負け犬の「ぼくら」
ちょっとした消化不良であるとしばらくは思っていた。
腹の中にずっと何かが残っているのだ。
残っているばかりか、少しずつ俺の体に溶けて霧の一粒一粒に絡まって体が薄く包まれる。
気持ちが悪くていてもたってもいられなくなった俺は、たまらずにやつと約束をした。
普段であれば鼻で笑って、殺して消して、おまけに苦痛を与えてやるところである。
なぜ自分がべそをかきながらそいつに頼み込まなければいけなかったのか、自分がなぜそうしたのかは分かっても、その根本はなにもわからなかった。
「じゃあ、そういうことでいいよね」
「ああ、分かったから早く落ち着いてくれないか?」
気持ちが悪くて話していられない。
「頼むから・・・・」
「ふうん」
楽しそうに見つめられて体が縮む。
この状況だとなにも自分の思い通りに事が進まないことは分かっていた。
ああ、しんどい。はずれを引いたことは何度かあったけれど、ここまで地雷であったものは初めてだ。
予想通り全て言いくるめられて、ボクは放り出された。
「勘弁してくれよ」
~~~~~~
帰り際、ロストは僕にやたら話しかけてきた。
「嫌いな人間はいるか」「仮にボクが最初から嘘をついていたらどう思うか」「君の死に方を教えてやる」だとかそのほとんどが最悪な話題で彼らしかった。
僕は彼が気に障ることを言うたびに振り落とそうと速度を上げた。
もちろん彼が振り落とされることはないし、振り落としたところでふわふわと付いてくる。
真っ暗だった山道が少しだけ橙色に色づき始めた。
車どおりは行きと変わらないか、少し減ったといったところだ。
日がだんだんと登って、今までずっと空に雲一つなかったことを知る。
防寒にはこだわってきたため、速度を上げても肌寒さは感じない。橙の空を左側に、夜明けとともに色を薄くしていくが、まだ青黒い空を正面に僕は気持ち良く直線を飛ばした。
ウーーンとさらに気持ちの良い音が僕の鼓動をまた上げて、ひとつの呼吸がどんどん価値のあるものになっていく。
サイドミラーが真っ赤で、笑いが込み上げてきた。
「やばいやばい、君、指紋取られたら人生終わりだね!」
ロストは僕の両肩に手を置いて安っぽい煽りを入れてくる。
「速度超過じゃ指紋なんか取られないさ。それより『あれ』頼めるか?」
僕は親指でパトカーを指さして言った。
「殺すか?」
「バカ言え。勝手な想像だが、警察官を殺す罪はでかいんだ」
スロットルを限界でキープし続けていると、道路に『急カーブ注意』の表示が見えてくる。
「ははっ、やっばい!」
この急カーブを僕はよく知っている。
帰り道、峠の下りでは一、二を争うほどの急カーブだ。
ランナーズハイみたいな感覚になっているため、速度なんかおとさない。
バカみたいに体を傾けてカーブを抜けていく。ガードレール越しに見えるのは五十メートルほど下に見える森林と僕を煽るオレンジの空。
ガードレールぎりぎりでカーブを曲がり切った。
耳に許容範囲を容易に超えた量の空気が流れ込んできて音がうるさい。
「ロスト」
「エンジン停止と適当な記憶改ざん」
「最高だ」
首周りを強く掻きむしったロストは心底楽しそうに、ミラー越しにグッドサインを出した。
「頭がおかしいな。死んでも助けてやらないぞ」
原付は轟音を上げて坂を下って行った。
この排気量の乗り物が上げるべき音ではなかった。
僕は右手を緩めない。
「慣れちゃったみたいだ」
呆れた彼の表情が想像できる。