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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第三章 王都編
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【五】 コルプス男爵

王都より馬車で揺られること五日。

ディドリクはレムリック、カスパールら護衛の騎士数名とともに、王都の西部、グリス州・州都ミッテ・グリスに到着した。

州都と言ってもグリス州全土が不毛の荒地でほとんど人も住まないため、州の東端、王領直轄地に隣接した区域にある。

土地が貧しく人口も少ないため、州都とは名ばかりの、ちょっと大きな村程度の規模である。


到着して周囲を見渡すディドリクは、泉水が発見された程度でこの土地の人口が微少とは言え増えているとは信じられなかった。

まず緑が少ない。

立木も背が低く、奥地、つまり西側に行くにしたがってまばらとなっている。

荒地との境目、小道から向こうは砂漠にこそなっていないものの、植物が見られなくなっている。


そんな風景を眺めていると、領主コルプス男爵の老執事が現われて、邸内へと案内してくれた。



男爵邸は小さな館で、とても領主の居住処とは思えぬほど質素な作りだった。

石組みこそなされているものの、簡素な二階建て。

客間も狭かったので、男爵と執事、それにディドリクとカスパールだけが入室する。


その男爵と客間で対面したのだが、四十代と聞いていたのに、六十代に見える老けっぷり。

およそ貴族とは思えぬほどの痩身で、頭頂部はすっかり禿げ上がっている。

そしてなにより目を引くのがその左足で、膝から下が義足になっていた。


「わざわざこんな辺鄙な土地にまで王子にお越しいただいたのに、ろくなもてなしもできず、まことに申し訳ない」

と男爵は開口一番謝罪した。

「いえいえ、こちらこそ急な来訪でした」とディドリク。

儀礼的な挨拶をすませたあと、本題に入る。


「それで、あの荒地の開発をしていただけるとのことでしたが」と男爵は切り出す。

「もうご覧になられたでしょうが、かなりの難度ではないかと。わたくしどももこの地に赴任して以来、肥料、耕作といろいろやってはみたのですが」

「塩土ということでしたよね」

「ええ、それが、穀物のみならず、植物そのものを受け付けなくなっているようで」

しばらく考えたのち、ディドリクは

「試したいことがあるので、やってみます、ただその際、お人払いを願いたく思うのですが」

男爵は快諾し、その日の宿舎に予定している場所へと案内される。


宿舎と言っても民家のような作りで、手狭な平屋である。

そこに一行が詰め込まれるようにして夜を過ごしたが、この土地の民家の狭さ、貧しさを見た後では誰も文句を言えない。

案内してくれた男爵のメイドも申し訳なさそうにしている。

「ここが用意できる最良の家なのです、どうか男爵様を悪く思わないでください」と。

この貧しい土地でありながら、ディドリクは住民が男爵に対して敬意というか、親近感を持っているように感じていた。



翌朝、ディドリクは男爵立ち合いの元で、奥地の荒地へと向かう。

馬車から、王都より持参した鉄杭を一本、荒地の入り口から少し入ったところに打ち付ける。

鉄杭は子供の背丈ほどの高さ、1mを少し超える程度だったが、それをハンマーで半分くらいを打ち込む。

その上にディドリクが掌を置き、琥珀の霊言をイメージし、法術の発動がなされる。

少し距離を置いて取り囲むように見ていたカスパールやレムリックは、彼の手と鉄杭がバチバチと音を立てて光るのを見る。


数分経ったであろうか、鉄杭を打ち込んだ場所が盛り上がってくる。

さらに白い粉末が蒸気のように立ち上り、鉄杭に付着していく。

ディドリクは鉄杭に鉄線で輪を作ってつなぎ、今度はそれを握ったまま、雷撃術を行使し続ける。


鉄杭を覆うようにして、白い柱ができていく。

見上げるほどの高さになったところで、一段落。

ディドリクは護衛の騎士たちに白い柱を切り倒し、削り取るよう指示を出す。

その白い固形物は、これも王都から用意してきた裏ごしした麻袋へと詰め込んでいく。


「これは、いったい?」と尋ねる男爵に対して、ディドリクは言う。

「塩です、たぶん純度はかなり高いはずです」と。

