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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第二章 妖術対法術
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【四】 この娘は愛されていない

ガイゼルの成人式、及び王太子の任命式が終わってのちのある日。

研究科でディドリクは自身の研究と平行して、領土の地勢などを調べていた。

呪いをかけた者が国内の可能性、国外の可能性等を考えてのことである。

その日も朝から情報をまとめ、国内の塩土や森林地帯について調べた後、帰宅すると、何やら屋敷があわただしい。

馬車を馬場に預けたあと、玄関口に来ると、メイドのリュカとヴィヴィアナが出迎える。

「若、陛下がお見えですよ」と嬉しそうに告げる。

はて? と思いながらも玄関わきの応接間に入ると、家族全員がそろっていた。

中央にエルメネリヒ王、それを取り囲むように三人の妃と弟妹たち、ガイゼル、メシューゼラ、アマーリアに、幼いイヴリンまで。

イヴリンはパオラに抱かれていたが、他の面々は軽く着飾っている。


メシューゼラが一歩前に踏み出して

「ディー兄さま、お誕生日おめでとう!」と言って、花束を差し出してくる。

「え?」と言って、ガイゼルを見ると、

「いや、ディーから『誕生日とか、そういうのは要らない』って聞いてたことを伝えたんだけどね」と苦笑い。

「そんなのダメよ!」と激しくメシューゼラが遮って、

「ガイ兄様のは王太子の式とかあったので盛大になっちゃったけど、あれほどのことはできないにしても、私たち兄妹も祝いあうべきだわ!」

ディドリクが母の方に目を向けて

「陛下にもこういう大げさなのはいい、と伝えたはずなんですが」と言うと、

「それがそのつもりで、内々に家族だけで、というつもりだったのだけど、ガイゼル様とメシューゼラ様が来て...」

「兄上!」とディドリクがガイゼルに再び視線を移す。

するとガイゼルも

「いやまぁ、私もゼラの意見がもっともだと思って」ともごもご言葉を濁す。

「まぁ、いいではないか」と父王。

「皆、おまえの誕生日を祝いたかったのだから」

少し間をおいて、ディドリクが謝辞を述べて、にっこり微笑む。

「いえ、もちろん、嬉しいです、みんな、ありがとう」と。

心なしか、その目元が湿っているように見えた。


応接間と言っても、それでも離宮内である。

隣接する第2の客間とつなげるとそこそこの広間になり、皆でディドリクに祝辞を述べたり、食事をとったりしている。

「にーさま」と小さな声で、アマーリアが寄ってきたので、左肩に抱き上げてやると、不安そうな顔から、笑顔に変わる。

「アマーリアもありがと」と言うと、頬に頬を寄せてくる。

父王がやってきて、言う

「ディドリク、すまないが政務があるため、これで戻る。しかしおまえを祝えて嬉しかったぞ」と言い、帰り支度を始める。

「父上、来ていただいて、僕も嬉しいです」

「ガイゼルのこと、今後もお願いね」と耳打ちした正妃とともに帰っていった。


応接間に戻ると、メシューゼラが腕をとって引っ張っていく。

「イヴ、ディー兄さまに、挨拶なさい」と、パオラの腕に抱かれている末の姫君のところに連れていく。

腕から降ろされたイヴは、まだあぶなっかしげな足で立ち、

「ディー兄さま、おめれとうおざいます」と舌足らずな声で、祝う。

「ありがとう、イヴ」と言って、ディドリクもイヴの頭をなでる。

母、姉、同様、きれいな赤毛である。


「ディー、あらためて、11歳の誕生日、おめでとう」とガイゼル。

「いつか、ちゃんと礼を言いたかったし、こういう場をもうけてくれたゼラには感謝だな」と言うと、

「礼?」

とディドリクがきょとんとすると、ガイゼルが耳元で

「解呪のこと。まだ公にできないからね」と告げた。

「僕の方でも伝えたいことがありますので、またあとで」とディドリク。

そして振り返ってみると、ディドリクの誕生日祝いだったが、すっかりメシューゼラが中心になっていた。


ディドリクがアマーリアの元へ戻り、

「アマーリアもお誕生日にはお祝いしてあげるよ」と伝えると、嬉しそうにしがみついてくる。

ところがそれを聞いてメシューゼラが詰め寄ってきた。

「ディー兄さま、ひどい! アマーリアの前に私の誕生日じゃない」

「あ、いや、もちろん、ゼラも」と言うが、

「ひょっとしてディー兄さま、私の誕生日を覚えてくれてないの?」とさらに追撃。

後ろにいたガイゼルが面白そうに、クッ、クッ、と口を押さえている。

「いやー、私もさっき、問い詰められたんだよ」

