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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第三章 王都編
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【六】 信頼と忍耐

王宮倉庫の脱湿庫に塩を収めた後、ネロモン商会に連絡を取ってもらうよう宰相に頼んだ後、ディドリクは家路につく。

この40日間の出張中、アマーリアからまったく連絡がなかったのが気になっていた。


倉庫に行っている間にレムリックに連絡を頼んでいたこともあり、住居に帰ると、メイド頭・グランツァが待ち構えていた。

彼女に帰還を告げ、母の元へ報告に行く。

予定より少し日数が伸びたこともあり、心配していた、という母を労いつつ、退室。


旅装を解くべく自室に戻ると、寝台にアマーリアがポツンと座っている。

ディドリクを見るや、旅装を解くのも待たずに、無言で駆け寄り、しがみついてくる。

革衣のチェストに顔をうずめてしばらく動かない。

泣いているのはわかるのだけど、まったく音を立てないのだ。

「寂しかった?」と、頭をなでながら話しかけると、これまた無言でうなずくだけ。


「着替えるから、ちょっと待って」と引き離して、そのまま寝台の上に座らせる。

軽い茶色のシャツに着替えたあと、ディドリクも寝台の上、アマーリアの横に座り、頭を胸に抱きしめる。

手巾で涙にぬれた顔をぬぐってやりながら、

「寂しかったら、あの首飾りで通信したらよかったのに」と言うと、ようやく口を開いて

「でも・・・お仕事で行ってるのに邪魔になるかと思って」


ディドリクはこれを聞いて、妹の肩をぎゅっと抱きしめる。

「アマーリアは賢いな」

妹は兄の腕の中で、顔をうずめている。

「ふつう、むっつで相手のことなんか考えないよ」


「でもね、そんなこと、考えなくていいんだ」

「いいの?」小さな声でアマーリアが答える。


「だって僕はアマーリアに相談されたり、悩みを打ち明けられたりした方が嬉しいんだから」

アマーリアが、おずおずと顔を上げる。

「同じ血が流れた兄妹なんだから。他人じゃない」

「うん」と小さくうなずくアマーリア。

「もちろん、相談されたって解決できないこともあるし、気の利いたことが言えないことだってあるさ、でも相談してくれること、それ自体はすごく嬉しい」

少し顔を離して、ディドリクを見つめるアマーリア。

「まだ小さいんだから、もっと甘えてほしいし、頼ってほしいんだ」


「我慢したり辛抱したりすることは大切だよ。ほとんどの人はおとなにならないとそれができないから。でも、どこが辛いのか、どう苦しいのか、それを信頼できる人には説明できるようになる、というのも同じくらい大切なんだ」

