【四】 デートコース
「...と言うのが大まかな予定なんだけど、何か意見とか要望とかあるか?」
第三離宮パオラ家まで、アマーリアを連れて足を運んだディドリクが、エルガとのデートコースについて、メシューゼラに説明している。
「兄様!」
「お、ゼラ、気が付いたところとかあったら」
「そうじゃなくて! なんで私たちまでデートのプランを聞かされているの!?」
「いや、せっかくだからお前たちにも楽しんでほしい、と思ったんだけど、行きたくなかった?」
「兄様、私は御一緒したいです」
とアマーリア。
「でもデートって、だいたいペアで楽しむものじゃないの?」
メシューゼラはディドリクのデートコースもさることながら、自分も同行させようとする気持ちがわからなかった。
「ねえさま、ここに行くからではないのですか?」
いろいろもやもやしたものを抱えているっぽいメシューゼラがいらいらしているのを見て、アマーリアが今聞いた説明の、ある場所を示す。
ルテティア離宮ハノンクール城。
そう、ディドリクが説明したデートコースはフネリック王国国内ではなく、西方大国ガラクライヒ王国の首都ルテティアだったのだ。
「え?」
という顔をして、メシューゼラはアマーリアが示した場所を注視する。
「ハノンクール城?」
「そうだよ、ガラクライヒ前国王ペピーヌス四世陛下が、隠棲、と言ったら失礼だが、住まわれているところだよ」
ああ、とメシューゼラも、このデート旅行の意図がわかってきたようだった。
王族のデートコースである。
一般市民の外出とは違い、警備が必要になってくる。
加えてまだ暗殺隊の件が完全に解消したわけではない。
ならば国内で、ということになりそうだが、残念なことに西方大国のさらに西に位置するフネリック王国は田舎の辺境王国だ。
もともとはガラク人のフーネ一族がさらに西方の辺境地を開拓して領地を広げた土地である。
荒涼たる土地に入植し、開いていった地で、最初はその地に発見された鉄鉱山を中心に鉱山町が形成されていき、そののちガラクライヒ王国から 独立する形になったのだ。
土地はタゲフル州など一部を除き痩せた土地で、ディドリクがグリス州を開拓するまで農業生産もおぼつかなかった。
従って歴史も浅く、人口もそう多くない。
そんな土地なので、繁華街に相当する地域も極めて内向きで、貧相なものである。
痩せた土地ではあるが領地が広いので、かろうじて王国として成立している程度なのだ。
そんな地でデート、というのも少し厳しいものを感じたので、コロニェ教会領を挟んでほぼ隣国といっていいガラクライヒに出かけてみよう、という計画だった。
帝国随一の文化国家であり、貿易、商業などもこの世界ではトップランク。
以前、帝都からの帰り道に立ち寄ったときも、その物資の豊かさ、文化力の高さにディドリクもメシューゼラも感銘を受けていた。
「面倒なことは僕がするつもりだけど、陛下はゼラにも好意的だったから、軽く一言添えてほしいんだ」
個人的な来訪になるため、非公式での訪問である。
と言っても相手方にまったく連絡しないというのもできないため、私的訪問ではあるが、告知はしておく。
そこで、ディドリクが「ついでとして」ペピーヌス四世を訪問しよう、という流れなのだ。
ガラクライヒ王国からフネリック王国に打診されていた、メシューゼラへの縁談話。
ガイゼルから詳しく聞いてみると、王太子ペピーヌス五世や現国王カルルマン二世が求めたものと言うより、前国王がメシューゼラを気に入ったから、という流れのようだった。
それなら一言、断った挨拶をしておきたい、というのがディドリクの考えだった。
「もちろんデートだから、僕とエルガが二人で行動する時間も長くなるけど、ゼラにはぜひ四世陛下に挨拶をしておいてほしいんだ」
「わかったわ」
メシューゼラの顔が晴れていく。
「あのおじいちゃんにももう一度会いたいし」
この部屋には兄妹三人しかいないということもあってか、いささか言葉使いがフランクすぎるメシューゼラだったが、納得してもらえたようだった。
(大国であるガラライヒ王国からの打診を小国であるフネリック王国が蹴った形になるのはまずい)
(それに非公式だから、王城へ行ってゼラに圧力がかからないのも良いし)
という考えもあった。
以前メシューゼラの成人式にやってきたリッツ大伯が、かなり執拗に付きまとっていたのも気になっていた。
ディドリク個人としては、ガラクライヒの官僚システムのいくつかにも触れてみたかったのだけど、こればかりは非公式訪問なので無理かもしれない。
そんなことを考えていると、今度はアマーリアが
「兄様、私も同席してよろしいのでしょうか」
とおずおずと言い出した。
確かに名目上は、デートをするディドリクと、断った説明のため顔出しをするメシューゼラが中心である。
しかし、ディドリクはこうも言った。
「イヴやヘルムートを連れていくのはまだ難しいけど、アマーリアには十分その場にいる資格がある。四世陛下とはまだ会ってなかったしね」
前回の帝都行の時は、まだ幼かったこともあってアマーリアは連れて行かなかった。
その顔見せという意味もあるので十分に参加資格はあるのだ。
ディドリクの説明を聞いて、アマーリアに少し笑みが浮かぶ。
「はい。嬉しいです、兄様」
一方、その日の夕方に、エルガの元にもディドリクのデート・プランが伝えられた。
