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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第八章 系譜
111/165

【七】 帰国

函車は一路、フネリック王国へ。

ニルル王国のベルベットから、帰りには寄ってほしいと言われていたが、またすぐに戻るだろうから、今回は通過してしまった。

出発した時と同様、ほぼ一日で帰国。

このスピード感は、ちょっとやみつきになりそうである。

来た時震えていたノラも、車窓の風景を楽しめるほどになっていた。


夕刻の到着後、荷物の運び出しなどは使用人に任せて、ディドリク、メシューゼラ、アマーリアの3人はまとまって国王の元へ赴き、報告をする。

王城の応接間に、ラクダ色の質素な毛皮を着て現れたエルメネリヒ王は、子どもたちの帰還を喜んだ。

こういうところは、普通の父親のようだ。

エルメネリヒは私室に三人を招き、ディドリク、メシューゼラ、アマーリアの順に一人ずつ抱きしめて、それぞれに

「無事で良かった」とだけ言葉をもらした。

そこへブランドを伴ってガイゼルが現われる。

「結婚式へ来てくれないから、もう向こうに移住してしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」

と明るく言う。

結婚前にかなり暗い顔をしていたので心配でもあったが、妻帯するとそれなりに気持ちも変わってくるのだろうか。

「シャルロッテ、おいで」

ドアのところに待機していたらしい、若き新妻が入室する。

ディドリクとメシューゼラは顔を合したことがある程度、アマーリアに至ってはほとんど記憶はないだろう。

線の細い可憐な少女、という印象を持っていたディドリクだが、当然のごとく成長し、立派な大人の女性に見える。

年齢はたぶん16か17のはずなのだが。


スカートの裾を軽くつまみながら、

「ディドリク様、お帰りなさいませ」

と挨拶する、異母兄ガイゼルの若き夫人。

王太子妃となるのだがら身分的にはディドリクよりも上になるはずなのだが、やはり王族であるということ、そして歳の若さがこういう態度をとらせてしまうのだろうか。

「式に参加できなかった非礼をお許しください、姉上」

これにはガイゼルも少し笑みをもらしてしまった。

「確かに義姉、と言うことになるけど、どうだろうシャルロッテ、プライベートではお互い名前で呼びあってもいいんじゃないだろうか」

「ディドリク様さえよろしければ、私の方に異存などありません」

シャルロッテが少し戸惑っているように見えたので、ディドリクが

「父上、かまいませんか?」

と了承をとる。

「ああ、もちろんだ」

とエルメネリヒは軽く答える。

そしてディドリクは二人の妹を振り返り

「でもゼラとアマーリアは年下なんだから、最低でも『姉上』程度の儀礼は払わなくちゃね」

そう言うと、まずメシューゼラが

「はい、シャルロッテお姉様、以前お会いした時はまだ私も幼かったため、あまり記憶がございません。これから同じ家族の一員として、可愛いがって下さい」

と言って、にっこり笑う。

数多くの場を踏んで、こと社交性という点では兄弟姉妹の中でも一番になっているのだろう。

「シャルロッテお姉様、アマーリアと申します。これからもよろしくお願いします」

アマーリアは少し緊張しているせいか、まだまだ硬い。

「メシューゼラ、アマーリア、私は生まれついての王族ではなく、ガイゼル様の御寵愛を受けて初めてこの王城に住むことになりました。私の方こそどうか温かい目で見てくださいまし」

