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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第九章 死霊術師
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【六】 白骨戦士

翌朝。駐ガラクライヒ王国フネリック王国大使館前。

門扉が開き、一台の軽便馬車が出てくる。

扉にはフネリック王国の国章が描かれ、中には五人の男女―つまりペトラも含めて―が乗っている。

大使館横には雑木林が広がっていて、そこから二人の男が顔を出す。

「あれか?」

「昨日と同じ馬車です」

「行き先はわかるか?」

「そこまでは。しかし昨日の感じですと観光に来たみたいですから、恐らく観光地かと」

やせこけた白っぽい顔の男、ネキシントンは少し考えたのち

「観光地でしかけると人目につきやすいな」

そう言ってクルクスホーンに、尾行を続けることを伝える。

二人は止めてあった馬にまたがり、馬車の後を追う。


フネリック王国の国章を持つ馬車が、セクァーヌ西岸にある王立コブレント劇場駐車場に到着する。

扉が威勢よく開き、

「ここね!」

と、いの一番に赤髪の娘が飛び降りた。

駐車場には高級市民や貴族層などの馬車が観劇のために来ていたが、そのうちの何人かがその美しい赤髪の娘に目を奪われた。

メシューゼラは手を腰に当てて駐車場を一瞥したのち、同乗者達の降車を待った。

ディドリク、アマーリア、エルガの順で降車。

ペトラはディドリクの影の中に潜んでいるため、降車したのは4人だけのように見えた。

「今日の演目は悲劇『月の乙女とマルキス王』らしいですわ」

エルガが昨日のうちに入手していたパンフレットを眺めながら言う。

悲劇トラゲーディエってことは、悲しいお芝居(トラウエルシュピール)なのね」


四人は入り口受付へ向かい、昨日帰り際に購入していた予約券を座席券と交換し、劇場に入っていく。


「おいおい、観劇かよ」

「待つしかありませんな」

馬車を尾行するようにやってきた二人は馬を止める。

「しかし劇なら終わる時間も決まってますし、それまで待機しておきますか」

クルクスホーンがこう言うと、

「そうだな、こちらにも納骨堂はあるし、それまでちょいと準備をしておくか」

そう言ってネキシントンは、クルクスホーンに終劇の時間を確認した。


悲劇『月の乙女とマルキス王』は、戦乱に明け暮れた時代、祖国を統一したマルキス王の物語。

統一に当たり、王は「月の乙女」と呼ばれる不思議な占星術を操る乙女の力を借り、その月の予言と自らの知略によって統一に成功する。

しかし玉座に座るや、征服した隣国の美姫に心奪われて月の乙女を蔑ろにする。

王の心が自分から離れてしまったことを知った月の乙女は、悲しみの中で湖に沈む。

そしてその時からマルキス王の国は崩壊し、反乱の中に滅んでしまう。

敗残の徒となったマルキスが、月の乙女が沈んだ湖にやってきて懺悔するが、もう月の乙女は現れない。

湖の前で死んだ王の真上には、丸い月が輝いていた。


形式としては政治劇だが、マルキスと月の乙女という、悲恋、あるいは心の移り変わりを描いているため、ロマンス劇とも見れる。

観劇それ自体が初めてのメシューゼラが猛烈に感動してしまっていた。

観劇経験はあるが、もっぱら喜劇ばかりだったエルガも感動し、満足の様子。

アマーリアは相変わらず無表情で見ていたものの、瞳の光が心動かされている様を示していた。

ディドリクの影の中で四人を観察していたペトラは、ディドリクの心が読めなかった。

満足しているのは間違いなさそうなのだが、女性陣とは別のところに関心が向いているようである。

ではペトラは? と言うと、劇なんかそっちのけで、自分の主人たちの観察に余念がなかったのだ。


ディドリク達が飛び込んだのは午前の部だったため、終劇時刻もまだ正午を少し過ぎたあたり。

五人は劇場に付属する食堂兼喫茶室で、しばしの休憩をする。


「男って勝手よね、あれだけ協力してもらった月の乙女を切り捨ててしまうなんて」

注文したランチが届くのも待てずに、メシューゼラが口火を切る。

「月の乙女が可哀想でした」

と、こちらはエルガ。

「そう。あの王様は天罰なんだろうけど、そのまま捨てられて死んでしまった乙女は可哀想だわ」

などと口々に感想を述べあっている。

アマーリアも少ない口数ながら、ポツリポツリ感想を述べていた。

「兄様はどう思われました?」

メシューゼラがディドリクに矛先を向けたので、

「僕は、戦場の英雄と、統治の名君とは両立しにくいのかなぁ、というあたりかな」

と答えたが、その答えは妹君には御不満だったらしい。

「もう! 兄様って、感想が散文的すぎますわ」

と言って抗議する。

ランチが届き、ひとしきり腹を満たした後も、楽しい感想会が続いていった。


