親友の彼女
「連続殺人事件・・ですか。本当にあるんですね。こんな漫画みたいな」
資料に目を通しながら、間延びした声で言った。
「他人事じゃない。俺たちがそれを解決しなきゃいけないんだろうが。それ以前にお前だって被害者になりかねないんだぞ」
後輩にそう指摘し、ある男のことを考える。
「あいつ、大丈夫か・・? 夜中に外歩いたりしてないかな」
「せ、先輩もしかして・・・・」
上目遣いで、いつになく不安そうに瞳を揺らす由香に少しドキリとしてしまう。
「なんだよ」
「彼女ですか?」
涼太は一瞬『何を言っているのだろう』と眉をゆがめたが、すぐに自分の発言を思い返す。
「ああ、違うよ。俺の親友兼従姉の彼氏だ。従姉が先週死んでな」
羅列された情報を整理し、黒目がキョロキョロと動く由香を見て楽しむ。
彼女の要領の悪さは、自分の知る中では抜きん出ていて面白い。
「しんちゅう、オサッシしま・・す?」
出てきた結論に吹き出す。
「ま、なかなか辛いけどさ。自分より悲しんでる人がいると、なんだか『しっかりしなきゃ』って・・おもぉふんだょ」
いつカバンから出したのか、気づいたら涼太はタッパーに入ったクランチチョコを頬張っていた。
「やっぱ彼女、できたんでしょう」
「これは自分で作ったんだよ。女に教えてもらった」
「そうですかっ」
きっと先輩の従姉は、料理もできて上品な女性なのだろうと、そう思った。
~~~~~~
昔から、あの人は滅茶苦茶な人間だった。
晴也が仕事で家にいなかった土曜日、俺が丁度休みだったこともあって二人でドライブに出かけた。
普通だったら浮気だとか自制しろだとか、彼氏のいる女性と二人きりで出かけたりすることはよろしくないことなのだろうが、彼女たちと俺は少し特殊だった。
自分で言うのもなんだが、晴也は俺にも姉さんにも嫉妬するだろう。
そんなおかしな、それでいてとても良い仲だった。
俺が車を運転し始めると、彼女はすぐに俺の写真を撮って仕事中の晴也に送りつける。
しばらくしてスマホの画面を見ながらけたけたと笑い始める姿を見て、返信の内容を大体把握する。
何も考えずに車を走らせていた最中、彼女がトイレに行きたいと言い出したのでコンビニで車を降りた。
今でもあの時のことは鮮明に覚えている。何せ昨年の出来事だ。
俺も丁度トイレに行きたかったので彼女と一緒にコンビニに入ると、すでに先客がいたようで、男子トイレと女子トイレがともに閉まっていた。
「姉さん大丈夫?」
彼女がうるさいほどに足踏みして、「きぃい・・」と声を上げていたので心配して声をかける。
「割ときついわ・・・・それにしてもおっそいなあ」
「そうだ・・ね・・!?」
『ダンッ』という音は確かに目の前、それに足元から聞こえていた。
彼女はドアを蹴っていたのだ。
それも一度や二度ではない。貧乏ゆすりのような感覚でげしげしと扉を蹴る彼女を、俺は必死に扉から引きはがした。
「な、何やってるんだよ姉さん!」
「こいつ絶対中でゲームしてるわ。私にはわかるの、ほんっとに最低な野郎だ」
「すみません! すみません!」
中から女性の声がする。
女性が出てくるまでは蹴ってから十秒ほどたったころだった。
「ほんとにすみません! ・・・・って・・ブルちゃん?」
「あ、小倉せんせーじゃん・・私トイレ!」
・・・・・・
・・・・・・
「すみません、本当に」
二人きりにされて、代わりに謝る。
「いいのよ、あの子昔からそうなんでしょう?」
この女性は高校時代の姉さんの塾講師らしい。
いつもブルガリの香水を付けていたからブルちゃん。
塾では、投げられたチョークを投げ返したり、褒めると全く勉強しなくなったりなど、一言に問題児という言葉で片づけるには負の要素が足りない生徒だったという。
普通なら信じられない程の奇行に納得できてしまうのが怖い。
用を足して出てきた彼女とほぼ同時に、男子トイレから中年の男性が出てくる。
俺は男性と入れ替わりにトイレに入ると、外から「ごめんねー、小倉せんせーだとは思わなかった」と楽し気な声が入ってくる。
~~~~~~
晴也が帰宅する時間とほぼ同時刻に、俺たちはマンションに到着した。仕事帰りの親友の労い会だ。
「それにしても、いい家住んでるなあ。俺も入れてほしいくらいだ」
3LDKでリビングは十畳。二人の寝室に客間に和室だ。
「まあね、共働きだし。何せ私らの趣味って日向ぼっこくらいのものだし」
カップルそろって趣味が日向ぼっこというのは面白い話だが、確かに二人は金を使わない。
二人が使う金はガソリン代と安い酒代と家賃と食費と光熱費。
おそらくだけれど、二人合わせて二十万も使っていないと思われる。
ちなみに俺の家は家賃七万、駅前のワンルームだ。
同じく金の使い道はないが、なさ過ぎて最近は虚しい金が増えていくばかりだ。
ロビーで座って話していると後ろのほうで自動ドアが開く音がする。
「お勤めご苦労様です」
俺が緩く敬礼して見せると、彼はぐったりした様子で敬礼を返した。
コンビニで買ってきた酒を十本ほどと、家にあった五十個入の冷凍たこ焼きで、俺たちは日が変わる頃まで飲んだ。
始まったのが七時ごろだから大体五時間くらいだ。
全員次の日に仕事を控えていたため、優良な時間でお開きとなった。
彼らが寝るのが何時になるのか、俺は知らないが。