秋の訪れ
秋の、金の貴公子と翡翠の貴公子の、一つの風景的な物語です☆
執事見習いのミッシェルは、翡翠館の裏に在る厩に来ていた。
彼には館の主で在る翡翠の貴公子のスケジュール管理をする他に、
雑務が沢山在った。
床掃き、窓拭き、庭掃除、買い出し、倉庫のストックのチェックなど、
彼の仕事はメイド宜しく館の雑務で一日が終わる。
厩の掃除や馬の世話はメイドがしているが、
其れ等がちゃんと行き届いているかをチェックするのはミッシェルの仕事で、彼は毎日二回、
厩を確認しに来ていた。
「よし。問題無し」
ミッシェルは一人頷くと、厩を出る。
そして厩をぐるりと回って、他に異常はないか更に確認する。
すると厩の裏で何かが落ちているのを発見した。
「何だろう・・・・?? 本??」
一冊の本が地面に落ちていた。
ミッシェルは其れを拾い上げると、パラパラと中身を見てみる。
だが直ぐに、ぎょっとする。
「・・・・こ、此れ・・・・!!」
エロ本じゃないか!!
ミッシェルは慌てて、バタン!! と本を閉じた。
「何で、こんな物が、こんな所に・・・・」
ミッシェルは、けしからんと云う表情になると、本を二つに破ろうとしたが、・・・・ふと、
辺りを見渡した。
厩の近くには誰も居ない。
此処に居るのは自分一人だ・・・・。
普段ならば、こんなけったいな代物は、即刻ゴミとして処分するミッシェルであったが・・・・
彼も、うら若き少年であった。
ミッシェルは、もう一度、辺りに誰も居ない事を確認すると、そーっと本を開いて見る。
本の中では胸を露わにした女性が微笑んでポーズを取っていた。
「うわ・・・・す、凄い」
思わず呟くと、ミッシェルは黒い目を見開く。
そして強張りそうになる手で次のページをめくる。
今度は後ろを向いて尻を突き出す裸の女性が目に飛び込んできた。
「うわ・・・・!! うわ!!」
ミッシェルは自分の胸が高鳴り出すのを、どうにも抑えられなかった。
瞬きすら忘れて食い入る様に本を見詰める。
「お、女の人って・・・・こ、こんななんだ・・・・?!」
初めて見る未知の世界に、ミッシェルは我を失うと、全身がぐわっと熱くなってくる。
ミッシェルは震える手で更にページをめくった。
其処へ・・・・。
「なーに見てんだよ??」
背中から声が掛かったかと思うと、ひょいと上から本を取り上げられた。
振り向くと後ろには、背の高い金髪の男が立っていた。
こんな時に、よりにもよっての金の貴公子である。
「何だ此れ?? エロ本じゃん!!」
金の貴公子はパラパラパラと、ざっと中身を見ると、にやにやと笑う。
「そうか・・・・そうかー!! ミッシェル、御前も男だったんだな!!」
金の貴公子は大声で言うと、にんまり顔でミッシェルを見下ろす。
ミッシェルは真っ赤になって首を振る。
「ち、ち、ち、違います!! こ、此れは・・・・此処に落ちてたんです!!
ぼ、僕は、ただ、な、何だろうな、と思って、只、見ていただけなんです!!」
いつになく激しく狼狽えるミッシェルの肩を、金の貴公子はバシバシと叩く。
「隠さなくっていいって!! 性少年!! 秋と云えば、性欲の秋だもんな!!
屋敷の中じゃ見る場所無いから、此処で、こっそり見てたんだろ?? そりゃあ、見たいよな。
御前も男だもんな~~!!」
「ち、ち、違いますってば!! 本当に落ちてたんです!!」
「又々~~」
ミッシェルの言葉など、まるで信じようとはせず、金の貴公子は本を高く持ち上げる。
「やーい、やーい!! ミッシェルがエロ本見てた~~!! 執事に言い付けてやろ~~!!」
「あ、も・・・・ちょっと!! 辞めて下さいよっ!!」
「へっへーん!! 隠れて見てたって認めないなら、此れは俺が没収~~!!」
「だから、違うって言ってるじゃないですか!!」
耳まで真っ赤にして叫ぶミッシェルを、金の貴公子は子供の様にからかう。
「やーい!! やーい!! 主にも報告してやろーっと!!」
そう言って本を掲げて走り出す、金の貴公子。
「あ、ちょ・・・・待って下さい!! 金の貴公子様ーっ!!」
ミッシェルは慌てて後を追おうとしたが、
こんな時の金の貴公子は何故か異常な程に逃げ足が速く、
館の窓から中へ跳び込んで姿を消してしまう。
ミッシェルは必死に右腕を前へ伸ばしていたが、自分の遣ってしまったミスに、
がっくりと肩を落とした。
「ああ・・・・僕、もう、クビかも・・・・」
途方に暮れるミッシェルの心情など御構いなく、
金の貴公子はエロ本を握り締めて階段を駆け上がると、
翡翠の貴公子の執務室に跳び込んだ。
「主ー!! ミッシェルが、こんなの見てたんだぜー!!」
喜々として本を差し出してくる金の貴公子に、翡翠の貴公子は書面から顔を上げる。
ちらりと広げられた本を見ると、
「それで??」
抑揚のない声で問い返してくる。
金の貴公子は鼻息を荒くする。
「ミッシェルが持ってたんだぜ!! あいつ、普段、女には興味ないですとか言っておき乍ら、
こんなの隠し持ってたんだぜ!! ああ~、やっぱ、あいつも男だったんだな~~!!
