【十一】 メシューゼラは想う
(なぜあんなにおどおどしてるのかしら)
これがメシューゼラが初めてアマーリアを見たときの印象だった。
姉妹と言っても、母親が違うこともあり、幼児期の記憶はほとんどない。
最初はむしろ年上の「きょうだい」、年上の二人の兄の方に強い感情を持っていた。
長兄・ガイゼル。
正妃イングリッドの子息で嫡男でもある、と教えられたのだが、幼少期の彼は病弱で、今にも死んでしまいそうだった。
ところがある日を境にして快癒し、それからは次期国王としての教育を受け、王の道を歩むようになっていく。
その一方で、弟妹達には優しく接し、後に「兄妹会議」と言う親睦会を開いてくれることになる。
あの優しさは父王エルメネリヒよりも、正妃イングリッドの人間的豊かさからかもしれないと思った。
次兄・ディドリク。
もう一人の側室であるマレーネの子。
こちらは最初の頃、少し冷たい印象を受ける美貌、と感じていた。
その母マレーネは、怜悧な印象をもたらす美貌で、美しさと高貴さと、そして何より強いプライドを持っていた。
だがマレーネの二人の子は美貌こそ受け継いだものの、その性格はかなり違っていて、こちらはむしろ父王譲りに見えた。
次兄の特徴は、なんといってもその賢さ、頭の良さで、最初冷たく感じたのはそれが原因だったのかもしれない。
だがひとたび会話をすれば、ガイゼル同様、弟妹達には優しかった。
そう、少し異常なほどに。
メシューゼラの母・パオラは、南方タゲフル州の出自で、成人式を終えてすぐ、16歳で父王と結婚した。
17歳でメシューゼラを生んでおり、三人の妃の中では一番若い。
対してディドリクの母マレーネは輿入れ時25歳で、この国の常識ではかなりの晩婚で、三人の妃の中では最年長。
だがマレーネは北方の大国、四つある選帝王国の一つ、ノルドハイム王国の出自ということもあり、その教養と自我の強さは王宮内でも突出していた。
ガイゼルの母・正妃イングリッドもまた北方の出自であるが、フネリック王国内の北方州ヴォーゼの生まれ。
イングリッドとマレーネは政略結婚であり、イングリッドが正妃となったのは、王国を揺るがせた十数年前の革命戦争の折り、諸侯をまとめるために必要であり、最初の結婚だったからだ。
マレーネとの婚姻は、革命戦争鎮圧後、王国のバックボーンたることを期待して、北方の大国から迎えた姫君だった、ということもあり、イングリッドの後だった。
そのことを聞かされたとき、メシューゼラは、自分の母と父は政略結婚ではない、恋愛結婚だ、と勝手に解釈していた。
確かにその要素はあって、まだ幼い南方・赤髪の美姫にエルメネリヒが強く求婚したのは事実だが、当然、南方諸州との関連を抜きにしては語れない。
つまり、イングリッドやマレーネほど強い政略性はなかったにせよ、まったく純粋な恋愛結婚と言ってしまうには少し無理があった。
だがメシューゼラ自身はまだ幼いこともあり、母と父が恋によって結ばれた、と固く信じていた。
メシューゼラはそんな母が誰よりも好きだったので、まさかアマーリアが「女の子である」がゆえに、実母から距離を置かれていたとは信じられなかった。
フネリック王国は、他の多くの帝国内血統王家と同様、男子にのみ継承権があり、女子には非常時を除いて継承権がない。
マレーネが産んで成長した男子はディドリクだけである。
ディドリクのあと、二人の男子がマレーネから生まれたが、その二人が夭折してしまったことを後から聞いた。
だが、男子が幼児の間に死んでしまったのはマレーネが産んだ子だけでなく、パオラも男子を失っている。
メシューゼラがまだ二歳の時だったため、その弟の記憶はまったくないのだが、母は時折それを思い出して悲し気な顔をしていることがあった。
一見すると、マレーネはアマーリアを嫌っているわけでも、いじめているようにも見えなかったが、接し方が極めて淡白、悪く言えば義務的に接しているだけのように見えた。
男子であるディドリクにも厳しい躾をしていたが、温度差はかなり強かった。
それは北方の風習だともいう。
つまり、こどもは厳しく鍛えるために、甘やかしてはいけないと。
だが、まだ幼な子の内から最低限の接触しか持たないというのが、メシューゼラには理解できない。
だって、彼女は母といつも親密で、時に友達のようにさえ接していたから。
裁縫をしたり、料理をしたり、ともに歌を歌ったり。
メシューゼラがものごころついて、ディドリクやアマーリアと接するようになってから、パオラが女児を、イングリッドが男児を生んだ。
ガイゼル兄が言うには、王家の男児が死ぬ災厄が終わったということで、この二人の弟妹はすくすく育っていく。
これまでメシューゼラべったりだった母パオラは、二人目の娘イヴリンにしばらくは構いっきりだったものの、メシューゼラと接する時間も極力取ろうとしていた。
