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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第八章 系譜
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【十】 軽装の来訪者

「オストリンデ王国、ですか?」

「そうだ。我々としては残る東方諸国からも、暗殺隊を一掃しておきたい」

そう言って、ノルドハイム王国第二王子にして空陣隊のトップ、魔術師ヴァルターがディドリクに言った。

ここはフネリック王国王城、外交省第五会議室に付属する、その小さな対談室である。


ミュルカ嬢と会ったその日の夕方、ノルドハイムから連絡を受け、翌日にはもう到着である。

航空ネットワークを隠す必要もなくなったとかで、ノルドハイムーフネリック間の移動はほとんど半日程度でできるようになっている。

そこへヴァルターが配下の空将ディオン・ブレベック、高速のヨーン・ズデーデンシーバーを引き連れてディドリクとの今後の打ち合わせに来ていた。


「確かに僕も暗殺隊の残りの戦力、とりわけ魔女ノトラとその妖術師たちの動向は気になりますが、オストリンデに行く名目がありません」

ふむ、と言ってヴァルターは乗り出していた身をソファに沈める。

それを見て、ディドリクは考えながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「今のところ、我が国とオストリンデを初めとする東方諸国との間には、貿易も利害も交流もほとんどありませんし」

加えて、暗殺隊を駆逐したいと言っても、フネリック王国とノルドハイム王国の意図は微妙にずれている。

軍事大国にして純血主義のノルトハイム王国としては、同様に軍事国家であるオストリンデ王国の頭を押さえておきたい。

そして魔術師により構成されている帝国暗殺隊などという不確定要素を取り除きたい。

一方ディドリクの目的は、呪術者の排除の方にある。

その呪術者が暗殺隊と表裏一体なので、それゆえ暗殺隊も相手にしなくてはならない。


「僕としては、駆逐できたと言っても、まだまだ南方とは接触しておきたいと考えています。したがって次の遠征もジュードニアか教皇領を考えています」

「なるほどね、つまり我々の提案には乗れない、と言うことかな?」

と、少し声のトーンを落としてヴァルターがディドリクをにらみつける。

「そんな脅かさないでください、ヴァルター。僕はノルドハイムと敵対する意図なんかこれっぽっちもありませんよ。ただ優先順位が違うだけで」

「いや、失敬、失敬。私も脅したつもりではなかったのだが」

と言って、表情を緩めてくれる。


「で、優先順位ということなら、のちのちオストリンデにも行ってくれる、と解釈していいのかな」

「可能性としてはあります。暗殺隊や妖術師が東方諸国に行っている可能性は高いでしょうし、それに...」

ディドリクはここで言葉を切って、少し考えこむ。

(パトルロの話だと、瑠璃宮五芒星はオストリンデ王国にも深くかかわっている)

(加えてシシュリーの話だと、オストリンデに派遣された魔術師は瑠璃宮最強らしい)

