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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第八章 系譜
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【五】 思い

教皇領ホルガーテ王国大使館。

そこで帝都からの使者ペピルトーンは不思議な感覚に陥っていた。

自分は確かに故国の文法学院からの招待状を持ってきた。それが使命だったはずだ。

尊敬する我が師ギルダネス教授からの招待状を、今教皇領に来ているフネリック王国の王子に渡すはずだった。

いや、確かにそれは達成した。

しかしそれは、自分がしたことであるにも関わらず、自分以外の誰かがこのカラダを使ってしたような、妙な感覚。

自分がその仕事をしているのを、もう一人の自分が眺めているような、そんな感覚。

おかしい。

自分は教皇領についてから、この自分にあてがわれた部屋でずって寝ていたような感覚。

しかしそれでいて、自分が教皇領内を歩き回ってフネリック王国の大使館に行き、そこで仕事をしたような感覚。

それは記憶というより、観察結果のような、そんな妙な気分になっていた。


最初に考えたのは、自分がほんとはまだ仕事をしていなくて、これからすることをシミュレートするあまり、やったような夢を見ていた、ということ。

しかし、大使館で経過した日時はまぎれもなく正確だし、なにより大使館員がそれを覚えている。

間違いなく自分がフネリック王国の大使館に行き、その責務をはたしてきた、と。

同行した大使館員もそう言っているではないか。

なんとも小妖精に化かされたような、妙な気分になっていた。



こちらは、サン・マルコ教会近くの、ギャリコの工房。

注文を受けてから二週間経ち、フネリック王国からの依頼の品は、予想外に早く出来上がりつつあった。

注文直後はメシューゼラが足を運んでくれた程度だったが、それから数日経つと、大使館としての仕事が一段落したとかで、王家3兄妹がそろってきてくれるようになった。

加えて、職人仲間からの伝言で姫君の美貌が伝わり、工房には協力を申し出る職人まで現れる始末で、予定より早く仕上がりそうな流れになっていた。

この日は、もう一枚別口で注文したヴァルターも現れ、四人でギャリコ達と歓談したり、モデルになったりしていた。


「良いじゃないか、進捗状況も快調だし」

そう言ってヴァルターが4枚の絵を眺めている。

「王子様の前だと少し言いづらいんだが」

とギャリコが嬉しさと困惑が入り混じったような笑顔で答える。

「二人の姫君の美貌が職人仲間に伝わってしまったり、こいつらがいつも以上に頑張ってしまったりで、予定よりも早く上がりそうなんでさ」

「確かに素材は良いからな」とヴァルター。

そう言って、担当した職人を尋ねた。

「メシューゼラ姫がアントーニオで、アマーリア姫がセフィロスだ」

「彼は、初めて会うかな? 新入りかい?」

と、アントーニオを見て言った。

「ああ、こいつはうちの工房じゃねえんだ。しかし腕は確かなので、引っ張ってきたってわけさ」

ヴァルターはじっとメシューゼラの絵を見て、

「うん、腕は確かに良いようだ。メシューゼラの美しさだけじゃなく、強さや豊かさなんかも感じられる」

「ありがとうございます」

そう言って、アントーニアはヴァルターに頭を下げた。


「えへへ、美しさ、強さ、豊かさ、だって」

ディドリクの右腕に抱き着いて、てれるような表情でしがみつく赤髪の妹姫。

「うん、それもだけど、ケガの影響が出てなくて一安心だ」

ディドリクの言葉を受けて、アントーニオがぎょっとして、ディドリクを見る。

「姫様は、ケガをされたんですか?」

「ああ、治癒魔法が効率よく効いたので、今はなんともないけどね」

「そうですか、それは良かったです」

ディドリクの言葉に胸をなでおろすアントーニオ。

「兄様とアマーリアは命の恩人だわ。一生忘れない」

兄の右腕を取りながら、きゃっきゃっと戯れるメシューゼラ。

その明るい笑顔をまぶしげに見つめながら、なぜか胸のそこで小さな切なさが、チクリチクリと刺激しているのも感じてしまう若き絵師。


