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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第七章 ツィトロンの花咲く都
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【十四】 引き際

「決着がついたようですぜ」

ロベールが青い顔をして、二階のパトルロ書斎に報告に来た。

「それで?」

「それが...」

ロベールが言いにくそうにしたので、パトルロは敗北を知った。

パトルロは反論してきたアマーリアに向き合い、

「おまえの言い分についてはこちらも言いたいことはあるが、どうやらおまえの助けが来たようだ」

そう言って、次にギルベルタに言う。

「わしも、この娘も、どちらも嘘は言っていない」

何かを言いたそうなギルベルタを制して、さらに続ける。

「釦の掛け違い、といったところか。しかし、儂はこの娘が言った暗殺には関与しておらん。これだけは信じてほしい」

(暗殺隊には関与しているが)という言葉を飲み込んで、ある決意をする。

それ故もう少し説明をしたかったが、法術師と北方の魔術師、剣士たちが館の前に迫っている。

「それで、ルーコイズはどうなった?」

ロベールがノルドハイムの魔術師に倒されたことを伝えると

「引き際かもしれんな」とつぶやいて、ロベール以下、屋敷で防戦を考えていた一同を一階の広間に集めた。


残ったもので主だった者はロベール、影魔法のフルク、幻術のパコ、それに妖術師ノトラとその一味。

「皆に言っておく」

パトルロはこう切り出して、ルーコイズの敗北を伝えた。

「儂は降伏する」

この言葉に驚きの意を隠せないロベールが、

「お館様の力なら、あいつらにも勝てるはずです!」と力説するが、パトルロの決意は固まっているようだった。

「確かにこの戦いだけなら、勝てるかもしれない。しかし奴らの背後には別の法術師がいる」

そう伝えて、チラとノトラの方を見る。

「ノトラ殿は、儂とは別の命令系統で動いておられるので強制はせぬが、儂は降伏に決めた。おぬしらはどうする」

「降伏すると言われるのでしたら、我らがここに残る理由はございませんな」

「わしは五芒星の席次も引退する。その旨、ゲム様に伝えてほしい」

そう言って、書付を取り出し、封緘を施してノトラに渡した。

「儂としては瑠璃宮と敵対する意思はないのだが、もし瑠璃宮に帰り、おぬしが儂を裏切り者だ、と告発ならそれも仕方のないこと。あえて受けようぞ」

「いえ、我々は今はヌルルス様の元へ帰り、ありのままを報告するだけです。判断はその後で」

そう言って、ノトラは配下の者を連れて、退室する。


ノトラが裏口から出ていくのを確認すると、パトルロは手下に隠れるように言い、フルクには万一戦いになった時の指示を出しておく。

その際は、あの法術師の妹を人質として使うことになる。

自分の孫娘と、そう歳も変わらぬアマーリアを人質とする、場合によっては自分の手で殺さねばならぬことを思い、パトルロはいささか気が滅入っていく。

玄関の扉が開き、ディドリク達六人が広間へと通された。



パトルロ屋敷に迫っていたディドリク達一行が玄関口に近づくと、来訪の意を告げる前に扉が開いた。

「館の主がお待ち申しております」

扉を開けた初老の従者がそう伝える。

一行に警戒の色が走る。

「この館を決戦の地とする腹積もりか?」

ヴァルターがそう呟くが、とりあえず、一人ずつ中の入る。

一人ずつ入ったのは、何か罠が仕掛けられているのでは、という疑いだったが、それくらい一行は緊張の色を解かない。

(第二席と言うことは、あの第五席ジャスペールより上。相当の使い手かもしれない)