と言って、微笑みかける。

まだ性格までは把握できないけれども、兄とは仲良くやっているようなので、ディドリクも一安心。

それに王族ではなかった、という言い回しをしたが、出自を言えばエルメネリヒ王の従妹の娘であるから、遠縁と言うことも言える。



続いて、報告の儀。

国王の私室ではあるが、ここからは公務となる。

「国王陛下、南国における暗殺隊の脅威を拭い去ることができました。しかしまだ主力は帝都に残存しています」

ディドリクはこう告げて、報告の詳細に入る。

そして、再びかの地に赴いて、対応策を練らねばならず、英気を養ってまた出発したい、と申請した。

「そうか、お前にばかり苦労をかけるな」

父王の沈んだ声がディドリクの胸に響く。

政治家・国王としては、少し弱々しく感じることもあるが、兄弟姉妹の父としては、優しく、かつ知性と判断力に富む父だ。

身内の報告を受ける時は、こういう内向きな言葉がもれることもある。

「ガイゼル兄さんが内政と実務を担当し、僕が外交を担当する、これは単なる分担です」

「父上、私もディー兄様と同意見です。私たち兄妹は一致団結してこの難局を乗り切っていかねばなりませんし、またできると思います」

メシューゼラの言葉を聞いて、うん、うん、と頷く国王。


「それではディー、ゼラ、それにアマーリアも、もう離宮に戻ると良い。マレーネ様もパオラ様も毎日案じておられたから」

ガイゼルの言葉を受けて、三人は王城を退出した。

「もう少し詰めたことは、また明日以降に」

そう言ってディドリクはアマーリアとともに、母マレーネの待つ離宮へと向かった。



「ただいま」

離宮に着くと、まず一番に古株の老メイド、グランツァが出迎えてくれた。

「まあまあ、ぼっちゃま、お嬢さま、お帰りなさいまし」

次々とメイド、家令、従僕やらが現われて、帰りを喜んでくれた。

そしてその後ろからマレーネがやってくる。

「ディドリク、御苦労でした」

相変わらず言葉は淡々としているが、ほっとした安堵の表情が手に取るようにわかる。


顔合わせはそれですんでしまい、従僕やらが、南国、とりわけ教皇領でのことを聞きたがった。

北方近くの辺境領であるがゆえに、王家従僕であっても信心深い者が多く、教会の話を聞きたがるのだ。

そこでディドリクは政治の話よりも、風俗や食生活などのことを語り、最後に、肖像画を見せた。


荷物の中から取り出し、覆いの亜麻布などをはずすと、一同からため息がもれる。

グランツァやマレーネも、目が釘付けだ。

「教皇領やジュードニア王国では、貴人が自らの絵を工房の絵師に描かせるのが、一つの文化になっているようです」

こう説明するが、皆、持ってきた2枚の絵(残りは全体絵をヴァルターへ、メシューゼラの絵はパオラ家へ渡している)について、あれやこれやの感想を言っている。


従僕の一人に、大広間に飾るように言いつけて、グランツァにはリュカのことを聞く。

「リュカはもうここにはいないのかい?」

「いえいえ、もう戻ってきておりますよ、ただ出産してまだしばらくの間は、通いにしておりまして、今日はもう帰りました」

そうか、それじゃ明日にでも、と言いかけた時、グランツァが

「レムリック! ちょっとおいで」

と大きな声で従僕の一人を呼んだ。

王立学院に通っていた頃、ディドリクの護衛としてついてきてもらい、その後リュカと結婚したレムリックである。

髪の色もやや赤みが増し、こちらも一家の長にふさわしい顔つきになりつつある。

「若、あの肖像画には驚かされました」

と、昔と同じような、屈託のない笑顔でやってきた。

グランツァが、

「若がリュカのことを心配しておいでだ。おまえの口から今の状況を伝えなさい」

「ありがとうございます」

そう言って、レムリックがリュカの今の状況などを語った。

「それにしてもリュカがレムリックと結婚したと聞いたときは、ほんと驚いたよ」

「は、はい」

と少し頭から湯気が立ち上り始めている。

「その辺のところも含めて、またリュカと一緒に聞かせておくれ」

そう言って、真っ赤になっている、今は従僕専業のレムリックを開放してやった。


