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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第十章 天眼
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【十】 到着した南方法術師たち

アマーリアが指さしたのは、はるか天空の彼方。

巨大な卓の巨人、その卓上の方向。

その上に、何か虫のような黒いものがしがみついているように見えた。

おそらくあれが操縦者なのだろう。

「ロガガ、あそこまで届くかい?」

「届かないこともないでしょうけど、群れとしては難しいです」

地面の上、もしくは数メートルくらいならこの距離でも問題はないだろうけど、あそこまでの高さとなると、返って羽虫の小ささ、軽さが仇になって風に飛ばされてしまう。

「ここから魔術砲撃で狙うのも、精度という点でも困難だろうね」

少し考えたあと、ディドリクはフィーコに話しかける。

「バランスを崩してみるので、そこをあなた方の巨人で引き倒せませんかね」

連合軍の中にあっても敵対し、警戒されているのがわかっていたフィーコは話しかけられて少し驚いたようだったが、

「バランスを崩す? いえ、もしできるのならこちらもやってみたいことがありますが」

それを聞いて、ディドリクがアマーリアの手を再び握る。


アマーリアの手が握り返し、顔を上げる。

その瞳がディドリクの瞳をとらえ、力強く頷く。

そしてアマーリアは、ディドリクの左胸に顔をうずめる。

とくん、とくん。

心臓の音を聞き、自身の脈動とリンクさせる。

ディドリクは妹の頭部を優しく包み込み、肩を抱きかかえ、古式人称の霊言詠唱を始める。

アマーリアもまた、消え入るような小さな声で、古式人称の詠唱を開始。

別々の詠唱を唱えながらも、二人の声がまるで二重唱のように溶け合い、音楽のように響く。

二人のカラダを白い光が包み始め、震えながら揺れ動く。

やがて全体が真っ白に光る中より、一筋の道が地を駆って走り始め、卓の巨人の前肢部分に到達する。


卓の巨人を構成する四本の脚部、そのそれぞれが塔の巨人なのだが、その足元には足に相当する部位がない。

ずっと塔のままで、巨大な円筒形が擦りながら動いていくかのようにして、移動している。

その塔の足元、大地に接してすり動いている部分に、法術兄妹の放つ白い道が到着した。

土くれよりできた塔の巨人、それゆえ全体はやや赤茶けた濃い褐色である。

その足元、白い光の到達した部分に、変化が生じる。

地上1mには届ない程度の高さまで、褐色の胴体に光の色が映ったかのように白く変色していく。

色が抜けた感じではなく、白い色素が付加されたような、乳白色に近い白。

白い塗料を塗られたとか言うのでもなく、そこの部位のみ、組成が変性したかのように変色していく。

すると間もなくその白色の部分が崩壊し、潰れた。

そしてその潰れた分だけ、前肢を担当する一体の塔の巨人の全長が小さくなる。ほんの少しだけ。

だが、上部に巨大な卓上の土塊巨人を抱えているのだ。

ぐらり、と全体が歪み、体制が崩れる。


「今だ、巨人の玩具(リーゼンツォイク)発動」

フィーコが傍らで蹲る黒衣の男にこっそりと耳打ちする。

2体の金属巨人のうち、最初に現れた一体がバランスを崩した前肢と逆の方の巨人に体当たり。

同時に、後から出現した金属巨人が、掌から以前見たものを出してくる。

掌中央の開閉シャッターが開き、そこから鎖につながれた鉄球が現われる。

それを振り回しながら、2体目の巨人が、白い光を受けバランスを崩した方の巨人に投げつけ、巻き付かせる。

鉄球を投げつけた方の金属巨人が、それを後ろに引っ張る。

卓の巨人は、この前肢に加えられた衝撃と、一体だけ長さを変えられてしまったことによるアンバランスから、全体がグラリと崩れ始めた。


参戦することもできず、ただただ驚異の目で見つめていたヴァルターが、発光を止めたディドリクに聞く。

「いったい、何をやったんだ?」

メシューゼラも驚異の目で兄と妹を見つめている。

ペトラから報告は受けていたが、帝国魔術師の魔術とは違う、白い光と、その航跡。

だがこの術が激しく消耗することも聞いていたので、すぐさま二人の元に駆け寄る。

ディドリクはヴァルターの問いに答えることもできず、肩で息をしている。

アマーリアは何かをこらえるように眉根を寄せて目を瞑り、兄の胴衣を握りしめ、頭を押し当てている。


フィーコが丘の上で観戦していた帝国、及びオストリンデ魔法兵団に手を振って合図をする。「攻めろ」と。

ストロチナ女侯率いるオストリンデ王国魔法兵団の精鋭たちが、いつのまにか女侯の周囲に集結し、距離をつめるべく、丘を降りてくる。

卓の巨人が大地を震わせて、決戦の場に引き倒された。

そこへ目掛けて、オストリンデ魔法兵団の火焔攻撃が降り注ぐ。

ヴァルターの青焔術とは違う、朱色の炎。

直線的に相手を狙うのではなく、面のように広がり、焼き尽くす炎。

中には火炎弾を飛ばしている者もいたが、多くは火炎放射をしている。

塔の巨人そのものは、火炎攻撃くらいではびくともしないのだが、体制を崩されて引き倒されたため、卓部分が割れ、塔の部分にも損傷が広がっていた。

そこへ高温の熱を食らったので、防戦用の被膜を張る暇もなく、素材である土塊が燃え、乾燥していく。


卓の巨人が引き倒されたのを見て、コンコツ族の軍民も悲鳴を上げながらいっせいに退却を始めた。

それを見て、グロッパ将軍の兵士が追撃を始めるが、逃走というより後退なので、そこまでの成果は上げられず、ひとまずは少し押し返した程度に終わった。

黒檀族の剣士ブロムは、ディドリクが指し示していた卓上の人影を見ていた。

ここまで、大規模な魔法戦が主だったため、未だ参戦できずにいたこともあって、その黒い人影をずっと目で追っていた。

卓上の人影は、卓の巨人の転倒により、何人かが崩落に巻き込まれたように見えた。

しかし無事だったものもいたようで、転倒後、卓の中から這い出るようにして出てきた後、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして逃げていく。

