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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第三章 王都編
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【二】 悲しい長所

文書課アルヒーフの業務を終えた後、城下町へ出かけたディドリクは、そこで懐かしい顔に出会う。

王立学院時代の同窓、カスパール。

その後同じ研究科に進んだものの、専攻分野が違っていたこともあり、王立学院時代ほどには顔を合わさなくなってしまっていた。

特徴的な巻き毛は当時のままに、花卉園芸店の前で目があい、どちらともなく、挨拶をする。


「お久しぶりです、王子」

「お久しぶりです、こんなところで何をしてるんですか」

と問いながら、ディドリクはカスパールが研究科に進んでからは、もっぱら農地関係の研究に進んでいたことを思い出した。


「部屋に何か花を飾ろうと思いましてね」と意外な答えが返ってきた。

「そうだったのですか、てっきり穀物の研究か何かだと」

「ははは、さすがにオフの日まではそういうことはしませんよ」

オフの日、ということだったので、近くの軽食屋に入り、歓談する。


ディドリクがパスタを、カスパールがブレッドと豆料理を注文して、話し始める。

「聞きましたよ、成人式を終えられたとか」

「14歳になりましたので、物理的に、ですけどね」

「こちらはいろいろ手詰まりでしたので、お祝いにも参上できず、失礼しました」

「いえ、兄上のような任命式ではないので、お仕事が忙しければそちらを優先してください」

しかしその手詰まりということばに興味をひかれたので聞いてみると、

「荒地の開拓は、国家事業ですからね」

と、やや抽象的な回答が帰ってくる。


フネリック王国は帝国内諸邦の中でもかなり広い領地を持つものの、多くが森林と荒地で、居住域、あるいは農地として使用できる面積は著しく少なかった。

森林はまだしも、荒地をなんとか利用可能な地域にしたい。

これは先王の頃に起こった革命戦争以来の、国家の悲願でもあった。

カスパールが研究科を卒業後についた部署は、国土の測量と荒地の研究をするところ。

そこでの研究や対策が行き詰っているのだろう。


「人の手が入ってないというだけならまだしも、塩土地域が多いのも悩みの種です」

「塩土ですか」


ひとしきりカスパールから国土の現状を聞いたあと、再開を約束して別れた。



家に帰ると、既に夜になっていた。

ドアをあけると、暗がりの中からアマーリアが無言で飛び込んできた。

驚いてその顔を見ると、涙にぬれている。

近くに気まずそうな顔をしたリュカがいたので、どうしたのかと尋ねとみると

「ディドリク様のご帰宅が遅いので、泣いてしまわれて」

声も出さずに泣いているその姿に驚いて、頭をなでてみるが、腰にしがみついて離れない。


リュカに寝れタオルをもってくるように頼み、寝室に入る。

膝の上に乗せて、涙を拭き、頭部を抱えるように抱く。

「待っててくれたの?」と聞くと、うん、とうなずくだけ。

「遅くなってごめんよ」と言っても、ただうなずくだけ。


「いつもお帰りになられる時間くらいから、客間に座って、じっと玄関を見つめていらして」

とリュカ。

別に何か約束をしていたわけではなかったのだが、強いて言えば文法の講読練習くらい?