翌日、王城へ向かう前に、リュカが愛児を抱えてやってきた。

もう歩き始めているそうなのだが、さすがにまだ朝が早く、応接間の簡易寝床で眠っている。

「リュカ、久しぶり」

ディドリクがこう言うと、

「殿下、私のことを気に留めて頂いていたそうで、ありがとうございます」

早朝と言うこともあり、アマーリアも一緒に来ていたのだが、こちらも眠そうだ。

ディドリクがアマーリアの髪をなでつつ、

「僕たちがこちらにいる間、またアマーリアの髪とか仕上げてもらえるのだろうか」

「殿下からそう言って頂けるのは、とても嬉しいです。喜んでさせていただきたいです」

「アマーリアも、いいよね」

兄に言われて、アマーリアも「はい」と小さくうなずく。

「リュカ、またお願い」


そしてそれからは、二人のなれそめなどを、面白おかしく聞いていた。

レムリックもグランツァから「朝の仕事はいいから」と呼び出されて、同席させられ、まっかっかである。

主にリュカがしゃべってくれたのだが、レムリックはときどきとめようとすることも。

やはりというか、最初はレムリックの一目ぼれから始まったらしい。

なんとか穏便に言わせようとするレムリックだが、否定はしていないので、たぶんその通りだったのだろう。

リュカの方は最初はそんな気分ではなかったのが、レムリックの情熱というか、しつこさというかに、根負けしてしまい...と言う流れらしい。

それである夜、とうとう一線を越えてしまい、結婚する羽目になったのだが、ここでリュカがもらした一言で、アマーリアの目がさめた。

「私もアマーリア様がお生まれの時のように、若に祝福してほしかったのですけど、その時はまだ隠してましたので」

「え?」

アマーリアが驚いてリュカを、そしてディドリクを見る。

「あ...」

その反応を見て、リュカが慌てて口を押さえる。

「申し訳ありません、言ってはいけなかったのでしょうか?」

「いや、そんなことはないけど、誰もアマーリアに言わなかったのかい?」

「兄様、いったいどういうことなのでしょう、お聞きしてもよろしいですか?」


ディドリクもあまりに昔のことなので正確には思い出せなかったので、一部リュカに記憶補正をしてもらいながら、アマーリアに施した祝福術のことについて語った。

まだアマーリアが母のおなかの中にいた頃。

次々と死んでいく王家の男児たち、その不安の中で、ディドリクはアマーリアが生まれる直前、祝福術を施したのだ。

どうか無事に生まれてきますように。

どうか健康なからだで生まれてきますように。

恐ろしい呪いを跳ね返せますように。

まだ法術の学徒の道を歩み始めたばかりのころ、兄がこれから生まれてくる妹のために、精一杯の祝福を施した秘術。

女の子だったこともあり、無事、その子はディドリクの妹として、この世に生を受けた。

「...」

言葉にならない吐息のような音を発して、目を見開くアマーリア。

そして抱きつくように、その左胸に自分の頭を押し付けるのだった。

「兄様、兄様が、私に、祝福を...」

最後の方は言葉にならず、ただ息がもれるだけのような言葉。

ディドリクもアマーリアのこの反応に少しばかり驚いてしまったが、

「でも、アマーリアが健康に生まれてきてくれて、あの時は嬉しかったんだよ」

そう言って、左胸に密着する妹を包むように抱きしめた。


「で、名前は何というの?」

ディドリクが尋ねると、リュカは優しい笑顔で

「ナネット、です」

と答えた。

「ナネットかぁ...よろしくね、ナネット」

ディドリクがその寝顔を覗き込むと、聞こえているかのように「うぅーん」と言って、寝返りをうった

「また元気な時に、紹介しておくれ」

そう言って、若夫婦を退出させた。


だがアマーリアは、ディドリクの胸にだきついたまま。

(運命だったんだ)

アマーリアは今聞いたことを頭の中で再構築しながら、確信していった。

(私が兄様の心臓に心惹かれるのは、初めから運命だったんだ)

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