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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第九章 死霊術師
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【二十】 白い道

「何をいまさら」

「だとしたらケパロス伯、どうか降参していただけませんか。」

(なんだって?)

と言うような顔をしたケパロス伯に対して、ディドリクが提案をする。

「五芒星第二席のパトルロ氏は、自らの館で降参してくれました」

「たいそうな自信だな。勝負はついている、とでも言いたげだな」

そう言うと、ケパロスの目に闘志が戻ってきたようだった。

「そもそもお前らは我々と対決するために母国を出てきたのだろう。そんな言葉が信用できるか」

「いえ、僕たちの仇敵であるノトラは滅びましたし、僕たちの目的も、暗殺隊の無力化にあるので、戦わなくてすむのならそれに越したことはありません」

この申し出がケパロスにとってはすこぶる意外だったのだろう、しばらく考えた後に次の言葉を出した。

「生憎だったな。お前にもう戦う意味が薄れていても、我々には『法術師を倒す』という目的がある。それに...」

ここで言葉を切って、ケパロスがニヤリと笑った。

「魔術師として、死霊術師として、法術家と戦いたい、という気持ちは本当だぜ」

どうやら、ディドリクの降伏勧告は、ケバロスの戦意に火をつけてしまったらしい。


広間にはいくつか扉があり、その扉がゆっくりと開き始める。

現れた異形の戦士たち。

甲冑を身にまとい、完全装備した重騎士、軽装で動きやすい細身の剣を持つ戦士、チェーンを振り回しながら隙を伺う男、槍を構える男、など。

総勢6人ほどの戦闘員が出てきたが、一様に顔色が浅黒く、死体が動いていることを思わせた。

死体を操り、時に乗り移る死霊術。

しかしその動作を見ている限り、どれもこれも俊敏そうで、ネキシントンのゆったりとした死体の群れとは異なっていた。

おそらくこのケパロス伯の死霊術は、死体を群れのように扱うのではなく、数を減らして一体毎の戦闘性能を引き上げているのだろう。

しかし強く速い剣士を出すのは通常一体か、せいぜい二体。

それを六体も出してきて、それぞれ別の動き。

人形遣いの男と同様、数多くの手駒を個別に操れる、このケパロス伯も類稀なる術師と見ていいのだろう。

しかもケパロスはマントで身を包み、四肢の動きをまったく見せていない。

自らの術だけで、この六体を操っているのだ。


(強い)

死体の襲撃が開始される前から、ディドリクは直感していた。

『通常であれば、法術師が魔術師や妖術師に負けるわけがない』

第十四世の言葉が頭にちらつくものの、この目の前にいる死霊術師は、これまで戦った魔術師とは様相を異にしている。

(つまりまだ僕が未熟だ、ということだ)

ディドリクはこの強敵を前にして、なぜか第十四世の言葉や意識が脳内を駆け巡っていた。

そしてその中から、ある答を見出す。

ディドリクがアマーリアを抱き寄せ、その頭部を左手で抱え、自分の胸に押し当てる。

兄に抱き留められたアマーリアは、右の耳でディドリクの鼓動に触れる。

ディドリクはさらに抱きしめるように、右手で妹の左の首筋を包み込んだ。

柔らかな肌の下から、頸動脈の鼓動が伝わる。

二人の鼓動が、一つに溶け合う。



六体のうち、四体の死体戦士が、剣を振り上げ斬りおろした。

しかし兄妹には届かない。

四本の剣は間違いなく二人のいた場所に振り下ろされ、二人はそこから動いた形跡もなく、映像は残っている。

アマーリアの頭を胸に抱きかかるようにして包み込む、ディドリクの姿。

(幻術?)...とペトラは思った。

(幻術? いや、違う)...とケパロスは考えた。

幻術のように見えるが、二人はそこから動いていない。

そもそも幻術だとして、なぜそこにまだ映像が残っているのか。

二人は、そこにいて、そこにいない?


