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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第八章 系譜
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【二】 文典学院

文典学院は、教皇領東北方、ジュードニア国境近くに位置する。

言語としては、ジュードニア第一の公用語ヘルティア語の方がよく通る。

そもそも純正のルーグ語は、古典語としての立ち位置の方が強く、教皇領においても民間ではそのルーグ語が世俗化したカレントゥム語の方が一般的だ。

文典学院では、正式の講義、学説発表などはルーグ語で行われることもあるが、生活言語としては、ヘルティア語かカレントゥム語である。

ディドリク達の今回の移動は、その文典学院を目指すもの。

向かうはディドリク、アマーリア、そして護衛を兼ねたペトラ。

ブロムはメシューゼラの護衛として残してきた、というよりも、メシューゼラの剣の修業相手である。

フネリック王国の大使館そのものが教皇庁の北方にあるため、教皇庁へは寄らず、そのまま東方へと向かう。


ツィトロンの花咲く都と歌われるこの教皇領は、まさにそのツィトロンの花がいたるところに咲き乱れている。

種類も多く、基幹種である白系統から、黄、紅、紫、あるいは斑となったものや格子模様になっているものなど、さまざまな色、模様がある。

加えて独特の香が、目だけでなく、嗅覚をも楽しませてくれる。

馬車での道すがら、そんなツィトロンの香を胸いっぱい吸い込みつつ、馬車は文典学院の前に到着する。


ディドリクが門衛に印章を見せ、ケルティーニとメルトンの名を出すと、簡単に通してくれた。

馬車を降り、ペトラに待機してもらって、学院の中に入る。

門衛から連絡を受けた、メルトンの学徒と名乗る青年が案内を引き受け、ある講義室まで案内してくれた。

入り口近くにあった研究棟の四階、そこにメルトンが待っているらしい。


ドアをノックして開けると、そこは書籍、紙片、紙束の山。

壁面に書棚のある部屋ではあるらしいのだが、そこに収まりきらない書籍、書付、草稿などがいくつかあるテーブルの上に、あるいは床につかないよう設置された台の上に積みあがっている。

横を通るだけで倒れてきそうな紙の山を通り抜けて中へ進むと、窓際にメルトンが書机を前にして座っていた。

相変わらず、無表情な顔で

「いや、乱雑な場所ですまないね」

と言いつつ、椅子を出してくれた。

「師匠は向こうの教会にいることが普通になったが、私は普段はこちらにいるのだ」

そう言って、二人が座るのを待っていた。



ディドリクが示された椅子に座ると、右手奥の方から、素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「殿下! 殿下ではありませんか」

積み上げられた紙片の影に隠れて見えなかったが、一人の男が窮屈そうにそれらをよけながら近づいてくる。

「殿下、ロートマンです。こんなところでお会いできるとは、驚いています」

フネリック王国王立学院石客研究会で会い、その後帝都の皇帝嫡孫成人式でも会ったブランケ・ロートマンだった。

ディドリクの方も久しぶりだったので、顔は覚えていたものの、名前が咄嗟に出てこなかった。


「なんだ、君たちは知り合いだったのか」

メルトンがこう言うと、

「はい、私はフネリック王国に法術家がいるとの噂を聞き、王立学院に籍を置いていたことがあります。その時に殿下にお会いできる機会をいただきました」

「帝都でも会いましたよね、あの時は文法学院の所属だったそうですが」

二人の過去を聞いて、メルトンがある提案をする。

「それじゃ、君が調べた魔法博士の系譜を、彼に語ってやるといい」

ディドリクの方を見て。

「いいかな? もし間違っているところや、需要な抜けがあったりしたら、私が補正するが」

ディドリク、ブランケ、ともに「え?」というような顔をしていたが、メルトンが補正する、と聞いて、ディドリクが了承した。

「まぁ、研究、講義の一環として」

みたいなことも言っていたので、ブランケは、今、このメルトンの門人なのだろう。


「それでは僭越ながら」

と言って、ブランケが語り始めた。



それでは私がここまで研究してきた範囲での、魔法博士の系譜について話させてもらいます。

殿下と先生の前なので、少し緊張しますね。


まず、魔法博士は人類が文字を持ち、記録を始めた原初から存在していたと言われています。

そのうち、第四世魔法博士から第八世魔法博士にいたる五人については、ほぼ実在していたと考えられており、残した文献も数多いのです。

中でも第四世、第五世の二人が残した文献は群を抜いて多く、こんにちの文法研究・法術の骨子はこの二人によってなされた、とも言えます。

その多くが、それまでの歴史と、法術の分類、発現にあり、文法家・法術家にとっては第一級の資料とも言えます。


それ以前、つまり初世魔法博士から第三世魔法博士については、文献を残しておらず、実在も疑われています。

ただ第四世魔法博士が、第三世からその学位を受け継いだ時に、いくばくかの先代記録を残してくれていますので、第三世魔法博士についてはほんの少しわかっています。

その中で、第三世魔法博士が血縁による襲位ではなく、実力により認められた、とあることから、それ以前の二人、初世と第二世は親子だったのではないか、と推測できるくらいです。