と、ディドリクも思考を巡らしていると、玄関から広間へと通され、その奥に老人が書机を前にして座っているのが見えた。

そしてその傍らには一人の男が立っている。

その間に数脚の椅子も用意されており、館のメイドと思しき女たちが、その椅子をすすめる。

だがディドリクは立ったままで、中央へと進み出た。


「儂がこの館の主、パトルロだ。老齢の身ゆえ、座ったままの対応、失礼する」

老人がそう言ってディドリクを見つめる。

「今、報告を受けたところだ。我々の負けだ」

そして少しの間を置いて

「降伏する。ただし我々の身の安全を保障してほしい」

と持ち出した。


パトルロの発言に驚いたのはディドリクだけでなく、後ろを歩いていたヴァルターも驚いたようすで前に出てきた。

「貴公らのやっている暗殺はとうてい見逃せるものではない。ここで決戦してでも滅ぼすつもりだ」

ヴァルターの声色はいつもと変わらない。

だがその中には、あのルーコイズと戦ったあとの高揚感が、依然として続いているらしいことがうかがえた。

パトルロはこれを聞いて口元にかすかな笑みを浮かべ

「儂は法術師と交渉しているのだがな」

ディドリクもヴァルターを制して、

「ヴァルター、気持ちはわかりますが、ここはひとまず抑えてください」

当事者であるディドリクに言われて、ヴァルターは不満を少し顔に浮かべながらも、控えた。

「瑠璃宮五芒星第二席で間違いありませんね? 降伏を受け入れるかどうかは、条件をうかがったあとで判断します」


「この館は儂の私邸なのでな。儂の家族、従者、郎党たちに関しては、見逃してやってほしい」

「その中に我々を狙う妖術師がいないのであれば受け入れます。ただし、妖術師は引き渡していただきたい。たとえそれがあなたの身内であっても」

「妖術師は立ち去った。この家には妖術師はおらぬ」

ディドリクが少し考えるそぶりを見せたので、パトルロが続ける。

「そなたが法術師ならば、この館に妖術師が既にいないことはわかるのではないか?」

「ええ、しかし一人残っているじゃないですか」

そう言ってディドリクは扉に控えているメイドを見る。


これにはパトルロも驚いた様子で

「ネネカ? 妖術師だと?」

ヴァルター以下、そしてパトルロの脇に控えていたロベールも、驚きの視線を向ける。

皆の視線を集めるハウスメイドはしかし、眉一つ動かさずディドリクを睨み返した。

ヘドヴィヒがとびかかろうと体勢を整える中、そのメイドネネカが静かに口を開く。

「それが法術の力ですか?」と。

一番最後に入室したブロムが扉側に位置取りし、メシューゼラとヘドヴィヒが両脇を固めて、取り囲むような形になる。

「この館の主さえ気づいていないようでしたが、ノトラ直属の部下と見ていいようですね」

丁寧な言葉使いながらも、ディドリクの内面にある怒気は高まっていく。

だが、眼術による催眠は遮られていた。

しかし服毒自殺を図るのを阻止するくらいには、思念補足はできている。

そこで方針を変えてパトルロに向き直り、

「このメイドは引き渡していただきます」

そう言うや、そのメイド、ネネカがぐったりと、倒れ伏した。

「まさか」

そう言って駆け寄るディドリクだったが、既にこと切れていた。

ヴァルターが驚いてディドリクに尋ねた。

「ディドリク、これはいったい?」

「呪殺刻印をどこかにしていたのでしょう。本人の自殺は王子が阻止したようですが、恐らくノトラが潜入前にやっていたあの手口かと」

ディドリクに変わり、ロガガがそう答える。

だがディドリクもロガガ同様帝都でそれを見ていたのだが、ここまで強く、まるで速攻型の服毒のように効く呪殺刻印は見たことがなかった。


「儂も知らなかった...」

「信じますよ、あなたの動揺に嘘は感じられなかったですから」

「ノトラが我々にスパイを送り込んでいたということですか?」

ロベールが小声でパトルロに尋ねる。

「そういうことだろうな」

ディドリクはこれを見て、

「では、次に妹を返してもらいます」

本当はこれを一番にすべきだったのだが、真横に殺意を秘めた妖術師がいる中だったため、やむなく二番目にした。

パトルロは目で従者の一人に合図をする。


扉があき、三人の男女が現われる。

一人はアマーリア。

あの捕縛されていた封術紙はほとんど取り除かれて、片腕に長紙が結び付けられているのみ。

