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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第八章 系譜
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【四】 情報と情勢

(それは少し困ったことになった)

ボーメン卿から来客があった知らせを受けた時、ディドリクは少し考えた。

文典学院を訪問して、心は法術師の系譜の中に沈み込んでいたので、暗殺隊の件はしばらく問題なかろう、と考えていたからだ。

ただ、そのペピルトーンなる人物が暗殺隊がらみだ、と考えるのも、まだ不確定だ、という思いもあった。

帝都での皇帝嫡孫成人式で、確かに帝都文法学院の要人たちとも会っているし、その関係はそれほど悪くなかった。

その使いとして来た可能性も、ないわけではない。

ただ、このタイミングである。

建前上は、ホルガーテ王国本丸と、帝都瑠璃宮は別の組織、別の意図で動いている、とされている。

しかしそれをどの程度信じていいのか。

まだ帝都に一度行っただけのディドリクは判断できなかった。

とりあえず、明日来ると言うことなので、それを待って判断しよう、と思った。

そして同時に、ある人物に相談してみよう、という考えも抱き、そちらへ連絡するべく使者を立てた。

その相談相手の名を聞いて、メシューゼラが猛反対したのだが。


翌朝、ディドリクはペピルトーンなる人物訪問の前に、彼が持って来た書簡に目を通す。

正式の招待状書簡で、来訪していただければ、その後日程を決め、帝国全土での学会発表を催したい、というかなり大規模なものだった。

署名は文法学院主任教授ルカス・ギルダネス、そしてペピルトーン。

ギルダネスとは帝都で会っているが、それほど深い印象が残っていなかった。

その他にも数名の研究者が署名してあるが、おそらく 実在の人物だろう。

こちらに関しては、当時ロートマンもその中にいたので、確認できるだろう。


さて、来客を待っていると、メシューゼラが昨日の件について追加報告してきた。

「兄様、あれは暗殺隊の一味だと思います」

「僕もその可能性が高いと考えているんだけど、ゼラがそう考える根拠を聞かせてくれるかい?」

「あの男は、来館の前に、隠れて私を見ていました」

「わかった。しっかりと頭に入れておくよ」

これが帝都がらみでなければ、来訪者がメシューゼラの美貌に引き付けられたのかも、などと考えてしまうのだが。

 

