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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第二章 妖術対法術
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【三】 成人式

早朝、ディドリクが王立学院研究科に行く前に、庭師とともに住居四隅と、離宮周辺の庭園を回る。

境界に埋めておいた、鉄釘のチェックである。

一緒についてきた庭師が、ディドリクの指示に従って、釘の場所を掘り返していく。

「若、こいつだけ変ですぜ」

西、南、と回ってきてこの東方に埋めた釘を抜き出してみると、錆び付いている。

ここまでの二か所では、鉄釘にほとんど影響はなかった。

それがここにきて、この東側の一本だけが、異常な速さで錆び朽ちているのである。

「よし、じゃあそれを回収して、新しい釘を打っておこう」と言い、前回よりも少し、太くて長い釘を庭園の縁に打ち込んだ。


研究科に向かい、ディドリクが諸外国も含め、これまでまとめた妖術文献を確認する。

エスペア語の文献もそろってきており、そこから「呪い」について、改めて目を走らせる。

「鉄に対する腐食性」を見て、ディドリクは異母兄になされた呪いが、エスペア語によるものを確信する。

今朝、あそこだけ腐食していた鉄釘、その向こうは他の離宮ではなく森林へとつながっている。

そのことの意味をかみしめつつ、ディドリクは、帰宅後、イングマールにある指示を出した。



一か月後、ディドリクが住む離宮に遠来の馬車が到着する。

中から長身の男が現れ、その後に、数名の従者がついている。

玄関口で待っていたディドリクはその男に駆け寄った。

「ブロム、よく来てくれた」と。

「若君自ら出迎えて頂くとは、恐縮のいたりです」とブロムは膝をつく。すると従者たちもその後ろで跪く。

皆黒檀族の者で、漆黒の肌と、堀の深い精悍な顔をしていた。

ディドリクは一行を邸内に招き入れ、歓待する。


「イングマールから連絡を受けた時は、驚きました」

「ブロム、こちらはお願いする立場なので、敬語は抜きでかまわないよ」

「戦場に出る時はそうなるかもしれませんが、王都内にいるときは、敬意を示させてください」

椅子を勧められたブロムは、学生時代のように話しかける。

ブロムの背後黒檀族の若者が三名、不動の姿勢で立っているが、彼らもまた漆黒の肌である。

ディドリクは本題に入る前に、少し気づいたことを尋ねてみる。

「ブロム...髪を剃ったの?」と。

「成人式を迎えましたので」と答えが返ってきた。

「我ら黒檀族の男子は、成人式をすぎると一人前の戦士とみなされ、剃髪するのです。髪は頭部を守るという弱者のものですから」

「へえ、知らなかったよ」とあらためて見ると、後ろに控えた従者も、皆剃髪している。

ディドリクの視線に気づいたブロムは、

「この者たちは道中の護衛が主たる任務でしたので、内密の話であれば、座をはずさせますが」と語る。

「呪い」の話はあまり広めたくないないこともあり、ディドリクは従者の三人に外で待機してもらうことにした。


従者が外に出たことを確認したディドリクは、小声でブロムに依頼要件を話し始める。

「護衛をしてほしいんだ」と。

「誰の?」

「僕の護衛」

「暗殺者にでも狙われているのですか?」

そこでディドリクは、他言無用を念押しして、一連の事件、ガイゼルが妖術で呪われていたことを語る。

「なんとかその呪いは解呪できたんだけど、妖術使はまだ判明していない上に、近くに潜伏している痕跡があったんだ」

ブロムは口をはさむことなく聞いている。

「ここ二年、気配がなかったので帰還したのかと思っていたのだけど、この離宮に潜入した形跡を見つけたのだ。それで近いうちに、こちらからも反撃したい、と思っている」

「だが相手が何者で、どのくらいの数がいて、どういうバックボーンがあるのかもわからない、特異な技を持つ者かもしれないし」

「そこで、僕が反撃に出た時、その手助けというか、護衛をしてほしいんだ。どうだろうか」

ここでようやくブロムが口を開く。

「相手は呪った妖術使だけではない可能性が高い、ということなのですね」

「そう。侵入してきた経路とか、誰にも気づかれていないこととか、内通者がいるか、優秀な共犯者がいるような気がしているんだ」


しばらく考えていたブロムだったが、少し口角をゆがませて、

「嬉しい仕事をもってきてくれるじゃないですか、ディドリク王子」

と言い、手を差し出した。

「我々黒檀族は、人口が少ないこともあり、傭兵を生業としてきました。戦いはわれらの本分です」

手を握りながら、ディドリク。

「よかった、よろしくお願いするよ、黒檀族の勇者」

二人は契約を交わしていく。

「期間は?」とブロム。

「うーん、呪いを仕掛けた人物を退治するまで、かなぁ」

「それではとりあえず、一か月ということで。それ以上かかる場合は、その都度更新してください。喜んで引き受けます」