チェリーのくせに!!」
ゲラゲラと笑う金の貴公子に、翡翠の貴公子は書面に視線を戻し、黙々とペンを進める。
其の翡翠の貴公子の全く興味のないと云う態度に、金の貴公子はしつこく言う。
「此れ、胸と尻しか出てないけどさ、結構イイ顔の女が並んでるよ。主は、どれが好み??」
翡翠の貴公子は黙々と書類書きをしている。
其の書類の上に金の貴公子はエロ本を置く。
「ほら、此れとか美人じゃん??」
胸を前に突き出して後ろ頭に手を組む、色気ムンムンの女を指差す。
だが翡翠の貴公子の表情は変わらなかった。
全く興味がない様子だ。
「じゃあ、此れは?? 此の女とか。あ、此の娘も美人だ」
金の貴公子が次々と派手な表情の女を示したが、翡翠の貴公子の反応は無い。
其れは其れで男として問題が在るのではないかと金の貴公子が内心思うと、
漸く翡翠の貴公子が口を開いた。
何枚かページをめくると、一枚の絵を指差す。
「特に好みはないが・・・・此れは、いいと思う」
其処には、まだ、あどけない少女が強張った表情で手で胸を隠していた。
他の絵よりも幼くて陰気臭い。
金の貴公子的に云えば、ノリの悪い女だ。
「えー!! 此れかよ?! ガキじゃん!! 主って趣味悪かったんだな!!」
ゲラゲラと笑って噴き出す金の貴公子に、翡翠の貴公子は沈黙する。
だが突然、ガタリと席を立った。
「あ・・・・え?? 主??」
金の貴公子の声に振り返る事もなく、翡翠の貴公子は部屋を出て行ってしまう。
「え・・・・嘘・・・・怒った??」
一人部屋に残された金の貴公子は、予想外の翡翠の貴公子の行動に呆然とした儘、
暫く其の場から動けなかった。
翡翠の貴公子は館を出て厩へ来ていた。
一頭の馬に鞍を乗せ、裏手の門へと馬を引いて行く。
そして裏門を出ると馬に跨り、屋敷の外へ続く吊り橋を渡り、森へ入る。
此の森は深く大きく、翡翠の貴公子が薬を作る時に使う薬草がふんだんに生い茂っている。
だが今は薬草を摘むつもりはないのか、翡翠の貴公子は馬を走らせ、森の中に在る小山を登る。
其の頂上は樹々が生えておらず、空から見ると森にぽっかり穴が開いている様に見える場所だ。
翡翠の貴公子は馬の脚を止めて下りると、ぼんやりと其の場に立つ。
小さく広がる此の草原に、何故だか急に物凄く来たくなった。
翡翠の貴公子は地面に膝を着くと、そっと片手で地面に触れる。
柔らかな草は緑から黄金色へと大分衣替えをしている。
それでも彼には判る。
命の脈動が。
大地の息遣いが。
此の地表で起こる全ての事柄が、掌を通して伝わってくる。
翡翠の貴公子はパタンと地面に転がると、仰向けになった。
広がる青い天井には、薄い雲が流れている。
少し冷やりとした風は翡翠の貴公子の額を撫でて、草の絨毯に絶え間なく小波を起こしている。
こんな風景を、もう何度見てきただろう。
森も畑も実りを膨らませ収穫の祭りを始める様に、人も動物も忙しなく動き始める季節。
手の籠一杯にたわわに生った野菜や果物、木の実を詰めて密かに心が躍った、
いつかの日の感動を、翡翠の貴公子は思い出していた。
其の時も、ふと見上げた空は、ゆうるりと薄い雲の流れる空だった。
植物が茶色に色付き始めると、自分はいつも待っていた。
実りの多さは天からそっと送られた贈り物の様に、自分の胸を幸福にする。
幸せだった、あの頃・・・・其処まで感じて翡翠の貴公子は、
其れはいつの事だっただろうか?? と考えた。
広がる金茶の草原も薄青い澄んだ空も収穫の喜びも、繰り返し見て感じてきたものの筈だ。
知っている・・・・此の感覚を知っていると思うのに、
其れはデジャビュと言うには余りに微かな淡い感覚だった。
思えば軍人生活を経て、異種と云う地位で百年も働き続けてきたのだ。
其の忙しない人生に於いて秋の実りに囲まれて収穫を喜んだ事など在っただろうか??