「そしてこちらがアマーリアだね。君には以前描いてもらったことがあるかな」

ヴァルターが絵を見て、セフィロスに話しかける。

老け顏のフランコとは別で、セフィロスは童顔のせいもあって幼く見えたが、三人の中では一番の年長でもある。

「はい、ヴァルター殿下の肖像画の時は、私も少しだけ筆を入れさせていただきました」

「アマーリアはまた違った美しさだろ、優しげというか、愛らしさというか」

「アントーニオ同様、私もこの仕事に指名していただき、感謝を持ってやってます」

アマーリアも姉同様、この言葉に少し嬉しくなっててれてしまっている様子。

こちらは工房に着いてからずっとディドリクの左手にしがみついたり、バンドをつかんだりして身を寄せている。

「ほら、アマーリアも見てごらん。とっても綺麗だ」

とディドリクに言われて、ますます恥ずかしがってしまう。

「わたし...わたし...」

と言葉にならない。

それでももちろん嬉しくて、顔には笑みがこぼれてしまうのだが。


「そしてこちらがフランコか、うん、ちゃんと仕事になってるな」

「ヴァルター」

と、ディドリクが苦笑いしながらつっこんでいる。

「だってしょうがないだろ、私だって男だから、二人の美姫の方に目が奪われるのは」

「兄様の絵だって、ステキよ!」

二人の会話を聞いていて、メシューゼラがつっこんでくる。

「いやいや、冗談だってば。フランコにも描いてもらったことがあるし」

「あのときは殿下に指名していただいて、嬉しかったです」と、フランコ。

和気藹々とした夕方の画工房。

アントーニオも笑顔に戻りながら、また改めて絵と、目の前にいる赤髪姫の笑顔や動作を見つめている。

(こんなに可憐に笑い、舞うように動くのに、なんて強い美しさだ)

その視線は、最初の頃の鋭さから、やわらかげな光も捕えていた。


「あら」

とメシューゼラが工室入り口の方に目をやった。ギャリコ達もそちらに視線を向けると、そこには包みを抱えてエンリケッタが立っている。

「エンリケッタ!」

メシューゼラに名前を呼ばれて、ビクンと反応してしまうラボージェの娘。

いつものように、アントーニオに差し入れを持ってきたのだったが、メシューゼラが気づくより前から、入り口からアントーニオを見ていた。

(アントーニオ...)

幼い頃から一緒に暮らしてきた幼馴染。

絵師になるべく父の工房で修業を始めてから、そのひたむきな姿をずっと目で追ってきた。

側にいるのが当たり前だった。

でも、でも、こんなに熱い視線で他の女の子を見ていることなんか、かつてなかった。

(アントーニオ、あなたそのお姫様に恋をしているの?)

エンリケッタは声をかけられず固まっていたのだった。


「おう、エンリケッタ、ラボージェの様子はどうなんだい」

「父は...細かな仕事を少し入れてますが、だいたい今は家にいます」

「そっか、たまにはこっちにも顔出すように言っといてくれ」

と、ギャリコのいつもの気さくな声で緊張の解けたエンリケッタも、この話の輪の中に入っていく。


「兄様、アマーリア、こちらエンリケッタ。私が一人で来たとき、話をしていたりしたのよ」

メシューゼラがエンリケッタを兄に紹介したので、メシューゼラにした時と同じように挨拶をする。

「アントーニオが所属する工房ラボージェの娘、エンリケッタです」

包みを傍らに置き、スカートの裾をつまんで、ちょこんとお辞儀。

ディドリクとアマーリアも挨拶を返す。


絵師でも徒弟でもないエンリケッタは少し遠慮がちに、遠巻きにこの王族の客と、徒弟たちを見ていた。

(トーニから聞いていたけど、この二人は赤い髪のお姫様とは全然違うのね)

この二人はむしろ、ノルドハイムのヴァルターに近い、と思い見ていたが、またアントーニオに視線が戻り、

(やっぱりトーニはあのメシューゼラっていうお姫様ばかり見ている。しかも熱っぽい)

メシューゼラの担当だから、と自分の心を納得させたかったのだが、今はもう仕事の時間ではない。

仕事としてではなく、自分の意思であのお姫様を見ている。

エンリケッタは、徐々に確信に変わっていった。

そして、

(いやよ、アントーニオ)

