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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第二章 妖術対法術
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【六】 見霊

謁見のあと、城下町に下りたディドリクは、ブロムが滞在している宿舎へ向かう。

来訪を告げ部屋に入ると、ブロムが一人で装備の手入れをしていた。

「従者はもう帰ったのですね」と言うと、

「ああ、彼らは王太子任命式出席の方が主たる任務だったしな、私の護衛、というのはタテマエだ」

ディドリクが椅子に座るのを待って、続ける。

「で、今日来てくれたってことは「呪い」の方で何か進展があったのだな」

装備を片付け、座り直したブロムに、今朝の会談について伝え、反撃に出る旨を語る。

「そこで、いよいよ護衛をお願いしたいのです」


そしてその反撃計画の詳細を語ったのち、

「相手は少人数だと思いますが、一人ではないと考えています」

それを聞いてブロムも先日の侵入者のことを思い出した。

あれが「呪い」の施術者か護衛かはわからない。

しかし「呪い」との対決以外の勝負になる可能性は、確かにそうとう高いだろう、と。

呪いの施術者が一人、そして武人格が護衛についているかもしれない。

そうすると、施術者を倒したとしても、その護衛相手と対決する可能性も考えて、ということを伝えると

「だいたいわかった、しかし相手の襲撃日時とかはどうやって知るんだ?」と尋ねてくる。

少し間を置いて、

「予見者を召喚しようと思っています」

予見者? と聞き返すブロムに、同行を求める。

「ひょっとしたら、法術と妖術の対決になるかもしれません」とも。


宿舎を出た二人は荷物をまとめ馬を借りる。

そこから西へ、グリス領へと続く道を走り、とある遺跡に来る。

遺跡と言っても、石組みの砦が残っているだけの場所だが、今は放置されていることもあり、雑草に覆われ、周囲からは判別しづらい。

「古地図を整理していた時、ここにかつて見霊台があったことを知りました」

石壁と石屋根、わずかに残った採光用の高窓の下を進む二人。

入り口の先、反対側の壁際に、大人の腰程度の高さの小さな祭壇のようなものがあった。

壇の土を払い、荷袋の中から水入りの革袋を取り出して、そこに注ぐ。

周囲に彫られたアルテ・グリス文字の痕跡を指でたどりつつ、霊言を唱える。


作業が一通り終わると、ブロムを入り口に待機させて、祭壇より少し距離を置く。

古代文字の真音を語りつつ、長い長い詠唱を唱える。

知らない者にとっては、単なる音の羅列にしか聞こえない、詠唱。

窓が少なく小さいため、まだ昼なのに夕刻のような暗さ。

長かった詠唱も終わりを迎え、ひときわ大きな声で音列が発せられる。

そしてそれを今度は現代語で唱え直す。

「第十四世が末弟ディドリク・フーネの名において命ずる! 顕現せよ!」


水を張った祭壇の上に、光の屈折のような、陽炎のような映像が現われる。

それは虹のようであり、影法師のようであり、水の乱反射のようにも見えた。

しかしやがて人の姿を取り始める。

「我を呼ぶのは汝なりや」

古い語法で若い男のような声が響く。


「汝の目と智恵をお借りしたく」と、同様の曲用、格で応えるディドリク。

文法家の法術詠唱は、すべての格と曲用を用いるため、摩耗した現代語で対応するととたんに意味をなさなくなるばかりか、対象そのものが霧散してしまう。

一音一音正確に、しかも要求法や仮想法をも駆使せねばならない。

ディドリクの唱えるシンタクスに少しずつ反応するその影法師は、ついに一つの姿にまとまっていく。

大きな熊の皮をかぶったその男の顔は、はっきりは見えないが、鼻から下、口腔と顎は見てとれた。

しかしそれ以外は、熊衣の中に隠されている。

「まだ幼き顔貌なれど、適切な音韻、さすがは十四世の名を用いるだけのことはある」と言って、祭壇から降りてくる。

「召喚を受けたのは久しぶりだな」と、現代語で語り掛けてきた。


「汝の真名を問う」と、ディドリク。

「それは言えない」と冷たく拒絶するが、しかし、

「呼び名がないと不便であろうから、通り名のみ応えておく、ベクターと呼ぶが良い」

好意的な発言に少し安堵して、ディトリクが語る。

「ベクター、どうか文法家として、妖術師の呪いと対決する手助けをしてほしい」と。

「法術と妖術の対決か・・・面白いことを言うな」