ガイゼルが「兄妹会議」を提唱し、ディドリクとともに、兄弟姉妹の結束をはかろうとしていたのは、こんな時だった。
ガイゼルが王太子に任命され、公私ともに多忙になるにしたがって、メシューゼラの視線は、ディドリクに、そしてアマーリアに移っていく。
だがアマーリアは、容姿こそ母マレーネ、兄ディドリクに似ていたが、静かで無口なため、存在が希薄にさえ見えた。
いつも実兄にのみついてまわり、他人が話しかけると、たとえそれがメイドであっても、時にビクッとした反応を見せることがあり、それがメシューゼラには不思議だった。
そんなアマーリアが心を許していたのが、唯一ディドリクだけ、とメシューゼラの目に映っていた。
長兄ガイゼルの印象が優しさだとしたら、次兄ディドリクの印象は賢さだ。
マレーネ同様の美しい銀髪、整った、まるで彫像のような顔貌から、最初、少し怖い印象を抱いていたのだが、実際に教科を教わってみると、その細やかさが手にとるようにわかった。
単に知識を羅列するのではなく、こちらが理解できるように、説明の方向を変えて見たり、具体性を持たせてみたりと、楽しく学べる配慮をしてくれる。
そのせいもあってか、勉強会は楽しく、意識せずに学んでいけたのだった。
ある日、ディドリクがパオラの髪を美しい赤髪、とほめてくれたことがあった。
それを聞いて嬉しくてたまらないメシューゼラが母に喜び勇んで報告すると、
「それはあなたの髪をほめたのよ」と母は言うではないか。
まだ幼かったこともあり、メシューゼラはそれをディドリクに言うと、少年は少し顔を赤らめて
「パオラ様はなんでもお見通しだなぁ」ともらしてくれた。
今度は、メシューゼラが赤くなってしまう。
また、勉強会の実践でメシューゼラがディドリクの教える魔術を次々とこなしていくと、
「ゼラには魔術の才能があるよ」と言って、そこからアマーリアとは違う学習に入った。
メシューゼラはいつしか、ディドリクが誉めてくれる言葉が嬉しくなっていく。
勉強の一件、赤髪の一件から、メシューゼラもアマーリアのようにディドリクにじゃれつきたい、と思うのだが、なかなかうまくいかない。
アマーリアもディドリクについてパオラ邸へ来ることがあったが、実兄がいると「ただのおとなしい子」
しかし一人になると、とたんに、おどおどと落ち着かなくなる。
目が泳ぎ、チラチラと兄の姿を探していることがよくある。
「ゼラ、遠くでも通信できる魔術を教えてあげる」
ディドリクがグリス領という荒地に、商人とともに行くことが決まった夜、勉強会で言われた。
もちろんメシューゼラは大喜び。
なんでもアマーリアは既に教わっていたらしいけど、四六時中一緒にいるため、それほどの嫉妬はわかなかったが、うらやましくもあった。
異母兄か作ってくれた首飾りの魔道具。
それに念を込めると、自分の想いが相手の魔道具に伝わるという。
実際にやってみて、首飾りを通じて頭の中に兄の声が響くと、もう飛び上がらんばかりに嬉しい。
さらに、アマーリアとも通信できる魔術を教わった。
ディドリクは「なるたけ内密に」と言っていたけど、大好きな母様には言っていいよね?
メシューゼラの頭の中では、いつしかそんな風に変換されていた。
ディドリクがグリス領へ旅立つと、メシューゼラは毎晩アマーリアを招待した。
もとよりそれぞれの離宮はお隣同士の距離だったので、マレーネの許可もすぐに下りて、アマーリアはパオラ邸に通うことになる。
メシューゼラの部屋で、アマーリアはこの異母姉が集めたアクセサリーや、縫った手袋などを見せてもらう。
「ゼラ姉さま、ステキです」とだけ小さな言葉を漏らしてくれた。
それだけでも大きな進歩だ。
アマーリアの、お人形さんのようにきれいに整った顔立ち。
マレーネの娘、そしてディドリクの妹であることを語る銀髪、碧瞳、白い肌。
その顔を両手に抱いて
「あなたは私の妹でもあるのよ」と告げる。
うつむきながら、小さくうなずく異母妹。
「きれい」と言って、メシューゼラはそっと抱きしめた。
「そうだ、せっかく通信手段をもらったのだから、ディー兄様に連絡してみましょう」とメシューゼラが首飾りを出して言う。
「でも、お仕事で行ってるのに、用もないのに呼び出すなんて」とアマーリア。
「何言ってんの、いつでも連絡していいから、これをくれたんじゃないの」とメシューゼラは返す。
「いつでもいいのよ、お仕事中でも、お食事中でも、お風呂に入ってるときでも」そしてウィンクしながら、
「だって私たち、ディー兄さまの妹なんだから」
それを聞いて、なぜかホッと力が抜けていくアマーリア。
「ゼラ姉さまも、私も、兄様の妹」と言って、表情がゆるみかけてくる。
(かわいいなぁ、こんな顔をディー兄さまはいつも見てるのか)と思いながら、メシューゼラはディドリクに通信するのだった。