【七】 フネリック王国
秋に新入生を迎えた聖ヤコブ教会学院初等部。
季節は巡り、冬となり、春となった。
そして初夏の季節を迎えた時、イヴリンが宿舎としている異母兄ディドリク第二王子の新居に、新しい命が生まれる。
ディドリクとエルガの間に、女の子が誕生した。
故国からディドリクの母マレーネや、イヴリンの同母姉でディドリクの異母妹であるメシューゼラも母パオラを伴って祝いに来た。
父エルメネリヒ王や王太子ガイゼルはさすがに来ることはできなかったが、それでも頻繁に従者を使者として寄越してくれた。
ディドリク家はお祝い一色。
そして夏を迎え、イヴリンの夏季休暇の季節となったため、ディドリク夫妻はイヴリンとともに一時帰国。
エルメネリヒ王やガイゼルに、第一子誕生を報告に行った。
「で、名前はもう決めたのか?」
エルメネリヒ王が挨拶に来たディドリク、エルガ、そして新しい命と対面した時に尋ねた。
「ええ、ヴォークリンデと決めました」
「ガラクの神話に出てくる、大河の女神、河の乙女の名か」
エルメネリヒ王がうんうん、と頷いて顔を覗き込んでいる。
「どちらかと言うと、エルガ似だね」
とガイゼル。
「母は僕に似ている、と言うのですが、僕はエルガに似ていると思うんですけど」
ディドリクが少しテレながら言うと、エルガが
「女の子は男親に、男の子は女親に似ると言いますわ。この娘はディドリク様の血の方を強く感じます」
と言って、頭をディドリクに預ける。
運んできた乳母車に娘を戻し、父王や兄王太子と対面の後、第二離宮へと戻った。
「一通り挨拶が済んだら、キンブリー公国フンメル候の元にも行こう」
とディドリクがこっそり耳打ちすると、エルガは少し顔を赤らめて
「はい」と頷いた。
教会領の新居にも来ていた母マレーネと再び顔を合わせ、父王の元へ見せに行ったことも報告する。
ただしマレーネが産み終えたばかりのエルガに
「エルガさん、よく頑張りましたね。次は男の子ですよ」
などと言うので、
「エルガ、僕は娘の方が嬉しいですよ」
と周囲に聞こえるように強く言って、その場をそそくさと退席した。
「気にしないでおくれ、エルガ、僕はもちろんどちらでも嬉しいけど、ああ言っておかないと、きみのプレッシャーになりそうだからね」
退席後、ささやくようにエルガに言うと、
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
と言い、エルガはディドリクの目を嬉し気に見つめた。
独身時代を過ごした部屋に戻ると、アマーリア、メシューゼラ、イヴリンが待ってくれていた。
「兄様、エルガ姉様、改めておめでとうございます」
と最年長のメシューゼラが代表して祝辞を述べる。
一人ひとりは既にコロニェ教会領でヴォークリンデとも対面しているのだが、故郷での対面は、一段と正式、公式感があったのだろう。
「ありがとう、これからキンブリー公国に行くけど、来るかい?」
と妹たちを誘うと、三人とも、特にメシューゼラが目を輝かせて快諾した。
その後、ディドリクが開発の手助けをしたグリス州や、王立学院にも回って、懐かしい顔に挨拶をして回る。
教皇領へも行く予定は立てているのだが、それはもう少しあとかな、と思ったりもしていた。
そして三人の妹を連れて、キンブリー公国、つまりエルガの故国へとあいさつに向かう。
ラインホルト公王、エルガの両親フンメル候夫妻などとも会い、娘の紹介をする。
そしてかつて命を助けたレーヴェンフルトとも久しぶりに再会。
もっとも呪術者の手から救い出した時はまだ赤子だったので直接には覚えていなかったものの、周囲から聞かされていたのだろう、命の恩人としてディドリクを見ていた。
「ディドリク様、おめでとうございます」
ようやくしゃべれるようになった程度ではあったけど、必死で覚えて来たセリフを披露していた。
キンブリー公国にエルガとヴォークリンデを連れていく、と前もって連絡していたからだろうか、ジークリンデとヴァルターも客としてやってきた。
「ディドリクに先を越されるとは思ってなかったよ」
と言うヴァルター。
しかしそれ以上に、ジークリンデがまだ独り身であることが気になったので、
「ジークリンデには縁談の話とか来ていないの?」
とついうっかり聞いてしまった。
顔が怒りで紅潮していく。
(まずい、地雷を踏んだ)
と思った時には既に遅く、自分の元に舞い込む縁談話についての怒りや愚痴を延々と聞かされた。
「私は祖国を守る海陣旗(海軍)の長として、この先独身で通すことを決めました」
などと力強く宣言されてしまい、反応に困ってしまった。
しかし妹たちはそう受け取らず、かっこいい生き方、と映っていたようである。
「ジークリンデ、ステキです。私もそうありたい」
とメシューゼラが言い出したものだから、兄としてますます困ってしまった。
「ゼラ、うちは小国だからノルドハイム王国のような立派な軍隊はないし、そこにポストなんかないよ」
と言うのが精いっぱい。
こうして偶然北方三国の交流会のようになってしまったが、皆、ディドリクとエルガを祝ってくれる気持ちはひしひしと伝わってくる。
キンブリー公国からあてがわれた客室で、エルガの寝顔を見ながら一人夜の中で回想するディドリク。
「これが正解だ」
と、誰に言うでもなくつぶやいた。
こののち、王国は少しずつ経済力をつけて発展していき、かつての辺境の小国から中程度の国には成長していく。
王統はガイゼルの子孫が受け継いでいったが、ディドリクの系図もまた国境周辺の諸州に根をおろしていくことになる。
神聖帝国を揺るがした暗殺団と、過去から未来へとつながる魔法博士の歴史、これにておしまい。
本編終了。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
けっこう積み残しがあるので、番外編として続けようかとも思ったのですが、それをすると終りのタイミングがわかりにくくなるので、ひとまず本編の終了をもって『完結』としておきます。
後日、何か追加をするかもしれませんが、本編としては、ここで完結させておきます。