二人だけでそのあたりをブラブラして、という簡単なものを想定していたので、エルガは驚くやら嬉しいやら。
加えて、王子様の二人の妹も、別用で同行すると言う。
(そうよね、ガラクライヒ王国とのお付き合いもあるでしょうから、並行して何かをする、ということなのかも)
しかし事が予想以上に大きくなりつつあるのも感じていた。
「一度キンブリー公国に戻られた後にするか、それともこのままルテティアに向かわれるか、考えておいてください」
といったような内容のディドリクからの文も届けられた。
「ああ」
文を胸に押し当てて、エルガは深く息を吸った。
二日後、ディドリク達一行はガラクライヒ王国へ、デート&ペピーヌス四世表敬訪問&観光、を兼ねて旅立った。
フネリック王国からガラクライヒ王国王都ルテティアまで、馬車だとルテティアまで三日~五日の距離。
しかし公務でもなく、どちらかと言うと観光だったこともあり、空陣隊に運んでもらうことにした。
ノルドハイム王国以外で魔鷲や天馬を使う空輸手段を持つ唯一の国がガラクライヒ王国。
それゆえ目立たないだろうとは思ったが、仲の悪い両国のことを考えて、人数を絞り、小型の函車、それに魔鷲隊ではなく天馬隊を使うことにした。
向かう人数は、五人。
ディドリク、エルガ、メシューゼラ、アマーリア、そして護衛を兼ねたペトラ。
キンブリー公国側からも一人くらいなら護衛を出してもらっても構わなかったのだが、エルガが
「我が国では公爵家の外遊でもそんなに護衛はつけません」
と言うので、こちらに一任してくれた。
そう言えばノルドハイムでの戴冠式でも、ラインホルト公の警備が薄かったことを思い出した。
空陣隊からは、ヨーン・ズデーデンシーバーが御者として派遣してくれた。
「観光だそうですから、さすがにヘドヴィヒ・メヒターは同行させられないと、ヴァルター殿下のお言葉です」
そう言って、ニヤッと微笑んだ。
彼女が来てくれると、護衛としては十分なのだが、どうもやりすぎてしまいそうだし、これは仕方ないだろう。
それ以外の人員も、好戦的な人員が多いため、比較的そうではないズデーデンシーバーに白羽の矢が立ったとか。
函車も小型のものにしたため、乗り込んだ五人の距離が近い。
アマーリアはいつものようにディドリクの左胸にぴったりと密着。
右側にメシューゼラ、向かい合う形でエルガ、そして少し離れてペトラ。
これくらい距離が近いと、返って会話が途切れてしまうものだ。
どちらかというと、窓外の景色を見てすごすことになってしまった。
もっとも空路を使うとなると時間は著しく短縮されるため、ものの数時間でルテティアに到着したのだが。
場所は以前泊まったフネリック王国の常宿ではなく、大使館の庭。
ただし空路での着陸は想定していないため、ひどく狭い。
天馬隊だったのでかろうじて着陸できたが、魔鷲隊だと無理だったろう。
「うーん」
着陸後、一番にメシューゼラが飛び出して、のびをする。
続いてペトラ、それからディドリクとアマーリアが降りてきて、エルガは最後になった。
函車横に設置されたタラップを降りてくるエルガにディドリクが手を貸し、
「お疲れ様」
と言って、にっこり微笑む。
「ありがとうございます」
と言って着地したエルガは、この笑顔に見惚れている。
(フネリック王国はガラク人だそうだけど、この3兄妹は特に美しい)
ディドリクとアマーリアにはノルドハイムの、メシューゼラにはフネリック南方州の血が入っていることは聞いていたが、それによってガラク人とは思えない美貌が現われている。
この美しい二人の妹を見て、私はつりあうのだろうか、と少しうしろ向きに考えてしまう。
(いけない! つりあう、のではなく、ふさわしくなるようにしなくては)
と、力を込めて拳を作る。
大使館で一休みすると、メシューゼラが軽装に着替え直してディドリクの元へやってきた。
ペピーヌス四世への表敬訪問のことなどすっかり忘れて、ルテティア観光に大乗り気。
「兄様! 私たちも観光していいのよね? 早く行きましょう」
朝出発して昼前に着いたので、たしかにすぐに出かけても時間的余裕もできていたのだが、なんというタフさだろう、とディドリク。
アマーリアなどはまだ着替えもすんでいなかったので、姉の言葉を聞いてオタオタしている。
「エルガさんも!」
と言って、手を差し出す。
もちろん友好を楽しみたい、と言う以上に、しっかり観察してやろう、ルテティアの情報を引き出してやろう、という輝きが瞳の奥でくすぶる笑顔だったが。
「メシューゼラ様」
しかしエルガは別のところが気になったようで、
「王国の姫君が公爵家の、それも傍系の女に敬語は不要かと思います。敬語はわたくし共のごとき下の身分の者が学び使うべきことですから」
はあ? と言う顔できょとんとした表情のメシューゼラ。
「敬語はいらない、と僕からも前に言ったんだけどね」
とディドリクも苦笑い。
しかしメシューゼラはビシィッと指さして、
「あなた! 私たちの家族に、『きょうだい』になる気はないの?」
と強い口調で言い放つ。
この言葉にエルガも何かで射られたかのようにハッとする。
「私はまだあなたについて詳しく知りません。だからまだ兄様の結婚について賛否、好悪、いずれでもありませんけど、あなたにその意思がないのでしたら私は賛成できかねます」
「おっしゃる通りです」
と、エルガはしゅんと項垂れてしまった。