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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第二章 妖術対法術
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【一】 第一回兄妹会議

フネリック王家の生活空間は、王城に接する3つの離宮でなされている。

それぞれ正妃、二人の側室とその子供たちにあてられたものだ。

とはいえ、帝国内の王侯諸公国のうち、最も西方に位置し、人口もさほど大きくない国故に、政治の場たる王城そのものも大した規模ではない。

帝国は四つの選帝諸国と三つの教会領を中心として、それらの間隙を埋めるように、中小国が配置されている。

帝国西方に位置し、異教徒諸邦と境界を接するフネリック王国は、領土面積こそ広いものの、大部分が深い森と、耕作に適さない塩土の半砂漠から成り、平野部分は全体の二割ほど。

鉱物資源として鉄鉱山があるものの、ほとんどそれだけ。

西北方の海に面して港を二つ持つものの、そこも大きな商業航路からはずれているため、閑散としたものである。

そんな王国離宮の一つ、正妃と王太子の小宮殿で、二人の男が一人の少年を待っていた。


「すみません、兄上、イングマール、遅れてしまいました」

「なに、かまわないよ、遅れたっていうほどの時間じゃないし」

離宮玄関わきにあるテラスのついた小部屋で、王位継承順第一位のガイゼル王太子が、同二位のディドリクを出迎える。

解呪の一件から二年が経ち、王太子もそれまでの遅れを取り戻すかのように、筋肉がつき、成長していた。

かつては呪いのため成長も遅れ、二年前までは異母弟ディドリクよりも小柄だったのが、今では年相応の肉付きになっている。

もちろんその間に、ガイゼル自身が専門家を交えてトレーニングをし、少しずつ肉体を強化していった賜物であるのは言うまでもない。

兄弟二人の傍らに立つのは、王国侍従の第四子、イングマール。

この春からようやく執務官の補佐に昇進し、内政部署の末席に加わるようになっていた。


中庭の見えるテラス横の位置に着席し、イングマールの報告を聞くディドリク。

「呪いの件ですが、相変わらず施術者についての手がかりはありません、ただ...」

「ただ?」と、ガイゼル。

「痕跡がいくつか見つかりました」

イングマールによると、ディドリクの同母弟ウルリヒが死んだとき、倉庫の鉄扉が腐食していたこと。

同様に、ガイゼルの同母弟コンラートが死んだ時も、ところどころに鉄工具に消耗が見られていたこと。

当時はただの経年劣化と思われていた鉄製品が、夭折した弟たちの近くで多く見つかったらしいこと。

それらをイングマールが丁寧に調査し、掘り返していったらしい。

「ディドリク様が言われていた、呪いの触媒、どうもそれに結び付けられるかと」

「僕もそれから文献を調べてみたけど、鉄を触媒にするのはエスペア語の呪いらしい」

「エスペア語、ですか?」

「ええ、したがって、我が国に広く伝わる妖術の類ではなく、他国の妖術の一つかと」

ガイゼルがそれについて尋ねる。

「エスペア語、というのは?」

「既に滅んでしまった死語なのですが、数多くの古代文法とその儀式を所有していたことが知られている初期中世語です。でも残念なことに、我が国の図書館、文書部には資料がほとんど残ってないんですよね」

