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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第十章 天眼
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【七】 巨人、巨体、巨怪

ノルドハイム王国遠征軍との打ち合わせが終わろうとしていた時、急使が入る。

なんと、ついにジュードニア遠征軍が突破され、コンコツ族がこの副都目掛けて進軍開始。

そこに、マクティミアス将軍以下、帝都、ガラクライヒ王国の連合軍が向かったとのこと。


「急ぎヴァルターにも出撃させろ」

ヘルベルト国王がこう命じて、ディドリクに振り向く。

「来るか?」

ディドリクはゆっくりと頷き、二人の妹、ペトラ、ブロム、ロガガにも同行を命じた。


外に出ると、空陣隊が出撃体制を整えていた。

「やあ、ディドリク、それにメシューゼラにアマーリア」

と、ヴァルターが声をかけてくる。

フリューダイクやディオン、クレーベルら、見知った顔も見てとれた。

「これから空へ出るのですか?」

メシューゼラがヴァルターに目を輝かせて尋ねると、

「空陣隊の攻撃ぶりをお見せするのは初めてかな、どうか我らの勇姿を、と言いたいところだけど、どうもあの巨人相手には通用してなくて」

「ひょっとして巨人も空を飛ぶの?」

「いや、そうではなくて。ただ注意を上に向けさせる効果はあるようなので」

ヴァルターが奥歯にものがはさまったような言い方をしたのが気になったが、ディドリク達は彼らの出撃準備を見守っていた。


空陣隊が準備を整える中、ヘルベルト国王一隊を乗せた戦車隊が6台ほどやってきた。

「フネリック王国、乗れ!」

国王が窓から顔を出して、ディドリク達六人に声をかけた。

最後尾の戦車に乗り込んだ六人に、国王が言う。

「もう夕暮れが近いので、この副都まではさすがに来ないと思うので、今日は観戦していかれるのがよろしかろう」

夕暮れ、ということばが少しひっかかったが、ディドリクは搭乗した戦車を観察する。

ガラクライヒ王国やフネリック王国でよく見る、馬車を巨大化させただけのものとは違い、空陣隊が牽引している函車に車輪を付けたような形だ。

それを体格の良い馬群が引いている。

空陣隊の函車は窓以外は密封されているのに対して、この函車は前半分の天井が取り払われ、前方に窓がつけられている。

さらに空陣隊用の函車は離着陸用に緩衝装置が底辺につけられていたが、こちらは左右に車輪が4対つけられ、それぞれが履帯ラオペンケッテでつながっている。

内装も函車とかなり違っていて、固定椅子が設えられており、そのせいか一人当たりの空間が狭い。

前半部には軍馬の操手とともに、魔力攻撃をする魔法兵士と弓兵が乗り、後半部に、ヘルベルトとディドリク達が乗り込んだ。


「いつもは俺も前に乗り込んで火球弾をぶちこむんだがな」

と、ディドリク達に戦車の説明する。

今回は、観戦が主とあって、後方で説明をしてくれているのだ。



六台の戦車が到着したのは、眼下に平地を見下ろす小高い丘の上。

真下で戦争が行われている。

いや、戦争と言うより、まるで集団による殺し合いだった。


丘に近い方で、ガラクライヒの遠征軍とジークリンデ王国の残存部隊。

遠い方、首都側にジュードニアの遠征軍が、それぞれコンコツ族の集団と戦っている。

ガラクライヒが騎士団を主としているに対して、ジュードニア王国とポニキアなどの南方連合軍は、歩兵が主体。

そして目を見張らされたのが、コンコツ族の武器と構成。

剣や槍を持っている者もいたが、きわめて少数。

多くは棍棒や金属杖を持ち、相手に殴りかかる戦法だ。

そして遠方から弓兵が矢を射かけてくるのだが、その弓も、形、大きさともにバラバラ。

遠征軍の弓兵が扱う弓は部隊ごとに形が統一されており、多くは金属弓である。

それに対して、コンコツ族の弓はほとんどが木製で、命中率もよさそうには見えない。

装束もコンコツ族は兵士と言うより、むしろ山賊か野党の群れのように見える、着古した環頭衣が多い。

そして人員の構成も、幼児以外ほぼすべての年齢層がおり、老人、女性、子どもも、ほぼ均等に混ざっている。

肥満体、小太りと言った体格はまったく見当たらず、総じて痩身、ガリガリで、体格も帝国軍に比べて小柄である。

食糧難によって越境してきた、というのがよくわかる体格だったが、その戦い方はむちゃくちゃである。

槍が突き出されると、刺さった者に群がっていき槍が抜かれるより早くとりついて抑え込み、その槍兵に襲い掛かる。

襲われた兵士は四肢を抑え込まれ、棍棒を持った者に、兜ごと頭部を滅多打ちにされ、頭蓋骨が破壊される。

この光景を見て、槍兵は相手を刺して抑えられると、槍を手放している。

コンコツ族が持っている槍や剣は、こうやって戦いの中で奪い取っていったものだろう。


もちろん、戦闘訓練を受けている遠征軍の兵士の方が個々の戦力としては強く、何人もの蛮族を切り捨ててはいるのだが、まるで死を恐れずに群がってくる相手には手を焼いている。