「塩?」

「ここの荒地が塩土によるものだと聞いた時から、塩抜きができないか、と考えていたのです」


雷撃術が鉱晶純化のために用いられるのを応用し、無機物の遊離に使えるよう、改良を重ねたのだ。

電気的に分離されたものなので、高純度のものがとれるはず、という目論見である。


埋め込んだ鉄杭はそのままにして、さらに奥地へと向かう。

一定の距離を測ったあと、再び鉄杭を埋め込んで、雷撃術。

同じようにしてできる白い柱を騎士達に切り取らせて回収。


これを数回繰り返して、その日は終った。

方形を描くように一定地域の塩抜きを行い、翌日、同じ地域をもう一度。

初日に比べると量は減ったものの、まだまだ塩は取れた。


三日目を終えたあと、ディドリクが男爵に言う。

「厳密な検査をしてみないとわかりませんが、塩はかなり抜けたはずですので、もう一度、耕作をしていただけませんでしょうか」

塩土と言っても、原因が塩だけとは限らないため、やせた土地に強い穀類を主体に、という指示も出しておく。


四日目から六日目にかけて、さらに奥地へと塩抜きに行くと同時に、三日間で塩抜きをした土地にはグリス領の住民に耕作を依頼する。

馬車にはタゲフル州から運ばれた芋も積んでおり、それの生育も試してみようと思っていた。

だが芋類には連作障害もあるので、植え付けるのは狭い地域にして、残りは住民の食料として備蓄させる。

こうして、グリス領での一か月が過ぎていった。



ひとまず、住民の手が回りそうなエリアを塩抜きして、男爵邸に帰還したディドリクは、次に泉水の引き込みを相談する。

州堺上から湧き出た泉水は塩に犯されておらず、農業用水として利用できそうだ。

ここでディドリクは人口微増の話を聞く。

「人口が増えたのではありません、死亡率が下がったのです」と、コルプス男爵が語る。


十数年前の革命戦争の際、東方からなだれ込んできた新教徒の軍勢を押しとどめた一団があり、男爵もその中の一人として獅子奮迅の働きをし、その褒賞としてこのグリス領を下賜された。

だがその時男爵は左足を失ってしまう。

そこで先代の国王、つまりディドリク達の祖父が使用人をつけて領地を管理する必要のない土地として、このグリス領を与え、国費で彼の生涯に年金を支払うことを決めた。

妻子もなく、男爵家の構成員もほとんどが戦争で死に絶えてしまったため、彼は最後の一人としてこの領地で人生を終えるつもりだった。

だが、戦争で家を焼かれた平民や、男爵を慕うわずかばかりの農民たちが彼に従い、この地に移住してきたのがこの地の住民の始まりとなる。

ところがこの荒地である。

貧困の中で衛生状態が悪化し、妊婦が倒れ、運よく子が産まれてもバタバタと死んでいく。

そんなとき、泉水が見つかり、男爵が持てる知識を総動員して、住民の衛生管理に乗り出した、という流れらしい。


生まれた子を新鮮な泉水を湯にして洗ってやること、妊娠中の女性にたっぷりと栄養をとらせること。

男爵は与えられていた年金までも動員して、これらをなし、そのお陰で妊婦の死産や新生児の死亡がグッと減った、というのである。


ディドリクはこの話を興味深く聞いていた。

一つ一つはごく普通の、当たり前のことである。

だが貧困はその常識を削っていく。


宿舎に戻ったとき、初日に男爵を庇っていたメイドがそれについて少しばかり補足もしてくれた。

「男爵さまは、住民の女の腹に子ができると、その亭主に腹いっぱい食わせろ、と指示してくれました。おまえの妻は一人じゃない、腹の中にもう一人いるんだから、と」

食わせたくても食わせられない家には、男爵が自ら家に招いて、生まれるまで食事を出したこともあるという。

それに加えて衛生知識の徹底。

住民は貧しくても、男爵を父のように慕っている、とも付け加えた。そしてそう語る表情は、どこか誇らしげでもあった。



翌日、採集した塩を積んで、王都へと戻るディドリクは、コルプス男爵に

「たいへん興味深い話も聞かせていただきました。またぜひ寄らせてほしいです」と言葉をかける。

男爵は感謝の意を表し、同時に最初に植えた稗の苗が根付き始めている、とも伝えてくれた。

増えた人口に、生産手段が与えられるかもしれない、という希望を語ってもらったあと、一行は帰路に就く。

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