第三世については多くはわかっていませんが、数々の優れた奇跡を行ったらしいことは、外部文献が存在することから、私は実在していたと思います。

ただ同時代の外部文献というものが宗教書なので、否定的にとらえる研究者もいないわけではありませんが。

そしてこの第四世は第三世以上の実力で、これまた多くの奇跡をなしたようですが、第三世と違い、その技術や理論を文献として残してくれました。

しかしこの文献はかなり難解で、それだけでの解読は困難を極めたのですが、第五世が注釈をつける形で残してくれており、今日ではほぼその全容が解釈されています。

第五世はそれ以外にも、自身の研究結果も残しているので、結果的に全魔法博士の中で最も多くの文献を残してくれました。


続く第六世は、最初に本名がわかっている魔法博士なのですが、ほんの少ししか文書を残していないため、名前以外の実像がはっきりしません。

ただし、その残された数少ない文書から、後世「法術の奥義」と言われるもののひな形が生まれたのではないか、と考えられます。私見ですが。

この第六世の頃から、弟子たちの記録も残っていて、魔法博士を継承できなかった弟子たちがどういう者たちだったのか、というのが少しわかってきました。

ですがそれは、歴代の魔法博士によって記載されたものではなく、その弟子たちや、時の権力者、その文官らが残した、外部文献、ということになりますが。

弟子たちの記録が残っていた、というのは、次の第七世の継承に派閥争いがあったため、と言われています。

そのせいもあってか、次の第七世にはあまり良い話は残っておらず、最底辺階層の出身であったとも、実力で同胞を殺害したともあるようです。

ただその業績に、妖術との関連が多く残っているため、私は最底辺階層の出身と言うより妖術使からの転籍だったのではないか、と踏んでいます。

第七世も文献は残しているのですが、魔術、妖術とのかかわり以外はそれほど多くなく、また法術としての目新しさはそれほど多くないと言えます。


第七世の評判が芳しくなかったことから、第七世魔法博士が崩じた後、しばらく後継者が決まらず、第八世が襲位するまで空位時代がありました。

しかしここで襲位した第八世魔法博士は、非常に優れた法術家であり、かつ文献もかなりのものを残してくれているのですが、大きな変換を迎えました。

第八世は、自分たちの技術を「隠匿せよ、秘匿せよ」と残したのです。

奇妙なことに、そんな第八世でしたが、残した文献はかなり多く、第五世には遠く及ばないものの、先の二代を合わせたよりも多くの資料を残しました。

さらに法術の体形化、あるいは新しい切り口なども提案しています。

思うに、第八世のこの矛盾した生涯は、前半生と後半生の差ではないか、と考えています。

つまり前半生において画期的な研究、記録を残したものの、それが広く伝播していくことに危惧を感じ、秘匿を命じたのではないか、と。

そして特筆ベきこと、それは第八世が、非常な長命だったこと。

第九世の記録によるところが大きいのですが、一説には四百年を超える長寿だったと言われています。

研究者によっては、この四百年というのは、個人の寿命ではなく、系属による複数の寿命だったのではないか、と言う人もいます。

しかし私はそうは考えていません。

なぜなら、ここに「法術の奥義」が反映されている、と感じられるからです。



ブランケは、いったんここで話を区切った。

出してきたテーブルの上に水差しとコップを用意していて、それに水を注ぎ、一杯あおった。

ブランケが大きく息を継いだので、ディドリクが一つ、質問をしてみる。

「ブランケ、中断するようで申し訳ないのだけど、ひとついいかな?」

「あ、はい、殿下、ご質問があれば、なんなりと」

「その、法術の奥義というのは、いったい何なのでしょう。以前、ケルティーニ師からもそんなことをうかがったのですが」

ブランケはメルトンの方をチラリ、と見た。

メルトンが頷いたのを確認して、語る。

「法術の奥義とは...所説ありますが、私は、いえ、私たちは『時間を操ること』だと考えています」

これにメルトンが言葉をつなぐ。

「まだわかっていないことも多いのだが、ケルティーニ師や私、そしてこの学派ではそう考えている」

『時を操る』...なにかひとつ、ピースが埋まっていくような感覚になった。

