【十三】 魔女、到来
一時的に身を休めることができたが、危機が去ったわけではない。
依然として魔術の霧は立ち込めているし、動かなくなったとはいえ、金属人形と巨人が不気味な反射光を見せていた。
「こいつらはどうしましょう」
とフリューダイクが尋ねたのも、連中が残していったこの戦闘人形たちのことだった。
「やつらはこれを残していっても、我々には破壊できない、と考えているのでしょう」
ディドリクがこう言うと、クレエムヒルトが馬車から降りてきて、
「それでも調べておく価値はありそうです」
と言い、その金属人形の方をいろいろと触ったりしている。
コンコン、と剣の柄で金属人形や巨人をたたきながら、
「人形の方は全て空洞になっているようね。エーテル体を介して動いていたのでしょう」
「ヴァルター様の青焔術なら、この金属でも焼き切れるのではないでしょうか」
と、フリューダイク。
「ヴァルターに来てもらうのは正直心苦しいけれど、あの青焔術ならあるいは、という気が私もする」
続いて巨人の方へ向かったクレエムヒルト。
「しかしこちらは対処方が思いつきません。今回のように操縦者を狙うくらいしか...」
「向こうもその戦術には対応策を練るでしょうね」
ヘドヴィヒがつっこみを入れるが、いつもの軽口ではなく真剣に考えているもよう。
「ともかく、こんな強力な人形を使う魔術師は初めて」
と、クレエムヒルトも考えにふけっているようす。
「一度引き返されてはいかがでしょうか」
と、ペトラが提案する。
確かに、解決策にはまだ到達していないが、相手方の武器や拠点がわかったことを良しとして、今回は引き上げる、というのもありだろう。
「そうですね」
意見を継いだのはクレエムヒルトだった。
「我々も、これまでの暗殺隊の魔術師とは違うことをヴァルターに報告し、急ぎ対策を持って再度ここに来たい」
「空陣隊の力なら、今晩帰国して明朝再びこの地に来る、ということも十分可能です」
フリューダイクがこうつないで、ノルドハイム王国の面々はすぐさま一時帰国し、態勢を整えて再度来訪してくれると言う。
それぞれが馬車に便乗し、この場を離れる。
クレエムヒルトはあの人形に何か細工を残しておけないことを悔やんでいたが、対策が操縦者を見つけることしかない現状では仕方がない。
ルテティア市域に入ると魔術の霧は消え、明るい日差しが戻ってくる。
一路、大使館に戻り、クレエムヒルト達は空陣隊に乗って帰国。
ディドリク、メシューゼラ、ペトラの三人は御者フィリップを労い、やがてアマーリア、エルガ、大使に帰還の報告をした。
一方ケパロスの城館。
負傷したパーヴルスとヴラッシェルスの二人はケパロス伯の治癒術により回復していたが、予想外の結末にいささか消沈していた。
「やはり、一筋縄ではいかんな」
とケパロスがもらすと、パーヴルスが苦々し気に吐き出す。
「俺の鋼丸と天空甲をフルで同時出力して、倒せなかったのは初めてだ」
「確かに操縦者を狙うというのは対巨人戦の常道なのだが、こうも簡単に見破られるとはな」
ヴラッシェルスがもらし、ネキシントンは沈黙のまま。
そこへケパロスの従者が報告にやってくる。
「伯爵、何やら見すぼらしい老婆と、怪しげな黒頭巾と黒衣の女が六人、伯爵への面会を求めているのですが」
それを聞いてケパロスの顔に生気が戻る。
「来たか。失礼のないように、客間に通せ」
従者にとっては予想外の答だったが、もちろんそれに従って、玄関口にとって返し、その七人の女を客間に通す。
七人は皆一様に、黒衣に黒頭巾。
それが案内された客間に入っていく。
「お婆さま、五芒星第三席はなかなか良い趣味をもたれておるようですね」
連れの六人の内の一人が、リーダー格の老婆、魔女ノトラに告げる。
客間の調度は華美にならず、かと言って地味にならず、落ち着いた風情を醸し出していた。
「お前たちも、伯爵の御厚意に甘えておけ」
と、ノトラは近くにあった椅子に腰を下ろす。
座る者、部屋を見て回る者、それぞれに待機していると、ケパロスが来室する。
「魔女ノトラ、よく来てくれた」
そう言って、ノトラに握手を求める。
「その様子じゃと、苦労されておるようじゃの、おや、ヴラッシェルスの坊やもいたのかい」
ケパロスの後からついてきたパーヴルス、ヴラッシェルスを見て、こう言った。
ヴラッシェルスは少し嫌そうな顔をするが、
「お婆さま、ご機嫌うるわしゅう」
と、形式的な挨拶を交わしておく。
妖術師であるヴラッシェルスにとっては、呪いの魔女を束ねる老婆ノトラは、同門である。
しかし実績、経験ははるかにノトラが優り、今や神聖帝国妖術界におけるトップのような立場にある。