なのにこんなに泣かれてしまった。

「何も言わずに、夕食もとらずに・・・それでついさきほどくらいから、見つめていらしたお顔に涙が流れてきて」

声も出さずに泣いていたのか、と思い、あらためて抱きしめ直し、寝かしつける。

「明日、一緒に町へ行ってみよう」と言うと、ようやく涙が止まった。

リュカにも同行をお願いし、翌日のお出かけの手配を頼む。

そしてその夜は、着がえることもなく、六歳の妹を左腕にかかえて床につくのだった。



翌朝。

目覚めるとアマーリアは、まだ自分の左側で寝息を立てていた。

だがディドリクが起きるとそれに続いて目を覚まし、大きくのびをする。

着替えをして、お出かけの準備だ。

濡れタオルで顔を洗ってやり、メイド達に髪を整えさせてもらう。

ディドリク自身も少し妹の髪に平櫛を入れた。

柔らかで綺麗な銀髪。

将来はすごい美少女になるなぁ、などと、兄バカなことを思いつつ、着替えがすむのを見ていたため、少し自分の方の身支度が遅れてしまう。


そして文書課アルヒーフに休む旨を伝えて、城下町へと降りて行く。

少し曇ってはいたが、まあまあの晴天。

リュカはいつもと同じ服装だったが、アマーリアは黄色と白のブラウスに、薄い水色のスカート。

兄の手をしっかりと握っての同行である。


前日、カスパールと出会った花卉園芸店に向かってひとしきり花を見たあと、昨日とは別の食堂に入り、遅い朝食をとる。


まだランチ前だったためか、定食セットのようなものしかメニューになかったものの、軽く腹に入れるには十分な内容。

ドリンク類はいろいろあったので、レモネードを注文する。

アマーリアは、こくこくと喉を鳴らしてレモネードを飲む。

「おいしい」と言って、恥ずかし気に下を向く。

「おいしいよね」とディドリクが言うと、その嬉し気な顔を見せる。


「昨晩はどうなることかと思いました」とリュカが言う。

「お嬢様、声も出さずに、スーッと涙が尾を引いて流れてきて」

「ごめんなさい」と小さな声で謝る妹に、

「良いんだよ、それは」とディドリクが頭をなでる。

「寂しいとき、悲しいとき、つらいとき、泣いていいんだ」

アマーリアは、こくん、とうなずく。

「まぁ、夜遅く帰宅した僕が言っても、だけど」とディドリク。

「坊ちゃまはもう少し連絡をまめにしてほしいです」というリュカの言葉に、思わず苦笑いしてしまう。


食堂を出て、金工・木工の細工店に入る。

小さなアクセサリーなんかも売っていたので、首飾りを購入。

「おそろいだよ」

ペアセットになっている小さな子供用の首飾り。

中心に深い青色のターコイズがはめこまれたもので、それを二人分購入し、片方をアマーリアの首に、もう片方を自分の首にかける。

大喜びのアマーリアが、しがみついてくる。

「あとでもう少し細工をしてあげる」と言って、店を出る。

それから小間物屋に寄ったり、食材店なんかで買い出しをしたりして、帰路につく。

まだ昼頃だったものの、やはり少し歩いて疲れて眠くなったのか、アマーリアがトロンとしてきた。


家につくと、お昼寝の時間。

ベッドに寝かしつけて、客間でリュカと話をする。

「喜んでくれたかな」と少し自信無げにディドリクが言うと、

「私の目から見て、ものすごく喜んでおられました」とリュカが答える。


「あの子はものすごく我慢するからなぁ」ともらすと、

「辛抱強いのは、長所なのかもしれません」とリュカ。

しかしその顔は少し曇っている。


「これはお話していいかどうか、わからないのですが」とリュカが話しだした。

「この前、メシューゼラ様が遊びに来られて、その時、メシューゼラ様がパオラ様に叱られてお尻をぶたれたときのことを話しておられたのです」

「その時は楽しそうにおしゃべりされていたのですが、メシューゼラ様が帰られた後、私はお母様に叱られたことないや、ともらしておられました」

少し間をおいて、

「私を誉めたり、叱ったりしてくれるのは、兄様だけ」とも。

リュカの言葉が、ディドリクの胸の中に、ストーンと落ちていく。

「いや、叱ったことなんか...あったっけ」とは言ったものの、アマーリアの言葉が頭の中にいつまでも残っていた。


「ありがとう、このことは内密にしておくよ」とリュカに言って、また少し考えてしまう。


「我慢強くて辛抱強い、あの年ならたしかに長所だね、でも」

「はい」リュカは次に来るディドリクの言葉を予想してか、返事をしてしまった。

「それって、悲しい長所だね」

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