午前、というか昼前の時刻にペピルトーンが再訪した。

形式的な挨拶をしたあと、ディドリクはこの人物を観察した。

昨日と同じ上衣だったが、ズボンの色は少し濃いようだった。

同席したのは、ディドリク、ボーメン卿、そしてメシューゼラ。

交渉は全てディドリクが行う、と伝えておいたので、二人は立ち合いに近い。

「それで、帝都文法学院では、ことのほかギルダネス博士が殿下のことを気に留めておられて、ぜひ歓談したい、と私を派遣した次第なのです」

「御招待は光栄なことなのですが、私たちはこの教皇領であと一か月、ひょっとすると二か月は滞在しなくてはいけないので、当面予定が立てにくいのです」

そう、一か月とは、あの肖像画にかかる日数のことで、これを理由にするのはいささか心苦しかったのだが。

「私たちの故国では、肖像画を描かせるという文化がありませんでした。それでここでしっかりとしたものを作っておきたい、と考えていたのです」

「おお、ここは芸術の都でもありましたな」

そう言ってペピルトーンは納得したようだった。

「それでは残念ながら、近日中の御来訪は難しい、と報告しておきます」

そう言ったものの、

「しかし、もしご所要が片付けば、ぜひとも来訪していただきたい、これは文法学院の総意でもありますので、ぜひお考え下さい」

と言って、立ち去って行った。

暗殺隊がらみのことを考えていたこともあり、意外と早く済んだので、少し拍子抜けしてしまう、王族兄妹。


「ボーメン卿、どう思います?」

大使に話を振ってみると

「帝都と何かつながっておくのは良いことだと思います」

と答える。大使にも暗殺隊のことを少し伝えているのだが、その上でのこの判断。

少なくとも大使の目から見て、不審なところはなかった、と言うことだろう。

続いてメシューゼラに尋ねると、

「うーん、よくわかんない」

と少し困った表情。

「昨日見たときは、かなり強い気配のようなものを感じたんだけど」

「いずれなんらかの形でもう一度、帝都に乗り込む必要があるかもしれない。その橋頭保ができた、くらいに考えておくよ」



昼食を取った後、ディドリクはパトルロの元へ出かける。

メシューゼラが付いてきたそうにしたが、留守番を頼み、ブロムとペトラだけを伴っていくことにした。

だが馬車で移動している時、ペトラがこんなことを言い出す。

「殿下、ロガガはもう用済みですか?」

唐突に出されたこの言葉に、少し面食らったが、確かに言われてみると、ロガガは最後の戦いの場で協力してくれた後、姿を消していた。

「まだ解決したわけではないので、手伝ってもらえるならありがたいが」

ペトラに言ったと言うより、考えをまとめようとして出た言葉だったが

「ロガガには連絡がつきます」

と言うではないか。

聞けば、あの決戦のあと、ペトラには連絡先を渡していたらしい。

「そうだな、この会談が終わったあと、彼とはちゃんと話しあってみたい。連絡しておいてもらえるだろうか」

ただし、どういう形になるか、フネリック王国の国外協力員か、私的な用心棒格か、謝礼や賃金の問題も出てくるだろうから、少し時間も欲しかった。

「わかった」

こういうペトラは、いつもに比べて少し嬉しそうに見えた。


パトルロの館はこの前来た時と変わりない。

以前、決戦を覚悟して乗り込んだときと同じ執事が対応して、中へ通してくれた。

以前対談した広間ではなく、その一つ奥にあるパトルロの書斎に通された。

こじんまりとした部屋だったが、来客三人くらいであれば、十分話ができる広さ。

書机に座して、いかにも重そうな大きな書籍のページを繰っていたパトルロが、顔を上げた。

この前の、何か思いつめたような暗い表情は消え、いかにも好々爺のような老人の顔があった。

しかし、決して油断をしてはいけない。

あの対談の時に見せた、瞬時の氷壁、そしてあふれ出る常軌を逸した魔力量。

おそらくノルドハイムの魔術王ヘルベルト、あるいはそれに匹敵する戦闘魔術師ヴァルター、この二人に十分互せる力を秘めていたのだから。

だがそれは感知されてしまったらしい。

「殿下、私はもうこの地で終焉を迎えるつもりです。瑠璃宮には戻りません。降参した身でもありますから、どうかそう警戒なさらないでほしい」

そう言って、少し寂し気に微笑んで見せる。

「これは礼を欠いてしまったようです。申し訳ない」

と、ディドリクは謝罪の言葉を述べた。


「それで、今日の御用件は?」

と、話を戻して、問いかける。

「ええ、少し教えていただきたいことがあってまいりました」

「ほう?」

ディドリクは、帝都文法学院についていくつか質問をする。

