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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第十章 天眼
135/165

【一】 置物

白い道がどこまでも、いつまでも続いていた。

何日も、何年も歩き続けたような感覚になるが、不思議と疲れはない。

ある時、声が聞こえるので、そちら、つまり下の方を見ると、自分たちが歩いている道の下にある教室風景が広がっていた。

そこに一人の中年講師が何かの講義をしている。

しばらくすると、その講師の後ろに、置物のような老人が座っていたのがわかる。

講師は学生たちへの講義の途中、チラチラとその老人の方を振り返る。


また別の教室では、ある講師が初老の教授と議論していた。

その背後にも、一人の老人がいた。

教授も講師も、意見を言うたびに、この老人に頭を下げている。

だが老人はまるで本物の置物であるかのように動かず、じっと聞いている。

そのような光景がいくつも見えた。


また何年も時間がたったような情景になる。

大きな聖堂に、無数の学者、聖職者が集まってきて、ある人物の学位授与式を見つめている。

さきほどとは別の教授が、ある学生に賞状と錫杖を渡し、学位を授けている。

そしてこの儀式の背後にも、置物のような老人が座っていた。


「彼は既に役目を終えた」

どこからともなく声が聞こえてくる。ディドリクはアマーリアを抱き寄せ、アマーリアはディドリクに、より一層深く抱き着く。

「彼の全盛期には、多くの奇跡がその足元で起こった。世界は彼に羨望と憧憬の目をむけた」

静かに、淡々と語る男の声。

「彼」とはあの置物のような老人のことだろうか。

するとこの声はあの老人の声ではないことになる。


足元には、奇跡の場面がさらに次々と展開する。

魔術師が皇帝と対峙している。

魔術師が教皇と論戦している。

「長い時を生きた者は、返って記録が混乱する」

どこからともなく聞こえてくる声が、まとめている。

皇帝や教皇と論陣をはり、勝利した、と言うと、あれは第十三世魔法博士なのだろうか?

そしてその真名は?