「それに?」

とヴァルターが続きを促したので、ディドリクは念のために言う。

「今から言うことの情報源は明かせません。それでもいいですか?」

「ああ、かまわないよ、君の情報だと言うなら信用するし、君が軽薄な虚言にひっかかってるとも思えないし」

少しトゲのある言い方ではあったが、了解と判断して、ディドリクは五芒星の情報を少しだけ語る。

「暗殺隊を放った瑠璃宮から、オストリンデにも五芒星の一人が派遣されています。おそらく瑠璃宮最強の魔術師が」

「ほう...それは面白い」

そう言うやヴァルターの紺碧の瞳が、昏く、不気味な光を放ちだす。


「ですから、まず教皇領へもう一度赴いて、帝国暗殺隊の魔術師やホルガーテ王国について、もう少し情報を集めたいのです」

「うん? ホルガーテ王国について?」

「ええ、これはまだ不確定な、ほとんど直感のレベルなのですけど、ホルガーテ王国と暗殺隊は直接にはつながっていないと思われますので」

ホルガーテ王国とは現在の帝都で、神聖帝国の選挙帝政により、帝国の中枢を任されている中規模程度の王国だ。

そして瑠璃宮の目的の一つに、ホルガーテ王国を五番目の選帝王国にしようと目論んでいる。

しかし皇帝自身がこれには関わっているようには、どうも見えない。

ただし、何か証拠があるわけではない。成人式で見た皇帝一家に対する直感の域を出ていない。

瑠璃宮のトップであるゲムという人物、そしてその姉は皇帝ペトロプロス11世の妃である。

だが果たして、皇帝はゲムと同根なのか、それとも利用されているだけなのか。


「ふふ、君はすごいな。そこまで調べ上げたのか」

「すごいかどうかはわかりませんが、そう言う疑念もあるので、帝都にももう一度、足を運びたいと考えています」

「南方行きの件はわかった。それでは、ガラクライヒ王国はどうするつもりだ?」

「ガラクライヒ、ですか?」

急に話題が変わったので、一瞬戸惑ってしまうディドリク。

「あそこの暗殺隊はまだ手付かずだろ?」

「ガラクライヒ王国にも暗殺隊がいるのですか?」

「そりゃあ、いるだろ」

そう言って、ヴァルターは少し笑みをもらす。

「君にもそういう間抜けな一面があったことを知って、少し安心したよ」

「間抜けって...」

と、これにはディドリクも苦笑いしてしまったが、確かに西方の辺境にまで妖術師を派遣するくらいだから、ガラクライヒにも潜入している、と考えるべきだろう。

しかし何か根拠があるのだろうか、そしてそれを聞いてもいいものだろうか。


少し考えていると、

「ともかく、オストリンデ王国についても少し頭の中に入れといてほしい」

ヴァルターはそう言って、対談が打ち切られた。



ヴァルターがフネリック王国内にあるノルドハイム王国大使館に引き上げた後、ディドリクは今の話題、東方諸州についていくつか考えてみる。

「まずいな、ほとんど知らない」

確かにオストリンデ王国にもそのうち、とは思っていたのだが、その間、まったく知識が増えていなかった。

七大選帝諸邦のうち、教皇領を内部に持つジュードニア王国、コロニェ教会領、ガラクライヒ王国、ノルドハイム王国の四諸邦は、ほぼ南北一直線に存在する。

選帝権を持つ残り二つの教会も、ガラクライヒ王国から近い位置にあり、言ってみれば七つのうち六つは比較的まとまって存在している。

だが東方諸州をまとめるオストリンデ王国は、帝国の中心部であるガラクライヒ王国からはるかに遠く東方にあり、いささか孤立している。

帝国を構成するその他の中小国家群がその間に点在しているものの、人口も少ないため、まさに僻遠の地の印象だ。

さらにオストリンデ王国はノルドハイム王国同様軍事国家だが、そのさらに東に位置する帝国外・遊牧民族と常に戦闘状態にあり、帝国東方の盾になっている。

そのこともあって、他の南、西、北の諸国とはそれほど交渉もなく、戦争もしていない。

例外的にノルドハイム王国だけが時折干戈を交えてはいたのだが。

「地勢だけじゃなく、もう少しいろいろと勉強しなくてはな」

独り言のように漏らしていると、そこに従者が来客を伝える。


今度は外交省の別の部屋へ向かう。

外交関係の来客は、単なる打ち合わせのことや、貿易関係の承認事項などもあり、無数に入ってくる。

それゆえ、自分の担当がどこだったのか、少し失念することもあった。

おそらく予約は受けているはずだか、それが誰だったか思い出せないまま部屋に入ると、そこには政治家や商人ではなく、軽装の可憐な少女が待っていた。


「ディドリク様、お久しぶりでございます」

そこに立っていたのは、キンブリー公国令嬢エルガ・フンケルその人であった。

「ディドリク様、ずっとお礼に伺いたかったのですが、あれからすぐに南方へ旅立たれたと聞きまして、遅れてしまいましたことを、深くお詫びいたします」

「エルガ嬢、いったいどうされたのですか」

「キンブリー公国を代表して、我が伯父ラインホルト・クーゲルスタムの孫レーヴェンフルトの命を救って頂いた件につきまして、公国を代表して御礼に参った次第です」

その件はすっかり片付いたと思っていたのだが、これまであまり交渉のなかった国からの来訪でもあり、歓待の意を示した。

「それでその後、レーヴェンフルト様の御容態はいかがですか?」

「ディドリク様、王国であるフネリックと公国であるキンブリーとでは国格が違います。どうか、わたくしども一族の名前は呼び捨てにしていただいて構いません」

今まで帝都やノルドハイム、ジュードニアと言った格上の大国とばかり交渉してきたので、ディドリクにはこの感覚がなかった。

「レーヴェンフルトは、その後、健康になり、今は元気に幼児をしております」

そう言って、にっこり微笑んだ。


ノルドハイムと人種的に近い、と言うかほぼ同系と言っていいキンブリーの令嬢である。

セミロングの金髪を揺らし、その青紫の瞳でにっこりと微笑まれると、実に可憐だ。

「それはなによりです」

と言って、椅子をすすめるディドリク。

「公国滅亡の危機だったかもしれません。ディドリク様にはなんとお礼を言っても足りません」

「エルガ、私に呼び捨てを求めたりのですから、あなたも私に『様』なんてつけなくて良いですよ」

「とんでもありません、ディドリク様。お言葉は嬉しいのですが、それはなりません」

と言い放つ。


フネリックと同様、ノトラの妖術師たちによって、男系子孫を根だやしにされようとしていたキンブリー公国。

たった一人、しかもまだ赤子であるが、一命をとりとめたことは、公国にとっては『首の皮一枚でつながった』ような感覚なのかもしれない。

「レーヴェンフルトが成人して、次の世代の世継ぎをつなぐまで、自分達がしっかり生きて、守っていかねばならない、と伯父や従兄たちも申しておりました」

ニルル王国と違い、キンブリー公国もフネリック王国同様、王位継承権は直系の男児にのみある。

従ってレーヴェンフルトまで殺されていたら、王統は断絶か、せいぜい遠縁から招くよりなくなるのだ。

しかし遠縁から招くことになれば、国が割れる危険性が高くなる。

それゆえ自分に対しての敬語になるのか、とディトリクは思っていた。


「公国としてのお礼の品も今回持ってまいりました、と、ここまでが公的なお話です」

空気の流れが変わったので「え?」という顔をしていると、

「ヴァルター様からうかがったのですが、ディドリク様は『おしゃべりな女』はお嫌いなのですか?」

予想してなかった話題になったので、少し驚いたが、ヴァルターとそんな話をしたことあったっけ?

そう思いながら、答える。

「いえ、特に好きとか嫌いとか、そんなことを話したことはないですよ? それ、ヴァルターの好みなんじゃないですか?」

「そうですか、よかった」

と胸をなでおろすエルガ。


そこでエルガは大きく深呼吸して、何か強く決意するかのように、話し出す。

「ディドリク様、私をデートに誘っていただけないでしょうか」


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