ここで言葉を切って、ディドリクはゆっくりと尋ねる。

「アマーリアは僕を信頼してくれているだろ」と。

再びアマーリアはディドリクの胸の中に顔をうずめて

「はい。兄様、大好き」と小さな声で、恥ずかしそうに言う。

「僕もだよ、大好きなアマーリア」

と言って、ディドリクの方も少してれてしまった。


アマーリアの右手を手に取って、自分の左胸にあてて、

「流れている同じ血が、鼓動まで重なっているんだ」と言って、アマーリアの首筋に触れる。

「わかるかい」と聞くと、今度は笑顔でうなずくアマーリアだった。



その夜は早々に、ディドリクの左胸にしがみついて眠ってしまったアマーリア。

その寝顔を眺めながら、ぼんやりと起きていると、グランツェがタオルと洗い水の交換にこっそりとやってきた。

グランツェはアマーリアが眠っているのを見ると小声で

「兄君さまがいなくて、ずっとお寂しそうでしたのよ」と言う。

「ありがとう、いろいろ世話になったみたいだね」

「いえいえ、お嬢様は全然手がかかりません、でも」と言いかけて少し言葉を選ぶように、続ける。

「泣かれるときに、声も出さずに、つー、と涙がこぼれるのです、あれは私どもも見ていてとてもつらいです」とも。

「リュカも言ってた。我慢強いって」

「ええ、でもこのくらいの御歳なら、もっと暴れて泣きわめいても良いと思います」


「マレーネ様と似ておられる、と思うことがあります」

と言うので、理由を聞いてみると

「心が強いのでございましょう」と言う。


寂しいから強くなるのか、強いから寂しさに耐えられるのか。

どちらかはわからなかったけれど、このグランツェの言葉には、同意するところ、それでも少し違うところを感じていた。

でも、さすがはマレーネが嫁いできたときから仕えている最年長のメイド頭だ、よく見ている、とも思った。


グランツァには確か子供が四人か五人いて、既に皆成人し、さらに孫もいたはず、そして通いだったことを思い出して

「ありがとう、もう遅いから帰ってもいいよ」と言葉をかけた。

礼をして退室するメイド頭を見送りつつ、またしばらくは妹の寝顔を見つめていた。



翌朝、妹の頬にキスをして王宮に出かけると、キドロ・ネロモンとその妹ミュルカが来ていた。

どうやら別の所用で昨日のうちに領内に来ていて、それで昨日の連絡にすぐ反応したらしい。


「殿下、塩を見せていただきました」

簡単な挨拶のあと、キドロが切り出した。

「いかがでしょうか、かけひきなしの御意見を伺いたいのですが」

「ほぼ混じりけなしの、高純度の塩ですね、どこの産出なのでしょうか」

その直接の質問には答えずに、

「そうですか、それでは買い取っていただけますでしょうか」と返す。

キドロはニヤリと笑って、

「殿下、商品である以上、産地は知っておかねばならないのです」と切り返してきた。


(商品)ということばを聞いて、ディドリクは産地を告げた。

「あの塩土から、ですか?」

グリス州を(荒地)ではなく(塩土)と判断したその情報力に驚きながらも、平静を装って肯定する。

「岩塩杭などはなかったように記憶しているのですが」と続けるキドロに

「採取方法については隠すつもりはありませんが、まず買い取っていただけるかどうかをお伺いしたいのです」とその目を見つめて、重ねて問う。


「わかりました、値段の交渉に入らせていただきます」と続けて、なんとか塩の買い手がついたようだ。

恐らく今後の採取を含めても、財政の足しになるレベルには遠く及ばないだろう。

しかしそれでも今後領内にある塩土の開発の一助になるかもしれない。

宰相、財政担当の役人も含めて、交渉に入り、今回分についての交渉がまとまった。


一段落したあと、この塩をコンスタントに出せるかどうか、という点に移っていった。

今回のグリス州からの採取は全体の一割にも満たない上に、他地域に広がる塩土荒野にも拡大できそうなことから、その旨を伝える。

「採取方法は雷撃術を使いました」

この発言に、ミュルカの瞳が輝く。

「口頭では説明しづらいですね。もし足を運んでいただけるのでしたら、お見せしてもかまいませんが」


「ぜひ拝見させていただきとうございます」とミュルカ・ネロモン。

「かまいませんよね、お兄様」とキドロを見て言い、それを許可されると、

「雷撃術、もちろんそれは魔術の発電式ではなくて、法術によるものですわね」と詰め寄る。

「ミュルカ嬢、我々にも技術の秘密はありますので」とディドリクは応える。


「それでけっこうです、殿下、これからも末永くお付き合い願います」と言って、手を差し出す。

今度はディドリクもその手を取って

「ええ、こちらこそ」と微笑んだ。



ディドリクが文書課アルヒーフに戻ると、来客があった。

小柄だが、ディドリクよりは年上のような青年が、待っていたのだ。

その青年はディドリクが戻ってきたのを見ると、ぴょんと立ち上がり、礼をしたのち自己紹介する。


「殿下、私は研究科に籍を置く、レレケ・フタネスと言います」と名乗った。

研究科ということは、ディドリクの後輩にあたるのだろう。

「『石客研究会』を代表して、殿下に御助力願いたく参上いたしました」

「石客研究会?」

「このフネリック王国でも文法家の研究育成を目指そうとする同士の集まりです」


レレケは、ディドリクが在学中に古典古代の文法研究を始め、法術の域にまで達していたことを語り、ぜひとも顧問になってほしい、と言ってきたのだった。

「我々も研究を重ねております。殿下のお力にもなれることがあるかもしれません」とも語るのだった。


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