それに加えて今回は、自分たちの敗戦報告もせねばならぬため、あまり面白くない。
その心を知ってや知らずや、ケパロスがこれまでの戦いをノトラに説明した。
「なるほど、わかりました」
そう言ってノトラは、連れて来た六人に目で合図をする。
「次はわしらの出番、ということですな」
「我々に何か手伝えることがあれば」
と、ケパロスが言いかけるが、ノトラはこれをやんわりと拒否。
「伯爵様、御心づかいはたいへん嬉しいのですが、われらの魔女術と、貴公らの幻術、人形術とは相性が悪い。どうか、我々七人のみにやらせてもらえぬだろうか」
そう言って、黙ったままのネキシントンに気づいて、
「いや、死霊術とは相性が良いのですが」
と付け足す。
「お婆さま、申し訳ないが、私も今再生の途中で、御力添えができませぬ」
ネキシントンの声を聞いて
「いやいや、戯れに言ったまでじゃ、お気になさらず」
と言って、こちらもしゃがれた笑い声をあげる。
ノトラはキッと強い視線に戻ってケパロスを見つめる。
「伯爵様、わしらは確かに帝都におられますヌルルス様の御命令を受けてやってまいりました。
しかし、われらはその命令以上に、我らの仲間を屠ったあの法術師が憎い。殺してやりたい。
それゆえ、成功の暁に誰がその栄誉を受けるのか、という点については、正直なところ、どうでも良いのです。
このガラクライヒの地で戦う以上、全て伯爵さまのお力によるもの、としていただいて構いません」
そう言ってノトラは、ケパロスをなめるように見つめる。
弟達を殺されたディドリクやメシューゼラにとってこの呪術者達が仇であるように、この魔女も自分の手下を倒されたことを恨んでいた。
そこで今回は、もうフネリック王家の王族を根絶やしにする決意で、えり抜きの六人を集めてきたのだ。
ケパロスはそれを聞いて、
「そうか、それではさっそくお願いするとするか。クルクスホーンにやつらがいる大使館の場所へ案内させます」
そう言ってクルクスホーンに、魔女たちをフネリック王国大使館へ案内するように命ずる。
黒衣に身をまとった七人の女たちは、クルクスホーンに従って、休みもとらず、ゾロゾロと出ていく。
「ふん、あいつらの力を借りねばならぬとはな」
魔女たちが出ていったのを見て、ヴラッシェルスがもらす。
「まぁそう言うな。あいつらがやってくれるっていうのなら、それでもいい」
ケパロス伯が、冷静さを取り戻して言う。
「こちらとしては、すこし時間がほしいしな」
沈黙を保っていたパーヴルス。
「次の決戦があるなら、少し考えがあります」
とも言って、パーヴルスは思索を巡らしていた。
駐ガラクライヒ王国・フネリック王国大使館。
その敷地の周囲を、ディドリクとアマーリアが連れ立った歩いていく。
それぞれ古式文典の秘呪文言を唱えつつ、それぞれポイントに、式典結界の鍵を打ち込んでいた。
死霊術師が堂々と侵入し、攻撃してきたことを踏まえて、より深く、より繊細な、強い認知結界を張り巡らしていたのだ。
しかもそれは法術結界なので、魔術師や妖術師には感知しづらい。
アマーリアの結界術は、第十四世の夢により、数段飛躍向上していた。
ディドリクが張り、アマーリアがそれを隠す。
その微細な結界が大使館を包み終わった。
「死霊術、人形術、幻術だけでなく、妖術師もいるようだから、あの魔女たちへの対抗策が有効になりそうだ」
「はい、兄様」
兄妹はそれを確認して、大使館へと戻る。
すっかり戦力になっているアマーリアは、兄の左腕にぶら下がるようにしがみついて、嬉しそうに微笑む。
自分はあてにされている。
アマーリアの胸に、その想いが、暖かく広がっていく。
大使館に戻り、食事をとっていると、間もなく夕闇が迫る。
クレエムヒルト達はヴァルターに説明してくれただろうか、などと思いながら、主だった関係者を広間に集める。
今回の観光旅行にやってきたメンバー、大使、警備隊の責任者。
これまでの経緯を簡単に話し、特異な力を持つ魔術師、妖術師がこの国に巣食っていること、そしてそれらが各国の王子を殺害したこと。
この大使館に起こった数日前の異変も、彼らによるものであり、今後また襲ってくる可能性があること、など。
改めて警備の確認と、警戒態勢を警備隊に依頼した。
加えて、不寝番との連絡体制を確認して、解散となった。
警戒が功を奏したのか、あるいは敵方も体制が整っていないのか、その夜には変事は起こらなかった。
ディドリク達は、故国で、そして南方で戦ったかれらの仇敵、魔女ノトラとその配下達がこの国に到達していることをまだ知らない。