「兄さま、二人とも、ほんと、ひどい。一か月後なんだから!」

ふんっ、と反り返るメシューゼラ、和やかな中、周囲に笑みが流れていく。

「ごめんごめん、ゼラ、必ずお祝いするよ」とディドリクが言って、その場は収まった。


ディドリクはおしゃべりの渦中にいたメシューゼラから少し離れて、メシューゼラの母パオラの元へ行く。

「パオラ様、少しよろしいですか」

「ディドリク様、娘が失礼しました」と言うも、顔はほころんでいる。

衣服は黄と緑を主にカジュアルにまとめているが、豪華な赤毛が強い印象を与えている。

メシューゼラが「炎のよう」と形容した髪は、頭部から放たれ、肩口に流れていく。

その豊かな髪の量が、まさに燃え上がる炎のようであった。

「あれがメシューゼラの可愛いところじゃないですか」と受け流す。

そして少し声を潜めて、

「パオラ様の郷里について、少しお伺いしたいことがございますので、後日、いろいろ教えていただけますでしょうか」

「まぁ」とパオラは目を輝かせる。

「私共のところへ来ていただける、ということですね、ゼラも喜びます」

自分の名前が出たことに気づいたメシューゼラが、飛ぶように会話に入ってくる。


「ディー兄さま、わたくしの離宮に来てくださるのですか!」と、母の前では敬語になるメシューゼラだった。

「ええ、少しパオラ様に教えていただきたいことがありまして」

「嬉しい! 歓待しますわ、ディー兄様」

「少し調べものをしておりますので、急ではございますが、明後日、いかがでしょうか」とディドリクが伝えると、赤毛の母娘は快諾した。

先のガイゼルの成人式には及ばなかったものの、血族によるディドリクの誕生日祝いは、優しい空気の中で終わった。



その夜、来客が帰ったあと、メイドたちが後片付けをする中、ディドリクは寝室に戻り、いくつか調べものをしていた。

やがてその後片付けも終わり、泊りのメイドたちは寮に戻り、通いのメイドたちも帰っていく。

しん、とした闇の中、寝室の書机で、ろうそくの光の中、ディドリクが古典文法の書籍を眺めていた。

静けさが耳に痛くなるような、そんな騒ぎの後の夜。

燭台の灯がほのかに揺れ、寝室の外に誰かが立っているのがわかった。

「にいさま」と、か細い声がドアの外に聞こえる。

ドアのところに行くと、幼い妹が枕を抱えて立っていた。

その姿を見て、少し驚いたディドリクが「どうした?」と尋ねると、

「あの…あの…一緒にいてもいい?」と、消え入りそうな声で聞いてくる。


「おはいり」と部屋の中に入れたディドリクは、寝台の縁にアマーリアを座らせる。

その横に腰かけると、アマーリアが、腕をつかみながら、

「静かで...怖いの」と震えるように言う。

母さまは?と尋ねると、もう寝た、と言う。

泊まり込みの使用人たちも既に寝所についている頃。

「母さまは、私がいろいろ聞くと、おイヤみたい...」


ディドリクは幼い妹のこぼした言葉に、ハッとなる。

確かに母は、自分にはいろいろ気を使ってくれる。

学院のこと、研究科のこと、父や兄との関係などいろいろ聞くし、心配もしてくれる。

しかし、アマーリアに話しかけている様子はついぞ見たことがなかった。

継承権を持つ男児を産むことに情熱をかけていた母。

しかし第二子、第三子は病に倒れる。

まだそれが何者かによる「呪い」であることは伝えていない。

そしておそらく最後の子になるかもしれない、と思ったのが、期待に反して継承権を持たない女児だった。

妹との温度差は、うすうす感じていたが、妹本人は、既に直感的に感じていたのだった。

(この娘は...愛されていない?)

アマーリアがしゃべることばも、メイドや兄のしゃべることばに影響されていることが多い。

母からのことばをまねているのを聞いたことがなかった。


「おいで」

ディドリクはろうそくを吹き消して、妹を自分のベッドに招く。

「今日は僕と一緒に眠ろう」

つらそうな、悲しそうな顔をしていた幼い妹の顔が、明るくなった。

兄の左側に横たわり、頭を兄の左胸につける。

ディドリクは左側に妹の頭を抱えるようにして横になり、

「深くもぐると、息ができなくなるよ」と言うが、

「兄さまの心臓の音」と言い、そのまま眠りについた。

ディドリクが髪を、そして頬から首筋を優しくなでる。

頸動脈の脈動を聞き、ディドリク自身も、胸の中で何かがキラキラ輝いているような感覚になる。

あの洞窟の博士から講義を聞いた時、妹が生まれたとき、そして解呪を行って倒れてしまった時。

似たような感覚に襲われたことがあった。

そんなことを意識しながら、ディドリクもまた眠りについていく。


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