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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第十章 天眼
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【十二】 アマーリアとシシュリー(一)

ディドリク達が到着して四日目。

またもやコンコツ族が動き始めたという知らせを受けて、ディドリクは出発の準備をする。

「ゼラ、クロム、ペトラ、ロガガ、また同行を頼む」

と言ったが、その中にアマーリアの名前はなかった。

「兄様、私も」

と言いかけるがそれを遮って、

「おまえは疲労の色が濃い。今日一日は、ここで静養しなさい」

そう言って出かけようとするが、アマーリアがバンドをつかんで離さない。

「兄様、なにか嫌な予感がします。どうか、私を一人にしないで」

この言葉にいささか驚いたディドリクは少し考えた後、

「ペトラ、おまえも残ってくれないか」

と、ペトラに頼みこんだ。

「今日はマーブリアン達がメインになるはずだし、こちらはそんなに人員はいらないから」

「殿下のお望みなら」

ペトラが快諾したので、アマーリアも渋々折れた。

「何かあったらこれで連絡しなさい」

と言って、胸飾りを指さした。

「はい」

小さく頷いたアマーリアだったが、その瞳は不安に揺れていた。


「ディー兄様、予感だなんて、アマーリアは大丈夫かしら」

合流予定地の小高い丘へ向かう途中、メシューゼラが馬車の中で尋ねてきた。

「あの子があんなことを言うなんて初めてだわ。予知能力でもついたの?」

「アマーリアの中で大きくなっていく力は、僕の予測範囲を超えているから。マーブリアン達の戦いを見たら、すぐに帰ろう」

そう言って、異母妹を見たとき、何か不思議な感覚に囚われた。

「うん?」

小さな声を漏らしてしまったが、それに気づいた者はいなかった。

何か目の前に膜が貼られたような、それでいてただの眠気のような、不思議な感覚。

だが、間もなく馬車は一行を乗せて、戦場を見晴らすいつもの小高い丘に到着した。


丘の上にはいつもの遠征軍首脳が陣取り、この日は床几も多く出されて、観測体制が固められつつあた。

フネリック王国の馬車が到着した時、まさにグロッパ将軍とマクティミウス元帥が丘を降りて、最前線に向かうところだった。

見ると、帝都軍とオストリンデ王国軍が、陣形を完成させ、いつでも出撃できる体制を整えていた。

「今日はゼルテンベルガー将軍も前線に出て戦うそうだ。ちょっとした見ものだな」

ヴァルターがディドリクの姿を目ざとく見つけて、話しかけてくる。

「ガラクライヒ王国のゼルテンベルガー将軍ですか?」

「そうだ、あそこ」

と言って、ヴァルターが指をさす。

ディドリクの弟王子達が暗殺隊の手にかかったとき、その弔問に訪れてきたことがあり、ガラクライヒ王国の勇将ゼルテンベルガー将軍とは何度かあったことがある。

魔術師ではないが、兵術、砲術、騎馬術に長けた将軍で、年の頃は40前後。

寡黙な将軍で、ディドリクもあったことがある程度なので声は聞いたことがないが、勇将としての名は時折耳にしていた。

対巨人戦に目鼻がつきそうということもあり、今日の戦闘ではガラクライヒ王国軍が異教徒の陣を切り裂き、突っ込んでいく予定だ。


マーブリアン達四人の法術師たちも、前線へと降りていく。

「今日はゆっくり観戦していってくれたまえ」

教皇代理の軽口に、少し頬がゆるむ。

あのケルティーニ師の高弟たちである。

どんな術を使うのか、どんな戦いをするのか、少し楽しみになって、先ほどの妙な違和感はだいぶ薄れていった。

天眼を習得しているマーブリアンは、恐らくあの光術を使ってくれることだろう。