彼らが去っていったので、ディドリクの元へと駆け寄った。


倒された卓の巨人は、しばらく立ち上がろうともがいていたが、卓の損傷が激しいことや、魔法兵団の攻撃によりそれはできなくなってしまった。

何より操縦者の方にも被害が出たようだったので、再起を諦め、土くれに戻して退却していく。

その土くれが巻き起こす濛々たる土煙。

それによって視界が妨げられ、金属巨人も追撃ができない。

複数の人形を同時に操るパーヴルスではあるが、自分の目で見ての操作なので、視界が遮られると操作ができなくなる。

つまり、決戦前の前線にお互いが留まり、膠着状態になってしまったようだった。



戦線は動かず、時間が過ぎていく。

各国とも今日はもう変化がない、と判断して、自陣営に戻っていく中、ヴァルターは二人の部下とともに、戦場を歩いていた。

大きな土塊の前に立ち、その足元を調べている。

「これだな...」

そう呟くと、足元にある白い塊を見つけ、同行していたクレーベルに採取を命じる。

「ディドリク殿が塔の巨人の足元を変色させたものですね」

クレーベルとともにヴァルターについてきていた魔法医師マックス・ハルベが問いかけた。

「そうだ。調べてわかるものでもないかもしれんが、あの術についてもっと詳しく知りたい」

「たぷん、塩ですな」

クレーベルが採取した白い砂を見て、ハルベが言った。

「ガラクライヒでの戦いでも、敵の大将を仕留めた時がそんな感じだったらしい、とは報告が上がってます」

「我々の中で、その現場を目撃したものは誰もいないんだけどね」

クレーベルが戦闘報告から聞き知っていたことに対して、ハルベが補足する。

「少なくとも、我々に伝わっている魔術の中に、あんな芸は伝わってないな」

そう言って、ヴァルターは二人の部下とともに、去っていく。


そしてその背後から、彼ら三人の所作を見ていた影があった。

その人物、フィーコもまたあの白化したものを調べに来たのだが、ヴァルター同様、ほとんど得る物もなく立ち去っていった。


陽が沈み、両陣営も夜間の休息に入りつつあった。

ノルドハイム王国宿営地内に設置された、フネリック王国の宿舎。

そこではディドリクとアマーリアが昼の疲れを癒していた。

アマーリアは寝台で早い眠りにつき、すっかり回復したディドリクが、その寝顔を見つめていた。

傍らにはメシューゼラがいて、同様に異母妹の寝顔を見ている。

「アマーリアは大丈夫よね?」

心配そうに異母兄の上に視線を移す赤髪の美姫。

「うん、疲れただけなんだけど、さすがに無理をさせすぎた」

そう言って、ディドリクもまたメシューゼラに視線を戻す。

「明日、マーブリアン猊下以下、南方の法術師が到着するので、僕らの負担ももう少し軽くなるはずだけど」

メシューゼラに、と言うより自分に言っているかのように呟く。

「次は休めるといいわね」

メシューゼラが甘えるように、もたれかかる。


しばらくの沈黙ののち、メシューゼラが尋ねる。

「あの金属人形、ガラクライヒで私たちが戦った金属人形だったわ。人形遣いが同行してるってことよね、兄様」

「ああ、おそらくは、フィーコの傍らにいた、あの黒衣の男だろう」

「もうわけがわからないわ。あんな怪物同士の戦いだと、私たちは何もできないんじゃ」

「明日、マーブリアン様達が来られたら、もう少し楽になるはずだ」

そう言って、年降るに従っていっそう美しくつややかになる赤髪をそっとなぜる。