アマーリアがディドリクと同調した時、周囲が白い闇に覆われた。

「兄様、何も見えません」

だがそれを見るディドリクが妙な顔をする。

アマーリアはしっかりと目を閉じていたのだ。

瞼を持ち上げなければ見えないよ、と言おうとして、それがアマーリアの意思によるのではないような気がした。

二人で一つの鼓動の元に同調させ、大きな力を得ている。

その代償なのだろうか。

ディドリク自身も瞼は開いているものの、何も見えない。

周囲は真っ白だ。

冬の天候が厳しい時、雪の中で何も見えなくなることがある。

そんな白さ、そんな闇だ。


しばらくして、二人は少しずつ周囲の状況が見え始めた。

依然として真っ白だが、そこはケパロス伯の城、その大広間。

影魔法によってやってきた、瑠璃宮五芒星第三席の根城。

その主は自分たちと対立し、今まさに死霊術を放ったところだ。

だがどうだろう。

白い闇の中で兄妹が見たのは、まったく動かない死体戦士、ケパロス伯、そしてペトラ。

いや、よく見ると動いている。

だがそれはゆっくりと、にすらならないくらいのかすかな動きで、一秒が24時間のようにさえ感じてしまうくらい、遅い速度。


鼓動の同調が起こった時、二人の中の力が一つになって循環しているのを感じていた。

ディドリクの力が、血流が、魂魄が、嵐となってアマーリアの中に流れ込み、アマーリアの命が、魂魄が、奔流となってディドリクの中に流れ込む。

二人は今、魂魄と命を共有している。

そして一つになった力が、真っ白に輝いて、二人の中に流れ込み、またあふれ出す。

この恐るべき強敵との戦いのさ中、法術の力が一つ、ヴァージョンアップしたのだ。

だがそれはまだ、卵からかえったばかりの姿、雛型にすぎない。

なぜならそれは一人の法術師としての力ではなく、二人でようやく一つの域に達しているにすぎないから。


溶け合った二つの力。二つの魂魄。

アマーリアの瞼が開き、徐々に周囲の情景に慣れていく。

すると自分たちの前に、より強い白色が、さながら道を作っているように開けているのが見えてきた。

兄の鼓動を聞き、自分の鼓動を兄に伝える。

幼い頃から、いや生まれた時から感じていた、鼓動との一体感。

呪いの空気が立ち込め、自分の兄達を殺していった、恐るべき魔女術の空気。

自分は男ではなかったので、その呪気は受けなかった。

だがまだ生まれる前に授けられた兄からの祝福は、この鼓動への一体感を生み出す力となったのではないのか。


至上の至福に身を焦がしながら、溶け合っていく力と命に、陶酔していた。

それゆえ、これはまだ「未熟」なのだろうか、とも考える。

確かに、単体として術をこなすこと、それが一人の術者の姿として高等なのだろう。

しかし、だからと言って今の状態が未熟だなどと言えるのだろうか。

全身を包む、痺れるような陶酔感。

この力は法術の力?

そうかもしれないけど、それ以上に、私たち二人の力だ。


ディドリクは愛しい妹を抱きしめながら、自分の前にある、白いかたまり、白い道を見る。

これがなぜ見えるのか。

頭の中で、その答えが鳴り響いている。

「天眼」

これが天眼なのだ、と。

天眼が法術師に現れたとはどういうことなのか。

南方のジュードニアで、教皇領で聞いたように思うが、思い出せない。

今まさに、自分達兄妹は天眼を得、なにかに向かっている。



ペトラは、そこにあってそこにない、不思議な存在感を示すその兄妹を見つめていた。

違う世界、違う空間に立っているような姿。

ケパロスの方はもう少し深く見ていた。

つまり、これが法術の力なのだ、と。

ゲムが恐れ、シシュリーがよくわからない示唆を与えていたこと。

それらがここに繋がっているのか、と。


攻撃をしなくては。

そう考えた瞬間、ケパロスの意識が消えた。

白い光がケパロスと死体戦士を包む。

「白」を受けて、死体戦士も止まる。


何かが起こった。

ペトラはそう直感したものの、その何かがわからない。

今、とてつもなく恐ろしいことが行われた。

しかし具体的にわからない。

ペトラが死体に近づくと、それは塩になっていた。

ヒトの形をしていたが、やがてサラサラと崩れ落ち、塩の小山になる。

ケパロスだったものを見ると、それは磨かれた石のようになっている。

やがてヒビが入り、小石のかたまりとなり、砂になる。


ペトラは夢を見ているような、幻覚を見せられているような、わけのわからない感覚になり、尻もちをついてしまった。

ディドリクとアマーリアは?

まだそこに姿はあるが、同時に、ここにいてここにいない、何か舞台の芝居を見ているような感覚になる。

そう言えば、かつての主人シシュリーが遠くへ連絡をするとき、こんな感じになったことがあった、と思い出すが、この兄妹のありようは、それ以上の奇怪さ。

だがやがて、ペトラは尻に振動を感じる。

屋敷が、崩れようとしているのだ。

這うようにして、ペトラはこの屋敷から逃げ出す。

今の主人の動向も気になるが、自分一人でさえ逃げられるかどうかわからない。

影魔法も使えなくなっている。

そんな中で、ペトラはようやく屋敷の外へ出た。

振り返ると、屋敷が、ケパロスの城が、あの死体戦士やケパロス伯と同じように、無機物か何かのようになって、固まり、ひび割れ、崩れていく。

ディドリクは、アマーリアは、どうなったのか。

声を出そうとして出せないペトラは、その崩壊を眺めているだけだった。



ディドリクとアマーリアは、白い塊が絨毯のように敷き詰められた中を歩いていく。

ここはどこなのか、どこに繋がっているのか。

夢の中の道をあてどなくトボトボと歩いている、そんな感覚。

だが、その道は目的地に到達しない。

いつまでも、いつまでも。

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