そう云えば夏風の貴婦人と共に育った養父母宅で畑を作っていたし、
近くの山にもよく遊びに行った。
今感じる此の「いつも待っていた」と云う感覚は、其の頃の思い出なのだろうか・・・・??
いや、其の頃の事は其の頃の事で、別に思い出される感情と風景が在る。
翡翠の貴公子は流れる雲をじっと目で追ってみたが、答は見付からず、彼も又、
其の感覚を追求する様な性格ではなかった。
ただ今こうして寝転がっている事が心地良くて、翡翠の貴公子は目を細めた。
すると突然、黒い影が目の前を覆った。
青い空の景色を遮ったのは、前髪をクルクルとカールさせた金髪の同族だった。
「こんな所で昼寝かよ??」
金の貴公子は上から翡翠の貴公子を覗き込むと、申し訳なさそうな顔をする。
「主、も、もしかして、怒ってる??」
どぎまぎと言う金の貴公子に翡翠の貴公子は起き上がると、
「何が??」
抑揚のない声で問い返す。
表情は、いつもの落ち着いた主の顔である。
どうやら先程、金の貴公子が「女の趣味が悪い」と言った事など、
翡翠の貴公子は気にしていない様だ。
「いやー、だって、いきなり出て行っちゃうから・・・・」
あはははは!! と金の貴公子は苦笑いすると、頭を掻く。
思えば翡翠の貴公子が突然、休憩を取ったり遠乗りに行く事は、いつもの事であった。
金の貴公子は内心、胸を撫で下ろすと、空を仰いだ。
夏の様な強い青の輝きは、もう其処には無い。
吹き抜けて行く風は一瞬、肌の熱を冷ましては流れて行く。
「もう秋だなぁ」
空に投げられた金の貴公子の言葉は風に一掻きされて、地面へ散って行った。
厩の周りを、白い服を着た若い男がうろついていた。
「おっかしいな?? 此の辺に落としたと思ったんだけど・・・・」
男は辺りをキョロキョロと見回すと、厩の中まで何やら探している。
其処へ、馬を引いた翡翠の貴公子と金の貴公子が入って来た。
「お!! ショーンじゃねーか!! 元気??」
金の貴公子が声を掛けると、男ショーンは、びくぅっと身を跳び上がらせる。
「こ、こんばんは、主様!! 金の貴公子様!!」
ショーンは翡翠の館で一番最年少のコックで、
翡翠の貴公子や金の貴公子と顔を合わせる事は滅多になかった。
「何?? 何か探してんの??」
いつになく金の貴公子が鋭く訊ねてくると、ショーンは赤面して誤魔化す様に笑ってみせた。
「あ、いえ・・・・本・・・・いえ、何でもないっす!!」
ショーンはじりじりと後ずさって出口へ向かうと、必要以上の笑顔で言う。
「本当に何でもないっす!! し、し、失礼します!!」
慌てて駆け出そうとするショーンを、だが金の貴公子が呼び止めた。
「ちょい、待って。はい、此れ」
何やら赤く丸い物を、あちこちのポケットから取り出す。
「あ・・・・?? え?? 此れ??」
状況が飲み込めずにいるショーンに、金の貴公子が言う。
「無花果だよ。森で採って来たんだ。今夜のデザートに出してな」
金の貴公子はショーンに無花果を手渡すと、顔を近付け、ショーンの耳に囁く。
「今度、もっと、すげーのやるよ」
「え?? え?? はい!!」
ショーンは訳も判らず頷くと、
「で、では、失礼します!!」
無花果を持って、調理場の入り口の方へと走って行く。
其の後ろ姿を見遣り乍ら、金の貴公子はにやにやと笑った。
どうやらミッシェルが持っていた本は、若いコックの落し物であった様である。
「な~んだ。ミッシェルのじゃなかったのか~~」
金の貴公子が笑い乍ら振り返ると、翡翠の貴公子は、もう金の貴公子の馬を納めていた。
二人は厩を出ると、屋敷の玄関へと向かう。
金の貴公子は歩き乍ら後ろ頭に手を組んで言う。
「あー、腹減った!! やっぱ秋は食欲の秋だよな~~」
今日の晩飯、何だろう??
愉快気に笑う金の貴公子の声が、秋の夕暮れの空に木霊した。
この御話は、これで終了です。
余りBLさが無かったですが、
金の貴公子は翡翠の貴公子が好きと言う事で。。。。
この「ゼルシェン大陸編」を順番通りに読まれたい方は、
「夏の闘技会」から読まれて下さいな☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