表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第三章 王都編
33/165

【十三】 出発前

家族会議の翌日、ディドリクはアマーリアを伴い、隠密裏にグリス領につながる途中にある遺跡に連れて行った。

その日はあえて護衛もつけず、二人きりで騎馬で向かう。

王家の栗毛を駆り、七歳の妹を前に座らせてしっかりと自身に固定して進む。


石組みの遺構の中を進み、例の祭壇へ来る。

そして水入りの革袋で祭壇を清め、アルテ・グリス文字の痕跡をたどり、真音詠唱に入る。

そして現われる、陽炎のように揺れる影。

アマーリアは兄のバンドをしっかりと握りしめ、隠れるようにして見ている。


「ふむ、おまえか」とその熊の皮をかぶった人物が現れ、今度は最初から現代語で話しかけてくる。

「して、何用だ」と。



ディドリクは後ろに隠れていた妹を前に出し、

「これは私の同母妹アマーリアです」

そして自分がこれからしばらくこの地を離れることを伝えて、

「どうかその間、我が妹に害が及ばぬよう、守っていただきたいのです」

ディドリクは自分がこれから帝都へ派遣されること、その間妹を守れる者がいなくなること、などを告げる。


ベクターはその娘を熊皮フードの下から睨みつける。

しばらくして、失望したような声で

「我に子守をせよ、と言うのか?」と問う。


「ベクター、まだ王都には妖術使の影がありますし、別の密偵が入っている気配を感じています」

「そうだろうな、五人か? 聞きに来なかったので、自分で解決できると思っていたが」

「人数までは把握していませんでした、さすがです」

そして自分の手が離れる時、妹に危機が及ぶ可能性がわずかにあることを伝えた。


「妹は、文法を学んでおりますれば」とディドリクが言うに及んで、それまでの面倒くさそうな姿勢が一変する。

「ふむ、法術の同志ということなのだな?」と、とたんに声が嬉しそうになる。

「まだそれほど深い術は教えておりませんが」


ベクターは再びアマーリアに視線を落とし、

「少し見せてみろ」と言う。

ディドリクがアマーリアに頷いて見せたので、アマーリアは胸の前に手を組み、頭の中で霊言文字を変化させる。

アマーリアの周囲の空間がぼやけ、分身が浮かび上がる、2体、3体、4体と。


「まだ学習途上ですのでこれくらいしかできませんが、いずれは私と同等にはしたいと思っています」

アマーリアは術を解き、またディドリクに密着するようにして隠れようとする。


「良いだろう、しかしその娘は、私を信用できるのかな?」

ディドリクが再び妹を前に出し、

「ついこの前、七歳になったばかりですし、少しばかり晩生なだけです」と言って、そのまま抱きしめる。


「まぁいいだろう、だがまだ声を聴いていないので、聞かせてほしい」と言ったので、

「アマーリア・フーネと申します、まだまだ未熟な身ですので、御不興を抱かれるかもしれませんが、よろしくお願いします」とだけ、細々と告げる。


ベクターがフードをはずし、顔を見せる。

その異質な美を称えた顔貌に、アマーリアもハッとして目が釘付けになる。

「兄から聞いているとは思うが、念のためにに言っておく」とベクター。

「法術は秘匿の学術体系だ、口外は禁止されていると思え、私の存在も例外ではない」

アマーリアが大きくうなずく。

要するにこの熊皮をかぶった人のことを誰にも言っちゃいけない、ということ、と頭の中で繰り返す。


続けて、ベクターがこの見霊台の遺跡に縛られているわけではないので、召喚術式を覚えることを言い渡す。

そして急なピンチになった時のために、自身を召喚する霊言呪文を教える。

「だからいちいちここに来る必要はなかったのだがな」とディドリクを見てチラリと言う。

「残念ながら、我が家では人の目をかいくぐるのが難しかったので」と言い訳っぽくディドリクが答える。



交渉を終えて遺跡から出て帰宅すると、母付きのメイド・ヴィヴィアナから、母が兄妹を探していた、と聞かされて、急ぎ母の書斎へと向かう。

そこにはメシューゼラ、パオラ妃、正妃イングリッドも呼ばれていた。

少し家を空けていたことを注意されたのち、

「帝都に行くあなたたちに私から言っておくことがあります」と母マレーネ。


「王の侍従ブランドも同行するようですので、儀礼的な問題は起こらないと思いますが」と前置きして、告げる。

フネリック王国を代表していくのであるから、その誇りを忘れぬように。

会議ではノルドハイムの一員と見られてはいけない、と語ったが、それでも現地ではノルドハイム王国を味方につけなさい。

ノルドハイム王国からは、ディドリクから見て祖父にあたるベルンハルト四世ではなく、伯父ヘルベルトが参加するらしいことを告げられる。

「兄ヘルベルトはその巨体に似合わず知恵の回る男です、油断をしてはいけません。味方にすると言っても口約束などは絶対にしないように」

と、冷たく言い放つ。

たとえ肉親であっても、現在の立場の方が優先される、ということを言っており、それはノルドハイムでも同じだ、と言うのだ。

ディドリクにとって、血のつながった伯父であっても、油断してはならない、と。

この母の厳しさと優しさ、久しぶりに見る思いだった。

そしてマレーネの知る他の三国、帝室についての情報も与えられる。


「そしてこれはイングリッド様からお願いします」と、正妃に場を譲った。

「これはエルメネリヒ王、そしてガイゼルとも相談して決めたことなのですが」と切り出す。

ガイゼルが参加しないのは、あの病の後遺症が長引いているからだ、ということを理由に使ってもらいたい、ということだった。

厳密にいえばウソなのだが、王太子快癒後の情報は届いていないだろうし、ガイゼルはもっぱら内政のみに携わっているので、詳細を知る人はほとんどいないはいずだから、と言うのだ。

これもディドリクの現地での立場を不利にしないためとわかって、内心嬉しかった。


マレーネはメシューゼラにも向いて、

「現場はすべて敵だと思い、スキを見せないように」と釘をさす。

この辺、義理とはいえ母としての立場ではなく、王妃の一人としての発言である。

「あなたにまかせることについて信頼はしてますが、メシューゼラ様をしっかりお守りして、同時にハメをはずさせないように注意しなさい」

とディドリクに対しても言う。


メシューゼラはこの一連の諸注意についてうなずくだけだったが、ディドリクは

「暖かいお言葉感謝します、母上、そしてイングリッド様、忠告をしっかりと守って、勤めを果たしてきます」と言ってまとめた。



マレーネの忠告が終わった後、メシューゼラがこっそりディドリクに話しかける。

「マレーネ様、やっぱり怖い」と。

「僕たちの身を案じているんだよ」と言って、帰宅させた。

アマーリアはディドリクと、メシューゼラはパオラ、イヴリンと、出発前の最後のひと時を過ごすのだった。



翌朝、出発の馬車が王宮に並べられる。

護衛の騎士団員の他、文官なども付き従うが、その中には前日話に上がった侍従ブランドとその子息、イングマールもいた。

旅程は、まず隣国コロニェ教会領を通り、西方の大国(と言ってもフネリック王国が西方辺境なので、王国からは東に位置するわけだが)ガラクライヒ王国を経て、そして帝都である。

片道だけで十二日の予定となる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