そしてコロルの言っていた「試してみたいこと」と言うのも、興味が惹かれるところだ。


帝国遠征軍と異教徒の戦端が開かれる。

ガラクライヒ王国騎馬団が突っ込み始めると、またもや土煙が舞い、塔の巨人が一体現われる。

だがそれと同時にパーヴルスの金属巨人が現われて、一昨日と同じように、組み合う。

するとさらに奥の方で土煙が嵐のように巻き起こって、第二、第三の塔の巨人が出現する。

すると丘近くの藪から、第二の金属巨人が出現する。

一昨日見た通りの展開で、なんだか夢の中のような感覚で、どうにも現実感がない。

塔の巨人を二体の金属巨人が抑えている間、間隙を縫うように、ガラクライヒの騎馬軍団が、突っ込む。

軍民一体となった、蛮族さながらの異教徒達を押し返していく。

その後ろから、帝都軍、ジュードニア王国遠征軍が、空からはノルドハイム王国空陣隊が、今度は巨人を相手にせず、異教徒の方に火炎弾を落としていく。

異教徒軍は総崩れだ。

ほとんど犠牲も出ずに、帝国遠征軍が押していく。


塔の巨人だけが金属巨人と互角に戦っているため、次々と現れる塔の巨人達を止められなくなってきた。

すると今度はマーブリアン達南方の法術師たちが、活躍する。

ディドリクの予想通り、マーブリアンが光術を放ち、塔の巨人たちの足元を、物質変成させていく。

ディドリクとアマーリアがやったように、塔の巨人の足元、といっても脚部はないのだが、下の方から塩など、別の無機物に変成されていく。

地面に接している部分のバランスが崩されて、塔の巨人がふらつき始め、そこに金属巨人が体当たり。

何体もいる塔の巨人がこともなげに倒れていく。

その上を金属巨人が突き進み、塔の巨人はついに撤退を始める。


「おかしい...何か変だ」

ディドリクは、あまりにも万事がうまく進んでいくことに、違和感を感じていた。

一昨日までの異教徒達とは違いすぎる。

まるで初心者の演習のようだ。

しかし情勢は、明らかに帝国軍の勝勢だった。



同日朝。

異教徒達の陣営では、決戦を前にして一同を集めていた。

昨日、民衆や軍人を前に演説をぶっていた、異教徒軍の頭目コルグォイが諸注意を与えていた。

ここまで黒の魔術師達の使役する塔の巨人や卓の巨人らの力により、数を頼みとする攻撃を仕掛けてきた。

餓えた民衆は、首都の食糧庫を押さえ一息ついたものの、それではわずかしか持たない。

ここを突破して、物資の豊かな帝国中枢部、あるいは食料豊かな南方諸国へと進まねばならない。

だが、東方大国の副都を目前にして、強力な敵が現われた。

これまでの進軍を支えてきた塔の巨人の進撃が止められ、相手方の騎兵、歩兵もどんどん手強くなってくる。

これからは数を頼みの戦いでは限界がある。

そう感じて、コルグォイは一堂に指示を出している。


「これからは黒の魔術師が血路を開く。お前らはいったん下がって、塔人が打ち破った陣へ集中しろ」

その他。こまごまとした諸注意を与え、出撃となる。

軍人、民兵は、そろって鬨の声を上げ、黒の魔術師が最初から呼び出している塔の巨人たちのあとについていった。

赤の魔術師もその民兵達の中に混じっている。

「いいかい、帝国が金属巨人を出してきたらその操縦者を、変な光の術を使うやつが出てきたら、そいつらをしっかりマークするんだよ」

出撃前に、赤の魔術師のリーダー・ベキタルイは、配下の魔術師達に、作戦を授けていた。

とにかく操縦者と、光の施術者を探せ。

そいつらを倒すのがあたしたちの仕事だ、と。


異教徒の軍勢が前線を突破する。

昨日までの戦術とは違い、最初から党の巨人を押し出していく戦法。

軍勢の前に、十体以上の塔の巨人が並び、帝国の歩兵、騎馬軍団を蹴散らせていく。

そのあとから、コンコツ族の民が、民兵となり、帝国の軍人を屠っていく。

まるで無人の荒野を行くがごとく突き進む異教徒軍。

