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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第三章 王都編
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【十】 採取風景

グリス州に到着。

今回は前回のような急な訪問ではなかったため、コルプス男爵もそれなりに用意をしてくれていた。


「殿下、再度の来訪、ありがとうございます」

今回は体調が良いのか、メイドに左肩を支えてもらいながら出迎えてくれた。

「男爵、どうかご無理はなさらないでください」

「大丈夫ですよ、殿下、ぜひあれからの畠を見ていただきたく思い、気が急いてしまいました」

ここで、ミュルカ以下の来訪者たちに気づいて、

「この方達が視察の商人たちですか?」と尋ねる。

今回は時間的余裕があったので、早馬で商人たちに塩の採掘を見せる旨を伝えておいたのだ。


一同、用意された宿舎の一室に入り、その後、男爵邸の客間に移る。

前回同様狭い客間だったので、ディドリクとミュルカ、それにコルプス男爵と執事の4人が入るのみ。


前回からまだ二か月しか経っていなかったが、男爵が「畠」と言ったことが少し気になっていた。

しかしそれはまだ口に出さず、今後のスケジュールを決めていく。


まず畠を見て、その後、さらに西方にある荒地へ向かい、そこで塩抜きの実演。


そこでミュルカが口を開く。

「お初にお目にかかります、コルプス男爵、挨拶が遅れましたが、ネロモン商会のミュルカです」

そして今回、彼女以外にも商会から塩の専門家を連れてきているという。

ドアのところに戻り「入って」と伝えて、その男が入ってきた。

小男の中年だったが、それでも5人になると、かなり狭く感じてしまう。

椅子も空きがないため、その男、カンペルは立ったままとなる。


カンペルは出発前にミュルカから簡単に名前だけ聞かされていた。

聞けば帝都の大学で学んだインテリらしい。

だがその腰の低さはとても学者には見えず、さすがに商会の一員と言ったところだった。

「今回、私も視察に同行させていただくことになりました、殿下、男爵、よろしくお願いします」と会釈する。


日程と手順を決めたあとは、あてがわれた宿舎、そして用意してきた寝台馬車にそれぞれ分かれて旅の疲れをとく。

以前も滞在したところだったが、人数が増えているため、いっそう手狭に感じられた。

ただし、随行員の中ではミュルカだけが女性だったので、男爵邸に泊めてもらうことになる。


ディドリクも疲れていたので、すぐに就寝しようと思っていたら、前回男爵に敬意を示していたメイド、アンネが訪ねてきた。

「お疲れのところ、申し訳ありません、殿下」と言いつつ、感謝の言葉を述べた。

「明日、ご覧になられると思いますが、塩抜きしていただいた地に植物が根付き始めているのです、もうなんと感謝していいか」

「まだはやいよ、ちゃんと穀物がとれるようになってからでないと」と言ったものの、不敬を承知で謝意を述べに来た、というあたりで不問である。

「これまで暗い顔で食うや食わずだった村の男どもも、元気になっています」と付け加えて、退室していった。



翌朝、ディドリク、ミュルカ、カンペル、男爵、そして護衛の騎士と鉱夫を数名つれて馬車での視察が始まる。


ミッテ・グリスを出てしばらくすると草地のような場所に出た。

(うん、こんなところに草地があったっけ)と思いよく見てみると、それは育ちつつあった穀物の畠だった。

ミュルカやカンペルなど、初めて来た面々は大して注意も払わなかったが、ディドリクは変化に驚いてコルプス男爵を見る。

「殿下、稗が根付きました。もうすぐ収穫できそうです」と嬉しそうにディドリクを見る。

「塩を抜いただけでここまでにはなりません、男爵のその後の努力があったればこそ、かと思います」とディドリクも、ミッテ・グラス領民の功をほめた。


「え、ここは最初からこうではなったのですか?」とミュルカが二人の会話に驚いて入ってくる。

「もう少し行けば、以前の荒地に出ますよ」とディドリク。


畠地を抜けると、そこには以前のような、草一本生えない土壌の地が広がってきた。

「前はこうでした」と語るコルプス。

「まさか」とミュルカは信じられない様子。


ディドリクは境目の地に下りて、作業の位置を鉱夫に示す。

「この境目に、道を通すか、植林するのが良いと思います、穀類の生育速度なども見ておきたいですし」と男爵に伝えたあと、徒歩で奥地に入っていく。

しばらくして適当な位置を見つけ、鉄杭を打たせる。

今回は最初から、鉄杭の頭頂部に鉄線を巻き付けておく。


「この鉄の杭を使うのですね?」とミュルカが何やら嬉しそうに尋ねる。

「そうなのですが、少し危険かもしれないため、もう少し距離をとっていただければ」

