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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第二章 妖術対法術
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【八】 学習

呪いをしかけた二人の潜入者、予想通り、衣服、持ち物からその素性はわからなかった。

だが、報告を受けたエルメネリヒ王は、宮中及び国内警備の体制を見直し、かつ、魔術、妖術の研究にも予算が割くようになる。

このあたりは、小国の利点であろう。

ただし、政治を担当する側近も数が少ないため、かなりの部分を王が、そして王太子が兼任しなくてはならなくなっているのだが。


一方ディドリクは自室に書籍を持ち込み、今後の研究体制について意見を言えるように、自身の専門以外、つまり法術以外のことも調べていた。

そんなある夜のこと。



「にいさま」と、か細い声で幼い妹がディドリクの寝所にやってくる。

また寂しくなってきたのだろう、と思いながら、招き入れ、椅子の左隣にちょこんと座らせる。

優しく髪をなでながら、「さみしいの?」とゆっくりと聞くと、頷く。

頬から首筋、顎下へとゆっくりなでていると、卓上の本に気が付いて

「これ、なあに?」と問いかける。

「本、と言うものだよ、文字でいろんなことが書かれているもの」

「ふうん」と言いつつ、視線がそこに釘付けになっているのに気づく。


ディドリクは、今回の侵入者の一件で、いろいろなことを考えるようになった。

これまでは「知の喜び」と、家族、とりわけ兄の平穏にのみ心が向いていたが、もっと大きなものについて考えていかなければ、と思い始めていた。

あの二人は、殺人者だ。

人の命を奪うことにためらいがなく、そして自身の命さえ、目的のためには消し去ってしまう。

自分の、これまで生きてきた中で、経験したことのない恐ろしい人間たち。

そういう存在に、自分たちの命が、安全が脅かされようとしている。

もっと深く考えて、自分たちの安全を守っていかなくてはならない、ということの重要性について、思い至るのである。


まだこの世に生を受けて、三年にしかならない幼い妹が「知の集積」である本に興味を持ち始めている。

身を守るには、武力だけではだめだ。

多くの人との連携も大切だ。

そして自分のように武力を持たない人間には、それを補う知識が大切だ。

今回の事件で知った多くのこと。

それらを頭の中で反芻するうちに、ある考えが頭の中に沸き起こってくる。。


「アマーリア、なんて書いてあるか知りたいかい?」と問うと、妹は屈託なく

「知りたい」と兄の目を見つめて、言う。

ディドリクは紙片の切れ端を出してきて、そこに一文字ずつ書いていく。

アマーリアは、それを食い入るように見つめている。


ディドリクは書棚から子供向けの挿絵がいっぱい入った伝説集を出してきて、その文字と照合していく。

「むかしむかしあるところに...」

子供向けの本で、ほとんど曲用文もなく直接法だけで読める文章。

ゆっくりと、しかし的確に、文字を追っていったアマーリアが、嬉しそうに顔を上げる。

「にいさま、読めました」

その表情を見て、ディドリクの心の中に、稲妻のようなものが走る。

(なんて可愛いんだ)と。

心の震えで身もだえしそうになるのを必死でおさえながら、ディドリクはまた一文字一文字ずつ、復習し、例文を読ませていく。


初日は文字を知る端緒だけ。

疲れて眠りに落ちるアマーリアを抱きかかえて、自身のベッドに寝かしつける。

ベッドの中で、左手に巻き付くようにして眠るアマーリアを見つめながら、自らも喜びにつつまれていくのを感じるのだった。



翌日、研究科から帰ってきたディドリクに、アマーリアが飛びつくようにやってくる。

「にいさま、もっと」

最初、何のことかわからなかったが、昨夜の文字のことだとわかり、急いで着替えて寝室の書卓に向かう。

昨日の紙片を取り出したアマーリアは、それを指で追うようにして、一音一音その文字の音価を発音していく。

「フ、タ、ル、ク・・・」

ディドリクは驚いた。

(なんて覚えが早いんだろう)と。

自分が文字を覚えた時はどうだったろうか、と回想してみたが、どうにも思い出せない。

あの、夢の中の賢者に出会う前に、ある程度は読めるようになっていたが、それにしてもまだ6歳だった。

(この子は・・・)とあらためてその幼い姿を見る。

だが、それは同時に(もっと教えてみたい)という気持ちと重なっていく。


今度は単語と文に重点を置いて教えていく。

まだ知っている単語が少ないこともあり、発音できたり、つまずいたり。

その都度修正しながら、少しずつ、日常では知りえない単語もまぜていく。

あっという間に時間が過ぎていく。

夜間の長時間の勉強は、目を弱くする、というのも聞き知っていたので、まだまだやりたそうな妹を制して、終わらせる。

「暗いところで読んだり、目を近づけすぎたらいけないよ」としっかりと注意して、ベッドにつれていくと

「にいさま、もっともっと読みたい、知りたい」と言うので

「毎日覚えようね」と言って、寝かしつける。


アマーリアが眠ったあと、その寝顔を見つめていると、メイドのリュカがやってきて

「もうお嬢様の寝所もここにしてしまいますか?」と聞いてきた。

「そうだね、服なんかはもうこっちでいいかな」と答えると、

「にいさまは、いつ戻ってくるの、とずっと待っておられたんですよ」

「文字を教えていたんだ」と言うと、リュカが驚いて、

「これくらいのお歳でしたら、すぐに飽きてしまいませんか」と聞き返す。

それはよくわからなかったけれど、しっかりと聞いてくれたことを伝えると、

「お兄さまが大好きなんですね」と言って、微笑みながら部屋を出ていった。


この日から、アマーリアの文法学習が、法術練習の基礎が始まっていく。

アマーリアの記憶力、理解力は、ディドリクを驚かせるのに十分だった。

一月もしないうちに、現代語、世俗語などは、もう普通に読み書きができるようになっていた。

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