一昨日までの頑強な抵抗などなかったかのように、帝国軍はガラガラと崩れていった。

コルグォイ、そして黒の魔術師フンバイ、赤の魔術師ベキタルイらは、大喜びで叱咤激励している。

「勝った! 勝った! これで食い物にありつける、これで妻子に腹いっぱい食わせてやれる」

民兵たちは口角泡を飛ばしながら、雄たけびを上げている。


だが、黒、赤の魔術師達の一群、その少し後ろから離れてついてきているカーキ色の魔術師ジョルティは、不思議な気持ちになっていた。

「これが帝国軍か? こんなに弱かったのか?」

なにか夢を見ているような気分になったが、彼とても腹をすかせたコンコツ族の一人である。

奇異な感覚に囚われつつも、早く腹を満たしたい衝動に打ち勝てなかった。



フネリック王国宿営地。

ディドリクから今日一日静養につとめるように、と言われたアマーリアは、何をするでもなく、寝台の上に横たわっていた。

しかし、胸の中で膨らんでいく、嫌な、苦い予感。

ペトラがその様子を見て話しかける。

「大丈夫ですよ、兄君はそうとう強いですから。滅多なことでは遅れをとりません」

「ありがとう、ペトラ、そうよね、兄様は強いわよね」

そう応えたものの、アマーリアの沈んだ心はなかなかに晴れない。

「ここは安全です。ここが異教徒や、帝都の暗殺隊に狙われることはまずありません」

フネリック王国宿営地ではあるが、同時にノルドハイム王国の宿営地でもある。

異教徒や、暗殺隊が潜入できるとはとても思えない。

そう、暗殺者や、魔術師ならば。


しばらく寝台の上に横たわっていたアマーリアだったが、やけに静かなことに気が付いた。

「ペトラ、どこ?」

少し不安になって、ペトラを呼んだ。

しかし応答がない。

宿営地は十人以上の従僕や召使がいる。

しかし人の気配が、物音がまったくしない。

寝台から立ち上がり、部屋の外に出てみようと思って数歩歩いたときに、その声が聞こえた。


「アマーリア、アマーリア、法術師の妹よ」

急に聞こえた、聞き覚えのある少女の声。

ビクッとして振り向いてみると、部屋の扉近くに白い靄のような塊が現われた。

白い靄は少しずつ形を変え、やがてアマーリアと同じくらいの背丈のヒトガタになる。

「シシュリー?」

アマーリアは少し怯えながら、そのヒトガタが少女の姿をとっていく過程を眺めていた。


「お久しぶりね、器の少女。でもこうやって姿をさらすのは初めてかしら」

「器の少女、それは私のことですか?」

アマーリアの問いには答えず、シシュリーは傍らの椅子に腰を下ろす。

その間、アマーリアは、白い少女の、人間離れした容貌を眺めていた。

白い髪、白い肌。瞳の色は黒、しかしその色は時々刻々変わっていく。

幼い顔立ちはアマーリアより幼く見える。

しかしこの少女はわたしたちよりはるかに高齢だ、と直感する。

いや、高齢と言うよりも、年齢の呪縛から解放されているようにさえ見える。

小柄なからだ、華奢な手足。

身にまとったワンピースの白い衣装。

短い袖口から、肘が覗き、色白の腕が見える。

靴は履いておらず、裸足のまま。

しかし、まるで浮いているように見える。


「ペトラは? 今回はペトラを同席させないのですか?」

「ペトラ? ああ、そうですね」

そう言って椅子の上で両足をブラブラさせている。

「ペトラもいてもいいのだけど、ここには来れないのよ、わかるでしょ?」

アマーリアはハッとして、改めて周囲を見回す。

そこは、さっきまで自分がいた部屋。

フネリック王国宿営地、その一室のはずなのに。

部屋も、調度も、寝台も、椅子も。

全てさっきまでいた部屋の中なのに。

そこは、さっきまでいた空間の部屋ではなかった。


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