雷撃術を使うと伝えていたので「危険がある」という点には納得して少し離れてもらったが、どうやら近くでまじまじと観察したかったようだ。

電撃にかなりの法術的工夫をこめるため、近くで見られたからといって技術は真似できないし、そもそも雷撃を流すだけで遊離ができるわけでもない。


前回同様、ディドリクが鉄杭の頂点に両手を重ね、雷撃の発動。

バチバチっと火花が散り、鉄杭が鈍い光を少し帯びる。

土壌の上を何かが走り寄るような気配ののち、杭の周囲が盛り上がり始める。

すると杭が少しずつ白味を帯び始め、また土中からも白い蒸気のような粒子が舞い上がり始める。

ディドリクは杭から離れて鉄線を握り、雷撃を続ける。

みるみるうちに鉄杭の周りに白い塩が付着し始め、高さを増していく。

ミュルカとカンペルは、驚きに目を見張らせている。

そんな中、どんどん塩の柱は大きくなっていき、前回よりははるかに高い塩の塔が出来上がった。

以前の土地より塩の度数が高かったようだ。


ディドリクが作業を終えると「ちょっと失礼」と言ってカンペルが小さなスコップと小袋を持ってきて、塩を削り始める。

光をあてたり、舐めたりしたのち

「塩です、正真正銘、いや、驚きました」


「こうやって、塩を抜いたのですが、この地は前回より塩が多く含まれています」とディドリクが説明すると、男爵が

「もう少しやっていただかなかれば抜けない、ということですね」と追加する。

「前回同様、明日もやってみますが、とりあえずもう少し先まで二本目を打ち込みましょう」と言って、鉄杭を打ったままにして、さらに奥地へと歩き始める。


「殿下、まだ自分の目が見たものが、信じられません」と歩きながらミュルカが言う。

「雷撃術にこんな使い方があったなんて」

「いえ、雷撃術だけでは無理で、少し研究の成果も交えています」とディドリク。

「法術ですよね?」と問うミュルカだったが、ディドリクはそれには答えず、進んでいく。


騎士団の面々に、塩の塔を削り取らせながら、二本目、三本目、四本目、と打ち込んでいき、塩抜きをして初日が終わる。

「今回は四日くらいかけた方が良いかもしれません」と男爵に言うと

「そんな感じですね、前回よりも塩の高さが違いますし」と応える。


翌日、そして三日目、四日目と同じ作業を繰り返しつつ塩を採集していくと、瞬く間に空だった荷馬車がふさがってしまう。

一段落したあと、ディドリクが男爵邸で、ミュルカ、カンペルと話をする。

「どうです? 言葉通りでしたでしょ」と確認を求めた。


「驚きました、こんな採取方法は初めて見ました」とカンペル。

「確認はしましたけど、他でも使えるようには教えていただけなかったのが心残りです」とミュルカ。

「商会の方なら、技術はタダではない、ということはご存じかと思いましたけど」とディドリクが返すと

「ごもっともです」とミュルカも笑顔で応える・・・きわめて業務的な笑顔だが。

「その代わりと言ってはなんですが、今後塩の扱いに関しては、ネロモン商会を第一にと考えておきますから」


そしてディドリクは前回から考えていたことをここであかす。

「それとは別にネロモン商会にお願いしたいのですが」

「なんでしょう、殿下のお頼みなら、もうなんでも聞いちゃいたい、そんな気分です」

「肥料を安価に回していただけないでしょうか」

横で聞いていた男爵が言葉をはさむ。

「殿下、そこまでしていただいては」

「いえ、これは今後も、ネロモン商会の助けが必要になることですし、可能ならお願いしたいのです」

「商談、ということでよろしいのですね?」とミュルカ。

細かなことは帰京したあと、ということで、一段落する。


宿舎に戻り、アンネに少しばかりここの領民について尋ねてみた。

年齢構成、人口、等。

採集、刈り入れまではまだ少し時間がかかる。

それまでここの人々を餓えさせてはならないし、男爵の持ち出しに頼るのも良くない。

形式としては貸付になるが、どのくらいの量が必要かも考えておかないといけないから。

そんなことを考えていると、魔術通信が入った。


(ディー兄様、お仕事順調ですか? どうぞ)

アンネを帰して、一人になれる蔵の方へ行き、通信する。

(順調だよ、もうしばらくしたら帰る。行程は六日ほど)

話してみると、近くにアマーリアもいるらしい。

メシューゼラがアマーリアをパオラ邸に招いて、通信してみよう、ということになったらしい。

そこでディドリクの方でも、今度はアマーリアに通信を送る。

(アマーリアへ。今ゼラの家にいるのかい)

(はい、パオラ様からおいしい手料理をいただいたところです)と返してきた。

メシューゼラがアマーリアの気持ちを察していろいろとかまってくれていたようだ。


これほどの距離が離れていても十分に会話ができたことから、ディドリクはグリス州との間にも連絡網が作れるかもしれない、と思い始めていた。


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