契約書を交わして二人が部屋を出ると、従者は直立不動のまま部屋の外で待っていた。

ディドリクはあらじめ予約しておいた帝都の宿泊所まで一行を送り、帰宅する。

その夜はイングマールとともに、今後のことを話しあった。



ガイゼルの14歳の誕生日、すなわち成人式がやってきた。

王位継承順第一位の嫡男であり、同時に王太子の任命式でもあるため、小国とはいえそこそこの規模になる。

国王エルメネリヒを始め、正妃、二人の側室、弟妹たちも、当然出席する。

国内の有力貴族、大商人、教会関係者、国内の異民族代表らも、会場の王城大広間に集っている。

ブロム達一行も、黒檀族代表も兼ねていたため、当然のように出席している。

国外からの招聘客もいて、その中に懐かしい顔も混ざっていた。

南方のニルル王国を代表して、王太子が参加していたのだが、その側近従者として、ベルベットも来ていた。

また、この日をもって成人となるため、王太子との交流を目論む有力者の娘たちも数多くいた。


「お久しぶりでございます、ディドリク殿下」と、正装の衣装であいさつをされて、ディドリクは戸惑ってしまった。

あの開放的で、あけすけな物言いをするベルベットとはまるで別人のような女性がそこに立っていた。

イングマールが近寄ってきて「見事に化けたな」と言い放つ。

「ちょっと、せっかく王太子様の弟君にアプローチしてるんだから、邪魔しないでよ」と小声で返しているのを聞いて、ほっと安心するディドリクだった。

カスパールやドッドノン、と言った王立学院時代の級友が集まってきて、和やかな雰囲気になっていく。

ベルベット・ラッヒェは、白と黄色を基調にした、あでやかなドレスに身を包み、優雅にその中を歩いていた。

学院時代はまったく気にかけていなかったけど、ラッヒェ家はニルル王家の縁戚に近い、有力貴族だったらしい。


やがて、父・エルメネリヒ・ツー・フーネ王の来場が告げられて、一同の視線がそちらに集まる。

「今宵は我が息の成人式に集まってくれて、感謝する」という言葉に始まり、儀礼的な定型文を語っていく。

その後、ガイゼルが壇上に呼ばれ、一同の前に紹介される。

白と青を基調とした上位、純白の下衣、その上に羽織った金色のマント。

代々王家は美女を妻としてきたこともあり、王家の子息、息女は美男美女になる。

その中でもガイゼルは絶世の美女とうたわれる現正妃の血を受け、単なる美男というだけでなく、優し気な目元、繊細な口元など、参加者の耳目をひきつけるに十分だった。

ディドリクの隣にやってきていたメシューゼラも

「ガイ兄さま、正装になると、美しさに拍車がかかりますね」とそっと伝える。

「僕たちの誇りだからね」と返すディドリク。

心の内では(ほんとに解呪できて良かった)と胸をなでおろしていた。


続いて、王太子の任命式。

エルメネリヒが告げ、教皇庁から派遣された司祭がそれを承認し、王太子が確定する。

ディドリクとメシューゼラが親族代表として忠誠を誓い、盛大に儀式は終る。

しかし参加者の多くはこの後の舞踏会、宴席が目当てである。

楽師たちから流れ出る舞曲に乗って、ある者は舞い、ある者は旧交を温める。

ディドリクの元にも舞踏のお誘いが殺到したが、体よくあしらいつつ、外に出る。

外でもお祭りの様子は漂っていたが、さすがにここで踊っている者はいない。

テラスから中を覗いていると、ガイゼルと父王が接客に追われているのが見える。

そこへブロムが自身の従者を引き連れて近づいてきた。


「殿下、護衛の契約は既に始まっているのですな?」

ディドリクが肯定すると、ブロムはさらに声を潜めて

「何者かが、中をうかがっています、あきらかに招待客とは思えません」

この言葉で、ディトリクはすぐに現実に引き戻された。


ディドリクは中庭に下りて、中庭一面にゆるい結界を張る。

強すぎると招待客にひっかかってしまうため、侵入者を調査する目的なので、ゆるく発動させる。

確かに誰かが様子をうかがっている。

ディドリクが無言のまま、ゆっくりとそちらの方を指さす。

ブロムと従者たちは、足を忍ばせて、ゆっくりと接近していく。


全て無音のままの進行。

しかし、侵入者は気づいてしまったようだ。サッと出口へ向かって逃走を図る。

出口付近で、従者の一人が侵入者に追いつき、切りかかるが、忽然とその姿が消えてしまう。

ディドリクがもう一度結界を張るが、侵入者は逃げ延びてしまっていた。

「顔は見たか?」とブロムが従者に問う。

「いいえ」と申し訳そうな従者。

「そうとうの手練れみたいだね」とディドリクが感想をもらすと、

「おそらく暗殺か侵入の専門家でしょう」とブロムが言う。

「これで、敵が妖術使だけでなく、専門の武人もいることが確定、と見ていいみたいだね」とディドリクが言う。

そんなことなど露知らず、会場の大広間では、宴会が終わろうとしていた。

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