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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第十章 天眼
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【十四】 アマーリアとシシュリー(三)

「私のモノになりなさい!」

シシュリーのこの言葉に、アマーリアは動揺した。

私が? この人のモノに?

それは兄から、兄の心音から、引き離されるということ?

この一瞬の狼狽が、強力な法力結界に隙間を生み出した。

そこにシシュリーの白く光る粒子が侵入してくる。

「っ!!!」

弾ける光が、アマーリアの灰青のワンピース、その肩口を焼いた。

狼狽は一瞬だったため、すぐに再構築された法力結界は、以後の侵入をはじく。

右の肩口が焼かれ、右肩が露出してしまうが、肌には届かなかった。

だめ。集中しなきゃ。


シシュリーは言った。

「強さだけなら私の法力と同程度」だと。

ならば、この法力結界を維持し続けることは十分可能なはず。

耐えるんだ。我慢するんだ。

いつだって耐えてきた。我慢してきた。

すると必ず、兄の救いの手があった。

ものごころついた頃から、母は私に冷たかった。

いえ、冷たかったというより、無関心だった。

母の手を求めて、甘えたくてかけよっても、少し撫でてくれるだけ。

愛しい言葉もかけてはもらえなかった。

泣いてもかまってもらえなかった。

自然と、声を出して泣くことができなくなった。

ただ涙が流れるだけ。

でも寂しくて夜涙を流していると、兄が必ず私の頭を、肩を、抱いてくれた。

髪をなぜ、いろんな話をしてくれた。

少し大きくなると、髪に櫛を入れてくれた。

ぎこちない手つきだったけど、それが嬉しく、また心安らぐ時間だった。

メイドと一緒に、服を買いにつれていってくれることもあった。

さすがに女の子の服はわからなくて、メイドに聞いてばかりだったけど、それでも私のために、連れ出してくれた。

そして、学問も、法術も教えてくれた。


兄が三人いた。

でも次兄と三兄は、私が生まれる前、あの恐ろしい暗殺隊、妖術師によって殺されてしまった。

私が生まれるとき、母は男児を願ったらしい。

でも、私はそうではなかった。

母が残った長兄である兄様にばかりかまってしまう気持ちは、今になればわかる。

でもあの頃は、私の心を受け止めてくれたのは、ディドリク兄様だけだった。

遠征に参加させてもらって、瑠璃宮の魔術師につかまってしまったときも、助けにきてくれた。


守り切るんだ。

今だってそうだ。必ず兄様が助けに来てくれる。

今まで学んだ古式法術を使い、法力結界を展開して、あの白い少女の攻撃に耐え続けるんだ。

私にはそれができるはず。

私にはそれしかないはず。


だがこう考えて詠唱を続けているとき、ふとガラクライヒ王国で魔女と戦った時の記憶がよみがえる。

そうだ、反撃の手段がないわけじゃない。

いくら法術の力が拮抗していても、防戦一方では、先ほどのようにどこかにほころびが出るかもしれない。

ゼラ姉様のような強烈な攻め技を、炎術を、私は知らない。

仮に放てたとしても、その攻守を切り替える隙に、あの白い光に侵入を許してしまうだろう。

でもあれなら。


「しぶといのね」

シシュリーはこう言っていったん白い光の粒を引き上げる。

「私と情報を、魂を共有することで、あなたはディドリクより強い魔法博士になれるのかもしれないのよ」

魔法博士になる?