と心の中で、何かが叫んでいるのを感じていた。


「ここまで良い絵ができるなら、王国一家の肖像画を頼んでもいいんじゃないか?」

とヴァルターが切り出すと、

「お、いいねえ。ノルドハイムにも何年か前、行かせてもらったっけな」

「あの時は姉が嫌がって説得するのに苦労しましたよ」

「ジークリンデですか?」とディドリクがヴァルターに聞くと

もう一人の方(ヴァルトラウテ)も、だけどね」

「いやあ、あの時のあの剣幕は、こちらもちょっと恐怖でしたよ」

ギャリコはノルドハイムには良い感情を持っていない、と以前聞いたのだが、個人の感情と仕事はしっかりと区別している。


「ともかく予定より早く仕上がりそうなんで、またちょくちょく覗いてくだせえ」

ギャリコの言葉で仕事の話が一段落し、あとは陽が落ちかかる頃まで歓談の時となった。



ディドリク達が帰還したあと、歓談のパーティもお開きになり、アントーニオもエンリケッタを伴って帰路についていた。

仕事が一段落した数日前から、アントーニオはギャリコの工房での泊まり込みを終えて、通いになっていた。

「トーニ」

夕暮れになった帰り道で、エンリケッタが声をかける。

「綺麗な人だったよね」

「そうだな」

エンリケッタを見るでもなく、ぼんやり答えるアントーニオ。

しばらく無言で歩いていたが、勇気を出してエンリケッタが切り込んでいく。

「その、あのお姫様が、好きなの?」

アントーニオが、ぴたりと足をとめた。


「エンリケッタ、何を言ってるんだ」

ここで初めてアントーニオはエンリケッタの顔を見た。

「あの人達は王族だぞ。そんな失礼なこと」

だがエンリケッタはこの言葉を遮って、

「トーニだってもうすぐ親方になるわ。皆知ってるもの。トーニの努力と、実力」

アントーニオはエンリケッタが何を言おうとしているのか、つかめなかった。

「親方になれば、父やギャリコの親方とも、対等だわ。王族の姫君だって」

だがそのあとの言葉が続かない。

アントーニオが驚いて少女の顔を見ていると、その目に光るものが生まれてきた。

「どうした、エンリケッタ、ちょっとおかしいぞ」


「私は、トーニが工房に残って父と一緒に仕事を続けてくれたのが嬉しかった」

アントーニオは幼い頃からラボージェの手ほどきを受けていたが、呑み込みの早さ、そしてオブジェを立体的にとらえるセンス、それらはこどもの頃から優れていた。

ギャリコを含む、他の工房からも引き合いがあったが、アントーニオはラボージェの工房に残ることを選んでくれた。

アントーニオにとっては、今の自分があるのはラボージェのお陰だと思っている。

その工房に残るのは当然だと思っていた。

しかしエンリケッタは、アントーニオ自身が気づいていない才能を、他の徒弟たちが言う評判を知っていた。

アントーニアが評価されているのは嬉しい。

でもそのことによって、彼が別の工房に移ってしまうんじゃないか、という危惧は常に感じていた。

そして、アントーニオはラボージェの工房に残り、正式に徒弟として契約してくれた。

エンリケッタの意識は「こちらを選んでくれた」という方向に傾いていたのだ。


「私、トーニが父の跡を継いでくれると思ってた。私を選んでくれると思ってた」

ここにきてようやくアントーニオは、エンリケッタが何に苦しんでいるのか、少しずつわかってきた。

「エンリケッタ、もう一度言うよ。あの人はお姫様なんだ。僕達とは住む世界が違う」

「トーニはわかってない。私は子供のころからずっとトーニを見てきたのよ」

この言葉に、アントーニオはハッとする。

「トーニはあの赤髪のお姫様が好きなんだ。私よりずっとずっと好きなんだ」

「エンリケッタ」

アントーニオが少女の肩に手を置いた。

「わかるもん。私はずっとずっと好きだったんだから」

そう言って、アントーニオの胸の中に飛び込んでいく。

アントーニオは少女を抱きしめながら、心の中でまた違うことも考えていた。

(俺が、あのお姫様が好き? エンリケッタよりも?)

ひとしきりエンリケッタがアントーニオの胸の中で泣いたあと、二人は再び歩き始める。

言葉をつなぐことができず、無言のままで。

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