「ところでここはどこだ」と問うベクターに、

「かつてヴェストリアと呼ばれたところです、今は我が王家、フーネの一族が統治し、フネリック王国の一部となっています」

「ヴェストリア・・・人など住んでいなかったはずだが」

「我が先祖がこの地に入り、開拓し、諸邦をまとめ上げて、一つの国として生活しております」

ディドリクがフネリックの歴史を簡単に語ると、興味を見せたようにベクターも聞いている。

「まだ歴史も浅く人も少ない土地ゆえ、文法研究には日が浅いのですが、私は第十四世から講義を受け、日夜学んでまいりました」

「しかしこの土地に「呪い」を扱うものが侵入し、私の弟達が呪殺されました、そして今また、残った最後の男きょうだいである異母兄が呪われようとしています」

ベクターは顔を上げた。

熊皮フードの中から目が現われ、ディドリクにしっかりと視点を定める。

黒に近い、濃い青の瞳、それが燃えるような輝きで、ディドリクをとらえている。


「文法家として、か」とつぶやくように言ったあと、ベクターはディドリクに応える。

「本来なら貴殿と魂の契約を交わして後、ということになるが、文法家として、法術使としての盟約の下に、貴殿に協力しよう」

と言って、懐から一枚のごわごわした紙片を渡す。

「文法家として、貴殿と盟約する。ただし貴殿が文法家として法術を蔑ろにしたと私が判断した時、貴殿の魂魄をもらい受ける」

「それでけっこうです」とディドリクが言うと、その紙片の上にアルテ・グリスの文字が火のように走り、文字列となる。

ディドリクがそれに血判を押すと、ベクターは懐にしまい込んだ。


ベクターが熊皮のフードから頭を出すと、その風采に驚かされた。

濃く青い瞳と鋭い眼光、漆黒の髪、白い肌、整った美しい顔、見た目は青年のようであり、人のようである。

「ディドリク、それでまず何が知りたい?」



翌日、ディドリクはメシューゼラとその母パオラの住む第三離宮へと向かった。

第三離宮は正妃母子の住む第一離宮、ディドリク達の住む第二離宮に比べてこじんまりとしており、使用人の数も少ない。

ひとえに離宮の主でもあるパオラが家事好きで、使用人に家事をさせることを好まなかったからだ。


「ディー兄さま、ようこそ!」とメシューゼラが歓待する。

まるで客人が何かのパーティに招かれたかのように、客間に料理が並び、赤髪の母子がニコニコ微笑みながら出迎えた。

「これ、母さまと私で作ったのよ!」とメシューゼラが、ピザ状のものを指し示す。

ピザの生地に、鶏の肉やカラフルな高原野菜をまぜて焼いたもので、パオラの故郷タゲフル州の郷土料理だという。

「今日は少しお話をうかがいたかっただけなのですが」と言いつつも、ディドリクはメシューゼラご推奨のピザみたいなものを口に運ぶ。

「へぇ、おいしいね」と言うと、メシューゼラが瞳をキラキラさせて、大喜び。

パオラも「お口にあって嬉しいですわ」と微笑む。

「その赤い野菜、王都周辺だと売ってるところがなかったので、商人に頼んで」とメシューゼラのおしゃべり好きが炸裂する中、一同、食卓につくのだった。


「それで、お伺いしたいこととは?」とパオラが切り出すと、

「パオラ様の故郷にいるという、ムシゴという民について教えていただきたくて」

「ムシゴ?」とパオラが首をかしげる。

「文献にある名前なので、今は違う名前かもしれませんが、国境沿いに住んでいる異民族らしいのですが」

パオラが思い出そうと必死に考える。

「ごめんなさい、ちょっとわかりませんわ」と申し訳なさそうに、答える。

「でも、そういった地理に詳しい人なら、何人か紹介できましてよ」とも言ってもらったので、お願いすることにいた。

「近々会えそうな人はおりますでしょうか」

「そうねぇ・・・」とまたしばらく考えた後、

「そうだ、確かコロニェ教会領に、パルシャス博士がいらしていたような」と言い出して、後日連絡を取ってくれることになった。


食卓に並べられた料理は、ディドリクが今まで見たことがないものばかりだったので、その話がすんだあとは、お食事会のようになってしまった。

「この煮込んだ芋もおいしいね、気に入りました」

「それもタゲフルの郷土料理ですわ、キルタル芋と言います」とパオラ。

「トロトロになるまで煮込むと、こんなにおいしくなるの!」とメシューゼラも舌鼓を打つ。

来たるべき決戦を前に、心安らぐ夕食の場になっていった。


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