戦線の膠着は、この乱戦によって引き起こされている。

ときおり魔術師が火球弾や氷弾を放ったりするものの、乱戦状態のため、味方の兵士を傷つけかねない。

そこで威力はどうしても小さなものになる。

老人も女も、死に物狂いで相手の剣に突き刺さり、取り込んでいくため、戦場は血の海となった凄惨さである。


「あの暴徒の群れだけなら、誇り高いオストリンデ王国騎士団が帝国に助けを求めたりはしないはずなんだがな」

と、ヘルベルトが冷静に言う。

ガラクライヒ王国が、ノルドハイムとは違った馬車仕様の戦車を出してきて、効率的に暴徒の群れを狩り出し始める。

「ガラクライヒが戦車隊を出したので、そろそろ来るぞ」

ヘルベルトがそう言って、コンコツ族の背後を指さした。


コンコツ族弓兵のいるあたりから土煙が上がり始め、弓兵が撤退し始める。

黒い土煙がもうもうと立ち込め始めて、大きな塊となっていく。

するとその土煙の中から、小高い塔のようなものが見え始めた。

土煙が収まりだすと、その塔のようなものの全体が見えてくる。

それは巨大な円筒系の塔だった。


「あれが、我々が巨人と呼んでいるものだ」

ヘルベルトの説明を受けて

「あれが? 巨人?」

メシューゼラが思わず声を上げる。

「巨人って...全然ヒトの形じゃないじゃない」

確かにあれでは塔、あるいは攻城櫓のようにも見える。

するとその塔の上部から。数本の蔓草のようなものが現われて、ひゅんひゅんと動かし始めた。

それは巨人の全長より長く、上方先端から生えているように見えるのに、十分足元へも届く。

まるで鞭のようにしなったその蔓草状のモノが、馬車を吹き飛ばし、あるいは真っ二つにぶった斬っていく。

戦車隊も、騎士隊も、この鋭く速い鞭のような腕の前に、まったく歯が立たず蹴散らされていく。

ガラクライヒ王国の弓兵が矢を射かけるが、何のダメージも被っていない。


「今日は夕暮れが近いので、戦士が退却休止するためか、一体しか出してないが、他にもいくつかいてな」

ヘルベルトが苦々し気にこう言うと、西の空から沈みかける太陽を背にして、空陣隊の天馬隊が飛んできた。

それに気づくや、巨人は足元を攻撃していた鞭の腕を上方に向け、ひゅんひゅんと回し始める。

「最初、あれに遭遇したとき、間合いがわからず何体も大魔鷲が落とされた」

とヘルベルト。

だが今はその経験があるためか、ある程度の距離を保ち、天馬搭乗者が火焔弾を放っている。

弓矢よりは胴体部に衝撃を与えているように見えたが、それも少し削れた程度。

見ると、その戦いのさ中、コンコツ族が退却していく。

「ここまで今日中に到達するのは無理、と判断したようだな」

とヘルベルトは言うが、塔の巨人はまだ戦っている。


空の戦いも距離をとるため一進一退となり、ついに太陽が沈みかけると、巨人は自潰した。

攻撃をやめて立ち尽くし、やがて、土くれのように崩れていったのだ。



夕闇が迫る中、ディドリクはメシューゼラとともに戻ってきたヴァルターを訪ねる。

「お疲れさま」

「ああ、ほんとに疲れたよ」

とヴァルターにしては珍しく弱気な発言。

「巨人っていうから、暗殺隊が使ってたやつみたいなのを想像してたわ」

