずっとお前たちの支えになっていければ、とは思ってるよ」
その言葉自体は嬉しいけれども、何かもやもやしてしまうメシューゼラ。
でも同時に
(異母兄とは結婚できる、異母兄とは結婚できる)とその言葉が頭の中で渦巻いてしまうのだった。
少ないながらも、兄妹の元にダンスの申込や、自己紹介をしてくる者もいた。
メシューゼラが気に入った相手と踊り、ディドリクは自分の元に来てくれる各国の要人たちの相手をする。
「ジュードニア王国の外相、エルディーニです」と自己紹介してくる相手に驚くディドリク。
四大選帝王国の一つ、南方大国ジュードニアの外相が、フネリックのような小国に外相を派遣してきたからだ。
小太りの中年で、体躯も小柄だったが、人なつっこそうな笑みをたたえて挨拶するエルディーニ卿、聞けば国王の弟でもあると言う。
髪も既に薄くなりつつあったが、もとは赤髪であったらしいことがわかる、白髪交じりの赤髪である。
「妹君の素晴らしい赤髪を見て、うちの王子が親近感を持たれまして、踊りに誘ってもよいか、と申しておりますので」
そう言われてメシューゼラの方を見ると、既に赤髪の若者と踊っている。
「もう踊っているみたいですね」とディドリクが言うと、
「いやはや、手順を踏まぬ性急さで、お恥ずかしい」と言いつつ、あれがジュードニアの王子ピリポだと教えてくれた。
「王子の母君はノルドハイム王国の出自と聞きましたが、どうぞ我が国ともこれからは友好の契りを結ばせていただきたく」
人のよさそうな笑顔の下から、少し鋭いものをちらちら見せてきたが、
「ありがたいお言葉です。しかし僕は王太子ではありませんし、一存でのお約束はできかねるのです、でも貴国のような大国とは、仲良くできればと思っています」
と返しておく。
「それでけっこうです、今後ともよろしく」
エルディーニの目から一瞬見えた鋭い光は消えていた。
ジュードニアは、というか南方に位置する国々の大半は多民族国家である。
どちらかというと、黒髪が多数派なのだが、赤髪やブルネットも多い。
今の王朝は少数派の赤髪らしいが、王子を見て
(メシューゼラの方が断然美しいな)などと思ってしまう、重度のダブルシスコンな兄。
そこへ踊り終えたメシューゼラが戻ってくる。
「ディドリク兄様、こちらはかのジュードニア王国の王子、ピリポ様です」と紹介すると、その王子は
「ピリポです。王太子ではありませんが、妹君の赤髪の美しさに見惚れて、踊りの相手をしていただきました」
と手を差し出す。
「フネリックのディドリクです。僕も王太子ではありませんが、今後ともよろしくお願いします」と、その手を握り返す。
そして
「妹が美しいのは、赤髪だけではありませんよ」ともニヤリと笑みを浮かべて付け足す。
「おお、これはたいへん失礼しました。もちろんその御姿も、顔貌も、私の心を蕩かせるに十分以上の美貌であることは言うまでもありません」
と、ほめちぎってくれるので、メシューゼラの頬もいっそう紅潮し、笑顔がこぼれる。
かくして、皇帝嫡孫の成人式初日の夜はふけていく。




