【三】 タリスマン
町で買った首飾り。
そのターコイズを外して、自分の血を一滴。
そして霊言文字で自分の名と妹の名を彫りこんで封印し、石を元に戻す。
これを二つ作って、完成だ。
夕刻、帰宅したディドリクが、預かっていた首飾りをアマーリアに返す。
「細工が終わったから、少し試してみようか」と言って、使い方を教える。
寝室近くに誰もいないことを確認して、首にかける。
「石を握って、胸の上の置いて」と言い、自分もその首飾りを握って左胸の上に置く。
アマーリアが同じように胸の上で握っているのを確認して、少し離れる。
そこで声を出さず、アマーリアに思念を送る。
(アマーリア、聞こえるかい)
アマーリアがハッとして顔を上げ、兄の方を見る。
(その首飾りに返事をして、声を出さずに頭の中で)
アマーリアは再びその首飾りを胸の上で握りしめて
(にいさま? これでいいの?)
ディドリクが戻ってきて、妹の肩に手を置く。
「どんなに遠く離れていても、これがあれば心臓で心がつながるんだ」
だから不安がらなくても、と言いかけるディドリクの胸にアマーリアが飛び込んでくる。
「にいさま! にいさま! すてき! 嬉しい!」と。
頬をディドリクの胸にこすりつけるようにして抱き着く妹を少し離して、
「でもね、使っているところを人に見られちゃいけないよ」とも付け加える。
「はあい」と深く考えるようすもなく、嬉しそうに首飾りを握りしめるアマーリア。
見られたからと言って効果がなくなることもないが、悪意ある誰かに利用されないとも限らないし。
しかしそれは口に出すことなく、胸の内に秘めておいた。
「本当にピンチになったとき、寂しくて胸が張り裂けそうなときには、これを使ってね」とだけ伝えておく。
本当はそこにさらに、もう片方の連絡者、アマーリアの血を垂らし込むべきなのだけど、まだ幼いので今回はこれだけにしておく。
この霊言のタリスマンは法術によるもので、魔術や妖術では看破できない。
同じ鼓動を持つ者同士が、そこに血を流すことによってつながるのだ。
従ってまだ片方の血だけでは不十分なのだが、会話をつなぐこと程度なら可能である。
やがて正式の護符として、お互いの血を垂らしたものを作っておこう、と考えるディドリク。
アマーリアの方は、ターコイズの首飾りをじっと眺めていたので、
「普段は服の下に隠しておくように」と言われて、いそいそと、肌着の中に隠すようにしまいこむ。
「これから週末は、一緒に町に出てみようか」と言うと、アマーリアは目を輝かせる。
あっという間に週末になった。
サトゥルヌスの日は、学校によっては授業をしているところもあるが、多くは休日。
アマーリアは王族なので学校に行くでもなく、まだ家庭教師もついていなかったが、実質兄が家庭教師だったので、教養という面では申し分なく習得している。
一方、王国の労働者たちは、たいていが休みか、半日だけ働いてお休み。
もっとも、人口の少ない、したがって経済規模も小さな国ゆえに、多くが職人のような自由業や生産業なのでめいめいの都合で働いている。
ディドリクは王宮内の勤務なので自由業とは言いかねるが、それでも会社務めのような形でもない。
ともかく、5日働いたら2日休める、そういう社会なのだ。
店舗を営む者たちはその限りではないが、どちらかというとフルタイムで働いているのがこの2日間だけ、という見方もできる。
離宮から降りて、ウィンドウショッピングを楽しむ幼い二人の兄妹。
と言いたいところだったが、やはりそこは王族、護衛と同行者が影からついてきていた。
第二離宮の担当護衛兵レムリックと、メイドのリュカである。
ディドリクは拒否したのだけど、やむなく押し切られてしまった。
それでも、まいたりしないことを条件に、少し離れて歩くことを了承させての同行となった。
見かけだけは、兄妹二人の町行きだったので、アマーリアにとっては十分嬉しい。
ディドリクは商店街に入る前、しっかりと手を握り、もしはぐれた時のことをこんこんと言い聞かせて、入っていく。
先日渡した首飾りのお守りは、これも想定してのことだったのだ。
手芸店で、二人は色鮮やかな組紐を見る。
初めてみる組紐に少し興奮気味のアマーリア。
「きれい」そのうちのいくつかを手に取って、うっとりとした表情。
数を制限して買ってやることにしたので、真剣に悩んでいるもよう。
悩んだ末に、青、赤、緑の組み合わせを買って、いたくご満悦。
その後、金細工店、花卉園芸店、玩具店などを回り、見聞する。
既に何度か来ていたディドリクの方は顔を覚えられていたが、商店街に来たことも、大きなイベントにもほとんど参加していなかった王姫はまだそれほど顔を知られていなかった。
そのため、いろいろ驚かれたり、関心を集めてしまったり。
そんな賑わいもまた、幼い少女の心を楽しませるのだった。
ひとしきり歩いた後は、軽くお昼を食べることになり、ここでレムリックとリュカも合流する。
二人とも「影から見守る」という約束だったため、街中にとけこむような、平凡で地味な私服。
リュカはまだしも、レムリックは離宮詰めの衛兵とはとても見えない。
アマーリアの方は、もうリュカとレムリックなど眼中になく、兄に買ってもらった組紐を取り出して夢中になっている。
「やはり笑顔はいいね」とディドリクが言うと、
「兄様、ありがとう」とアマーリアが答える。
そして嬉しいときによくするように、頬をディドリクの胸につけてこするように小さく動く。
いつもは眠くなる時間帯なのに、この日は帰路につくまで元気いっぱいだった。
「あれが第二王子か?」
少し離れたテーブルで、三人の男女が小さな声で話している。
目立たない服装で食事をしているだけのように見える風体だが、その視線はディドリクの上に固定されていた。
「どう見てもただの子供なんだが」とつぶやくも、それ以上に会話は進展せず、黙々と食べている。
兄妹一行が支払いをすませて出ていくと、彼らもまた店を出ていった。