メシューゼラがこう言うと、

「私はそれは見てないな」

とヴァルターがもらしたものの、どうも意気上がらない。

「我々は巨人リーゼと呼んでいるが、帝都や南方の連中は、巨体ギガント巨怪モンストロノスと呼んでいるようだな」

確かにあれは、人というより巨大な別の何かだった。

「ただ日が暮れると退散してくれるので、その分助かってはいるんだが」

「日がくれると退散する? それって、夜間は活動していないってことですか?」

ディドリクがこう尋ねると、

「ああ、たいていはそうなんだけど、例外もある」

と言って説明する。

「まだ我々は見たことがないんだが、ジュードニアの遠征軍が夜襲をかけられた時に、あいつが出てきて最初の宿営地をぶち壊されたらしい」

「ふーん、すると、夜になったから動けなくなった、というわけではないのね」

とメシューゼラ。


「アレをなんとかしないと、帝国の防衛は難しいかもしれない」

宿営地に戻ったあと、ヴァルターは、ヘルベルト、ディドリクを前にしてこうもらした。

「俺たちも明日からはもう一度参戦するので、明日は一緒に戦ってくれるな」

と、ヘルベルトがディドリクに要請する。

「ええ、それはもちろん。ただあの巨人が夜襲に参加した、というのが気になりますので、その時のジュードニア王国の目撃者に話を伺えませんか」

と言ってみる。

一瞬(え?)という顔でお互いに見つめあっていたヘルベルトとヴァルターだったが、

「わかった、アッティリオ王子に聞いてみよう」

とヴァルターが言ったものだから、ディテドリクが吃驚仰天。

「夜襲を受けた時の将軍って、アッティリオ王子だったのですか?」

アッティリオとはジュードニア王国に大使館設営の名目で行ったときに、対面している。

民衆に愛される、ジュードニアの名将、勇将だった。

ディドリクが驚いている間に、ヘルベルト王がジュードニアに対して使者を立てた。


まだ夜も早かったこともあり、その日のうちにアッティリオ王子が数名の護衛とともに、ノルドハイム陣営に到着した。

ディドリクは呼び出した本人であるため、一番に出迎えて、フネリック王国遠征団が間借りしている宿営地に案内した。

「アッティリオ殿下、こんな夜中にお呼び立てして、誠に申し訳ありません」

と、ディドリクが深々と頭を下げる。

「いや、かまわんよ、教皇から君がこの遠征軍にフネリック王国代表として来ていることは聞いていたし」

とそう言ったものの、アッティリオの顔にはうっすらと敵意が浮かんでいる。

ガラクライヒ王国ほどではないが、ジュードニア王国もノルドハイム王国と過去何度も戦火を交えた敵国である。

ノルドハイム王国の宿営地に来るなど、相手を屈服させた時しか考えていないのだろう。

それだけに、わざわざ夜中の呼び出しに応じてくれたことに、あらためて感謝する。

「確かにここに来るのは不快だが、何か協力できることがあるんだろ?」

と言ってくれた。


ディドリクはあの怪物に対して、気になっていたことをぶつけてみた。

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