その長紙の片方を持ったフルク。

そしてその背後に、パトルロの孫娘、ギルベルタ。

「兄様! 姉様!」

アマーリアの言葉にサッと駆け出しかけるディドリクとメシューゼラ。

しかしロベールがその前に立ちふさがり、同時にアマーリアとフルクの前に透明な氷の壁が立ちはだかる。

「まだ交渉の途中だ」とパトルロ。


「わかりました。降伏を受け入れます」

ディドリクがこう言うと、氷の壁は瞬時に消え、ロベールも脇へ下がる。

フルクがアマーリアの右手に絡みついている封術紙をはずし、アマーリアを開放する。

最初はゆっくりと、しかしロベールの横を通り過ぎた後は、兄ディドリクの元へ走り寄る。

「兄様..にいさまぁ!」

膝をついてアマーリアを受け止めるディドリク。

アマーリアはその首元へ抱き着いた。

幼い頃、ガイゼルと話していた時によたよたと駆け込んでくる姿が脳裏をよぎる。

しかしあの頃とは違い、もう転ぶこともなく、兄の元へ飛び込んでくる。

「何かされたか?」

「いいえ、術を封じられていただけでした」

肩口に手を置き、確認した。

後、再び抱きしめた。

強く、強く。

そしてメシューゼラも駆け寄り、三人で無事を確認しあっていた。


一方ヴァルターは、アマーリアの前に瞬時に張り巡らした透明な氷壁について考えていた。

(なるほど、すごい術式だ)

恐らく傍らにいた男でも紙を握っていた男でもその後ろの娘でもなく、この老人がやったのだろう。

主たる術式、あるいは得意とする属性までは測れないが、その技量、魔力の量、質、ともにずば抜けた一級品であることが感じられた。

(つまり、戦おうと思えば戦える、ということだな)

ディドリクの交渉いかんにかかわらず、このことはしっかり頭に刻んでおく必要があるな、と考えていた。


「どうかな、私の降伏意思に偽りがないことがわかってくれたかな」

「いいでしょう、満額の回答ではありませんが、私の主敵は弟達を殺した妖術師と、その命令者です」

こう言って、一応の停戦がはかられた。

「しかし、それはそれとして、私たちの敵、ということになれば、この帝国内で血統男子を殺してまわっている暗殺隊も同様です。我々に協力していただけますか?」

「私は五芒星の席を降りるつもりだが、むこうでは私は裏切者扱いになるだろう。大筋としてはかまわんよ」

まだ何かひっかかるものを感じてはいたが、組織戦ということを考えれば、教皇領ではこの辺が落としどころだろう。

そう考えて、ディドリクも妥協する。

問題は、ノルドハイムか、そう思いヴァルターの方を見ると、

「こちらとしてもかまわないよ、全面戦争するほどの戦力は今ここにはないからね」


一段落すると、ディドリクはようやく勧められた椅子に腰かける。

「降伏の真意をうかがってもよろしいですか?」

うん? と言う顔をして、パトルロがディドリクの顔を見る。

「先ほどの氷壁の魔術、あれを見ますとここで決戦できる余力はまだおありかと思いましたので」

なるほど、ディドリクも気づいていたか、とヴァルターは二人の会話に耳を傾ける。

「なに、もう年だから、一つ負けたら引退しようかと思っておったのだ、まだ力が残っているうちに、な」

老人は続ける。

「地位が上がっていくに従って、引き返せないところまで来てしまったことに気づいたのだ。

そうなると死ぬまで働かされるし、途中でやめても情報を持っている分だけ裏切者扱いになるのは目に見えている。

するとどこで引き際を測ればいいのか、というのはけっこう重要な問題になってきてな。

おまえさんたちのような強力な相手なら、そこで降参すれば十分その後の身を守れるかと思ってな」

そしてチラとギルベルタの方を見て、

「儂にも家族はある。既に子供たちは独立しているが、この孫だけは両親に不幸があったので、手元に置いていたのでな。

今となっては大事な、最後の家族だ。この子を不幸にしたくない」

「おじいさま...」

そんなギルベルタを見て、アマーリアも監禁されていた時かばってくれたことなどを兄に伝える。

「わかりました。そういうことなら、瑠璃宮五芒星とノトラ達妖術師の情報を提供してもらえる、と考えてもよろしいか?」


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