「ギルダネス主任教授は瑠璃宮と関係がありますか? ペピルトーンは文法学院でどういう地位なのですか?」

「ギルダネス?」

パトルロにとっては、少し意外な問いかけだったようで、少し考えていた。

「私が帝都にいた頃には、瑠璃宮とはまったく接点がなかったように思う」

言葉を選ぶように、続ける。

「もちろん学院のトップであれば瑠璃宮と接点を持っていても不思議ではないが、私の知る限り、ないと思う」

ギルダネスは高齢でもあったし、文法学院での職歴も長いだろう。

当然、パトルロにとっては良く知った存在だった。

「ペピルトーンは、確かに文法学院にいたように思うが、ほとんど印象がない。ただし」

ここで言葉を切ったので、ディドリクは「ただし?」と促してみる。

「ペピルトーンは、確か...帝妃の親戚筋だったはずだ」

帝妃の親戚筋、と言うことは、その弟で暗殺隊の頭目ゲムの親戚筋でもあるということか。

「いや、すまないね、ペピルトーンに関しては帝都にいた頃もほとんど話したことがないし、その程度しかわからない」

わからないと言っても、かなり重要な情報と言えるだろう。

思索を巡らしていると

「文法学院が瑠璃宮とつながっている、と考えておられるのか?」

「いえ、まだわからないのですが昨日と今朝、訪問を受けて、文法学院へ招待されたのです」

「私の考えを言わせていただくと」

こう言って、パトルロが話し始めた。


文法学院ギルダネスからの招待と言うのは、本当のところだと思う。

ギルダネスは議論の好きな男だし、ここ数年は法術と古式文法を研究していたはずなので、法術師と聞けばいろいろ議論してみたいと思っても不思議ではない。

ただしペピルトーンについてはわからない。

ギルダネスが学術上の動機から殿下を招待したいと思っているのを利用して、と考えられなくもない。

しかしそれでもゲムの筋からだとすると、五芒星ではなくゲム個人の密偵かもしれないな。


「私は皇帝嫡孫の成人式で見ただけなのですが、ゲムとはどういう術を使うのでしょう」

「うん? ゲムはそれほど強い魔術師じゃないよ」

今度はパトルロの方から意外な答が返ってきた。

「もちろん上級の魔術師ではあるし、それなりの戦闘力はあるが、ジャスペールほどではないし、学理の研鑽もヌルルスほどではない」

ディドリクが驚いていると

「何か勘違いをしているようだが、ゲム→第一席→第二席、と言うのは力の序列ではないよ、単に帝都内での地位の順番だ」

「そうなのですか」

「そもそも我々は自分の術を見せ合うことなどしないから、力量差とかははっきりしないことが多い、あ、ジャスペールは術を見せたがっていたがな」

こう言うと、ニヤリと笑ってディドリクを見つめた。

「第四席のフィーコなどは、オストリンデにほとんど常駐だから、顔すら数回程度しか見たことがない」

「オストリンデ? 東方大国と聞いていますが、私たちとはまったく接点がないので...」

こう言いかけるとパトルロが

「オストリンデ王国と言うより、その東方、帝国の外側にいる異教徒どもへの備えかな」

「帝国外東方異教徒...遊牧民と聞いていますが」

「うむ、近年人口が増え、力をつけてきているのだ。連中の魔法は我々と体系が違うので、対処が難しくてな」

帝国の西側にあるガラクライヒ王国やフネリック王国にとっては、どこか他人事のように感じてしまうが、過去に東方、南方から攻められた時には、西方にも被害は出た。

ただそれから時間がかなり経っているので、西方にはその危機感が希薄だったのだ。



思った以上に友好的な対談となり、情報も蓄積できた。

しかしそれゆえに気になることもできたので、少し聞いてみる。

「そこまで私たちに教えていただいて、パトルロさんに身の危険はないのですか?」

何をいまさら、と思ったが、つい聞いてしまった。

「すっかり老いぼれになったとはいえ、まだまだ術は衰えておらんよ」


その後は、魔術談義となる。

その実力だけでなく、パトルロは魔術についても研鑽が深く、豊かな学理を持っていた。

すっかり話しこんでしまい、さらに夕食も出されてしまった。

歓待に礼を言って、ディドリク達は退場する。

「荒事にならなくて良かったわ」

帰りの馬車で、メシューゼラはそう漏らした

「警戒は必要だけど、たぶんあの魔術師とはもう戦うことはなさそうだな」

とディドリク。

「それで、ペトラ」

と、ロガガのことについて話を振る。

「はい、連絡しておきます」

大使館に到着して、二人の妹たちに内容を伝え、この日は終った。

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