「午後の部が始まりそうだから、そろそろ出ようか」

そう言ってディドリクが席を立ち、妹たちもそれに従った。

勘定をすませ、駐車場へ戻ろうとしたとき、何か異様な気配が兄妹を襲う。

「アマーリア、感じたかい?」

「はい、兄様、今まで経験したことのない種類の悪意です」

足を止めて出された言葉に、メシューゼラとペトラも反応した。

「兄様、魔女の一味がいるの?」

「御主人、どこですか」

ディドリクは二人を制して、駐車場へと誘導する。

何か得体の知れない視線が、一行を見ていた。

間違いなく悪意、敵意に包まれた視線だ。

しかしそれは今までの魔女や妖術師たちのそれとは違う、乾いた、別種の悪意だ。

「魔術師の悪意なのかもしれないが、これについては僕も良く知らない」

こうもらした時、馬車の影から人影がふらり、と現れた。


午前の部を見に来た客たちは既に引き上げ、午後の部の客たちは既に劇場に入っている。

多くの馬車や乗馬用の馬がつながれている中で、人気ひとけがほとんど感じられない。

馬車の御者たちも食堂へと向かい、馬たちはのんびりとまどろみの中。

そんな中から、場違いな、包帯まみれの男がふらり、と現れたのだ。


いやなにおいだ。

包帯まみれの男から漂う、異臭。

だが、あの悪意の視線はこの男からではない。

そう感じた瞬間、包帯男は背中に隠し持った長刀を前に構えたのち、ディドリク目掛けて斬りかかった。

だが、そのスピードは平凡で、ジュードニアで戦った魔術師たちと比べると、児戯に見える。

主君の危機と判断して飛び出したペトラが、難なくその手から長刀を叩き落したが、恐らくアマーリアでもよけることができたろう。

だが、本当の危機はそこからだった。

刀を落とされた男は、膝をつき、ぐでっとその場に倒れこんだ。

「もう死んでる...?」

そう、その男は最初から死んでおり、にもかかわらず長刀を持って斬りかかってきたのだ。

ディドリクはようやくその異臭が、死臭だったとわかった。

死体の周囲に黒い影が広がり、死体はその中に飲まれていく。


「見るのは初めてだけど、これも魔術か」

影魔法との組み合わせを見てディドリクがもらす。

すると今度はその影から、別の死体が、今度は白骨死体が浮き上がってきた。

「ここではまずい」

と判断して、駐車場わきの庭林へと逃げ込む。


人がまったくいなくなれば存分に法術を使える、と判断したのだが、状況は大して変わらなかった。

白骨死体、包帯まみれの死体が、白昼、林の中で襲い掛かってくる。

死体故に言葉も声も発することなく、ただ無機的な動きで迫ってくる。

「アマーリア、障壁結界!」

ディドリクがアマーリアに結界を張らせると、かなり有効だった。

だが、エルガという戦闘にまったく不向きな人を抱えながらの戦闘はかなり神経を使う。

障壁結界も張り続けられるわけではなく、こちらからの攻撃時には解かなくてはならない。

とはいえ、攻撃に転ずるとメシューゼラとペトラはさすがに強い。

この程度の死体の群れでは、さながらゲーム感覚で的あてでもしているようだ。

メシューゼラの手から放たれた火炎弾は的確に白骨死体の腰部を砕いて行動不能にしているし、ペトラの毒剣は死体の頭部を斬り落としていった。

もっとも相手は既に死体なので、毒は必要なかったのだが。


一通り死体の一群をつぶし終えた後、林の奥から一人の男が現われる。

顔面に深い傷跡があり、肩の動きも少し変だ。

激しい斬りあいでカラダを切り刻まれたような姿、体格。

髪も元は黒髪だったものが、焼かれ、斬られてバラバラになっている。

(こいつも死体だ)

と直感したディドリクだったが、その死体は声帯を使い、言語を発した。

「法術師は、おまえか?」


ディドリクに向き合うような形になる傷だらけの死体。

死体から、赤い紐のようなものが数本現われたかと見るや、それが宙を漂い、次に鞭のようにディドリク目掛けて襲い掛かる。

速度自体はさほどでもなかったので、よけてみると、赤い紐は地面にたたきつけられるや、そこに赤い筋を残して消える。

紐が消えたのを確認して、ディドリクが熱線を放つ。

よける間もなく、傷まみれのその死体が身に着けていた襤褸に火が燃え移り、激しく燃え始める。

うなり声とも悲鳴ともつかない不快な音を立てながら、死体が燃えていくる

だがその炎の中で、その死体がディドリクに語り掛ける。

「噂通り、強いな、次の対決を楽しみにしているぜ」

「次だと?」

ディドリクは驚いて声を出す。

この死体は、これが本体ではない、ということか。

「俺はネキシントン、強いやつは大好きさ、・・・」

最後の方は炎に焼かれて聞き取れなかったが、焼け死んでいく者の言葉、態度ではなかった。


ディドリクは、炎の中で燃え散っていく死体を眺めながら、しばし呆然としていた。


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