だがその疑問には、声は答えてくれなかった。


「兄様、ここは夢の中? 講義の時?」

ディドリクもアマーリアと同じことを考えていた。

様々な事績が展開されている。

だがそこには名が語られていないため、知らないことも多くあった。

それらの場面が、長い時間をかけて見せられている。

にもかかわらず、それらは全てひとときの夢。

かつての第十四世との講義であったように、実際には時の経過がないのかもしれない。

眼下に演じられているのは、第十三世より前、何代かの魔法博士の事績かもしれない。


「その名を語ることはできぬ。されど知ることはできるのだ」

頭の中に、ある文字列が浮かぶ。



「若! ご主人様!」

白い闇が重たくのしかかる中、遠くから少しずつ近づいてくる、懐かしい声。

瞼を持ち上げると、そこには心配げに眺めるペトラの顔があった。

ゆっくりと首を動かしてみると、そこはケパロス城へ続く森の入り口。

空陣隊の面々が苦し気に横になり、うめいている。

なんとか起き上がっているのはクレエムヒルトのみ。

残りの面々は意識こそ戻ってはいたが、まだ起き上がれずに呻いている。


「ペトラ、あれからどれくらい経った?」

ふらつく頭でディドリクが尋ねると、城が崩壊して、まだ2時間程度だと言う。

傍らにアマーリアがまだ眠っていることを確認して、もう一人の妹を目で追いかける。

メシューゼラはクレエムヒルトの傍らで、咳き込みながら横になっている。

ディドリクが近づくと

「兄様、ゲホッ、ゲホッ」と言葉にならない。

ディドリクはメシューゼラを大地に寝かせたまま、治癒の法術をかける。

肺に潜り込んでいた死霊術師の邪気が、激しい咳とともに吐き出される。

妖術師の黒い呪気とは違い、灰緑の濁ったような色。

口腔だけでなく、鼻孔、耳からも噴き出してくる。

邪気の侵入は幸いなことに感覚器だけで、脳には届いておらず、咳こそ痛々しいものの、吐き出せばすぐに呼吸も安定してきた。


次に一番症状がきつそうだったヴァルターに移り、法術治癒を施していく。

まだ意識が朦朧としていたヴァルターだったが、ディドリクの治癒法術により、吹き込まれた邪気が抜けていく。

最後にヴラッシェルスが耳元で放った相打ち狙いの幻韻術。

それが耳の奥底深くこもっている。

気管や肺に入った邪気とは違い、感覚器を襲った邪気は、ねばりつくようにしつこく、深い。

ディドリクはそれを一枚ずつはがしていくように、追い払う。

「ディドリクか...」

外耳道からもその邪気がはがされて行って、ようやくヴァルターの意識がはっきりしてきた。


比較的症状の軽いクレエムヒルトが寄ってくる。

「ヴァルター」

その背中をさすりながら、今度は魔術師の治癒術を施していく。

「ディドリク様、フリューダイク達にもお願いします」

自身もいくばくかの邪気を吸い込み、影響を受けていたが、それ以上の被害を被っている仲間たちの治癒を頼み込んだ。


ディドリクも頷いて、一人ずつ邪気を抜いていく。

ディドリクの治癒法術は魔術師の治癒術ではないため、痛みは伴うが、反面確実に邪気を吐き出させて行ける。

なんとか立っているクレエムヒルトを最後に、空陣隊の治療が終わった。

まだ痛みや感覚器の重みなどが残る者もいるため、総じてフラフラしていたが、意識を取り戻せた。

あとは時間とともに回復するだろう。

その間、クレエムヒルト、ヴァルター、ペトラによって、事の顛末が語られ、補正されていく。

館の中で、一瞬ディドリクとアマーリアの姿が消えた。

その後起こった大崩壊。

同時にケパロスが白い光に包まれて、崩壊した。

しばらくして崩壊した城館の近くに、二人が眠るような形で現れた。

ペトラによって補正された、ディドリク発見の瞬間。


どうやら死霊術師は滅んだようだ。

そしてケパロス伯とその拠点も灰燼に帰したらしい。

ただ、最後の一人、人形使いがどうなったのか、それはわからなかった。

最後の戦いでも、あの巨人人形が登場しなかったことも気になるところではあったが、当面の危機は去ったと見てよいだろう。


「兄様、それであのケバロス伯は滅んだのですね?」

メシューゼラが確認するように、兄に尋ねる。

「そうらしい。どうも僕もアマーリアも、その辺の記憶が混濁しているんだ」

「ふうん、それって法術の効果?」

「たぶんね。僕もアマーリアも、ぎりぎり限界のところまで出力したからだと思う」

疲労した兄の右肩に、赤髪の美姫がその頭を乗せる。

「...良かった」

と小さく呟いて。



休憩をとったあと、一同は大使館に戻る。

まずエルガが飛び出してきて、ディドリクに飛びついた。

疲労困憊した姿に驚いたものの、誰も死者を出さず、片付いたことを喜んだ。

大使にもだいたいのところを説明し、難事が片付いたことを伝えた。

疲労が激しいこともあり、空陣隊の帰国は翌日、ディドリク達も観光を切り上げて、翌日に帰国することとなった。


「ちょっといいか?」

夕食後、ディドリクが二人の妹と寛いでいた時、ヴァルターがエルガを従えてやってきた。

「どうしました、ヴァルター、それにエルガも」

「いや、今後のことについて少し確認しておきたくてな」

とヴァルターが座り込む。

「今回の件、帰国して父や兄にも報告するんだが、概ねうまくいった、ということでいいんだよな?」

ディドリクが頷くと、

「瑠璃宮五芒星もそれほどの戦力はもうないはずだ。あとは本丸だけ。そこで、もし君たちが帝都に乗り込むときは、我々も同行させてほしい」

「ええ、でもまだそこまでは考えていませんでした」

「今回も暗殺隊目当ての遠征ではなく、本来はデ、あ、いえ、観光でしたし」

と、兄に続いてメシューゼラも、観光ということにあわせて補足する。

これを聞いて、エルガが微かな忍び笑い。

「魔女を返り討ちにできたのが、僕たちとしては意味が大きかったです」

とディドリクが言い、少し間があいた。


「政治的なかけひきが必要になるかもしれない」

と、ヴァルターが言う。

「元より我がノルドハイムは武力押し一辺倒で、その政治力が不足していたのだが、それでも君たちだけでやるよりは、力になれると思う」

ヴァルターは、もう次の遠征日程まで組んでしまいそうな勢いだったが、それはいったん帰国してから、ということにしてもらった。

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