シシュリーが執拗に、私達の師について聞きたがるのは、それと関係があるのだろうか。

だがアマーリアは、先ほどのようには動揺しなかった。

そして、白い光の攻撃が止んだのを見て、法力結界を解いた。

あの第四人称接続法祈願文の詠唱は既に完成していた。

あとは、結語で閉めるだけだ。


シシュリーは法力結界が解かれるのを見て。

「ようやくわかってくれたのね」

と言って、今度は白い光源を胸の前に光らせる。

その白い光源はどんどん深く、どんどん強く、大きくなっていく。

「アマーリア、魂を開きなさい!」


白い光源が光の矢になって、アマーリアに向かう。

アマーリアの心を貫き、身体を開かせ、魂を溶かすために。

だが、それと同時に、アマーリアが結語を発し、法術式を完成させる。

反射ツリュックヴェルフンク!」


白い矢となってアマーリアに向かっていた光源が、何かにぶつかって、その力のままに、シシュリーに向かっていく。

「え?」

一瞬のことで反応できず、シシュリーはわずかに体をかわそうとしただけだった。

音もなく、シシュリーの右腕が宙に舞う。

光の矢は心を射抜くはずだったのに、放った本人に帰り、心ではなく、その右腕を切り捨てていた。


シシュリーの切り離された右手は、宙を舞い、ポトリと落ちた。

「八十年もかかって完成させた、私の光術肢器が...」

右の肩からも、分離させられた右腕からも、出血のようなものは見られない。

ただその切り口から、白い光の粉が、零れるように立ち上っているだけ。

シシュリーも痛みを感じるようなそぶりはなく、ただ信じられないものを見るように見つめているだけ。


しばらくすると顔を上げ、アマーリアを睨みつける。

「これがあなたの答、ということなのね」

アマーリアもしばらく呆然として、切り離された腕を見ていたが、再び攻撃が来ることを察して、法力結界を展開する。

「私のモノにならないのなら、滅びなさい!」

シシュリーの周囲から真紅の光が明滅する。

するとシシュリーの白いこども服も同様に赤くなり、そしてその髪と瞳も、燃えるような赤に染まっていく。

「これを使うのは百年ぶり...でも」

赤い光の洪水が、アマーリアの法力結界を包む。

その光が結界壁にぶちあたるため、内部にも空気震動が生まれ、それがアマーリアのからだを打った。

強い痛みに失神しそうになる中、アマーリアはひたすら詠唱を続け、耐えた。


「もうよさぬか」

アマーリアの背後から声が聞こえた。

しかしこの結界をギリギリの力で維持しているアマーリアは、そちらを振り向くことができない。

だがシシュリーの攻撃は止まった。

アマーリアの背後、声がした方を凝視して、うめくような声を上げる。

「おまえ...だったのか」

だが次の声はまた別人の声で、アマーリアはその声を聞いて、安堵する。

「アマーリア!」


力が抜け、法力結界がほころびていく。

だがシシュリーはもはや白い光を出すこともなく、ディドリクの上方、何もない空間を見つめている。

妹にかけよるディドリク。

力なくその腕の中に頽れていくアマーリア。

ディドリクはその体を抱き留め、シシュリーを睨み付ける。

「シシュリー、君も暗殺隊の一員だったのか?」

ディドリクのこの声に、ようやく我に返ったように、彼を見つめ直す。

「暗殺隊?」

と不思議そうな顔。

「ああ、確かあなた達の仇でしたね。五芒星第一席ヌルルスは今この国に来ていますよ。あなたを殺すために」

軽い口調に戻っていたが、こちらも相当に疲労が積もっているようす。

「そちらが気になるのでしたら、そちらを先に済ませてくれてもかまいません」

そう言うと、床に落ちた右腕を左手で回収し、また全身から白い光を放出する。

「もう何十年も待ちました。今さら多少の日時などどういうこともありませんし」

光の中で、シシュリーの右肩から、右腕が出てくる。

生えて来た、というのではなく、肩の下にしまってあったのを引き出してきたような感じだ。

あの切り落とした腕は義手だったのか?

アマーリアはそんなことを考えながら、次の攻撃があった時のために、再び法力結界の準備をするべく、力を奮い起こす。

「ヌルルスはフィーコとは別に、ここであなたと決着をつけるつもりです。無駄なことを」

そう言うや、彼女の身体を白い光が包んでいく。

「また会いましょう。今度はあなた達の守護者とともに」

そう言うや、明滅する光の中に、シシュリーは消えていった。


シシュリーが去ると、そこは普通の宿泊所に戻る。

今まで視界から消えていた、従業員やメイド達が、何事もなかったかのように立ち現れ、働いている。

「あら、殿下、姫。お早いお戻りですね」

などと、中年のメイドが微笑みながら話しかけてくる。

いまいたところは空間が隔離されていたのだ。

アマーリアは改めてシシュリーの不思議な術を思い出していた。


ほどなくして、メシューゼラも到着する。

急を要するため、まだ頭がフラフラしていたメシューゼラには後から来るように言って、ディドリクだけ先に馬場につないであった馬の一頭で急行していたからだ。

「保護者とともに?」

ディドリクは去り際にシシュリーが言った言葉を繰り返していた。

「アマーリア、何があったのか、教えてもらえるかい?」

力を極限まで使ったこと、兄が助けに来てくれたことの安堵感、などから、ディドリクの胸の中に、倒れこんでいた。

「それどころじゃないみたいだね、ゆっくり回復してからでいいよ」

そう言って、ディドリクは後ろからアマーリアの肩を両腕で支えて、寝台に腰かけさせた。


「いえ、大丈夫です。兄様」

そう言って、アマーリアはこの部屋で起こったことを兄に語った。

人ばらいはしたものの、部屋には法術師ではない異母姉メシューゼラもいた。

どこまで言っていいかわからなかったけれど、これはもう法術師だけの問題ではないと思い、かまわず話していく。

もし不都合なところがあれば、兄が注意してくれるだろう。


反射術でシシュリーの義手(?)を吹き飛ばしたところまで語り、

「怖かったです。たった一人で」

そうもらすと、抱きしめてくれた。

「ごめんよ、お前の『いやな予感』をもっと真剣に考えておくべきだった」

だがアマーリアはその胸の中で、首を振った。

「兄様が来てくれると信じてたから」


「でも、それにしてもあの『保護者』と言うのは何だったんだろう。少し別の場所を注視して、別の人間がいるみたいだったけど」

その疑問に対して、アマーリアが答える。

「兄様、声だけですけど、私も聞きました。兄様が来てくれるその直前に『もうよさぬか』と言う声が」

うん? と言う顔をして少し考えたあと、ディドリクが言う。

「飛び込んだとき、僕達三人しかいなかったはずだけど、いや...」

考えながら話していくと、

「部屋が白い空間に隔離されていたとき、一か所だけ、まるでここから入れ、と言わんばかりに空間が弱まっていたようにも感じたな」

といった点に気づいた。

「あの声は、私たちを導いて下さった声のように聞こえました」

これを聞いて、ディドリクは(第十四世が来ていた?)と考えたが、言葉には出さなかった。

やはりまだ生きているのだろうか。


一方メシューゼラは、アマーリアの話が半分もわからなかったが、法術師の問題であるらしいことは見当がついた。

私に聞かせてもよかったんだろうか、と思いつつ、疲労の色濃いアマーリアの休養を提案する。

「そうだね」

ディドリクはそう言って、アマーリアを寝台に横たわらせた。

戦場の動向がどうなったのか気になったが、今はここを離れるべきではない。

その想いでディドリクとメシューゼラは一致していた。

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