ベクターが霊体としてよみがえったこと、洞窟の室が時を超えたように眼前に現れたこと、第十三世と第十四世の関係、そしてなにより自身の体験。

夢の中では数十年の時が流れていたのに、目覚めるとそれが一夜の夢だったこと。

具体的にどうつながるのか、まではわからなかったが、時を操れるのであれば、それはきれいにつながってくるような、そういう感覚。


ディドリクが物思いに沈む中、ブランケは

「続けます」

と言って、第九世以降の事績について、語り始めた。



第八世の「隠匿せよ、秘匿せよ」の言葉により、これ以後の歴代魔法博士の足跡は、かなりたどりにくくなります。

初世から第三世までとともに、実在が疑われる魔法博士も、ここに集中します。

ただし、初世から第三世に比べて、傍証と言いますか、同時代史料がグッと増えてくるため、第九世以降の存在を疑う研究者はかなり少なくなってます。

もちろん、私自身も、初世から第三世同様、第九世から第十三世までは実在を疑っていません。

その傍証や伝承によって伝わっている系譜を、確からしいと思えるものに限って、紹介してみます。


第九世魔法博士は、それ以前、各所に散らばっていた文献をできうる限りまとめて、学校建設に関与しました。

その学校はもうありませんが、後続の研究者が研究しやすい環境を作ってくれたと伝わっています。

同時に、聖術、天眼、鬼眼などの術も第九世の頃から現れ始めます。


第十世魔法博士は、この教会領の文献に多く記録されていて、ある高名な教父の伝承の中で、偉大なる東方三賢者に智恵を授けた人として伝わっています。

先代の聖術は、第十世により文書化され、学術の基盤となったようですが、残念ながら、その文献は残っておらず、散逸してしまったようです。


第十一世魔法博士は、本名や出自がわかっていて、比較的その足跡がたどりやすい魔法博士です。

彼はかなりの高齢になってから襲位し、第八世並の高齢に達したとも伝えられています。

加えて、諸言語の研究を行い、今日の古典古代の霊言文字との体系的融合をなしたとも伝わってます。


第十二世はその前後に空きがあり、第十一世との間に第二期大空位時代、次の第十三世の間に第三期大空位時代がありました。

それゆえ孤高の存在のように伝えられますが、弟子も豊富で、法術の研究もぐっと進みました。

そしてこの時期の重要なこと、多くの大魔術師や大妖術師を調伏せしめたということです。


第十三世魔法博士の時代になりますと、現世から数百年前の時代となり、記録も具体性が増えています。

法術が、魔術戦、妖術戦において、無敵の力を残すのもこの頃からです。

第十三世魔法博士には、図抜けた弟子が二人おり、どちらかが第十四世を継承したらしい、とも伝わっていますが、その次代の足跡はまだはっきりしません。


ブランケ・ロートマンは、ここで二度目の休憩を取った。



「良く調べたね、付け足すこと、訂正すべきところはほとんどない」

メルトンの言葉に、ブランケはにっこりと微笑む。

「現時点で判明している何人かの魔法博士、その実名についても表記揺れがあったりするので、また後程、と言ったところかな」


ディドリクはこの系譜を聞いて、いくつか引っかかる点もあったのだが、それはもう少し頭の中で整理してみよう、と考えていた。

「ありがとうございます。個々の事柄についてもうかがいたいところでしたけど、系譜についてはそういう流れなのですね」

「あの...」

ここ兄同様じっと聞いていたアマーリアが小さく手を上げた。

「かまいませんよ、疑問があれば」

メルトンがこう言ってくれたので、アマーリアが続ける。

「はい、ありがとうございます。それで、現在は第十三世魔法博士が亡くなってから四度目の空位時代に入っている、ということなのでしょうか」

ディドリクは第十四世という言葉を出さずに質問するアマーリアに、少し感心する。

それに対してメルトンが答える。

「いや、ロートマンが言ったように、今の説明は現時点で確かだ、と思えるところだけだ。私の私見だが」

こう言って言葉を切ったあと、少し考えて続ける。

「私自身は第十四世は実在したと考えている。それどころか、後継者を見つけて退位した可能性すら感じている」


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