「うん」

メシューゼラはそれだけ言って、目を閉じていた。



翌日になっても、戦線は再会されなかった。

昨日の巨人同士の戦いで、コンコツ族もこのままだと無理だ、と考えたのだろう。

その不気味な静けさの中、南方からマーブリアン教皇代理以下、四人の法術師が到着した。

アマーリアをメシューゼラに預けて、ディドリクは単身マーブリアンを訪ねる。

「マーブリアン様、遠路御苦労さまです」

「うん、今、昨日の戦いを聞いたところだ。大活躍だったそうじゃないか」

「いえ、活躍とまではとても言えませんが」

ディドリクも彼ら南方の法術師との再会が嬉しかった。

まだその力は見せてもらってないが、そこは同じ法術師としての信頼感、安心感があったからだ。


すぐ後でマクティミウス元帥との会談が始まるらしいのだが、その前に考えをすり合わせておきたかった。

帝都軍の宿舎ではなく、フネリック王国が間借りしている宿舎へ招き、意見を交換する。

さほど広くない客間に、ディドリクを中心に、マーブリアン、メルトン、コロル、そしてペシュタール教会のランベル博士が腰を下ろした。

まずコロルが口を開く。

「巨人というのを撃退したと聞いたが、それでほぼ解決なんじゃないのか?」

ディドリクが戦闘の状況を細かく解説したあと、

「そう簡単でもないのです。僕の力では、なんとか進軍をおしとどめただけで、もう一度対策をして攻めてこられると、はたしてまた対応できるかどうか」

と説明する。

「光術で変性させることができたということは、君も天眼を使ったということかな」

メルトンが探るような目で問うてくる。

「はい、まだ不完全なので、疲労がすごいです。できれば皆さんの力をお借りしたく」

それを聞いて、ランベル博士が言う。

「この中で天眼が使えるのは?」

「観測術理としての天眼なら、メルトンは使えたな」と、コロル。

「ああ。しかし光術となると、ケルティーニ師くらいしか無理なんじゃないか? マーブリアンはどうだ?」

メルトンがマーブリアンに話を振ると、

「私は逆だな。光術なら使えるが、観測術理は苦手だ」

できない、ではなく苦手と答えたので、できなくはないと言うことか、とディトリクは頭の中で整理していく。

「そういえばケルティーニ師はどうしておいでじゃ?」

とランベル博士がメルトンに尋ねる。

「もう出歩くのは無理ですね。そろそろ、覚悟はしておいた方が良いかもしれません」

と、沈んだ声で、ゆっくりと言う。


「同じ戦法が通用するかどうかわからんが、もう一度その卓の巨人が出てきたときの光術は、私が担当しよう」

沈みかけた空気の中で、教皇代理が話題を元に戻す。

「光術でなくても、異教徒の怪物なら別の術理を試してみたいので、私もやってみよう」

とコロルが言う。

初めて会った時から、ディドリクはこの人物がかなりの武闘派よりだと感じていた。

「儂も戦いの手段としての法術はそれほど得意ではありませんが、皆さんの援護をさせてもらいますぞ」

とランベル博士。

続いてメルトンが

「昨日は君たち兄妹だけで御苦労だった。今日は休んでいてくれ。我々がうまくやるから」

と言ってくれた。

「それでは元帥の会議に出席するとするか」

と言ってコロルが立ち上がり、他の三人もそれに続いていく。


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