自分もあのときは、エスペア語の「呪い」に対する対処ではなく、文典の中に見られた「一書に曰く」という文面からの対処だった、と思い返していた。

「対抗策がないわけではないんだろ?」とガイゼル。

「ええ、でもエスペア語の呪いにどれくらいの幅があるのかわからないので、そのあたりの知識を深めないと、後手後手になります」


三人が語らっていると、そこへ違う声が聞こえてきた。

「にーさまー」

テラスの方から中庭を見ると、幼女がよたよたと足元もおぼつかなく走ってくるのが見えた。

本人は一生懸命走っているのだが、まだ2歳児である。周りの目からよたよたと小走りしているように見えてしまう。

そして、転倒。

「びゃーん」と泣き出す妹に向かい、テラスを横切って走り寄るディドリク。

後ろからメイドのリュカが駆けてくる。どうやら、ディドリクの姿を見つけて、いきなり一目散に駆け出したらしい。

ハンカチで顔をぬぐってやり「痛くない、痛くない、大丈夫だよ」と話しかける兄。

幸い、膝小僧はすりむいておらず、出血もない。

アマーリアを抱き上げて、小部屋に戻るディドリク。

その間に、ガイゼルはリュカに指示を出して、しばらくしたら戻ることを伝える。

「実は、この後、メシューゼラも呼んでいるんだ」とも付け加えて。


メシューゼラとはもう一人の側室パオラが産んだ娘で、歳は七歳。

ちょうどディドリクとアマーリアの間くらいに相当する。

「メシューゼラ様も?」とリュカ。

「うん、アマーリアはまだ幼いので今回は見送ろうかと思ってたんだけど、兄妹で決めごとをしようと思ってたので、その顔合わせ」とガイゼル。

「すぐに終わる予定なので、待っていてくれてもいいし、終わったら僕が連れてかえるから、家の方で待機してくれててもいい」とディドリク。

リュカはそれを聞いて、部屋の外で待機することを告げる。

「呪い」について、今の段階では二人以外に知らせるつもりがなかったため、イングマールは予定を切り上げてメシューゼラを呼びに行く。


しばらくして、部屋に短髪赤毛の活発そうな少女が現れた。

てっきり誰か連れてくるのかと思っていたが、一人での登場である。

ガイゼル、ディドリク、アマーリアと違い、肌の色も少し濃く、瞳の色も赤銅色。

これは母であるパオラが、南国の出自であることと関係しているのだろう。

その美貌も、もちろん母譲り。

上位はラフな水色の軽装、スカートこそロングドレス基調だったが、装飾もほとんどなく生地も薄手。

「動きやすさ」に重点を置いた装束である。

「お久しぶりです、ガイゼル兄さま、ディドリク兄さま」

と軽く礼をする。

「そちらは...アマーリアでしたっけ」と、ディドリクの膝の上に乗っている、泣き止んだ幼女に目を向ける。

「まぁせっかくだからね、彼女も顔合わせには加わってもらおうと思って」とガイゼル。

「それでは私は退席します」とイングマールが部屋の外へ出ていく。


イングマールが部屋を出たのを確認して、ガイゼルが話し始める。

「わざわざ時間を作ってくれたことに感謝する、ディドリク、メシューゼラ、そしてアマーリア」

と、それぞれ三人を見ながら話し始めたが、アマーリアはディドリクの膝の上で、なんだかもう眠そう。

「我々の男きょうだいの身の上に起こった不幸については、もう知ってることと思う。そこで今後不定期になるだろうけど、兄妹だけで話しあう場を設けたいと思っているのだ。そこで今回は顔見せもかねて、集まってもらった」

「それは従者もつけずに、ということですか?」とメシューゼラ。

「かなり事情を知っているイングマールにはのちのち加わってもらう予定だけど、原則としては、我々兄妹だけの会議だ」

「アマーリアとイブリンにはもう少し後から参加してもらうつもりだったが、今回たまたまアマーリアが来てくれてたのでね、決してイヴリンをのけ者にするつもりではないよ」

イブリンというのはメシューゼラの妹で、アマーリアの後に生まれた一歳児である。

「イブはまだ赤子ですものね、仕方ないでしょう」とメシューゼラはアマーリアを見ながら言う。

「今回は顔合わせという意味合いだけど、今後私以外でも召集の必要があると感じたら、召集してくれてかまわない」とガイゼル。


この兄妹会議は、事前にディトリクがガイゼルに相談をもちかけたものだった。

今のところ男子は二人だけだが、父王もまだ若いので、今後増える可能性があることを考えて、王家の者が狙われた時に対処する必要を感じていたからだ。

また、今は考えなくても良いかもしれないが、小国とは言え、血統相続の王家である。

本人の意思を離れて周囲からの擁立が暗躍する可能性もある。

フネリック王国に限らず、帝国内の諸王国、諸公国は、そのほとんどが男子継続をとっている。

直系の廃絶は、他国の干渉を招きかねない。

「呪い」の問題も密接に関係してきそうだったが、今はまだガイゼルとディドリクの胸の内。

ただしそのうちメシューゼラにも開陳するつもりではいる。


「わかりました、私としても、嬉しい提案です」とメシューゼラ。

「だって、なかなかお兄様方とお会いできる機会がありませんでしたもの」とニッと笑ってみせるメシューゼラ。

七歳とは思えぬしっかりとしたしゃべり方、そして態度。

それぞれ顔は何度か合わせていたが、しっかりと話ができたのはこれが最初だったので、明るい笑顔を見せていた。

アマーリアが眠りかけてしまったので、最初の兄妹会議はこれでお開きとなった。


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